さて、幻想郷が結界で包まれてから動乱がしばらくあったけれどそれも時間と共に収まってくればまた平穏な日常は戻るというもの。
「なんだか最近静かになりましたね」
久しぶりに地霊殿の自室で紅茶を作っているといつのまにかお燐が隣に来ていた。のでそんな言葉をかけてみた。
「今までが騒がしかっただけだと思いますよさとり」
そうだろうか?まあお燐がそう思うならそうなのだろう。
ちょっと待っててくださいね。今紅茶ができるところですから。
幽香さんにもらった紅茶を初めて入れてみたけれど随分と香りが良いものですね。
うん、すごく落ち着きます。
お燐もそう思うでしょう。え?落ち着くと言うより少し力が抜けると…なるほどそう言うこともあるんですね。
「ねえさとり。あたいに言ってない事あるだろう」
少しばかり時間が経ち無言の空間というものが嫌になったのか。あるいは私の事を聞くためにここにきていたのか。本題を切り出した。
「……言わなきゃダメですか?」
本当は言いたくないと言うのが本音なんですけれど…でもお燐は気づいているようね。
「一人で抱え込んで欲しくないから」
「そう…でもこれは私の問題なの」
「知っちゃダメなのかい」
「お燐には敵わないわね。教えてあげるわ」
ほぼ確定だけれど私の意識にはフランの狂気の一部が混ざりこんでいる可能性がある。
戦闘中に意識が軽く飛びかかったりする程度ではあるけれど、この症状がではじめたのはやはりフランの心に直接繋がったあの時以降。
気をつけていたとはいえどやはり精神は狂気に汚染されていたということです。
「大丈夫なのそれ?」
「大丈夫なんじゃないんでしょうか…狂気といえどあれは破壊衝動と強力な闘争本能が元ですから多少戦闘狂になるかもしれませんけれど」
敵味方無しの完全なバーサーカーにならないだけまだ良いでしょう。
とは言えどあまり良いものでもないのは確かだ。
「心配だなあ……」
心配するお燐の頭を優しく撫でる。
気持ちが良かったのか急に喉を鳴らして甘え始めた。
ってなんでお燐は私の膝の上に乗ったの?確かに撫でやすいんだけれど…
「あ!お燐ずるい!」
急に扉が力強く開かれ、こいしが飛び込んできた。
「私もそこに座る!」
「あたいの特等席だよここは!」
「むう……」
はいはい喧嘩しないで。
こいしの頭も軽く撫でる。私と同じでクセが強い髪の毛だから優しく崩れないように。
でもちゃんと整えれば綺麗に真っ直ぐになるから私と違って普段の手入れがちゃんとできていないだけだろう。
まあそんな事は置いておこう。
こいしも何か飲む?え……紅茶は好きじゃない…分かったわ。
「そういえば異変ってさ…」
急に話題を振ってきたわね。紅茶好きじゃないって言ってどうしてそっちの方に思考が行くのか……
「異変がどうかしたの?」
「人間が解決するものだから私達が手を出しちゃダメなんだよね」
「ええ…規模にもよるけれど原則は人間による解決が基本よ」
化け物を倒すのはいつだって人間だ。人間でなければならない。
だから異変も化け物の力を借りることはあるかもしれないけれど最終的に人間が倒さないといけないのだ。本来は……
「例外は?」
「多いわよ」
「例外の方が多い規則?」
「それは別の子使わせてあげなさい」
死体の付喪神とかに……
「アンリミデットルールブック?」
「言わなくていいわよ」
「今度再現してみようかなあ」
再現できるのだろうか…というか何かに似てるような…ごむご…なんでもない。多分気のせいでしょうね。
「アンリミデット…ブレード」
お燐その先は言わなくていいわ。剣ばかりの固有結界なんて再現しようにも出来るようなものじゃないから。それにこいしは王の財宝出来るでしょ。
「……外の世界は西暦何年なんでしょうね」
こいしが緑茶を淹れたり、お菓子を漁ってきたり、途中でお茶の匂いを嗅ぎつけたお空が部屋にやってくたりして騒がしくなっていたと思えばお空の一言でまた静かになる。
「あたいは考えたこともなかったなあ……」
「こいし様は分かりますか!?」
「さあ…映姫さんに聞いてみたら?」
お、こいし良いこと言いますね。ってしれっとお燐のお菓子と自分のを交換しないの。
「名案ですね」
お空名案の意味わかっている?
「いやいや、それしれっと三途の川渡るって言っているようなものですよね!」
お燐落ち着いて、三途の川を渡っただけじゃ妖怪は死なないわ。多分…メイビー……
「じゃあ地獄側から行ってみる?」
旧地獄と言えど完全に地獄と断ち切られているかといえばそういうわけでもない。実際パルスィが守っている橋を少し利用すれば地獄へ直行することも可能なのだ。ある意味旧地獄にいる合間は半分あの世にいるようなものだ。
「抜け穴多すぎるでしょ…」
頭を抱え込んでしまったお燐の口にお菓子を突っ込む。
驚いた表情のお燐が可愛い。
「冗談よ」
まあ地獄に好き好んで行くようなヒトはいないだろう。
それに妖怪は死んだとしてもまた妖怪としてこの世にやってくるのがオチだ。元から死んでいようが死んでまいが変わらぬということ。
「そういえばさ。地獄ってどんなところなの?」
こいしがそんな疑問を放った。今まで考えたこともなかったですね。
文献などに乗っている情報とかからある程度は分かっているのですけれど…
「仏教徒とかの書物に載っているようなものじゃないのかい?」
まあ基本はそれであっているのだけれどね。でもお燐、今の地獄はちょっとだけ違うかもしれないわよ。
「少し違う気がしますが……」
昔の地獄はある程度予想がつくけれど今の地獄はどうなっているのだろう?
旧地獄として切り離された部分を除く残りで地獄を形成するとなると…いやそれでも少し多いかもしれない。
「八大地獄、八寒地獄と呼ばれているだけありますからねえ」
「確かに地獄は広いですよ」
そういえばお空は元々地獄出身だったわね。
「そうなんですよ。なかなかに広いんですよね。しかも縦に多段層のようになっているので下の方ほど拷問は熾烈を極めます」
身を乗り出して語るお空の表情は生き生きしていた。
やはり出身の地の事を聞かれたら自慢したくもなるのだろう。
「へえそうなっているのね」
「観光ってできる?」
緑茶を飲みながら突拍子も無い事を言うこいし。
「地獄を観光って…いくら妖怪でも観光できるようなものじゃないわよ」
娯楽施設というわけでもないんだから。というよりあれは刑の執行場所ですから。
「でもここだって血の池とか一般公開してるじゃん」
「あれはもう地獄としての機能を失っているものですからね」
それにあれは観光スポットでもなんでもない…多分観光スポットの認識を持っているのはこいしくらいだ。
「でもどうして急にそんなことを?」
「あのね!あのね!この前変な服着た女性に地獄に遊びに来ないって誘われたの!」
変な服の女性?こいしが変というくらいだから相当変なのだろう…うん?変な服…その言葉がどうにも引っかかる。えっと…確か…
「もしかして地球とか月のような飾りが?」
「ああ…確かミニチュアのものが浮いていたね」
「さとり様の知ってる人ですか?」
ええ…ある意味知っているというか知らないというか…なんとも微妙な線だけれどね。
「さとりはいつも知らないのか知っているのか分からない言い方するよねえ」
「実際知っていても知らないという事がありますから」
でも、面倒な人に目をつけられましたね。無駄かもしれないけれど警告はしておきましょうか。あの人が優しくするのはただ利用できそうな者を確実に、そして信頼関係という鎖で縛って利用するためと思った方が良い。
「あの人にあまり関わらないほうがいいわよ」
「そう?いい人そうだったんだけど」
一応、悪い人ではないというのは確かなんですが…やはり神様なのか地獄の支配者なのか訳のわからないほど強い人の腹の底は計り知れない恐ろしさがありますからねえ。関わる必要がなければ関わらない方が良いです。碌な事に巻き込まれ兼ねません。
実際色々とやらかしていましたね。いやこれからやらかすと言ったほうが良いのだろうか。
「誰か私の事話していた?」
その場の空気が凍った。
私達の声じゃない…その落ち着いた女性の声。ただそれだけで周囲の空気が変わり主導権を奪われた。だがこいしだけがその空気の中でも平然と動ける。
「あ!変な服の人!」
私の背後を指しながらこいしがそう言い、当てられた強い力で動きを奪われていた私もようやく体の自由を得ることができた。
「噂をすればと言いますが…狙っていましたね」
振り返れば、女性が1人。
肩らへんまで伸ばしたセミロングの青髪に白い文字で『Welcome Hell』と描かれた変なマーク入りの黒いオフショルダーTシャツ。
スカート三色カラーのチェックが入ったミニスカート。
そして何故か生足で、靴は履いていない。と言うか裸足だ。
「変な人とは失礼ね」
「鏡あげますから自身の姿を見てから言ってください。へカーティアさん」
私の言葉ににこにこした顔の彼女が少しだけ動揺する。
服装がアレだというのは自覚していたようですね。うん…
「あら…女神に対して少し失礼じゃない?」
「会話のドッチボールが好みでしたら私じゃなくてこいしの方にお願いしますね」
そもそも私が貴女と話す必要はない。この部屋にいて何をしようとしているのかも興味はない。
「それはキャッチボールじゃないの?」
へカーティアさんがキャッチボールしたって音速の球投げてくるでしょう。
「会話の野球でもします?」
「よくないでしょ!」
珍しくこいしに叩かれた。何故だ……
「貴女面白いわね。気に入ったわ」
いやいや気に入らないでくださいよ女神様。うん…女神様ですね。
「気に入られると困るのですが…」
「いいじゃない。それよりも折角だし地獄を見にいかない?色々とお話しもしたいし」
絶対何か企んでいる。それとどうして私達の手元に目線がいっているんですか?え…まさかこれ飲みたいんですか
「私は遠慮したいのですが」
そう一言言ってカップとお皿を取ってくる。
まだお湯は残っているから…
「いいじゃんお姉ちゃん!お空とお燐も入れて一緒に行こうよ!」
「あ、あたいもですか?」
強い気に押しのけられて何も言えなかったお燐がようやく口を開いた。
でも断るような雰囲気ではないのが残念。
「あらあ?断るというの……」
めちゃめちゃ脅しにかかっているんですけれど!怖い怖い!
「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着きましょう」
「そうね…じゃあ遠慮なく」
あのお…そこは私の席なんですけれど。どうして座っているんですか?私の座る場所が無い気がするんですけれど…別に良いんですよ。私が立っていればいいだけですから。
「美味しい紅茶ね」
「幽香さんに伝えておきますね」
幾分か雰囲気が和らいだ。とはいえやはり女神だしかなり強いし危険人物ではS級行ってもおかしくないような方ですからお空とお燐は完全に縮こまってしまっているのですけれどね。
かわいそうに……
「ふふ、それじゃあ…明後日にでも来ない?地獄はいつでも歓迎しているわよ」
「地獄ってそんなウェルカムでしたっけ?」
「私の気まぐれだったりするわよ。なにせいろんな女神をやっていますから」
「地獄に地球に…月ですか」
「……随分と詳しいじゃないの」
あれ…怒らせてしまいました?一気に雰囲気が変わったのですけれど。え…なにか地雷でも踏み抜きましたっけ。
「まあ知っているだけですから…」
「流石地底の支配者。賢者達が手駒にしたいわけだわ」
「あー私は誰の手駒にもなりませんよ。勿論貴女の手駒にも……」
一瞬だけ手駒にしようとしている感情が見えたので釘をさす。鉄板で刺さっていないのかもしれないけれど。
「いつか心変わりするかもよ?」
「その時はその時でこちらから頭を下げますよ」
「……まあいいわ。それじゃあ私はこれで、お茶とお菓子美味しかったわ」
そう言い残して彼女はその場から消えてしまった。
少しだけ煙のようなものが生まれたものの……
その場の空気も一気に和やかなものに戻った。
「い、一体なんなんですか!」
「地獄の女神よ」
彼女の気迫から解放されたお燐が叫ぶのを抑える。
「そういえばあんな人いたなあ……」
「お空知っているの?」
「ちらっと見たような記憶が…あるようなないような…」
「なんで最初に言わなかったんだい……」
お空ならある程度場を和ませることもできたかもしれない。
「忘れてた」
ある意味お空らしい。
「途中からお姉ちゃんがこの場を一気に修羅場に変えたよね…」
「そうでしょうか?」
そうだよ!と全員に怒られた。解せぬ。