古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.130さとりのズレ

「ちょっと!どうしてゲストが厨房で働いているのよ‼︎」

 

しばらくメイドに紛れて作業をしているとようやく事態に気づいたレミリアさんが飛び込んできた。

あ、ちょっと待ってくださいねもう少しでひと段落しますから。

軽く手であしらって黙らせた後メイドさんに作業の引き継ぎを行う。

 

厨房の入り口でこちらを睨むレミリアさんに今からそちらにいくと手で伝えて混雑気味のその場所を離れる。

「さとり、これはどういうこと?」

 

「どうもこうもああいった話し合いの場は好きじゃないですし料理の信用性がどうも確保できていないようでしたから」

じゃあ私も作るのに参加してしまえと言うわけです。こいしもそれに賛成だったようですからほら、あそこで鍋かき混ぜていますよ。

数百年分の料理スキルは伊達じゃないです。

勿論メイドさん達にも手伝ってもらっていますよ。料理が1番上手だった玉藻さんの怪我がまだ治っていないから色々と大変だったらしいですし。

 

「貴女はゲストなのよ?その立場分かっているの?」

困惑してどうしたのでしょうか。まあゲストがこうして厨房にいるのはおかしいと思いますけれどどうもゲストとして呼ばれた事がほとんど無いのですよね。友人付き合いのような状況が多いので。

「どうにもゲストという立場にいるのが難しくてですね」

後は一種の気恥ずかしさがあるのだろう。その感情の原因がなんなのかはまだ分かっていない。

だから今のところは過程や原因を無視して結果に従うに過ぎない。

 

「ダメよ今すぐ戻りなさい」

 

「……分かりました」

ここでゴネたらなんだかレミリアさんキレそうです。

 

「全く…運命通りの結果ね」

 

「そんなにですか?」

運命通り…その言葉の真偽はともかく、彼女の言う運命とはなんなのだろうか?

「ええ、何人たりとも与えられた運命に逆らうことはできないわ」

やや青みがかった紅の瞳が私を見透かしてくる。能力使用中なのだろうか。別に、運命により未来が確定するとかそう言うのは信じていないのですが…

実際未来が決まっているのならそれは予定調和…いわば目的地まで敷かれたレール。

つまり運命を知ってそれを回避しようと努力しても確定した未来は必ず訪れてしまう。そういう事になる。

最も、レミリアさんの持つ能力がきちんと運命を操り確定させその結果訪れる未来が絶対現実になる場合ですけれど。

それでは運命ではなくただの未来予知。

それに能力の精度的に確定した未来ではない…つまりレミリアさんの言う運命とはIF世界の情報のようなものだろうか。例えばコイントス。

これは裏と表のどちらかが出る。この場合どちらの面が出るかで2つの世界に分離することができる。後はどちらの世界の方が都合が良いかを判断し、その後実際にそちらの世界に観測者この場合はレミリアさんが入ることができるように動きを操る…そのような感じなのだろう。

この辺りはもう少し調べないと分からないけれど。

そうなるとあの能力は平行世界をいくつも観測するような能力なのだろうか。

「お姉ちゃんお姉ちゃん、なにを考えているの?」

隣に来たこいしが私の無表情な顔を見てそんなことを言う。鋭い……

「確定した未来を事前に知った場合その未来を回避するために行動しても確定しているからその通りの未来になってしまうという…」

 

「親殺しのパラドックス?」

 

「なんの話?」

レミリアさんがついていけなくて直ぐに脱落。

まあ確かにこれは難しい話ですからね。解決方法がないわけではないのですけれど……でもこの現象に近い能力を持つレミリアさんがピンとこないということは解決しているのでしょうか。

 

「兎も角戻るわよ。全く……」

 

なんでレミリアさんこんなに苦労しているのでしょうか?私は大して悪くないはず……

「自覚しなさい」

 

自覚しました。

ただし後悔も反省もしていませんけれど。

 

 

 

 

 

「という会話を昨日していました」

会話というほどでもないが天魔さんが知らないところを話せと言われたらこのくらいだろうか。後はほとんどゲスト扱いでしたし。

天魔さんのところに呼び出されたと思ったら話を聞きたいとか言い出すし結局聞いたのに……何ですかその表情。

 

ちなみにこいしは紅魔館に遊びに行っている。気に入ったのかどうかは知らないが喧嘩だけはやめてほしい。

特にフランとの仲があまり良くないように見えた。本当に大丈夫なのだろうか…

「さとりばかりいいなあああ!」

急に叫ばないでください。耳がいたいです。

結局レミリアさんに食堂に連れ戻されてフランにニコニコ見つめられて落ち着かない食事をする羽目になったあれのどこに良さがあるんですか。

それに、なんでフランはあんなににこにこ見つめていたのですかね?

「それがさあ……フランを抱きかかえようとしたらあの門番に止められたしフランちゃんも嫌だって…」

いやいや仕方ないでしょう。

 

「まあさとり可愛いし俺はそれでも構わないよ」

あのですね……貴女のところになんて行きませんって言ってるじゃないですか。

それに、悪い気はしないのですがそこまで可愛くないですし…髪切ったら癖っ毛が大惨事を引き起こすほどに天パですし。でもロングもそろそろ…いや長いと手入れが大変なんですよ。

これでも手入れを欠かさないようにしているのでまだマシでしょうけれど。それによく綺麗好きだと言われる。一日中一回風呂入るくらいで綺麗好きだなんて大げさな気がしますけれど……

「フランにあんなに好かれるなんて…俺振られたのに」

だからそれは自業自得ですよ。一応レミリアさんとはある程度仲良くなれたのだから良かったじゃないですか。まあレミリアさんの場合この残念すぎる性癖に気づいていたようです。途中から目線が変わっていました。

「男装した女性とは付き合えないのって言われたし」

 

「あ、気づかれたのね」

どうやらフランの方も気づいていたらしい。

「いや…さとりがいない時にサラシがずれて揉まれた」

一体どういう状況だったのだ……しかも揉まれたって…ええ……

困惑ですよ。

「フランちゃんもまさか同じ趣味だったとはなあ……」

 

「どこをどう考えたら男装女性を振った原因が自身と同じ性癖だとわかるんですか」

思考が飛躍しすぎだ。完全にダメすぎる…

無表情な私だけれど流石に今のは引かせてもらおう。

「無表情で引かないでくれます?」

 

「普通引きますよ」

ええ、発想が飛躍しすぎている所とか。

「だってフランちゃん異性は興味の範囲外だって言っていたもん」

言っていたもんじゃないですよ!可愛く言って済むと思っています⁈しかもそれでどうして貴女と同じロリコンって判断したんですか!

「だって初潮迎える年頃に見える子にしか興味ないって…」

 

「言っていたの?」

 

「いや、俺が教えた」

 

「最低すぎますよ‼︎」

これでよく今まで長出来てましたね……ああそうかこれ天狗の総意みたいなものでしたか。

……もう帰りたいです。椛さん帰っていいですか?

え、良い?分かりましたじゃあ帰らせてもらいます。

 

「また話しにおいで」

おいでじゃないです。重要なこと以外でここに一人で雑談しにくるのは御免被りたいです。

絶対一人だと危険が……

一応他の天狗が見張りと護衛でいるから大丈夫だとは思うのですが天魔さんが本気になればそれすら一捻りだろう。

建物の外に出れてようやく一息つけた。やはり天魔さんの相手は調子が狂う。それはそれで悪くないですしある種の心地よさを感じてしまうのですけれど……

 

 

「家の方はどうなったのですか?」

椛さんがそういえばと思い出したようだ。戦車に踏み潰されて半壊しましたよ。絶賛修復中です。いや修復というか大改装でしょうか。

「大改装しているところですね。せっかく周辺の土地が余っているのですから使わない手はないですし」

数百年前まではあそこら辺一帯は人間の里でしたし地盤は頑丈なはずなんですよ。ただ数百年経っているから色々と変わっている可能性もあって現在地質調査と改修を同時に進めているところです。

それが終わるまで宿運営はできません。

「あはは…さとりさんらしいです」

 

苦笑い。

「天狗だって家くらい建てません?」

 

「建築はそれを専門にしている天狗さん達がいますから彼らに任せています」

なるほど、役割を完全に分けているというわけですか。まあいくら天狗でも戦闘部隊やらなんやらだけというわけではないですし。

むしろ平時だと建築やら調査、探索を主に得意とするヒト達の出番ですし。

「そうなのですか…」

 

「ええ、ですから建築の指揮までやってしまう貴女は珍しい部類ですよ」

 

そういう感じに見ているのですね。そう大したことはしているつもりはないのですけれど。

あ、ここまでで大丈夫ですよ。

 

椛さんの付き添いは天狗の里の中で終わらせておくあまり長くついてきてしまっても彼女の時間が勿体無いだけです。

それに…私が1人になるのを待ち望んでいるヒトもいるようですし。

 

 

 

案の定、天狗の里を出てしばらく山道を歩いていたら彼女の方から声をかけてきた。

「さとりちょっと良いかしら?」

振り返れば見慣れてしまった隙間と、そこから上半身を出している紫がいた。

「家以外で話しかけてくるという事は緊急性が高い要件ですね」

図星だったらしい。少しだけ眉が跳ね上がった。実際紫が外で私に話しかけてくるときは緊急性の高いものばかりだ。

「ええそうよ」

となると断るわけにもいきませんね。

「では単刀直入にお願いします」

だけれどそういう用事は外でするものではない。それが分かっているからか紫もかなり回りくどい言い方をしてくる。だから先手を打たせてもらった。

「……巫女の件よ」

 

「分かりました。ここだと誰かに聞かれる可能性がありますので紫の家で詳しく」

 

「あら、地霊殿じゃないのね」

こういう話をするときは地霊殿のような誰かに聞かれる可能性が非常に高い場所はおススメしませんよ。

私の家は半壊してしまっていますし。

「貴女の家の方が近いでしょう」

それに安全性も。

「それもそうね」

 

 

足元から重力が消える。一瞬の浮遊感。けれど次の瞬間にはまた地面の上に足は立っていた。

景色は反転を繰り返し気がつけばマヨヒガの前に立っていた。

橙が住んでいる場所だったような気がしますけれど……

紫は近くにいない。ただ、開かれた扉がこちらだよと誘っているかのように少しだけ揺れ動く。

普通に案内すれば良いのに……

扉の意思に従い中に入る。その瞬間再び景色が変わり私は、どこかの部屋に正座していた。

下駄はいつのまにか脱がされていた。

「さっきも言ったけれど、巫女の件で相談があるのよ」

ハッとなって顔を上げてみれば目の前の机を挟んで紫が座っていた。

思考がついていけなくなるがすぐに切り替える。

「となると新たな巫女の制定ですか?」

でもそんなこと私に言ってくる必要はないだろう……

「いいえ、次の代の巫女を決める前に巫女が亡くなってしまってね。逸材がいないわけでは無いけれどどう頑張っても十数年ほどかかるわ」

 

「ではその間の代役ですか?」

実際少しの間代役を務めていましたからね。またやってほしいというならやりますよ。ただ…あまり良いものではないのですけれど。だけれど紫は首を横に振った。どうやら違うらしい。

「それは靈夜にやってもらうわ。一応元巫女の仙人だからね」

どうやら他の賢者達とも話し合った結果そう決まったらしい。なら私に相談したいというものはなんなのだろうか?

「では……」

本気で思いつかなくなってきた。

情報も少なすぎるから推理のしようもない。

「貴女には次の代の巫女を育てるのを手伝って欲しいの」

本気ですか?でもそれって代役の巫女がやるものなんじゃ…それに私は巫女の戦い方とか分かりませんよ?一応知識として知っているレベルであって使いこなせませんし。

「それ…靈夜さんの仕事じゃ…」

 

「無理よ。生活力がなさすぎるし戦い方も仙人のそれで我流になりかけている。本人も教えるのも育てるのも無理だって言っていたわ」

靈夜さんしっかりしてくださいよ。それに生活能力って……人間だった頃にはまだあったじゃないですか。まさか…仙人の生活のせいで色々と破綻してしまった?いや、いまはそんなことどうでも良い。

「それで私ですか…茨木さんとかはダメなんですか?」

妖怪つながりなら一応その辺りがふさわしいかも。一応会おうと思えば会えますし。性格的に喜んで引き受けてくれると思いますよ。

「無理だから貴女に頼んでいるの。お願い…」

どうやら私の言ったことはもう実践済みらしい。結果は……私の元に来ているということはそういうことだろう。

しかし私が適任とは思えない。一応教育はやったことありますけれどあれは教育とは言えませんし……

巫女さん早すぎるんですよ。バカ……

 

しかしここでやらないと最悪博麗の巫女が途切れてしまう。靈夜さんだって不死ではないのだ。それに人間じゃないですし。

仕方がない。割り切りましょう。

「そうですね……私の家の改修が終わったら良いですよ」

 

「構わないわ」

 

この時、もう少し詳しく次の巫女の事を聞いておけばよかった。

そうすれば私の後悔はもう少し軽くなったかもしれない。


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