古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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やめなさいこいしは良くあるのに…


depth.109やめなさいさとりと言ってくれる人がいなかった

さて、真正面から天魔さんのいる建物に入り込もうとすれば邪魔が入るのは当たり前。だけれど少しばかり…いつもより戦闘が激しかったかもしれない。

私も久し振りに右腕と左目を潰されましたからね。まあ…腕はもう回復が始まってますから30分もすれば元どおりですけれど。

目が潰れる感覚ってあれですね。硬くて弾力があるプチトマトが押し潰れるような感触なんですね。

「さて天狗さん。一度しか言わないからよく聞いてください。昨日私の家の周囲で喧嘩した酔っ払いは誰ですか?」

 

「し、知らないっ!」

そばに転がっていて多少は口がきけそうな天狗に尋ねてみるも私の望む情報は得られそうにない。

「そうですか。じゃあおやすみなさい」

残っている左手で拳銃を構えて口でスライドを咥え初弾を薬室に送り込む。

「い、いや!やめっ‼︎」

知らない人に興味はないんですよ。

 

素早く構えた銃の引き金を引く。

悲鳴が少し上がっただけで天狗さんは気絶してしまった。

頭の上を撃っただけなんですけれどねえ。まさか私が命まで奪うとでも?

 

「おうおう、派手にやらかしたな」

 

この状況でも少しふざけたような…いつもの口調と言うべきか。

そんな口調で私に話しかけるのは天魔さんしかいない。

建物の入り口を見ればそこには天魔さんと数人の大天狗さんが立っていた。

「ここの守備隊…もう少し練度を高めた方が良いですよ」

 

「ご指摘どうも…だけどやりすぎじゃねえ?」

 

そうでしょうか?守備隊24名のうち私が実際戦闘で気絶させたのは10名。普段ならこれくらいで引いてくれるのですが今日はこれでも引かなかったので精神攻撃に切り替えて対処したのが12名。それだけですよ。

 

「それで、今日は何用だい?」

私が首を傾げていると天魔さんはため息をつきながら聞いてきた。

 

「昨日私の家を故意にではないようですが壊した者がおりましてね」

 

一瞬で大天狗達がざわつき始めた。仕方がないだろう。

昔の私ならだからどうしたと一蹴されてますけれど今の私は一応地底の主。

「おかしいな…そんな報告あがってきてないぞ?」

 

「……天魔さんにすら知られたくない事ですか。まあ分かりますよ」

 

「分かる?どういうことだ?」

物言いが引っかかったのか比較的若い大天狗さんが私に聞いてきた。

 

「戦闘中に誤って破壊してしまったとはいえ、それがバレたら相手側だけではなく見せしめに天狗社会からも制裁が加わる。地位に執着する者や…あるいは高い地位にいる者が身内の不始末でその地位を脅かされたりする場合の心理はどうしても隠し通そうとする。だから自分達だけでもみ消そうとするのが大体の動きなんですよ」

 

「だが実際には揉み消せてないじゃないか」

 

「ええ、ですが個人が特定できなければ天狗社会の地位も自らの業績も守られる。後は秘密裏に被害者側に謝罪のものを押し付ければそれで終わり…上手い考えですね」

 

どうして確かにとかそう言うんです?ほら初老の方とかウンウンって頷いていますよ。

私が言った事なんてせいぜいその程度ですからね。

「ところで、ここの守備隊の守備隊長さん見当たりませんね?」

 

「ん?そういえば…」

姿が見えないなあと周囲を見渡してみれば、少し離れたところで見ているじゃありませんか。

ちょっとそこで何やっているんですか?

ゆっくりと近づいて見れば観念したかのようにこちらに近づいてきた。

ふうん……そういうことですか。

 

「というわけで…貴方ですね?」

 

私の言葉に総隊長さんの顔が真っ青になる。

どうして?そんな顔していますね。

 

「どうしてそいつだと?」

私の言葉が飛躍しすぎているからなのか天魔さんが聞いてくる。

まあいきなりこいつが1人目だねなんて言われてもえ?どうしてってなるのは当たり前だ。

 

「壊された家に残っていたヤマモモの匂い…あなたの服からもしていますから。ヤマモモのお酒を飲んで…1日しか経っていませんから匂いが残ってしまっているんですよ。ね?」

 

「で…でもそれだけで」

 

「それだけで決めるのは良くない?……腕と足の怪我どうしたんですか?」

 

それを言えばどうしてそれをと思いっきり驚かれた。

どうしてと言われましても……

「服で隠しても動かす時の僅かなぎこちなさでわかりますよ。骨が折れたわけではないですが動かすと痛いでしょう?それに…その傷は多くが内出血になっているから動かせるけれど痛みが伴う。その程度なら処置なしでも思いました?折角ですから骨折でもした風に装えばある程度は誤魔化せましたよ?」

 

そして腕や脚に内出血が発生する傷なんて喧嘩か…事故に巻き込まれてその箇所を強く打ち付けたくらいしかない。

 

「本当なんだな?」

 

天魔さんの一言がトドメになったのか、真っ青だった総隊長さんがその場で謝り始めた。

なんか…ごめんなさい連呼がものすごく怖い。これあの蝉が鳴くあれみたいなんですけれど…

でも事情を聞けば口止めされていたらしい。となると相手はこのヒトよりも立場が上の人ですか…

さてさて探しに行かないといけませんね。

「なあさとり…なんで心を読まないんだ?そうすれば早く見つかるだろう?」

天魔さんが私の背中にそんな言葉を投げかける。

 

「私の能力は…戦いの中でしか使わないと決めているんです」

絶対に、普段の生活で能力を使用してはいけない。

そうでなければ私は私でなくなってしまう。

だから絶対に使うわけにはいかないのだ。

 

「…もう1人くらいならこっちで見つけるけれど…」

天魔さんの手伝いも良いですけれど折角ですしここは。

 

「それじゃあ……総隊長さんを同行させます」

 

「大丈夫なのか?絶対相手警戒するぞ」

 

警戒したらむしろこっちが気づきますよ。それに気づくということは向こうはこちらの視界に入るということ…死角に入っていない限り問題はないですよ。

 

「それじゃあ行きましょうか総隊長さん」

鴉天狗なのはわかるのですが名前までは分からない。

だから総隊長さんと呼ばせてもらう。

「……夜香美よ」

 

「じゃあ夜香美さん行きましょうか立ってください」

 

立たせた彼女を連れて天魔さん達のところを後にする。

お邪魔しましたという意味でお辞儀。

それを見た天魔さんは苦笑するだけだった。

 

「で…喧嘩していたもう1人はどちら様ですか?」

 

「言わないとダメですか?」

 

「骨折します?」

羽を掴んで骨を手探りで見つける。少しくすぐったいようですけれど…これを折るのは容易いのですよ。

「わかった!言いますからやめて!」

 

彼女曰く、とある大天狗さんの直系家系…孫あたりですかね。それに当たる人物らしい。

とは言っても酒が入らない限り優秀だし真面目なのだとか。

酒が入ったらダメなのね……ですが、例えば優秀であってもこの落とし前くらいはつけさせていただきますからね。

 

 

「それで…その人はどちらに?」

 

「えっと……」

分からないなら無理に答えなくて良いですよ。私が見つけますから。

それにしても…夜香美さん少し胸が大きくないですか?

ただ天狗装束を着ているからそう見えるだけですかね?でもなんだか服が乱れていっているような……

「あ…す、すいません!」

私の視線に気がついたのか慌てて服を直し始めた。

「もしかして服のサイズあってないんじゃ…」

 

「怪我を隠すために少し大きめのを着ていているんです……」

ああ…だから帯だけが小さい方の服のものなんですね。

 

 

「あ…あの方です」

 

ふらふらと歩くこと数十分ほど経っただろうか?

見つからないなあと思っていたらかなりあっさりと見つかったようだ。

まあ相手は大天狗ですから結構目立ちますもんね。

夜香美さんの指差す方にはたしかに大天狗さんがいた。

見た目は若い。でも雰囲気はあの側近の大天狗と似ている。うん間違いないだろう。

 

それにしても…私の姿に気づかないって少し鈍感なんでしょうか?

まあいいや…それじゃあしっかり落とし前つけてくださいね。

 

「そこの大天狗さん」

 

「なんだ貴様?天狗じゃないな」

 

「はじめまして古明地さとりと申します。そして、さようなら」

拳銃を構え初段を装填。やはり両腕があると楽ですね。

私が何をしようとしているのかを察した大天狗が慌てて結界のようなものを張った。

それに向けて銃撃。数秒でマガジン1つ分の弾丸が結界にあたり、弾け飛んだ。

もう少し貫通力のあるものが欲しいですね。

 

「い…いきなり何するんだっ!」

 

「私の家…壊しましたよね?」

 

「え……あっまさかっ‼︎」

そのまさかですよ。知らないで壊しちゃったんですか?それはまた不幸でしたね。許しませんけれど。

空のマガジンを抜き取り素早く入れ替える。

間に反撃されないように弾幕による足止めと注意を散漫にさせておく。

 

さてもう一度と大天狗さんを残った目で見つめる。

距離をとって…なるべく動き回ろうとしているようですがさせません。

飛び上がろうとする大天狗さんの真上に弾幕による花火を展開。上への動きを封じ込む。

 

そうすれば彼はせめて動きだけでも止めないようにと動き出すのですが…

まあ動き回られるとこちらも困ります。

動きを封じる弾幕を展開しなるべく動けないようにしていく。

「さて…トドメです」

一瞬だけ動きが止まってしまった彼に向けて私は拳銃を再度構える。

この距離なら外すことはない。

ん?その黒い手袋はなんですか?なにやら赤色の紋章のようなものが入っているのですけれど…

嫌な予感がして引き金を引くのが一瞬だけ遅れてしまう。

 

構えた拳銃が黒い何かに貫かれる。鈍い音がして貫かれた拳銃が黒い棒のようなもので押しつぶされた。

 

それは彼の手袋の爪の部分だった。

数メートルほど伸びたそれは爪というより細長いフェンシングの剣のようなものだった。

「ここでさとりを倒せたら……ですか」

サードアイで読んだわけではないけれどそんな事を考えているのだろうということはすぐに分かった。

 

それにしても拳銃を壊すとは流石ですね。何やら特殊な術のようですけれど…

完全に破壊されたそれをその場に捨てる。地面に落ちた拳銃だったものが砕け、残骸に帰る。

持っていても意味のないもの。弾丸が誘爆しなかっただけマシですね。

「仕方がない…」

短刀を引き抜きその黒い爪を斬る。

そのまま急接近して相手の脇腹に向けて突き出す。

完全に刺さったわけではないけれど少し深めに肉を裂いたようだ。

「ッチ…やりますね」

銃を壊したくせによく言いますよ。

ああ…片目だけじゃ距離感が分からない。少し離れたかと思えば向こうも攻めてくる。距離感が掴めないと本当に困る。特にあっさり刀をかわされる。

多分間合いが合っていないのだろう。

 

それでも手袋のようなものの爪は斬り落とせるからまだマシだ。

だけどこれでは拉致があかない。それに向こうは弾幕まで使ってくる。

仕方がない…

サードアイを取り出し少しの合間だけそれとも彼の目線を合わせることにした。

再び伸ばされた爪が私の肩を抉り取る。だが止めない。

感情を読み、記憶を読み、考えを読み……恐怖を読む。

私が何をしているのか理解される前に、サードアイの読み取りが終わる。後はそれを元に最もトラウマなものを呼び起こし…再生する。

「想起……」

怪しい光が周囲に撒き散らされ、大天狗さんは動かなくなった。

動かなくなったというより…なんか発狂している。私にしか見えないけれどけっこうあっさりとしましたね。まだ若いので死がもっとも恐ろしいとなっていた。だから1秒間に死んでは生き返えるを1000回、これを20秒間体験させてやるわけですから。そりゃ壊れますね。まあ、その記憶自体は20秒後に消失するので精神的な負担は少なくて済む。死に方はランダムだから苦しんで死ぬ場合もあっさりと死ぬ場合も様々ですよ。まだ優しいです。優しくないときは寝ている合間の夢をずっと殺される夢にしますからね。それもトラウマ抉り出しで。

 

 

「あとはお任せしますね。天魔さん」

ずっと私の後をつけて来ていた天魔さんに後を託す。やっぱバレていたかーと呑気に笑いながら彼女は出てきた。そもそもあれだけのことをした私をそのまま好きにしろなんて出来るはずがないだろう。何かやばくなったら絶対に止めるはずだから。

「へいへい、まあここまでやられていたらもう懲りただろ」

 

ふと、私の側にさっきまでいたであろう夜香美さんを探す。

彼女は少し離れたところでガタガタと震えていた。

私が近づくと少しづつ距離を取ろうと後退する。

 

怖がらせてしまいましたか…でもそんなつもりなんですけれど…でもこれも落とし前と思えば問題はないか。

これ以上ここにいても仕方がないですし…帰るとしますか。

幽香さんも待っていることでしょうからね。

 

 

 

後日、彼女からお詫びとしてお酒と夕食へのお誘いがあったりした。

勿論行きましたよ。美味しかったですし。


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