古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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第5部 破
depth.118さとりと影の足音


何かが崩壊し何かが始まるのはいつだって唐突で、こちらの都合も意識も無視してくる。

まあ今となってはそんな感傷に浸る余裕も時間も無いのだけれど。

 

 

 

地上にある私の家は旅館も経営している関係上人の出入りが普通の家よりも多い。幻想郷が結界に閉ざされる前は旅人が立ち寄ることが6割、妖怪が4割と言ったところだろうか。

結界に閉ざされた後も様々な事情で日暮れまでに人里に戻れなかった人や暇を持て余した妖怪などがやってくるので大して割合は変わらない。

だけれど最近は妖怪も人間も殆どやってこない。

数日前までは2、3人程度だけれど来ていたのにだ。

「うーんやっぱり今日も来ないね」

もうすぐ日が暮れる。うーんと私の前でうなるこいし。

「人里に行ってみたらどうですか?何か事情があるのかも…」

 

「……もう少ししてから行ってみようかな?お姉ちゃんの方は何かあるの?」

 

「特にないけれど……」

 

旧地獄はその性質上人間達の情報があまり回ってこない。

一応人づてに噂などは広まりやすいし重要な情報はよく流れることが多いけれど人間との接点がほとんどない。

人里でも食料を栽培している地底の事はなんとなく知っていても旧地獄のことを知っている人は殆どいない。

まあそんな事で人間達がなにを思ってどうしているのかなどは全くわからないというのが現状。

最近人里に顔を出していないというのも原因の1つだけれど。

 

「「……うーん」」

 

 

「あの……お取り込み中だった?」

姉妹揃ってどうしたものかと唸っていると、廊下と部屋を隔てている襖が開かれた。

視線をそっちに向ければ、紫苑さんが気まずそうな…というかいつもと同じ無気力そうな顔をして部屋を覗き込んでいた。

 

「そんなことないよ。上がっちゃって上がっちゃって」

こいしが紫苑さんを招き入れる。

だけれどその直後、紫苑さんの後ろに別の人影が映る。1人じゃなかったのかと思った時にはその人影も部屋の中に入っていて……バッチリとその姿を見せてくれた。

「お邪魔するわ」

こんな近くになってもほとんど気配を感じないあたり、相当な実力者だとみんな嫌でも分かる。

まあ、幻想郷最強あたりまで実力がないと巫女の仕事は務まらないから仕方がないのだろうけれど。

「博麗の巫女?」

 

「あ、巫女さんだ」

軽々しいこいし。

「ひっい、命だけは…」

紫苑さんはビビリすぎですよ。わたしの背中に隠れる必要無いですからね。怖い噂しかないですけれど敵対しなければ優しいですから。

「大丈夫よ。今日は退治に来たわけじゃないから」

その言葉にようやくわたしの背中から離れた紫苑さん。ですが、目が合ってしまったらしく直ぐに縮こまってしまった。残念と言うか運がなかったというか…

 

「まあいいわ…今日はあんたに用はないから」

退治しにきたわけではないとなると…

「何か相談事ですか?」

 

「話が早くて助かるわ。貴女の言う通り相談事よ」

当たりらしい。それにしても巫女が妖怪に相談事ですか。

 

「ふむ……紫あたりがお姉ちゃんに相談しろと言ってきたのかな?」

確かにそうかもね。

「多分正体が分からない妖の事ですね」

それもだいぶ深刻な模様で。

 

「よく分かったわね。流石覚り妖怪と言うべきかしら」

感心したような…でも少し醒めた口調で巫女さんが拍手をする。喜んでいいのか全くわからない…素直に喜んだ方がやっぱりいいのですかね?

「そうねちょっとした相談事。出来れば一対一で話したいのだけれど」

一対一ですか。わたしは別に構いませんけれどこいしは納得するかしら?

「分かった。じゃあ私達は席を外すね」

あら意外と素直ね。あ、でもこれは後で詳しく聞かせてねってことね。仕方がないわ…あとで教えてあげましょう。

 

こいしが紫苑さんを連れて部屋からでる。

2人でいるには少し広すぎる空間が出来上がった。

お茶を出そうかなと思ったけれど要らないと言われてしまい大人しく話を聞くことにする。

 

「それで、相談事と言うのは?」

 

「実は最近人間が襲われる被害が多発しているのよ」

 

「それくらい普通のことじゃないんですか?」

幻想郷で人間が妖怪に襲われるなんて日常のようなもの。人間側だって運がなかったと言うしかない。まあ襲われると言っても命を奪わない妖もいるので一概に妖にあったら殺されると言うわけでもない。

 

「まあそうなのだけれど妙なのは襲われた人間…いえ、人間だったものが少し妙でね」

人間だったもの……そういうことだろう。

「妙とは?」

 

「体のどこかに何かに噛み付かれた様な咬み傷がある以外外傷がないのよ。だけれどその代わり身体中の血が無くなっていたの」

 

「なるほど…仏さんは血を吸い取られた様な状態だったと」

あーなんとなく原因がわかりました。確かに日本ではほとんど存在しないようなものですからわからなくても仕方がないだろう。

「ええ、そうなのよ。全身の血を吸い取る妖怪なんて聞いたことないし……これがもし人間の仕業だったとしたらそれはそれで猟奇殺人なんだけれど」

人間だったらかなりやばいですけれど咬み傷だけで全ての血を抜くなんて…いや、咬み傷は注射器とかの跡を隠すためにつけたと考えると納得いく。だけれど人間の可能性があるならこっちにくるって事は無い。人間じゃないと確信しているのだろう。

「私なら何か知っているんじゃないかと?」

 

「ええ、紫に相談したらそう言われたわ」

紫でしたか余計な事を吹き込んだのは。

 

心当たりしかないのですけれど確証も無しに騒ぎ立てるのも賢い選択ではない。

今のままでは現状を維持するくらいしか出来ない。わたしからの助言では……

紫がどこまで気づいているのかですね。全く気づいていないと言うことはないでしょうけれど……過小評価していても困りますし。

 

「血を吸う魔の存在は古今東西あらゆる伝説がありますが、幻想郷に入り込めるようなものと絞っていくと数は限られます。その中でも確率として高いのは吸血鬼と呼ばれる存在です。もっとも、現場や遺体の状況を見て見ないと確信的な事は言えませんが」

 

「吸血鬼?そのまんまな気がするのだけど」

そのままの意味ですからね。

「ヴァンパイアとかドラキュラとか色々と呼び名がありますけれどしっくりくるのはやはり吸血鬼でしょう」

まあどれもこれもあだ名のようなものなのですけれど。

 

「最初の吸血鬼は北欧方面で確認され、その力は鬼と変わらない。むしろ鬼より強いかもしれませんね。頭を消し飛ばされても死なず高速で再生し、無数の蝙蝠に分裂変幻でき、目にも留まらぬ速さで動き回り、山に大穴を開けるような馬鹿力で襲いかかる…そんな伝承があります」

そんな吸血鬼の真祖ですが今は魔界でのんびり寝ているらしい。次の復活はいつなのやら。

「なにそれ…強すぎるんじゃないの?」

流石に顔色を変える巫女さん。少し脅しすぎましたかね?でもこのくらいやっておかないと慢心したら大変ですから。

「あくまでも最初の吸血鬼がですよ。単一の存在ではないのでかなりの数がいるようですし」

レミリアもそんなことを言っていたし。天狗や河童のように沢山いるのだろう。

それらがどれほどの強さなのかは分からないけれど相当強いと思った方が良い。

「……弱点は?」

訝しげな顔をしながらも弱点を聞いて来た。

「普通の攻撃じゃ心臓を破壊しても回復されてしまいますが、純銀製の武器か白木の杭で攻撃をすれば普通の人間と同じように殺せるはずです」

ですが身体能力が並みの鬼を超えているので真っ向勝負は難しい。

「それだけ?」

 

「後は川とか海とかの流水を自力で渡ることは出来ないですし、直射日光に当たると体が灰になりますし、聖水もぶっかければ火傷のような怪我を与えることはできますよ」

勿論一番大きいのは直射日光で灰になると言ったところだろう。だから彼らの動きは日暮れ以降の夜か直射日光が当たらない場所、天気の下に限られる。

「神社のお札とかも使えなくはないですけれど封印や退治には正直言って無理ですね。動きを封じる程度には効き目がありそうですが」

 

そもそも吸血鬼は欧州の化け物であって妖怪ではない。だから対妖怪用のお札や術式が通用するかと言われたらそんなことはない。

実際欧州では魔物退治によく使われる聖水だって妖である私達には効かないのだ。その逆だって普通にあるに決まっている。

それを伝えるとものすごくがっかりしていた。

仕方がないでしょう。諦めて純銀製の武器を揃えるのですよ。

 

あ、出来れば大聖堂の銀十字架に使われていたものを溶かして作った方が効果増大ですよ。って言っても分からないですよね。

そもそも銀製の武器を作るところから難しいのだ。こうなったら丸太を持つしかないのではないだろうか…

「相手の弱点が分かっただけでもありがたいわ」

ありがとうねと言い残して巫女さんは部屋を後にしようとする。

「折角ですし泊まっていったらどうですか?」

襖を開けようとしていた巫女さんはその言葉で手を止めた。

「それが私を嵌める罠だったら?」

 

「まさか…そんなことをしようものなら紫に退治されているでしょうね。そうでしょう、紫」

さっきからずっと聞いていましたよね。

「ええ、そうね」

私に見つけられたためか彼女はすぐに隙間を開いた。私と巫女が向かい合っていた机の左側に体を出してくる。

 

「紫⁈いつからいたのよ!」

 

「最初からいましたわ」

狐につままれたような…なんとも言えない表情をする巫女が面白いのか紫はコロコロと笑っている。

最初からと言うことはわたしの話も聞いていたのだろう。

「折角だし泊まっていきなさいよ」

 

「あんたに指図される筋合いはないと思うんだけれど……」

 

「心外ね…昔はあんなにいい子だったのに」

紫の嘘泣き。しかし効果はない。

紫は一枚の写真を出した。どうやら巫女の幼い頃の写真らしい。

ものすごい剣幕で巫女が紫に飛びかかる。

もちろんかわされてしまう。紫に強襲は無理ですよ。

「まあいいわ。今から帰るのは確かに危険が多いし、今日は泊まりましょう」

 

ありがとうござます。ではお部屋に案内しますね。

……紫はお話しがあるようですけれど後ですからね。

 

「そう言えばご飯はどうしますか?」

 

「頂くわ…」

ご飯の事を聞いてみると急に何かを思い出したのか、あるいは思い出してしまったのかがっくりとしてしまった。

「……食事ちゃんと取っていませんね?」

「仕方がないじゃないの。食料不足よ」

今度米とか野菜とか持っていきましょう……なんだか博麗神社ってよく食糧不足起こしますよね。

立地条件の問題で買い物に行くのが難しいと言うのもありますけれど……

 

 

 

 

 

 

 

「ふうん……吸血鬼ねえ…」

隣の部屋で話している2人の会話を聞きながらこいしさんは笑みを浮かべていた。気がつけば私は会話を聞きながら震えていたと言うのにどうして笑えるのだろう?

こいしさんはどう思うのだろう。さっきまでさとりさん達が話していたことはかなりヤバイもののような気がするけれど…

「大丈夫なの?」

 

「それは幻想郷を守りたいって人達がどのくらい居るかによるんじゃない?」

 

それはそうだけれど……でも強い相手が沢山やってくるなんて考えただけでもゾッとする。

「うーん…確かに強いけれど弱点も多いから正々堂々と正面切って戦うのを避ければなんとかできるよ」

 

「大丈夫なの?」

 

「強い相手と戦うときはいつもそうやっているから安心して」

 

いや、逆に安心できなくなって来た。主にさとりさんやこいしさんより強い相手に平然として倒せると言い切るところが……

 

「まあ2人は頭のネジが外れているからねえ…」

不意に後ろから声をかけられる。

とっさに振り返ればそこには1匹の黒猫が変幻した存在がいた。

「お燐、それは心外だなあ…お姉ちゃんはともかくわたしはすごく傷ついちゃうよ」

内心絶対そうは思っていないね。そんなヘラヘラ笑っていられるんだからきっとネジと一緒に真空管とかもどこかに行ってしまったのだろう。

まあ言わないけれど……

「大丈夫かなあ……」

わたしは厄病神だ。何もしていなくても周りは不幸になるしわたしも不幸になるしなのだ。

あまり迷惑にならないようにひっそりと隠れていた方が良い。

 

「折角だし旧地獄に行ってみたら?」

そんなわたしの心を見透かしたのか急にこいしは私の両手を握った。

「旧地獄?」

 

「そうそう!温泉もあるし色々と楽しめると思うよ!吸血鬼の問題が片付くまで旅行して来たらどうかな?」

 

「いいの?」

 

「誰も来るななんて言わないし言うようだったらお姉ちゃんがなんとかするからさ」

「あたいも賛成かな。あそこは入り口さえ封鎖しちゃえば吸血鬼が攻め込むことは絶対にできない場所だからね」

こいしさんの笑顔が不安な私を安心させてくれる。なんでかは分からないけれどそんな感じの温かみがあるのだ。

「じゃあお言葉に甘えて」

甘えちゃっていいのかは分からないけれど、今度女苑も連れて行ってみよっと。

 


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