古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.13GOODLUCK SATORI

食事を終えたこいしが布団に潜って寝息を立てるまでを見届けた私はこれからの事を考えていた。

 

お燐は星を見ると言って屋根の上に上がっていった。

今この部屋にいるのは私だけという状態だ。考え事をするのにはちょうど良い。

そろそろ冬の冷気が顔をのぞかせ始めている。

着ている服を通して少し肌寒い空気が肌を刺激する。

 

今が何年のいつなのか…もう忘れた。

興味もなかったから細かく調べてないので忘れたも何も無いのですけどね。

人間の暮らす世界とは別の世界を生きるようになってから時間の概念が希薄になってきた。

唯一としては前世記憶と照会するときくらいだろうか…

 

思いつく限りではあまり細かいことはこの先わからない。わからないけど結局私のような妖怪が無理に乱入して掻き乱してもなんだか気がひけるというか…バタフライ効果とかを気にしているというか…別に今更どうなっても良いんですけどね。

 

気にしない気にしない。私は私である事を忘れないで生きていくだけ。

 

 

 

月の一件があってからあからさまに陰陽師達が動きを活発にし始めた。

あの場に妖怪が乱入してきた事を相当根に持っているのだろう。

アホっぽいが人の世の動きなんて大体そんなものでしょう。

来年には妖怪の山に帰った方が良さそうなのかなあ。

ここもあまり安全じゃないです…まあ私達さとり妖怪に安全な地なんて無いんですけどね。

なんだかすることもないです。どうせならお燐のところにでも行きましょうか。

いつものコートを羽織って姿を偽装する。

いつどこで誰がみているかわかったものではない。特に大妖怪クラスに目をつけられたらわたしなんて一瞬で消え去る。

まあ、気をつけるに越したことはない。

 

「起こしちゃうと悪いですし…窓から出ましょうか」

 

最近立て付けが悪くなったのか玄関の扉が異音を放つようになってきた。

こいしを起こしてしまうのも悪いのでこっそり台所の方に行く。

ついでにと差し入れもと台所からいくつか食べ物を持っていく。後小瓶のお酒。

片手にそれらをまとめて抱える。

多少バランスが悪いが気にしない。

 

勝手口を静かに蹴破って屋根の上に行く。

「お、来たのかい?」

 

人型になって寝っ転がってるお燐がゆっくりと顔をこっちに向けた。

 

同じ光は一つもなく大きさも形も光の強弱さえもバラバラ。それらが互いに干渉することなく変わらずその場に居座っている。たまに流れ星が点々とする星の間をかすめて消えていく。

 

この体に生まれてから幾度となくみてきた光景。だけどあまり深くまではみなかった光景だ。

 

「……綺麗ですね」

 

「だねえ…あたいも落ち着いた時に見ようと思ってたけどここまで時期が伸びちゃうとは…」

 

ーーもっと早くから見たかったなあ。

 

 

「…お酒、飲みます?」

 

「お!ありがたいねえ」

 

お燐はお酒の小瓶をもらうとそのまま一気に飲み始めた。

 

「なんとも…大胆に飲みますね…」

 

「喉乾いてたからさ」

 

飲んでる姿を見ているとどこかの鬼達を思い出す。

そういえば名前、鬼達につけてもらったんでしたね。自然と似てくるものなのでしょうか。

妖怪にとって名前は色々と重要なものらしいです。私自身はよくわかってませんが妖怪の気質を決めたりなんだりするとか言ってた気がしますけど…忘れましたね。

 

 

「あー、ねえさとり」

 

一本目を飲み干してしばらく意識がどこかに行っていたお燐が唐突に話しかけてくる。

「なんですか?お酒はもうダメですよ」

 

「いや、お酒じゃなくて…この後どうするのかなって…」

 

「この後ですか?そうですね…」

 

正直言って迷ってる。

このまま地球を放浪するもよし、また妖怪の山に戻ってのんびりスローライフを送るもよし。

しばらくは何もしたくないです。

とは言えど…こいしの事を思うとどうしたらいいのか…慣れない体のままでは旅みたいなものは出来ない。それに妖怪の山に行っても私たちを受け入れてくれるとは限らない。

というかこの世が受け入れてくれてるかすらなんとも言えないのだ。

 

「どうしましょうかね…」

 

「ここも物騒になってきたからねえ…また妖怪の山にでも帰るかい?」

 

「……帰る…皮肉ですね。もともと私に帰るところなんて無いんですけどね」

 

あったとしても今となってはもう帰ることも出来ないほど遠くになってしまったところ。

 

「帰りを待ってる人がいるところが帰る場所だと思うけどなあ」

 

「……そう言われてしまうと否定できませんね」

 

だろ?と返事しながらお燐はそばに置かれたつまみを食べ始める。

なーんか最近踏ん切りがつかないというかナイーブと言うか…かなり気が落ちてます。

 

「じゃ…妖怪の山にでも行きましょうか…」

 

気分転換も兼ねてそう言ってみる。

もちろんお燐は答えない。答えなくても分かっている。

ただ今すぐとはいかない。とはいえここから妖怪の山まではそこまで遠くはないはずだ。

(こいし次第だね)

 

やっぱり…

 

「それにしてもおいしいねえ…」

 

いつの間にか酒の小瓶をちびちびと飲んでいるではないか。

どのタイミングで私から掠め取ったのか…全くわからなかった。

 

「お燐…ほどほどにね。二日酔いになっても知らないわよ」

 

「はーい」

 

やめる気は無さそうですね。

明日の朝はしじみ汁でも作ってあげましょう。それかウコンでも取ってこようかしら。

 

「あら…屋根の上で宴会?」

 

背後から真っ黒な塊がふわふわと視界を覆い隠してくる。

たちまち空に舞っていた星の明かりが逃げるように消えていく。

 

「あ、ルーミアさん」

 

私とお燐を包み込んだ闇が少しづつ消えていく。

そして気づけば私とお燐の合間に女性が座り込んでいた。

月夜の光を浴びて夜の闇をかき消さない程度に輝く金髪、黒と若干赤の混ざったワンピースのような服装。

若干イメチェンしたみたいだ。

 

「久しぶりーかな?」

 

「久しぶりなのでしょうかね?」

 

黙って手を差し出してきたルーミアさんにお酒の小瓶を渡す。

小瓶だったのが不満なのか。残念そうな、ちょっとイラっときた感じの表情をする。

「小さくない?もうちょっとおっきいやつは無いの?」

 

「他のが飲みたいなら自分でとってきてください」

 

「辛辣だなー…まあいいけど」

 

なにやらぼやいた後酒器にお酒を注ぎ始める。

その酒器は一体どこから出したのか…いつの間にか右手に収まってたように見えるけど…

 

「……ふう」

 

「そう言えばルーミアさんは妖怪の山って…」

 

「知ってるわよ。天狗とか鬼とかがなんかわけわからん縦社会築いてるわけのわからないところでしょー」

 

すごい言われようだ。

大丈夫でしょうか妖怪の山。

「えーっと…あたいたちこれからそこに戻ろうかなーって思ってるんだけど」

 

お燐が隣から口を挟む。

 

「へえ…まあいいや。私はくっついていくのだー」

 

まあルーミアさんは私に懐いちゃったみたいですからそうなるだろうとは予想がつきますけど…

 

「ねえさとり…ちょっとみて欲しいものがあるのだけど」

 

小瓶一本を空にしたルーミアがお燐を膝に乗せながら訪ねてきた。

何かきになるものでもあったのだろうか。困惑というか興味があると言った気が言葉の中に紛れている。

 

「別にいいですよ」

 

「そう…これなんだけど」

 

ルーミアさんの背後あたりで漂っていた闇から筒のついた細長い物体が飛び出す。

 

「おっと…」

飛び出したそれは月の光を浴びで鈍く黒色に光りながら放物線を描いて私の腕の中にスポンと収まった。

 

ずっしりとした重みが体に伝わる。

 

「……銃?」

 

「月の人達が使ってたやつなんだよね。さっき帰り際に一個だけ綺麗に残ってたからさ」

 

銃全体は傷が多く塗装も一部禿げている。どれほどの激戦だったのかがいやでも分かる。

セーフティロックが降りてることを確認しマガジンを切り離す。

弾が銃内部に残ってないかどうか確認して全体を見る。

銃床展開で1000ミリ、長ガスピストン方式…

 

「SIG SG550アサルトライフル…ですね」

 

前世知識なら確かスイスのシグが作った傑作銃で軍だけじゃなくいろんな国の特殊部隊や機関、民間にも普及している。確かバチカンの衛兵隊もつかってたはずだ。そのため短銃身モデルや民間用の派生型も多かったものだ。

 

「へえーわかるのね」

 

「……色々ありましたから」

 

 

今手にしているのは初期のモデル…残念なことに二脚部分は破損して脱落してしまっている。

 

「使い方もよくわからないし、ごちゃごちゃしてて全く理解できないのよね。使える?それ」

 

「使えなくもないですけど…結構アレンジしないと無理ですね。それに…使いこなせるかどうか」

 

このまま使っても弾が尽きれば無用の産物。それに反動も音も大きいし構えて撃つまでの動作がいちいち隙を作りかねない。

その上この大きさだと振り回しづらい。せめて551のような短銃身モデルの方が良かった。

 

少なくとも無反動で片手ですぐに撃てるくらいが丁度良い。ただし命中精度は高いので安易に改造するとその長所が消えてしまう。

 

と言うかこれ自体ちゃんと動作してくれるのかどうか…

 

「まあ、私はいらないから好きに使っちゃっていいよ」

 

「ど、どうも…」

でもわざわざ銃を使って弾を飛ばすくらいなら直接ぶん投げた方がいいと思いますけど…そっちの方が自然体で構えられますし発砲音がしないから楽なんです。

 

弾が入ってないのを再度確認しセーフティからセミオートに切り替え。

そして引き金をゆっくりと引く。

 

カチッと軽い音がして撃鉄が叩かれる。

何回か引き金を引いたりして動作を見てみるが問題はなさそうだ。

あとは弾丸のパウダーが劣化してないかとか不良品じゃないかとか色々とあったりするけど一応大丈夫そうだ。

 

 

とまあ、ここまでやっておいて使う機会もなさそうなものなのでさっさと分解していく。

屋根の上に部品がゴトゴトと落ちていく。

「雑だねえ…」

 

「どうせ使う機会なんてないですからいいんです」

 

「弾幕でも発射できる様にしてみれば使えそうだけど…」

 

「その手がありましたね…でもそれを誰がやるんですか?」

 

「そりゃ、さとりに決まってるじゃないか」

 

さらっと私に変なこと押し付けてきたよこの猫。要するに使ってみたいってだけじゃないですか。あーもうそんなにいうなら弾無しで使わせてあげますよ!銃剣みたいに使えばいいですし。

 

バラバラにしていたパーツのうちグリップがあるパーツをお燐に渡す。

月の兵が使っているのを覚えていたのかちゃんと握ってトリガーをカチカチと引き始める。

当然動かないし何も起こらない。ただカチカチ音がするのが気に入ったのか酔っ払い猫はしばらくトリガーを引き続けてた。

 

「それじゃあ…私は部屋に戻ります」

バラバラにしたパーツを回収して席を立つ。

「じゃああたい達はしばらくここで飲んでるよ」

 

背中に投げかけられた声にはいはいと返事をして屋根から降りる。

 

再び窓から部屋に入ると中でガサガサと誰かが歩いている音がした。

「こいし?何かあったの?」

 

「あ、お姉ちゃん。えっとね…その…」

部屋の隅にいたこいしがもじもじと話しかけてくる。

 

「トイレですか?」

 

「違うよ!たださ…一緒に寝て欲しいなって…」

声が少しだけ震える。

「もしかして怖かったんですか?」

暗闇が怖いのは人間という生物の深層心理に焼きついた特徴だ。

暗闇というのは自分の置かれている状況すらわからなくして人間の意識にかなり強い揺さぶりをかける。言ってしまうとわからないものに恐怖したり嫌悪感を感じたり理解できないものを崇めたり排斥したりするものに共通している意識だったりする。

 

「怖いっていうか…ちょっと苦手で…ダメ、かな?」

 

「全然構いませんよ。むしろ言ってくれれば最初から相手してあげたのに…」

 

「なんか言い出せなくて…」

 

「恥ずかしがらなくてもいいのに…さ、寝ましょ?」

 

部屋の隅に銃のパーツを置きこいしの手を取って布団に向かう。

今度から明かりになるものでも作った方が良さそうですね。

 

私達の体型にはやや大きい布団にこいしが身を滑り込ませる。

布団から顔を出したこいしがこっちを見つめてくる。そんなに急かさなくても良いのに…

ゆったりと隣に私も体を潜らせる。

 

「えへへ…あったかい」

 

「そうね…」

 

「やっぱり二人の方が気持ちいい…」

 

なんとなくだがこいしの頭を撫でる。

こいしもそれを望んでいたみたいで頭を私の肩あたりに乗せてくる。

 

 

 

最初こそもぞもぞしていたこいしもいつの間にか静かな寝息を立てていた。

上体を起こしてこいしの顔を覗き込む。

未だ幼さが色濃く残る寝顔。無防備すぎるその姿に一瞬だけ意識が引っ張られる。

 

 

この子を私は守れるのでしょうか。

少なくともこの子が悲しい目に遭うのだけは止めたい。いずれかは知ってしまう現実を…少なくとも私が生きている合間だけは味合わせたくない。私自身も味わいたくないですけど…

 

「過保護すぎるのかなあ…」

 

私自身の考えてる事に呆れてしまう。

こいしの都合も考えないで守るなんて…虫が良すぎますよね…

この子は私の勝手なエゴで妖怪になってしまった。

 

この子にとってはどっちが良かったのか…そんな事はもう関係ない。少なくともこいしはどう思っているのだろう。

 

「こいし…これから先、私のわがままに振り回してしまうけど…」

 

「……許してね」

 

私の言葉に反応したのか、こいしが私の体に抱きついてきた。

 

 

…しばらく抜けられそうにないわね。

 

身体を再び寝かせて意識を落とす。

私に抱きついているこいしの鼓動が感じられる。

 

ゆっくりとそれでも確実に打たれる命の鼓動。

私は…この命を守る為なら…悪魔にでも魂を売るつもりだ。

その先が地獄だったとしても構わない。天国に行く資格はもうとっくの昔に捨てた。

ただ、こいしが地獄に落ちるのは…嫌だなあ

 

 

 

 

 

 

次の朝に二日酔いで円卓の前にぶっ倒れてる二人を見つけ呆れ返ったのはどうでも良い話…

さらに言えばしじみ汁を作ってない…っていうか朝食を作ってない事に気付いた頃にはかなり時間が経ってしまっていた。

 

朝食というか昼食に近いのですけどね…その時間まで二日酔いが続くってこの二人は何をやってるのだか。

 

「ねえねえ、あの二人はどうしたの?」

 

「二日酔いで苦しんでるだけです」





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さとり様です

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