古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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今回は百合猫様の小説『忌避録』との特別コラボとなります。
双方の本編とはなんら関係が無いのをご承知の上ご覧ください。



番外編
番外編 幻想になりし二人の少女


この世界は未知と混沌にあふれている。

それは時代が変わろうと人間が高度な文明を築こうと変わらない。

 

そもそも世界がそうであるから…そのシステムに組み込まれた者たちは例外なく混沌であることを受け入れる。それが当たり前であるから…それを当たり前と認識せざるおえないから。

だが時にその混沌はとんでもないことを私たちにしでかしてくる。それは理不尽極まり無いものだったり、都合の良いものだったり色々だ。それをシステムの中では運命と呼んだり世界の心理と言ったり色々な呼び方がある。

これはそんな訳のわからない混沌が起こしたであろうちょっとした出来事。

 

さしあたり定型文として始めるなら、いつも通りの日常がそこにあると思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは一体どこでしょうか?」

 

先ほどまで地霊殿の自室でゆったりとしていたはずなのですが…一瞬視界がブラックアウトしたと思えばよくわからないところに座っていた。

どうやらどこかの森のようだ。

わけがわからない。それになんだか体が軽く感じる。

 

何はともあれ、状況を確認してここがどこなのか…誰の仕業なのかを確認しないといけませんね。

 

いたって冷静な思考をする私にいささか驚く。私自身に驚くってなんだかへんな感じですけど…

 

「妖力よし…体調…よし」

地面を軽く蹴り飛び上がる。

周辺の木がざわざわと騒めき出す。まるで私が飛んだことを誰かに伝えるかのようだ。

ある程度の高さまで上がったところであたりを見回す。

 

見渡し限り青々と茂った木々が続いている。空に太陽はない。それどころか雲すらない。不思議な光景だ。

はてはて…弱りましたね。これでは方角すら分からないです。

 

それに目印になるようなものも見当たらない。これじゃあどこを飛んでいるのかすらわからなくなってしまいそうだ。

 

どうしようか迷っていても仕方ないので勘を頼りに移動してみる。

すると私を追い越すかのように風が吹き、木々葉が不自然に靡く。

 

「……なるほど、ついてこいって意味ですね」

なんとなくそう感じる。

風自身に意思でもあるのか私が後を追いかけると、一定の距離を保ちつつ案内してくれているみたいな動きをしていた。

 

あれ自身やはり行きているのではないのだろうかと思ってしまう。だがサードアイはなにも反応を示さない。それどころかさっきから他の妖怪の気配を感じない。

 

よく分からない。と言うか理解すらできない謎の感覚が私の心を締め付ける。

本当にここはどこなのか…一人でいるのがこうも辛いと感じるなんて本当にいつぶりでしょうか。

 

そんな戯言をつらつら考えていると不意に風が止んだ。

目的地にでも着いたのだろうかと周囲を確認する。

 

しかし周りには森がずっと広がっているに過ぎなかった。

「……?」

一体なんなのだろうかと頭を悩ませているとましたから突風が吹き付ける。

思わず目を閉じて風が収まるのを待つ。

 

数秒程で風が消え去り恐る恐る目を開ける。

 

「…え?」

 

どういう事だろうか。さっきまでなにもなかったはずの目の前にはそれは立派な鳥居が建っているではないか。

それに周りの風景も若干だが変化している。

本当になんなのでしょう。狐につままれた気分とかよく言いますけどまさにこの状態です。

 

鳥居の前に降り立つ。色褪せてはいるが立派な門構えだ。

神社の名前はかすれてしまって読めない。

神社なら誰かいるかもしれないと思いゆっくりと境内に足を踏み入れる。

そのとたん空気が一瞬にして変わった。

きっと結界とか霊脈のようなものがあるのだろうと勝手に結論づける。

少し進んだ先に神社の建物が現れた。

さっきまでそこには無かったように見えたが、蜃気楼のようにいきなり出現したのだ。

なんだか訳がわからない。わからないが…なんだか見たことがある建物……そうだ。博麗神社と似ているのだ。

 

「こういう時は…一応参拝しておくべきなのでしょうね」

 

返事をしてくれる人はいない。もしかしたら誰かが返事してくれると思ったが、結局独り言はそのまま神社の中に消えていく。

 

思考を切り替えるために小銭を探す。普段は右胸のポケットに入っているはずなのですが…いくら探しても見当たらない。

その代わり飴は出てきた。

「ま、気持ちが大事ですから…」

 

そう言い聞かせて飴をお賽銭箱の上に乗せる。

ここでようやく神社の名前が確認できた。

 

「……伏神神社ですか」

変わった名前…いえ、聞いた事ない名前です。

 

「そう、ここは人も妖怪も僕を祀っている神社だよ」

 

ほのかに桜の香りが流れてきて後ろを振り返る。まだ声変わりしていない子供っぽい、それでも大人びてゆったりとした落ち着きのある印象を受ける。

 

 

赤色をベースとしたドレスのような服装。年は10代ぜんご…私とほぼ同い年くらいの見た目だ。

腰まである金髪をそのままおろしていて、なんだかふんわりとした感じだ。

そして、胸の辺りには私と同じ第三の眼があり私を見つめている。だがそれにしては焦点が定まっていないように見受けられる。

ふと少女が顔をあげる。前髪の一房は碧く、顔は幼くあどけない。

神としての神力と濃厚な妖力の二つがこの場に流れ出る。二つの力は反発し合わず柔らかく混ざり合って温かみのある空気を生み出していた。

「えっと…?あの…」

 

 

「久しぶり、姉さん」

さっきから驚きの連続だ。そろそろ私の思考もどうにかしてしまいそうだ。

 

「あれ?姉さん、どうしてここに?」

 

「ね…姉さん?」

私にこのような妹がいたのでしょうか

 

「あ…あの…あなたは…誰でしょうか」

 

一瞬、世界が凍った。

「…え?」

 

あれ?なんかものすごく噛み合ってない?

 

 

 

 

 

少女達、説明中

 

 

 

 

「なるほど、古明地夕凪…ですか」

 

所変わってお部屋の一室。

なにやら二人の合間で色々と齟齬が発生していたみたいなので事情をそれぞれ説明する事になった。

どうやらここは私の知る世界には無い別の世界の神社らしい。

そしてそこに祀られているのは向こうの世界の私の妹…自らを犠牲にしとある異変を解決した子らしい。

 

「さっきはごめんね。驚かせちゃったみたいで」

 

 

「え⁉︎あ、大丈夫です。気にしてませんから…それにこちらこそすいません」

 

いらぬ期待を持たせてしまったみたいで…

そう言おうとして口をつぐむ。

これ以上言うのは野暮でしたね。

 

「それにしてもこの空間は一体なんなのでしょうか?」

 

「うーん、僕にもわからないなあ。阿修羅って神を封印したところまでは覚えているんだけどね。その後気がついたらここに居て…」

 

「私も似たようなものですね。気づいたらこの変な空間にいました。他に生命反応や妖怪の反応が無かったのでおそらく特殊な結界か…多重並列空間の一つなのか…」

 

全くの謎である。夕凪さんと私の状況からするに私達は結界のような隔離された空間にいるみたいだ。ただ、この結界内部の地形は伏神神社を起点としてるらしい。

でも夕凪に言わせてみれば人が使用した形跡はない新品同然の神社なのだという。不思議な話だ。

まるでこの結界と一緒に作られたような…ハリボテの感覚に近い。

 

「このことは考えても仕方ないね。一旦置いておこうか。えっと…さとりさん?」

 

「呼びやすいように呼んでいいですよ」

 

「じゃあ、姉さん」

 

…姉さんですか。私はどう見ても姉さんなんて言われるようなほど立派でもなんでもないです。

それに私はあなたの知るさとりでは無いのですけどね。

 

「知ってる知らないじゃないよ。たとえパラレルワールドの姉さんだったとしても僕にとっての姉さんは古明地さとりなんだ。だからあまり変に思い詰めなくていいんだよ」

 

そう言って夕凪は頭に手を乗せてきた。

他人にこんな風にされるの…初めてでした。なんだか私自身が情けなくなってしまう。

うん、思考リセット。

 

「そういえばさっき私の心読みました?」

 

「え?あーうん、なんか読めたからつい。そういう姉さんは?さっきからサードアイを隠してるけど」

 

「私のサードアイはその視界の中に映る対象者しか心は読めないので、普段は隠して能力を強制的に切ってます」

 

「そっちの世界ではそんなことができるんだ…すごいね」

 

「すごいって…初めて言われました」

素直に嬉しいです。

今まで言われたことなんて一度もなかったものだからついつい感動してしまう。

 

「そうだ、お腹とか空いてない?よかったら一緒にご飯作ろう?」

 

夕凪が思い出したかのように立ち上がる。

乱れのない金髪の髪が、動きに合わせてふわりと舞い踊る。

その仕草に一瞬ドキッとしてしまう。

 

なにを考えてるんだかと思い直す。

 

「いいですね…なにを作りましょうか?」

 

「食料庫になにがあるかによるね。でもさっき見たところではそれなりに揃ってたからそれなりに作れると思うよ」

 

それは良かったです。ここまで来て食料なしはちょっときついですからね。

 

 

 

料理が出来る者同士が集うと料理場が本格的になる。

半信半疑だったが事実だった。

 

 

「それにしても僕も姉さんも原作知識があるなんてね」

 

食事を食べ始めてからふとそんな話題が出てきた。

 

「確かに…不思議な事ですね。創作物が現実の世界…でも互いに違う世界を生きるなんて」

 

「僕は昔のことなんてほとんど覚えてないから、この世界の人生が僕の全てだね」

 

そう言える貴方が羨ましすぎます。

私は基本気が弱いですから…この能力を持ってるとすぐ心が折れちゃいます。

 

「僕だって弱かったよ。でも、支えてくれる家族がいたからさ」

 

「いい家族を持ったみたいですね」

 

そんな感じに時間というものは過ぎていき、気づけば夜もだいぶ深くなっていた。布団や服を用意してくれている合間、私はする事がなくなってしまい、暇であった。

 

「えっと来客用は…あった」

 

「寝巻きまで用意してもらって…ありがとうございます」

 

「気にしないでいいよ」

 

着の身着のままほっぽり出された私としては有難いことこの上ない。

それにしても寝巻きもおしゃれですね。作ったのは夕凪本人でしょうか。

 

 

 

 

 

流れで泊まっていくことになってしまったがそもそも帰り方も何にもわからない。それにここがどこなのかすらわからない状態では迂闊に動けない。

結局異世界の私の妹と奇妙な共同生活が始まるのはごく普通の流れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…姉さん?」

 

どうやら私の寝相はあまり良くなかったようだ。隣で寝ていたはずの夕凪をいつの間にか抱いてしまっていた。

 

「あ…おはようございます」

 

今度から布団の位置を調整しないといけませんね。

まあ普段は経験できないような失敗と考えればあまり気にもなりませんかね?

少しだけ夕凪が動揺してますけど?

 

「いや…こうやって一緒に寝たのなんていつ振りだったっけなあってね」

 

「……また家族に会った時にいっぱいしてもらいましょ?」

 

 

 

 

少女生活中…

 

 

 

 

 

 

 

 

共同生活が始まって2日ほど経ったある日。ふとしたことで霊力とか妖力の話になったのだが、どうやら夕凪はほとんどの力を使えるみたいだ。

 

「魔力はなんとなく気づけましたけど霊力まで使えるんですね」

 

「うん、元から霊力と妖力の両方を持っていたみたいなんだ」

 

見てみる?と言い夕凪が縁側から庭に降りる。

そしてその場で一回転。体が長い髪に覆われて見えなくなる。

そして一回転すると夕凪の姿が一瞬にして変わっていた。金色に光を反射していた髪は新雪が降った後のような滑らかな光沢の銀に変わり、服装も赤から神社に残っていた白と赤の巫女服に変化している。

 

そして纏っていた力も、妖力から、透き通った流れの霊力に切り替わった。

 

 

 

「うん、あの頃のままだね…」

 

夕凪のあの頃とは、おそらく眠りにつく前の状態の事だろう。

想起してみればちょうどその頃を懐かしんでいる。

 

「あまりみても楽しいものじゃないかもね?」

 

「大丈夫です。思いに良し悪しなんて無いですから」

 

「そう言ってくれると…嬉しいね」

 

くるくると夕凪が回る。

 

 

「そうだ。姉さんの服作ってもいいかな?」

 

「服…ですか?」

 

「そうそう、ずっとそれ一着じゃちょっときついでしょ」

確かにそうだ。この神社には私や夕凪の体型に合う服は一着もない。

一番近い大きさでもかろうじて寝巻きに使える程度で普通に生活するのは無理がありすぎる。

 

「……いいんですか?」

 

「いいのいいの丁度いい暇つぶしにもなるからね」

 

私の体の寸法はどうやら向こうの世界のさとりと寸分違わぬ一致を見せたようで型を作るのが楽だと夕凪は言っていた。

 

いつの間に寸法を測られたのかと思ったが彼女と最も身近に接していたのは彼女達であり変化など彼女に取っては測らなくてもわかることなのだろう。

 

出来てからのお楽しみと言うことで夕凪は隣の部屋に入ってしまう。

何をするわけでも無い私は途端に暇になる。

 

私も何かを作ろうかなと庭をテクテクと歩く。生憎なところ私は女心とか何をもらったら喜ぶのかなどさっぱり分からない。

分からないのだから深く悩む必要も無いと言いたいところだがそうもいかないのが心情である。

 

結局夕凪に何が似合うのかなあなんて考えて見たはいいものの、すごくなんでも似合ってしまう。だめだ…なんか色々作りたくなってしまう。

ぐるぐる回る思考のせいで視界すらくるくる回り出す。

 

あ、変な感じにこんがらがった。いけないいけないと思考を破棄。

 

そういえばあの蔵って何があるのでしょうか。

夕凪によればあそこはここに参拝した人たちが置いていった道具などが収まっているみたいなのだが…

 

好奇心に負けた私はそっちに足を向ける。

 

 

数分で辿り着くほど近くにあった蔵は、他の建物よりも古びた印象を受ける。他の建物が途中で改築を受けたか建て替えられる中、ここだけ取り残されていったような感じの…取り残された切なさのような感じがする。

 

外見の話はさておき中を拝借してみようと重く閉ざされていた扉を開ける。

 

蔵の中は迷宮状態になっていた。

いや、決して大きなものが置いてあると言うわけでは無い。むしろ大きなものは少なく小型のものばかりだ。

ただ、小型のものが異常に多い所為なのかもう凄いことになってた。どこから手をつけていいやらわからない。

 

無理に手をつけると崩壊しそうな荷物をゆっくりとおろしていく。

 

使い古された鍬や丁寧に箱に入れられた扇子。他にもよくわからないものや河童が作ったであろう真空管に用途不明なマジックアーム。

奉納物であろう刀やお面まで様々な物があった。

 

「あれ?このケース」

 

殆どが木箱や布と言ったものに包まれて置かれている中に一つだけ周りと異なる異質な色合いのものを見つける。

何かの皮のような硬い表面、金属の接続部品を介して上下に分かれる構造。

 

大きさからしてそこまで大きくなく片手でもち運べるように側面に取っ手がついた左右非対称の形。

 

俗に言うヴァイオリンケースだった。

 

まさかこんなところでお目にかかれるとは…誰かが置いて行ったのでしょうか。

 

恐る恐るロックを解除し蓋をあける。

 

埃を被っているにしては妙に新品な具合を見せるケースの蓋はなんらつっかかりもなくスムーズに開いた。

 

そして中に収められていた木製の胴体をゆっくりと引き出す。

 

綺麗な曲線によって構成された胴体とそこに緩めた状態で張られた5本の弦。

 

 

試しに弦を強めに張って指で弾いてみる。

 

音に問題は無くどこかに不都合がというわけではなさそうだ。放っておくのもなんだか勿体無い気がしたので母屋の方に持っていく。

 

母屋に戻ると丁度縁側で休憩してた夕凪と出くわす。

私が持っているケースを見て驚いた表情になる。意外とそういう表情作れるんですね。

 

 

「へえ、姉さんヴァイオリン弾けるの?」

 

「ええ、自慢じゃ無いですけど」

 

暇な時間が多いと退屈しのぎで色々と手を出すことが多いんです。その一つで一応弾ける事は弾けます。実際人前で弾いたことなどないのでどれほど上手かなんかわかったものでは無いですけど…

 

「休憩がてらに聴いてみます?」

 

「是非とも」

 

縁側にゆっくりと置いたケースから本体を取り出す。

弦を調整……通常と同じ手順で準備。

 

弓の方もそこまで損傷はしていない。せいぜい持ち手表面のニスが剥がれているくらいだ。

 

演奏前に試し弾き。これはこの楽器の癖を見つけるために行う。同じ種類の楽器でも同じものは一つもない。それぞれに合わせて演奏法も若干変えていかないとその楽器が持つポテンシャルは引き出せない。少なくとも私はそう考えている。

 

「それじゃあ…いきますね」

 

肩の力を抜き気を緩める。

 

右手と左の指を気の向くままに動かし始める。

 

 

 

 

 

 

 

適当なところで区切りをつける。時間的には6分ほどといったところだろうか。夢中になってしまえばそれこそ数時間ほどは通しで弾いてしまうタイプなのだ。

 

パチパチと拍手が鳴る。

それにどう応えようか一瞬だけ迷ったものの大事な初めての観客に対してお辞儀する。

 

「すごい上手だったよ。それ、姉さんのオリジナル?」

 

「ええ、一応?」

 

気の向くままに弾いていたのでよくわからないが多分オリジナルなのだろう。

とは言えどやはり愛用じゃないと音が掴めない。

そう言えばお燐がヴァイオリンやってみたいとかこの前言ってましたね。楽器は幻想郷になかなか入ってこないし入ってきても付喪神になってたりして普通に演奏できるのって無いんですよね。

これプレゼントしたら喜ぶでしょうか。

いや待て待て、これ夕凪のですし…勝手に持って来ちゃいましたけど貰っちゃうなんて虫が良すぎるでしょ。アホか私。

 

…やっぱり返しておこう。

 

「それ、持っていっても良いよ」

 

「え…いや悪いですよ」

 

「平気平気、多分僕が持ってても使わないだろうし使ってくれる人のところにあったほうが楽器も幸せでしょ?」

 

「……そうですね…それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわ」

 

なんというか…感謝しか出てこない。

 

「そうだ。これから機織りするんだけど側で演奏してほしいなあ」

 

「ふふふ、喜んで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、完成したよ」

 

木と糸が奏でる協和音と弦楽器が奏でる音色に混ざって透き通った声が響く。

製作が始まって早2日。演奏をしながら見守っていた作業はものすごく早かった。

早いというか…手馴れていて動作に無駄が無いって言うか…とにかく凄かった。

 

「出来たのですか」

 

腕を止めて夕凪の方に意識を向ける。

 

「後は細かいところの修正があるけどね…どうかな?」

 

完成した服を広げて見せてくれる。

薄い藍色から裾の方に向かって青紫に変わっていく美しい色合いに、繊細に編み込まれた椿の模様。

 

こんなに綺麗なものを拒めるわけがない。

 

「早速ですが、着てもいいですか?」

 

「全然大丈夫だよ」

そう言って私に作ったばかりの服を渡してくる。

早速上に来ているいつのも服を脱ぎ渡された服を試着する。まだ調整前で袖の部分が少しだけ長い。

 

 

「どうでしょうか?」

 

「うん、凄い似合ってるよ」

 

目をキラキラさせて夕凪が頷く。

その心に嘘偽りはない。純粋な賞賛だった。それほど似合う服を作る夕凪のセンスの方が十分すごいですよ。

それに妖力か何かで補強されているのか自然と体に馴染むような着心地良さです。

袖の模様を確認しようと軽く腕を振る。椿と桜が宙を舞うかのように現れては消えていく。同時にふわりと桜の香りがする。

 

「……大切にしますね」

 

「ふふ、大切に使ってね」

 

そう言って微笑みを見せる夕凪…一瞬だけもっと家族と過ごしたかったなあと言う感情が走り、私が気づいた頃には夕凪を抱きしめていた。

 

「姉さん?」

夕凪は寂しかったのだろう。なんせ世界で一番大切で…最愛の家族と何百年も会えない状態なのだ。

「……少しだけ…こうしていていいですか?」

だから、こうしてあげていたかった。勝手なエゴなのかもしれないが…それでも今はこれしかできない私だった。

「………うん」

 

どうやら私の考えていることがわかったのだろう。黙って私に体を預けてくれる。

 

感情が波となって入ってくる。それら全てをしっかりと受け止める。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから…二人で散歩をしたりのんびり過ごしたりする事3日、いつも通り起きてみれば何やら空の色が不自然に変わっていた。

 

隣に少し遅れて夕凪がやってくる。

「何でしょう…空が白くなってますね」

 

「……そろそろ時間だね」

 

何かを悟ったような言葉に夕凪を二度見してしまう。

 

「この空間はどうやら、これ以上実体を保てないみたいなんだ…」

 

よくわかりませんが、もうここにいることはできないということですね。

「持って後数分もないね…」

 

「……そうですか」

後数分でお別れなのかというか言葉を飲み込む。後数分もあるではないか。

「夕凪……ちょっといいかしら?」

 

「姉さん?」

 

夕凪の隣に寄り添うように座る。

「最後くらい甘えてもよかったんですよ?」

 

「ありがと…でも僕はもう十分に甘えられたよ。だからさ……」

 

何かを言おうとしたがその言葉は続かなかった。

 

「いや、なんでもない」

まあ理由なんて深く知ろうとはしない。彼女が何を思ったのか…考えればわかる事だ。

なら私はその気持ちに出来る限り答えましょう。

 

 

やがて、世界そのものが少しずつ薄くなっていく。この空間そのものが実体を維持できなくなっているのだろう。初めて見る空間崩壊を…なんだか綺麗に感じてしまい…もう夕凪に会えないのかというか悲しみが生まれる。

だが、出会いあれば別れもある。それにまたいつか会えるかもしれない…

だから悲しむ顔だけは見せないと繕う。

まあ私たちさとり妖怪には無駄な事ですけど、無駄であっても最後くらい笑顔でお別れしないと思ってもいいじゃないですか。

 

「そろそろお別れですね。数日間だけでしたけどおせわになりました」

 

目の前にいる少女と私は互いに見つめ合う。長く伸びた金髪が、薄れた風に吹かれて広がる。

 

「うん、姉さん…ありがとうね。久しぶりに会えて……」

 

「それから先は…そちらのさとりに言ってくだいね」

 

結局私は貴方の記憶にあるさとりでは無いですしなろうとも思わない。

貴方を本当に思ってくれるのは…貴方の住むべきところにいる家族と、仲間たちですよ。

「そうだね。それじゃ………」

 

夕凪が何かを言おうとするがそれより先に彼女の姿は見えなくなる。

私の姿ももう見えない。見えているという感覚すら消えていき、ここで過ごした記憶から順にどんどん白く溶けて行く。

そして最後に残った意識も溶けるように消えていき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい経っただろう。

どちらが上でどちらが下なのか。そもそも向きの概念があるのかすらわからなくなる。

同時に自分が自分で無くなるような…考えることすら無になっていくような不思議な感覚が生まれる。

 

「……さとり様、朝ですよ」

 

久しぶりに聞く声だ。えっと…私は…

 

「さとり様?起きないと火あぶりですよ?」

 

物騒な単語だ。

 

「おきてるわよ」

 

左目だけを開けて起きていることをお燐にアピールする。

膝の上に乗っかっている本を見る限り、読書中に寝てしまっていたのだろう。それもページの癖の具合から見て読書開始から数分といったところでしょう。

 

「お燐、今何時かしら?」

 

 

「もうすぐ夕食の時間になります。早く支度して来てくださいよ」

 

確か本を読み始めたのは昼過ぎだったはずだから…かなりの時間寝てしまっていたのだろう。

 

本来なら寝過ぎで体に異常が出てもおかしくないが、そんなことはなく不思議と楽だった。

 

 

「ずいぶん幸せそうな寝顔でしたけど?」

 

幸せそうな寝顔ねえ…無表情な私でもそんな顔するんですね。私自身の事ですけどなんだか意外です。

 

「ちょっと…夢を見ていたわ。ほとんど忘れてしまったけど…」

 

 

 

「そういえばさとり様宛に荷物が来てますよ」

 

「私宛?誰かしら…」

 

 

 

玄関には確かに荷物が届いていた。

 

 

「誰からでしょうね?」

送られてきた荷物の紐を丁寧に解いていく。

包んでいた布がめくれ中から繊細な椿の模様が顔をのぞかせる。

そしてその下には黒い革のケースがあった。

 

なんででしょう…覚えていないのに、忘れてはいけないことな気がするのに…思い出せない。

 

「さとり様?」

 

「……なんでもないわ。そうね……もう会えない、優しい人からの贈り物よ」

 

 

服を丁寧に畳み込み自室に持って行く。

「お燐、そのヴァイオリンは貴方にあげるわ」

 

「え⁉︎ありがとうございます!」

 

部屋のクローゼットに服をしまい込む。

ほぼ空っぽに近い私のクローゼットのなかで、その服は美しく、それでいて落ち着いた様相を放っていた。

 

 

 

 

 

またいつか…

部屋を出る瞬間、一瞬だけ桜の優しい香りがした気がする。

振り返って見たがその頃には香りも消えており始めから何もなかったかのような部屋が広がっているだけだった。

 

まあもしかしたらまた会えるかもしれませんね。







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