古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.125さとりと吸血鬼異変(変局編)

首元に走る激痛で意識が戻った。

その瞬間私の頭の中に先程までの記憶が流れ込んでくる。

 

多重人格…と言うわけではないけれどこれはこれで少しややこしいものだ。まあどうでも良いのだけれど。

 

横を見るとフランの方は気絶しているらしい。

気づけば彼女の傷は全て治っており、服が破れている以外は外傷が何もなくなっていた。

 

それにしても熱い…と思ってみれば真横には炎の壁が迫っていた。

だがその炎は全くと言っていいほど強くはなっていない。

そりゃそうだろう。こんな半密閉構造の室内で炎が燃えれば酸素なんて無くなる。多分今燃えているのは不完全燃焼なのだろう。早めに逃げ出そう……

 

噛み付いたままのフランを背負って部屋の扉をこじ開けようとする。

 

あ、そういえば忘れてました。

真後ろに障壁を展開し再度扉を吹き飛ばす。

空気が一気に部屋の外に吹き出す。それとともに内部に充満していた可燃性ガスと供給された酸素によって爆発が生まれた。

熱風が私の真後ろを抜けていく。障壁がそれらを防ぎ直接的な火傷は起こらない。

だけれど炎が噴き出した廊下は大惨事だし炎に囲まれていることには変わらない。

直ぐに廊下に出る。バックドラフト…確かに知識がない状態では妖怪といえど助かりませんね。

巻き込まれればひとたまりもない。

特にあの熱風を吸い込んでしまうと呼吸器官が火傷で使い物にならなくなってしまう。そうなれば緊急の手当てをしなければ呼吸困難で死んでしまう。

 

ふう……

 

「う……ここは?」

 

治った腕でフランの背中を撫でていると彼女が目を覚ました。

ふむ…やはり気絶していた時間はほぼ同じですか。

 

「思い出せますか?ゆっくりでいいですよ」

 

「思い出す?あ…え?なにこれ……私なの?」

やはりそうなりますよね。まあ仕方がありません。あの狂気は前に破壊したはず。それが貴女と私の認識であり事実それは間違っていない。

だけれど私が壊したのは狂気の持つ自我でしかない。自我のない狂気はいわば方向性がない一種の感情のようなもの。

フランの分は殆ど残っていませんが…私のはこの数百年の合間に成長してしまったようですね。

それに感化されたのか、あるいはその狂気の根源が近くに来てしまったからか急成長し完全な自我になろうとしていました。

まあ私自身もそれに気づいたのは紅魔館に入る数分前。今からの対処では応急的なものしか出来なかった。

「私がとった方法はたった1つ。私の自我が壊れないように狂気に私の自我の完全なコピーを渡したんです。まあ、近くにいた貴女にもその余波が来てしまいフランさんの自我のコピーが生まれてしまったようです」

 

「ってことは多重人格だったの?」

 

あー普通はそうなりますよね。

 

「完全なコピーですから正確には多重人格じゃないですよ。仮に多重人格だとすれば今まで抱えていた狂気を持っていない分私たちの方が第二の…別人格ということになってしまいます。その2つの人格はさっき互いにぶつかり合って消えました。相対消滅というか…自己嫌悪からの潰し合いなのか…どっちにしても消えたことには変わりありません」

 

私の話を聞いていたフランさんだがどうしても納得がいかないらしい。ならばこの記憶はなんなのだと…

「人格が消滅し、その記憶が戻っただけですよ」

 

「まるで他人の記憶みたい…なのにこれは私達の完璧なコピーの人格なんだよね?」

 

「狂気に侵食されている以外は」

ふうんと納得したのかしていないのか怪しい顔で首をかしげるフランさん。

「それって…通常でも完璧な人格のコピーって出来るの?」

 

「一時的になりますが可能ですよ。まあそのあと分岐した人格が戻った時に異変な気分にはなるかもしれませんが…」

妖怪の場合は最悪自我そのものの存在が揺らぎかねない恐ろしいものですけれど。

だからこれは土壇場で成功してしまった危険な例。

まあ今後使わなければ良いでしょうね。

「結局、完全な人格のコピーによる二重人格状態というのは人格そのものを不安定にしかねないのでお勧めしませんよ」

よくわからない…まあそうですよね。

ともかく今言えることは私の中に残った狂気はもう人格の消滅…いえ、オリジナルとくっついて原点に戻ろうと融合した結果違いの自我の相違を飲み込むことができずに消滅したのでもう大丈夫でしょう。

あの時フランさんの狂気をどうするかを彼女に丸投げにしていましたが…結局消滅する羽目になるとは…まあ原因は私なのですけれどね。

 

取り敢えず後はレミリアさんだけでしょうけれど……

「フランさん、レミリアさんのところに行ってきたら?」

私は少し休憩していきます。

「え?どうして……」

 

「お客さんがいるからよ」

私の言葉になにかを察したのか慌ててフランさんは廊下を駆け出した。というか途中で飛んでいる。

そして壁や扉を破壊して見えなくなってしまった。

 

やれやれです。結局、レミリアさんのところには紫が行ってしまうんですから。私は結局梅雨払いですか。

 

「こんなところで……大人しくしていていいの?」

 

誰かの気配がしたかと思えば……玉藻さんでしたか。

重症ですがどうにか動けるまでには回復したようですね。でも止血が終わっていないのに無理にきちゃダメですよ。

私が何か言おうとしたが彼女はその場に倒れてしまった。

炎で焦げたカーペットの上に紅い色が戻っていく。

すぐに体の向きを上にし、腹部の傷を炎で止血していく。

傷口から奥の方がぐちゃぐちゃだ…多分フランさんとの戦いに巻き込まれた時に……

なんとか動脈などの大きめの血管や肉を素の位置に戻す。

いくら人外でも手当なしではきついだろう……

 

「それより…レミリア様の元に行ってください……」

吐血しながら言うことじゃないですよ!

「もう紫が行っているわよ」

 

「信用……できるのは…貴女だけなんだ……」

 

…玉藻さんにそこまで言われてしまっては仕方がありませんね。

応急手当はあらかた終わりましたしそこで安静にしていてください。

 

さて、フランさんが向かっている事ですし私がやることと言えば紫に変わっての交渉ですかね。

ああ大変だこと……

 

 

あ、そういえば首思いっきり噛み付かれていたのですが……

手を当ててみれば首と肩のあたりが少し食いちぎられているのか生肉を掴んだ時の生暖かく柔らかい何かが触れた。同時に手にまとわりつく大量の赤黒い液体。

……ちょっとは傷を治してからの方が良かったですかね?

 

 

 

 

 

 

「それで、幻想郷の賢者よ。私に何用なのかね」

目の前で不敵な笑みを貼り付ける女性にも一歩も譲る気はない。

「立場をわきまえたらどうなの?もう貴女の侵攻は失敗よ」

恐ろしい殺気と妖力が彼女を只者じゃないと知らしめる。

だがこちらの思惑通りになっている。

やはり私が首謀者だと勘違いしているようね。だとしたら無駄な努力よ。

「残念ながら私は手を貸したに過ぎない。なにせこの侵攻を考え全てを計画した首謀者は戦場で暴れているさ」

 

「その真偽は今は証明できそうにないわね。だから、貴女を倒して勝手に戦闘の終了をさせてもらうわ」

 

ふむ……証明ときたか。確かにそれは無理だな。今のところはだが…

 

「古明地さとりがいるのならまた違った未来になったかもしれないわね。いずれにしても幻想郷に手を出した時点で相応の制裁が加えられるのは免れないわよ」

そう一方的にそう告げると幻想郷の賢者は私に異常な量の弾幕を投射してきた。

瞬間的に蝙蝠となりその全てを回避する。

「気が短いわね。せっかく月も紅く讃えているのだからゆっくり優雅に楽しみましょう‼︎」

蝙蝠の姿から再び元の姿に戻る。紅い月が私の体を照らしつける。

ちょうどよく気分も高揚してきたわ。今夜限りのこの闘争を楽しみましょう!さあ‼︎ハリー!ハリーハリーハリー‼︎

 

「さすが吸血鬼ね…あら?もう1人くるそうね」

 

もう1人?まさかっ!

私がその名前を言う前に、正面の扉が蹴り飛ばされた。音速を超えて飛んで来た扉を前に賢者は涼しい顔をして扇子を一振り。それだけで扉は6つに分裂して窓ガラスを砕いた。

砕けたガラスが七色の羽が放つ光を受けて虹のようにきらめく。

「フラン!どうしてここにきたの!」

途中から建物内で戦っているのは察していたがどうしてここに来た!

なるべくこちら側には来ないように言いつけていただろう!

「お姉様!助けに来たよ!」

 

ああ…全くバカな妹だ。ほんと…馬鹿だ。

だが私はそれ以上の愚か者だ。

妹の助けが有り難いと思ってしまったのだから…再び運命の歯車は回り出す。不明要素が増え定まらなくなる針。

 

「姉妹揃って愚かね。ああ、今なら降伏をしてくれるなら悪いようにはしないわ」

 

「抜かせ。吸血鬼が戦いもせず負けを認めると思っているのか?だとしたらとんだ道化だな」

力を見せつけず交渉に応じれば必ず足元を見られる。だから確実に優位になるように力を見せつける必要がある。だからこうして後方で待機していたのだ。ここまで来れる実力者と戦ってこそ。力による抑止は完成する。

 

「さあ!私の宴は始まったばかりよ!」

「違うわ。私達の宴よ」

レーヴァテインが展開され部屋の中の温度が跳ね上がる。私も北欧神話になぞられた自らの武器を具現化させる。

赤紫の電気を放出したそれの名はグングニル。

大型の投げ槍だ。

 

「どうしてこうも吸血鬼は変わり者が多いのかしらね」

それはこちらのセリフよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……‼︎」

強力な魔力の奔流。その強さに思わず片膝をついてしまう。

分かっていても身震いしてしまう。勇儀さんと萃香さんが、2人がかりで本気で襲いかかってきた時と同じだ。

フランさんを行かせたのは間違いだったでしょうか?なんだか火に油を注ぎ込んだ気がする。

まあ仕方がない。早めに到着すれば良いだけだ。それに…これほどの力を持ってしても紫は勝つでしょう。

それは確定している。

ただ……心配なのは手加減を完全に失念してるであろう紫相手に生き残れるかだ。

正直レミリアさん1人だけだったら不味かっただろう。

 

少し強引ですが……

ボロボロの紅魔館の室内を強引に通り抜ける。

大半はフランさんが開けてくれた破口を使えますが、一部は瓦礫で埋まってしまっている。それらをまとめて吹き飛ばし駆け抜ける。

途中で妖精メイドとすれ違うが攻撃をしてくる気配はない。おそらく止められているのだろう。

まあ素通りできるのなら素通りさせてもらおう。

 

 

 

「おやおや、随分と派手に暴れたようですね」

ようやく騒ぎの中心であろう部屋に到着すれば、かなりの乱戦になっていたのか部屋の中は原型をかろうじて残す程度にまで破壊されていた。

満身創痍と言うわけではないが多少息が上がっている姉妹と全くもって平然としている紫。素の力の差が出ているようですね。

素早く3人の合間に弾幕を一発落とす。

強力な光と爆発で全員の動きが止まる。

「さとり?その傷は…」

どうやら紫が私の状態を見てきてきたらしい。

まあほとんど治っているから派手に血が残っているだけです。

兎も角今は状況を見極めるのが優先です。

「いまはどうでも良いことでです」

素早く全員の思考を読み取る。紫の思考は見れないけれど、なんとかレミリアさんの方は読み取れた。ついでに記憶も……

なるほど、首謀者は貴女じゃなかったのですね。

「ああ、紫は首謀者を捕まえてください」

 

「首謀者?それは目の前にいる彼女達じゃなくて?」

 

「いえ、レミリアさん達はただここに移動するのを手伝っただけです。この計画を考え、兵を集め攻撃を執行しているヒトは前線で戦っているやつに紛れています」

 

「話が早くて助かるわ」

 

と言うわけで紫、貴女が真に手を下さないといけないのはその吸血鬼。彼女たちじゃないわ。

ついでだから外にいる吸血鬼たちを殲滅。1匹たりとも残さず殲滅してくださいね。

あ、ここは例外ですよ。

納得してくれたのか紫は殺気を納めてくれた。それでも威圧はしているのだから大人気ないというかなんというか……

「それじゃあレミリアさん、第2ラウンドでも始めましょうか?」

 

「さとり、何を考えているのかしら?」

私の言葉に紫が食らいついた。レミリアさんもそういうつもりだったのか口を開きかけていたけれど直ぐに閉じてしまった。

「そうですね…まあ、色々と使えるものは有効にと言ったところでしょうか」

彼女の狙いは幻想郷の中に新たな勢力として参入すること。そのためには今のパワーバランスを崩す必要がある。

まあ私も半分それを望んでいましたし丁度良いと思います。

今までの状態がずっと続くのは良くないと思っているのは紫だって同じでしょう?

だからここである程度実力を示してもらうんですよ。そうすれば彼女達も私達にとっても良い結果が生まれると思いますよ?

 

「勿論、ある程度制約はつけさせていただきますが…」

 

「吸血鬼相手に制約?面白いことを言うわね」

 

簡単ですよ。流石に殺すなんて物騒な事になる前にお互い気をつけて戦う。それだけです。

ただ……本音を言えば弾幕ごっこのような感じにしたかった。勝てる自信がないのです。

紫は……もう興が冷めたのか隙間を閉じて何処かに消えてしまったし……タッグ組もうかと思ったのになあ…まあいいや。せいぜい生き延びるように立ち回りましょう。いつものように…

 

 

 

 


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