古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.128さとりと戦いの後

幻想郷を襲った吸血鬼たちは朝日に照らされてそのほとんどが灰になっていった。

最大戦力でもあった吸血鬼が一斉に消え去り、残った魔物達は結構あっさりと討伐されたようだ。

今は紫がそれらの死体の処理を行なっている。

幻想郷の賢者にしてはやることがあれだとは思うけれど仕方がないね。

だって数が多すぎるんだもん。それに敵だけじゃなくて仲間だった分もどうにかしないといけないのだから尚更だ。

私はあの後少しだけレミリアさんと話して彼女の身柄を紫さんに預けた。

抵抗もなかったしなんかやつれかけていたけれどどうしたのでしょうね?まあ…会おうと思えばいつでも会えますから良いんですけれど。

 

お空も家に返して先にこいし達と合流して欲しいと伝え、私は1人幻想郷の空を飛び回ることにした。

 

至る所で黒煙が上がっており戦闘の傷跡は生々しく残っている。

幸い人間の里と地底は無事だったらしいので私としては防衛成功ですかね?

ただ、あの日人里の外に出ていた人間達の安否までは分からない。

 

「うわ……」

 

湖周辺はそうでもなかったのに少し山の方に行ってみれば想像を絶すると言っても過言じゃない光景が広がっていた。

木々の合間に所々出てくる草むらには、いくつもの巨大な棒が立てられていた。その1つにゆっくりと近づいてみる。

既に事切れたのか虚ろな目をした妖怪は私を見ているようで見ていない。

なにも映さないその瞳を閉じさせて串刺しになった体をゆっくりと引き抜く。

彼だけではない。

周囲にはいくつものそれらがあった。

死んでから串刺しになったものもあれば生きているうちに串刺しにされたものまで……種族も性別も様々だ。

多分ここら辺に住んでいた妖怪達だろう。

見せしめにしては度がすぎる。本能的なものだろうか……いずれにしてもこのまま放っておくのは気分が悪い。

1人1人棒の先から引き抜いては地面に下ろす。せめて被せるものがあれば良いのですけれど……

中には腕がちぎれて無くなっていたり、お腹が裂けているのか色々と目を背けたくなる。

発狂しても私は悪くないです。

それもここだけなら良いのですが他の場所にもあるでしょうね。

 

「……もう死後硬直が始まっている…」

下手にブラブラ動くのよりマシですけれど…こんな状況じゃ大してお世辞にもならない。

まあ死人に口なしですから責められることはないですけれど。

「妖怪は碌な最後を遂げないというのも間違いじゃないかもしれませんね……」

既に作業開始から1時間ほど経っているだろうか。

ここらへんにあるのは全てどうにかした。

まあ身寄りも無ければ弔ってくれるヒトがいるのかどうか分かりませんがこのままにしておきましょう。

残されてしまうようならお燐に来てもらう事も考えないとです。

似たような場所は幻想郷の各地にあり、いくつかは他の妖怪達が始末をしていたりするらしい。

それを知ったのは後になってからですが……

 

そういえばここからなら妖怪の山が近かったですね。ちょっと見ていきましょうか。

方向転換。のんびりとだけれど山に向かう。

時々地上では吸血鬼達が持ち込んだ戦車が燃えている。

どうしてあんなもの持ってこようと思ったのでしょうか?

まあ…防衛陣地突破を考えれば確かにこれ以上の適材はありませんけれども。

まあ…似たような武器は河童も作っていましたしその弱点も河童ならなんとなくわかったのでしょうね。

しっかりと燃やされている。

おっとそんなことは置いておきましょう。もうすぐ妖怪の山です。

 

 

 

 

妖怪の山の麓は静かなものだった。生き物の気配が極端に少ない。

そのかわり転がっているのは人の形をした肉片。

原型をとどめているものの方が少ない。

もう完全に麻痺してしまった鼻でも感じられるほどの血の匂いと臭気が立ち込める。

「……」

少しだけ恐ろしくなった。

この景色……いや、この光景を見ながらも全くなにも感じることがない自身の心にだ。

先程の串刺しにされたヒト達の時も薄々感じてはいたけれどここに来て確信に変わってしまった。

普通このような光景を見れば妖怪だろうが人間だろうがなにかしら感情が湧くものだ。

だけえどわたしにはそれが全くない。

意識してしまえばどんどん感じるものが少なくなっていく。

「……」

 

溜息が出てきてしまう。

なんとなくなにも感じない理由が分かってきたかもしれない。

だけれど結局それは私が人間を辞めたと言う証明にしかならない。だからその答えを否定し、消し去る。

そうです…もう帰りましょう……

 

そう思い、虚無感に体を支配されかけながら踵を返したものの……

「あ、さとりさん」

すぐ近くに来ていた知り合いに見つかってしまってはもう帰るに帰れなくなるのが私と言うものだった。

服は所々破けており返り血か自身の血なのかわからないほど袖や裾を汚し純銀製の剣を片手に持った白狼天狗…犬走椛は私を見つけるなり一気に距離を詰めた。

「無事だったのですね……」

そういえば今の私は彼女にどう見えているのだろうか…

そう思い目線を体に落としてみる。

体の方に損傷はない。

だけれど着ている服は左肩から腕のかけての部分が消失していたり返り血や黒く炭化していたり引きちぎれていたりと服だけでも状態がバレてしまうほど悲惨なものだった。

確かに…事情を知っている彼女からすればどれだけ派手にやらかしたのかすぐにばれてしまうだろう。

「無事かどうかは分かりませんが一応?」

むしろ傷だけなら椛さんの方が無事じゃないような気がしますけれど……

「かすり傷ですから平気ですよ。ところでこちらに何か用ですか?」

 

「状況を見に来ただけよ…すぐに家に帰るつもり」

 

どこに行ってもこんな光景が広がっているのだろう。

仕方がないか……なにも感じることがない私では行っても無駄だろう。

「今救護所にこいしさん達がいますよ」

予定変更ね。案内してくれるかしら?

 

「ええもちろん」

尻尾が少しだけ揺れている。

嬉しいのだろうか……

そこまで考えて、ようやく彼女の本心が分かった。

とは言ってもサードアイで見てしまったからなのだけれど……

だけれどそれは至極真っ当な理由だった。今の私では恐らく感じるのは難しいかもしれない。

 

仲間が目の前で死んでいく光景なんてただの生き地獄。

それも精神面が脆い妖怪に至ってはPTSD間違いない。だから彼女は任務を言い訳に無理に心を抑えていたのだ。

 

そう知ってしまったら、私が黙って見ていることは出来なかった。

気づけば私は椛さんを抱きしめていた。

「さ、さとりさん⁈」

 

「我慢しちゃダメよ」

 

振りほどこうとする椛さんの心を開かせる。

周囲に見ている人はいないし、見ていたとしてもなにも言わないでしょう。だから今のうちに溜めたものをある程度吐かせておかないと心が保たない。

「う……うう……」

 

……はいはい。いくらでも泣いてくださいね。

戦場で泣くことは出来ない。生真面目な彼女では日常に戻っても泣くことはできないだろう。

私じゃなくて柳君とかの方が良いのですが…

 

 

 

 

「落ち着いたかしら?」

 

「ええ……お見苦しいところお見せしました…」

 

「気にしないで。多分どのヒトもそうなるから」

特に仲間意識が高い天狗や河童などは特に…

私?まあ彼ら以上に仲間同士の結束は硬かったのでしょうけれど…私は1人を除き同族には会わなかったし会いに来てくれることも無く皆いなくなってしまいました。

結局仲間って言われる関係は私の場合築く事が出来なかった。

もう今となってはどうということでもないのですけれど。

 

まあともかく、救護所に向かいますか。いつまでも仲間だったものが転がっている場所に居たくないでしょうし。

 

 

 

 

 

連戦が続いていたし強引な回復までしたからか体がすごく怠い。だけれど飛べないと言うわけではないそんな感覚だ。少しだけ意識が上の空になっているとどうやら山の頂に着いていたようだ。

少しして椛さんは上司に呼ばれたのかどこかへ行ってしまった。目を隠しているとはいえ少し気まずい。

やはり短時間で心を読みすぎてトラウマが蒸し返されかけているようだ。

嫌だ嫌だと聞こえないふりをしていると、ふと視線を感じた。

あたりを見渡すと、黒や茶髪、銀髪に混じって緑がかった銀色の髪が揺れていた。

なるほど、もうすでに私は救護所に入っていたようですね。そういえば周囲も地面に寝かされている天狗とか妖怪とかばかりです。

その方々の合間を縫ってこいしの元に行く。

「あ、お姉ちゃん」

知っていたけれど会えて声をかけていなかったのが裏目に出たのか少し目が泳いでいる。見つけたなら声くらいかけてほしい。

 

「どうしたんですかさとり?怪我でもしたんですかい?」

不意に後ろから声をかけられた。振り返れば、寝息をたてている大妖精を背負ったお燐が立っていた。

素早くサードアイで状況を読み取る。

えっとえっと……場所の空きが少なくなってきたから一時的に引き取ってくれと…

「あ、さとり様」

そんな2人の後ろからさらにお空が顔を出してきた。

お空までこっちにいるなんて…一応家に帰るように言っておいたはずなのだけれど……

まあこいし達と合流できているから良しとしましょう。

 

で、こいしは応急処置ですか。

「うん、まあ成り行きでさ」

成り行きなら仕方がない。だけれど…少しバラバラですね。手当の優先度が分からないし来た順で寝かせていったからか少しバラバラしている。

なんだか落ち着かないと言うか…視覚的にも効率的にも悪い気がする。

「あ、それ私も思った。だけれどここのリーダーさんいないから分からない」

手当の指揮系統が機能していないって……色々と大変ね。

まあこのような事態が起こるなんてほとんどなかったから経験が足りてないのもあるけれど。

「あ、あたいは一旦家に戻らせてもらうよ。お空行こうか」

「うにゅ?分かった」

お燐?今一瞬焦らなかった?

ってどうして胸とお腹の部分が血塗れで破れているの?まさかお燐……

無言で彼女を見つめる。流石に観念したのか苦笑いを浮かべて頭を下げてきた。

「助かったのなら良しとしましょう」

 

「あたいもまだまだですね」

 

本当よ…

ところで、貴女たちがいるなら絶対にあの2人も来ると思ったのだけれど…来ていないようね。もう残敵はいないはずなのに……

「こいし、勇儀さんは?」

 

「私は知らない」

そうよね…あ、こいしその魔術じゃなくてこっちの魔術の方がその傷は良いわよ。

こいしに軽くアドバイスをしてその場を離れる。確か勇儀さんは天狗と共闘していたはずですから…

 

少し身分が高そうな鴉天狗を探し出す。

「勇儀様と萃香様なら先程地底に帰りましたよ」

 

「……そう」

 

自由気ままなヒト達だこと。どうせ戻ってお酒でも煽っている事でしょうね。被害が出ないと良いのですが……

なんでこんなところで二次被害のことを考えなければならないのだろうか。

いいや…そう言うことは起こってから考えましょう。

 

再びこいしの所に戻ってみれば、一応の手当てが終わったのか立ち上がったところだった。

「こいし、帰るわよ」

 

「あ、うん!」

 

他にも負傷者はいそうですけれどいつまでも部外者である私達が勝手に治療を行うのはまずい。特に大天狗とかはいい顔をしない方もいる。

救護所を後にして帰路に着く。途中こいしの手を握っていたことを思い出す。

こいしの方を見れば、なんだかすごく嬉しそうだった。

……もう少しこのままでいましょう。

それは優しさだったのかただの気まぐれだったのか……

 

「相変わらず仲の良いこと」

 

空気が変わる。咄嗟に声のした方向に向かって刀を振ってしまう。だけれど宙を舞っただけ。

声の主は私の真横……

人の死角から急に出てくるのはやめてくださいよ。心臓に悪いです。

首を横に向ければ、八雲紫が私の隣を飛んでいた。

珍しく飛んでいたのだ…

思わず二度見してしまう。

「そんなに珍しいかしら?」

 

「だって普段から隙間に篭ってばかりですし…」

 

「今ので貴女が普段どう言う目で見ているか分かったわ」

 

「お姉ちゃん、流石に紫さんだって飛ぶよ。私も歩く以外の動きを初めて見た気がするけれど…」

やっぱり珍しいんじゃないの。

それで、わざわざ飛んでまで私に話でもあるのでしょうか?

 

「貴女の事だから回りくどい言い方はしないほうが良いわね」

途端に真剣な顔になる。

ふと隣を飛んでるこいしを見れば、珍しく顔を伏せて表情を隠していた。こいしも知っている事なの?いいえ…こいしの場合は偶然知ってしまったと言ったところかしら。

「直接言ってくれた方がありがたいですね」

なら…と彼女は一息間をおいて告げた。

「博麗の巫女は死んだわ」

 

 

 

 

 

移動中

 

 

横にされた博麗の巫女は、知らない人が見ればただ寝ているようだった。

だがボロボロの衣服とそれに隠れた大きな傷跡を見れば既に生きているなんて希望は消え去る。

こいしを先に家に返し、紫によって連れられ巫女さんのところへ行くことにしたのが数十分前。

ここまで状態が良いのはある意味奇跡のようなものだ。

全く動かないのですけれど…

 

「人里に出ていた親子を守って返り討ちですか……」

 

「相討ちよ。どうやら、従順な眷属にしようとしたらしいわね」

後ろから首を噛まれて吸血鬼にされそうになって…それで自身ごと刀で貫いて……

その上助けようとした親子も…助からなかったと。

どうやら隠れて鑑賞していた吸血鬼が遊び半分で行ったことらしい。親子を使って釣れたのがまさか博麗の巫女だったなんて……

 

「それで…その吸血鬼達は?」

側で黙っていた紫に尋ねる。尋ねないといつまで経っても話してくれそうになかったから。

「……貴女に伝えると不安でしかないわ」

不安…ですか?

確かに巫女さんを殺した奴らですからね。許せないと言う感情が湧き上がって仕方がありません。ですが…その感情を向ける方向を間違えれば結局は私自身が後悔する事になる。そんなものは覚り妖怪なのだから嫌という程分かるし嫌という程見てきた。

「失礼な…処理はそちらに任せます。感情に流されるほど私は周りが見えないなんてことはないですから」

だから全て彼女に任せる。気持ちが混乱している私ではうまく対処できないから……

「そう……分かったわ」

 

「紫はどのように処理するのですか?」

 

「どうしましょうか……」

今の紫は吸血鬼に対する好感度がマイナス振り切って絶対駆逐になっているだろう。

多分悲惨な事になりそうですね。捕らえられている吸血鬼は……

ただ、それで困るのはレミリアさんの事だ。まあ私が関与しなくても多分大丈夫だろうけれど…不確定要素はなるべく減らしておきたい。

だからレミリアさん達以外の吸血鬼を処分する事で手を打ってほしい。

「……」

 

「何か言いたそうね」

 

「レミリアさん達の事ですが……」

 

吸血鬼を処分するのはもう決定事項だけれど彼女たちはこちら側に来ただけで直接手を下したわけではない。

まあそれでもある程度の罰は受けてもらわなければならない。

だがその場でほかのモノと処分されては困る。

友人が友人を殺すなんて見過ごせない。

 

「そうね……たしかに利用価値はあるわ。考えておいてあげるけれど…他の意見次第よ」

紫の目が光った。何か良からぬ事を企んでいるのだろうか。まあいいや……

どうせ私には関係のない事だろう。

「その時はその時です」

他の方法を探すまでですよ。

話が終わったのか私から視線を外す紫。

こちらももう話は終わりですから…家に帰るとしましょう。

横にされた巫女の亡骸を背負って歩く。

「それをどうするつもり?」

 

「神社に帰らせてあげるんですよ。ずっとここじゃ寒いでしょう」

まだ本調子ではないけれどこれくらいなら大丈夫……体にかかる重さは私が背負うべき罪だ。だから忘れてはならない。

知っていながら行動できなかったこと…救えたかもしれない命を救えなかったこと……

「私が送るわ」

一言。

その瞬間私の体は浮遊し、気づけば隙間の中にあった。

……歩けと言うことなのだろう。

目の前には隙間がパックリと割れ、どこかの景色を映し出していた。

まるで、ダンジョンにありがちな視覚を利用した罠のようです。まあいつもの事なのですけれど…

 

 

どうやら神社の庭に着いたらしい。だがここも戦闘の後が生々しく残っている。

吸血鬼ではなく…なにやら魔物さんの体の一部が縁側に転がっていたり…よく見れば屋根に龍のようなものが突き刺さっている。

既に死んでいるのか全く動かない。

戦いが終わっても喜べませんねこんなの……さすが戦争。

「ここも修復しないと…」

 

やることがいっぱいですね紫。

彼女がどうこうするようなものでも無い気がしますが…

背負っていた巫女を縁側に下ろして寝かせる。確か布団は……

下駄を脱ぎ縁側と繋がっている居間に入る。

確か…押入れの中に布団は入っていたはず。

当たりです。

素早く居間に布団を敷いて整える。そこに紫が巫女さんを連れてきてくれた。

 

もう出血は止まっている。死後硬直とかどうなのだろうと思ったものの、紫が何か境界を弄ったらしく心配しなくて良いと言っていた。

腐敗防止だろうか?

 

 

しかし…これから巫女無しとなると少し辛いですよ。

「仕事が増えるわ……」

これも賢者の仕事でしょう。私にはどうしようも出来ませんよ。それに私だって旧地獄と地底の管理があるんですから。

え…勇儀さんが半分くらい肩代わりしている?

まあ…私が行うのは書類仕事ばかりですしそれだってエコーさんとの共同なので楽といえば楽ですけれど…

 

え…やっぱり私に一部任せようとしていませんか?なんでですか嫌ですよ。

ともかく……私は帰りますね……

 

いつまでも感情を押さえつけておくのは良くないです。だからと言ってこの場で全て吐き出すのは嫌だ……

「貴女がなにを思って責任を感じているのか知らないけれど、相談が必要なら乗るわよ」

 

「大丈夫です……」

うん、まだ大丈夫。それに……慣れましたから。そう言い聞かせて私は押さえつける。

「家まで送るわ」

何だかんだ紫は世話焼きですね。

 

 

……家の方もかなりひどい状況になっていた。

隙間から出てきて早速家を視界に捉えれば、そこにあったのは半分だけ。

綺麗に建物の片側が倒壊していた。

なにがあったらこうなるのだと思い崩れ去った部分に足を踏み入れる。

轍…それもふつうのものではない。

金属製のベルトが通過した後だ。

そう言えば戦車が混ざっていましたね。それが踏み潰していったのですね。

「さとり様おかえりなさい」

ふと二階があったであろうところから声をかけられた。

振り返ってみれば途中から無くなった廊下に腰をかけてこちらを見下ろしているお空がいた。

 

「お空……ただいま」

 

「お、帰ってきたのかい。随分遅かったじゃないかい」

やや遅れてお燐も出てきた。

どこか浮かない表情をしている。それもそうでしょう。家を半壊させられたのだから……

私だって鈍感ではない。あまり触れないようにしたほうが良いのはわかっている。

「ええ…こいしは地霊殿かしら?」

 

「そうだよ。しばらくはあっちで過ごす事になりそうだからね」

そうなるでしょうね。家がこうなってしまっては仕方がない事です。

どうやらこいしは先に地霊殿に向かったらしい。

ってお燐なに煙草吸ってるのですか。家の中は禁煙って言いましたよね?

え…半分外だから良いだろって?もう…本当はダメなんだからね。

それと半ダースだけにしておきなさい。

 

「一日で?」

吸い過ぎよ。

「1週間でよ。貴女少し吸いすぎよ」

そういえばこの子多い時には1日で1ダース吸っていた。

「妖怪なんだから平気だよ。それに…吸わなきゃやってられないよ」

少しだけ影のある言い方。というより少し疲れたのでしょう…

 

「うにゅ?お燐それ吸うと気持ちいいの?」

 

「言い方が危ない気がするのだけれど…後お空はダメだよ」

 

「どうして?」

 

「性格がひねくれるよ。あたいは気まぐれだから今更どうってことないけれど」

 

そうね……あまり褒められたものじゃないし、止めておきなさい。

ともかく…一旦地霊殿に行きましょう。

 

一応門があった場所は無事だったようだし、機能が生きているのなら開けるわ。

こいしは多分縦穴の方から行ったのでしょうけれど。

え…呼び戻す?

もう手遅れよ。先に向こうに行って待っていなさい。私は…家の応急処置をしておきますから。

でもこれほど大きな面積を覆える布ってありましたっけ?

最悪地霊殿から持ってきましょう。

 

 

 

 

私達が地霊殿に戻ってしばらくしているとこいしが戻ってきたのか私達のいる部屋に向かって飛び込んできた。

多分、この部屋にいる事を誰かしらに聞いたのだろう。

一応さっきまで勇儀さん達の対応とか手紙とか書いてましたし…エコー辺りでしょうかね?

「お姉ちゃんどうして教えてくれなかったの?」

ああ……不貞腐れていますね。

「だってもう地底に向かったって言うから」

そもそも追いかけて戻ったりするだけで時間の無駄だ。

「そうだけど…あーあ……なんだか損したみたい」

実際損しているでしょう。

 

「後でお風呂に入ってきなさい」

 

「あれ?今じゃないの?」

 

「今はお燐とお空が入っているわ」

帰ってきて少ししてからお燐がまだ血まみれの服を着ている事に気付いた。

鼻が血の匂いに慣れてしまっていてすっかり失念していた。

そこからはお風呂の用意にてんてこ舞い。

それが終われば私はこっちの作業だ。

「お姉ちゃん一緒に入ろう」

 

「……1人で入りたいわ」

こいしと一緒に入るのが嫌というわけでは無いけれど、……今は気分ではないなんだかこいしの目線がイヤらしいのだ。

「ええ…じゃあ私はお燐達と入ってくる!」

そう言うなり魔導書と外套をソファに放り出し入ってきた扉とは違う扉を開けて廊下に駆け出してしまった。

ああ…せっかくのんびり入っていたでしょうに……ドンマイ。

やはりあの子はどこまで行っても無邪気な子供なのだろう。

いくら種族が変わろうが少し大人びた雰囲気を出そうとも……

 

 

こいしが風呂に特攻をかけたのを確認し、後でまた煩くなるのだろうなあと思い少し場所を移動する。

書きかけのものやこれから書かないといけないものはまとめて持っていく。

途中でエコーさんとすれ違ったので部屋に篭って置くことを伝え普段は開けない私の部屋に入る。

あまり使っていないからなのか机や壁は真新しいままだ。

 

部屋の扉を閉めて一息つく。

地霊殿において唯一私が落ち着ける場所…そして安心できる場所。

 

ここに置いてから二、三回ほどしか使っていないベッドに手をかける。

今は睡眠でもして体を休めた方が良いのでしょうけれど…なんだかそれをする気分にはならない。

心の抑えが外れる。

今までこらえていた感情が溢れ出し、染め上げる。

その場に立っていられなくてその場に崩れてしまう。

それでも、私の頬を涙が伝う事はないしいつまでたっても無表情のままだ。

だからよく勘違いされてしまう。だからこんな姿誰にも見せられない。その上込み上げてくる黒く粘度の高い感情。これに心が取り憑かれれば、どのようなことがあってもヒトはヒトでなくなる。

だからそれだけはいけない…この感情に囚われたらいけない。

すぐに感情を押さえつけ無理やり押し込める。

よし……まだ大丈夫だ。

 

やる事も沢山ある…気を紛らわすのを優先させましょう。

 

そういえば今頃は…巫女の通夜でもやっているのでしょうか?

妖怪がお通夜に行くなんてありえない。まあ火車のような妖怪なら問題はないのだけれど…

いずれにしても私は場違いだろう。

ああ……なんだか憂鬱です。

 

布団に体を預ける。

そういえばこうして休息のための睡眠を取ろうとしたのはいつぶりでしたっけ?

気を紛らわせていたらいつの間にか意識は回復のために沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「貴方方への処分を言い渡します。しばらくはこの屋敷からの外出を禁じます」

隣で若き王を睨む藍を後ろに下げる。このままだと私の言うことすら聞かなくなりそうだわ。

「あら、随分と軽いじゃない」

まあそうでしょうね。本当ならここで八つ裂きにしても良いくらいなのだけれど…一時の感情に流されると後が困る。

だから殺意は解き放つ。決して手は出さないように……

「勘違いしないことね。それとこちら側からの命令は絶対よ」

だけれど幼い夜の王涼しい顔をする。

怖いもの知らずというわけではない。どうせ見栄を張っているだけだろう。と一蹴しても良いけれど、それは私達も同じだったと考え直せば結局似た境遇になれば大体取る行動は同じになるのだなと思い知らされる。

同族嫌悪…それまでとはいかないけれどどうにもイライラするわ。

「……優しいのね。いえ、甘いというべきかしら?」

まあ、賢者達は新たな勢力が入ることに賛成的な意見が多かったからの良かったけれど…確かに甘いかもしれない。

「利用価値がある内は使わせていただきますから。ある程度アメを与えないとムチが振れないでしょう」

というのは天狗の受け売り。でも意外だったわ。鬼が擁護に回るのは分かるけれど天狗までもが彼女達の擁護に回るなんて。河童は反対だったようだけれど。それも…鹵獲した戦車とかいうものや竜の死体を交換条件にねじ伏せるなんて絶対に誰かがテコ入れをしたに違いないわ。

「違いないわ」

 

 

確証はないけれど…あの子ならそうするはずよ。

吸血鬼の処分に鬼の四天王を手伝いに回したのもそういう事ね。

お陰で手が省けたから良いのだけれど…

 

「さとりに感謝する事ね」


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