古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.115さとりの訪問

その場所は幻想郷の中でも最東端に位置する。

これ以上先に行くことは物理的にも不可能であって、進もうとすれば無限ループの罠に陥る。

ずっと東に向けて歩いていたはずが、気がつけば西に向かって進んでいる。そんな空間がねじれたような場所なのだ。

よくこんな仕組みの結界にしたものだと感心半分。

何かを封じる結界は基本的に板のような性質をしている。だけれどそれではそこに何かがあるという証明にもなってしまう。

 

それは幻想郷の性質上好ましくない。

だから少し複雑であっても壁のようなものではなく空間を歪めるかつ、幻想を否定する者には効果が増大するこの仕組みになっている結界を作り出したのだ。

それを担うのは二枚の結界。

「隠す」を主体とする結界と「幻想」を主体とする結界。

「隠す」は先ほどの通り、ちなみに外側からの場合は特殊な場合を除き幻想郷のある場所はただの森、あるいは地面として通過してしまう。いわば空間から浮いた状態である。

なんでも…博麗の巫女が代々継承する「浮く」能力を元に作り出したらしく結界の補修だったりも博麗の巫女しかできない特殊なものらしい。

 

まあそんな訳で、結界に閉ざされてからは初めてとなりますが、博麗神社に挨拶回りに来た。

本当はお参りも兼ねてもう少し早く行きたかったんですけれど…ゴタゴタが収まるのに時間がかかりすぎました。

 

それに向こうも巫女の世代交代があったらしくしばらく落ち着かなかったようですから余計に顔を出し辛い状況だった。

 

まあそれも今は昔の出来事。

 

「紫、久しいですね」

ふと背中に違和感を感じて振り向いてみれば、そこには隙間が作り出す空間の切れ目と、そこから顔を覗かせる紫がいた。なぜ地面に空間を開けているのだろう?

ものすごくハィ、ジョー◯って言ってきそう。

「ええ、顔を出しに行きたかったけれど時間がなくてね」

隙間が空中に移動し、気がつけば紫がその場所に立っていた。

「こちらもです」

そういえば彼女とも会っていませんでしたね。別に会う必要があったかと言われたらノーを突き返すんですんけれど。

それに今だって偶然…いや必然的に出会ったという感じでその後もただただ、たわいもない話が続く。

半分愚痴のようなものだけれど……

 

 

 

話しているうちになにかを聞いて欲しそうな雰囲気を一瞬だけど感じ取った。

紫自身は境界を弄っているためか能力使用での心読は辛い。

だから雰囲気で察する方が確実だったりする。

会えて聞いて欲しいという事だろうか。なら最初からそう言えば良いのにと思ってしまうがこうしてただ無駄話もしたいからとかそういう理由でやっているのだろうと勝手に納得して私は口を開く。

「そういえば外の世界は今何年なんでしょうか…」

 

そのとたん紫の顔が嬉しそうになった。

微笑みは普段と変わらないけれど溢れ出る雰囲気が完全に喜んでいる。

彼女の笑みはどちらかというと…慣れないうちだと胡散臭いとか負の印象をつけてしまう事が多い。

結局その固定概念が最初に出来上がってしまうと可哀想な事に人はそれでしか捉えられなくなる。だから本質を見誤る。

まあ今はどうでも良い話でしたね。

「だいたい…1900年代ってところかしら。丁度大きな戦争が起こっているのよ」

 

大きな戦争……まあ私にはどうでも良いことです。人類は何かしらの戦争をいつも起こす者だから仕方ない。

多分人間の闘争本能なのだろう。

 

「なぜ戦争の事を?」

純粋な疑問。

「ただの気まぐれよ。ああそうだったわ。確か…貴女の知り合いが奮闘していたらしいわよ」

そう答える紫は口元を半分隠していた扇子を閉じて微笑みかける。

その笑みがやはり……信用できない感じを出してしまう。残念美人…いえなんでもないです。

 

「知り合い?」

知り合いと言われましても…外の世界にいる知り合いという仲のヒトは結構いる。大半がもうこの世に居ないのは確定しているけれど。

「猫の知り合い。多いんじゃないのかしら?」

猫?猫の知り合いなんてかなり少ないですよ。

「……姉妹ですか」

 

「ええ、姉妹よ」

紅香と千珠…の事ですか。確かにあの姉妹旅するとか言っていましたけれど…

「……それで?」

結局あの子達がどうしたのだろう。戦争に巻き込まれていようと半分以上関係のないことなのですが…

「あの子達の武勇伝聞きたい?」

武勇伝?紫は彼女達が気に入ったのだろうか?

紫が他人に興味を持つなんてなあ…珍しい以前に、一体どのような気まぐれを引き起こしたらそうなるのやら。

「いえ……いつか幻想郷に来た時に聞くとしましょう」

 

「それができるかはあの子達次第…待つのね」

だってあの2人が高々戦争に巻き込まれたくらいで帰ってこれなくなるはずありませんから。

「いずれこちら側に来ると信じていますから」

 

「……そうなら好きにしなさい」

 

その一言で、紫は会話を終わらせるつもりのようだ。まあ話すことがなくなったのならそうなのだろう。実際私は神社に向かう途中。そして紫も紫でなにか用事があるのだろう。

 

「私からもひとついいですか?」

だけれど最後に1つだけ。

「貴女が?別に良いわよ」

閉じようとしていた隙間が再び開かれる。

「外からの侵攻には気をつけてくださいね」

まだ何十年も先の事ですけれど、これくらい早くでないと対処できるかどうか分からない。

「貴女…何を知っているの?」

 

「何も知りませんよ。今のところは……」

事実私は何も知らない。起こることが予測できたとしてもそれはあくまで予測の範疇でしかない。

「そう…じゃあ貴女に調べてもらおうかしら」

調べるって…また予想の斜め上をいくお方だ。

「外の世界には行きませんよ」

こちらでの業務などもあるんですからね。と付け加える。実際地底の主というこの立場は私を幻想郷に縛り付ける鎖のようなものだ。私が…勝手にしないようにするための。

「それもそうだったわ…じゃあ他の子に頼むとしましょう」

 

それじゃあねと今度こそ紫は隙間に入って消えていった。

静寂と…風の音がよく聞こえる。

 

そして誰かがこちらを伺う音も……

まあ神社の目の前で妖怪が話をしていればそう言う反応もするだろう。だけれど…まさか盗み聞きするとは肝が備わっているというか無鉄砲というか…

それでも気づかないふりをして神社に進む。

「貴女は何者?」

だけれど私が気づいているというのは既に向こうにバレていたらしい。私の目の前に飛び出してきた。

一般的な巫女服…だけれどその服装の一部には赤と白の勾玉が描かれている。博麗神社の巫女さんでしたか。

「盗み聞きしていたんですか?」

私の言葉に顔色ひとつ変えない。流石、博麗の巫女ですね。

っていうか目線怖いですよ…感情を見通せない。

「偶然耳に入っただけよ。それで、貴女は何者?」

偶然だろうか…まあ偶然としておきましょう。さて私が何者か…少し難しい問いですね。

私というものは私だしシュレティンガーの猫みたいに私であって私じゃないという事もない。だけれどいざ私は何者かと問われれば答えに詰まりそうになてしまうのもまた事実。

「地底の主に、趣味で人を助けたり脅かしたりして、八雲紫の友人で、地獄の女神に目をつけられ……」

あと他にも色々ありましたね。

「ちょ、ちょっと?」

どうして困惑するんですか?

「それと天狗に勘違いされてよく雑用を押し付けられることが多いただの妖怪です」

ただの妖怪が今は一番かもしれない。実際特別でもなんでもないんですから。

「それをただの妖怪で済ますのはおかしいと思うわよ」

そうですか?至って普通の妖怪だと思うんですけれど…ちょっと厄介な事に巻き込まれやすいってだけで。

ダイ◯ード程じゃないですけれど。

「そうですか?実際ただの妖怪ですよ」

 

「まあ良いわ。妖怪が神社に何の用?」

私の受け答えにこれ以上言っても無駄だと判断したのかため息をついて巫女さんは近く。その手に握られたお祓い棒が無ければ平和的だったのに…そんなことを思っても無駄なだけ。

「ただのお墓まいりです」

少しふざけても良かったけれど素直に答えておく方を選択する。

「お墓?……あんた名前は?」

そう言えば名乗っていませんでしたね。失敬失敬……

「さとりです」

私の名前を聞いた巫女の顔が驚きに変わる。

お祓い棒が下げられ、肩の力が抜けた。

「ああ…貴女だったのですね」

急に柔なくなった…

「もしかして先代から聞いていたんですか?」

墓参りに来る妖怪なんて中々いないですからそうなのだろう。そういえば前に御墓参りに来た時は先代の巫女1人だけでしたね。彼女が知らなくても無理はないか……

「ええ、先程は失礼しました」

 

随分と雰囲気も口調も変わったものだ…うん。こっちが素の彼女。さっきのは仕事上ああしている方が楽だからやっていると言ったところだろうか。

「お気になさらずに。おかしいのはこちら側ですからね」

実際おかしいのは私…彼女はなんにも悪くはない。

 

「せっかくだしお茶飲まない?お話ししたい事がたくさんあるし」

話したいこと……大方先代や先先代の巫女のことだろう。

あまり深くは関わっていないけれどある程度の認識はあるから…まあ望むようなお話はできるだろう。

「……ではお言葉に甘えて」

 

それに神社でお茶するなんて久しぶりですし。

それにしても……なかなか隙を見せない方ですね。

 

気を緩めても警戒は緩めない。

常に相手を攻撃出来るように体制を整えている。

鴉天狗の速度を最初から使用できるのなら兎も角、私ではこの間合いを詰める前に首を刎ねられますね。

 

流石先代が殺しのプロだっただけあります。

 

「……?どうかしましたか?」

 

「いえ、なんとなく先代に似てるなあと」

特にその…相手の弱点を探るような目線とか。

それと戦闘時の死んだ魚のような目。感情もなく、行動予測もさせない…本気の目。目線で物事を探る戦闘に慣れたヒトにとっては驚異になる。私も似たようなものですけれど。

「そうですか?あまり似ていないと里の人には言われるんですけれど」

 

「気づいてないだけで雰囲気はかなり…それに、相当仕込まれているようですね」

 

「厳しい方でしたからね」

でしょうね。こいしとサシで戦って普通にこいしを負かすような方でしたし、それでいて凄く……なんでしょうね。暗殺者って感じでしたし。

紫に問い詰めたら実際暗殺者の家系から引っこ抜いたらしいですし。

ああ恐ろしい。

 

「そういえば紫さんとは友人関係なんですよね」

 

「ええ、友人ですよ」

実際向こうがどう思っていうかはわからないけれど。

「あの方にも友達がいるんですね」

 

それ本人が一番気にしていることですから言っちゃだめですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……藍、言いたいことは分かるわよね」

隙間を閉じた私の側に待機する従者にお使いを頼む。

「心得ています」

 

「ついでだから実際外から攻め込む場合を貴女なりに想定しておいて」

追加注文に難色を示す。

無理もないわね。今まで外側から攻め込まれないように色々と手を回したのにそれでいてまた外から攻め込まれる事を考えるなんて。

「確かにさとり様の助言は的を得ていますが…流石に直接こちら側に攻め込んでくるようなことが起こるとはそうそう考えられないのですが」

 

「普通ならそうよ。だけれどあの子はそれでも攻め込まれると確信しているわ」

 

「そうですか…ではお使いも含めて検証したいので1ヶ月ほど時間をください」

 

「任せるわ。私も心当たりがないわけではないから少し留守にするわ」

あら?その場合幻想郷の管理人がいなくなってしまうわね。

流石にこれではいけないから藍の方を先に終わらせておく必要があるわね。

「……勿論藍、貴女が戻ってきてからよ」

 

「わかりました。では私がいない合間は橙を」

 

「分かったわ。……ただ可愛いと保証ができないかもしれないけれど」

勿論冗談だけれど。この子の大切なお気に入りに手をつけることなんてしない。

するのであればもうとっくにやっているし。

「その場合こちらも対抗しますよ」

冗談なのにムキになっちゃって…可愛いのにどうして普段は仏頂ズラしか出来ないのかしら。もったいないわね。

 

「あ、そうでした紫様」

私に背を向けた藍が思い出したかのように振り返った。

「なにかしら?」

 

「お使いをするにあたって少し借りたいものがあるのですが…」

 

「良いわよ。準備できるものでね」

 

「橙の写真が入ったペンダントをお願いします」

 

「全く…普段から欲しいって言えば良いじゃないの」

 

「普段は本人を愛でられるから良いんですよ」

それ、真顔で言う事かしら?というか真顔で全部言ってのける藍がなんだか怖いんだけれど。どこで教育を間違えちゃったのかしら…

 

「まあ良いわ。じゃあよろしく」


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