古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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まだ綺麗な霊夢。


depth.132さとりと霊夢(幼少篇)

春の訪れを感じさせる暖かい空気が部屋に入りこむ。

桜ももう直ぐ満開を迎えそうで、それでも咲く気配は見せない。

それをこいしは焦れったいと言っていたけれど。私は花が咲く前の姿の方が好きだ。もちろんそれは桜の花が嫌いだというわけではない。

なんとなく…妖怪になってから薄々感じられる生命の息吹のようなものを最も感じられるのがこういうところだったというだけだ。実際満開の桜を見たほうが視覚的には綺麗だし好きではある。だけれどこの咲く前の蕾もまたなんだか好きになってしまったのだ。

 

その説明をしていたらこいしはまあそういうものだよねと言って話題を終わらせてしまった。それ以降喋る事もなく結局さっき帰ってしまった。

姉の隣でただ喋りたかったのか…側にいたいと思っていたのかはよく分からないが悪いことをしちゃったなあ……

 

後ろで足音が聞こえる。

気になってそっちの方に首を向ければ、そこにはこの五年間程でかなり成長した霊夢が目をこすりながら立っていた。

「あら霊夢起きてたの?」

というより……

 

「ねれないの……」

そろそろ一人でねれるようにしたいけれど…まだ人肌が恋しいのね。

まあ仕方がない。だけれど、あまり優しくできるようなものでもないのが現状だ。

私は妖怪で彼女は巫女。以前も同じようなことをやったけれど、あまり妖怪に情をかけるようになってしまっては本末転倒だ。

 

 

私が唯一嫌だったのはその点。

まあ…妖怪として暴れなければ問題はない。だけれど、私を縛る運命というのはそう簡単に終わってはくれない。

運命といえば聞こえはいいけれど…要は呪いのようなものだ。これに打ち勝てなかった時…私は彼女達の前に立ちはだかることになってしまう。

そうなった時……いや、やめておきましょう。

 

「……靈夜さんは?」

 

「おばさんゴロゴロころがるの」

寝相が悪いから無理と…まあ仕方がありませんね。

何だかんだ私も甘いのかもしれない。ただ、甘えられる時に甘えられないと後で後悔する。

そう言い訳して私は髪の毛を後ろで一本にまとめた。

「霊夢が寝るまで一緒にいてあげるわ」

 

「うん!」

屈託のない笑み。子供の心は純粋で、美しい。

私は…そんな純粋な心を弄んでいる。

いくら言い訳してもその事実が私に針を刺す。

はだけた寝巻きを着せ直し、布団へ連れて行く。

 

「おやすみお母さん!」

 

私はあなたの母ではないのに…今日も彼女はそう言う。

何度も母親じゃないと言っても聞かないのでもう諦めた。そのうち勝手にやめてくれるでしょうね。

靈夜をおばさん呼ばわりするのもそのうち終わるのだろうか?

正直なところ私より彼女をお母さんと呼んで欲しいのですけれど。

 

そんな私の事はお構いなしに、横になった霊夢は私の体に抱きついて寝息を立て始めた。

寝始めるのは早いのに…こんな抱きつかれたら動けないじゃないですか。

しばらくこのままですね…まあ春とはいえ肌寒い時期ですから仕方がないですね。

 

隣の部屋から顔をのぞかせた靈夜さんがにやにやとしながら私のそばに来た。

「あんたも随分母親が板についてきたじゃないの」

 

「靈夜さんの方が母親らしい気がしますよ。それと場所変わってくれます?」

寝る気がないらしいですし、靈夜さんは起きてしまったらしばらく寝られない体質のようですし。

 

「ダメよ霊夢はあんたと寝たいのよ。私はあんたの横で寝るわ」

 

なぜ川の字で寝ようとするの…しかも布団まで持ってきて。いや2人分でしょう?

霊夢はまだ幼いし私も少女程度の大きさですから問題ないのですけれど…

あまり大きい声を出せないのでヒソヒソと言いあいが続く。

結局靈夜さんが霊夢を挟むようにして川の字を作ることで妥協した。

とは言っても半身を起こしてる私がいるせいで川の字にはなっていない。

「あんたも寝たら?疲れが取れないでしょう」

 

「寝なくても疲れは取れます」

起きていても意識レベルを低下させておけば精神的な疲れはある程度取れてしまう。そういうわけだから私は寝るつもりはない。

それに寝込みを襲われる可能性が無いとも言い切れない。

いくら靈夜さんでも寝ている合間に精神を乗っ取られたらどうしようもない。さらに仙人ですからね。妖怪に近い分精神的に脆くなっている部分がある。

だが彼女達は睡眠時間がないと健康上の問題がいくつも発生してしまう。だから私が起きていないといけないのだ。実際私は普通に過ごしていれば眠くならないですし。

 

寝息を立てている2人を横目で見ながら、私はゆっくりと腕を霊夢から引き抜いた。

音を立てずにゆっくりと体を起こす。

私なんかより2人の方がよほど親娘っぽい。

寝相の悪さとか色々と……

 

 

庭の方から微かに物音がした。

風が起こした音かと思ったけれどそうではないようだ。だとすれば小動物か…あるいは別の何かか……

 

少し様子を見ましょう。腰に携帯していた13.6ミリ拳銃を引き抜き、銃口に消音器を取り付ける。

あまり音がうるさいと皆が起きてしまいますからね。

 

気づかれないように匍匐前進で庭が見渡せる部屋まで移動する。縁側を挟んだ先は木々が生い茂り月明かりを遮る。

真っ暗なその闇の中…再び僅かな音。獣の類ではない。もっと大きな……人ではない何か。

ここまで来ているということは神社の者に危害を加えようとしているのかな?

それとも見守りに来た?

 

もう少し待っていよう……

 

 

結局、闇の住人は何も仕掛けてくることはなく日が登ったのと同時にどこかへ行ってしまった。偵察だったのかな?

そんな事を考えつつも私は日常に戻る。

ご飯を作らないと……一応私を含めて三人分。

五年間もこの作業をやっていれば自然と体が覚える。半分癖のようなものだ。

 

日が昇った事ですしそろそろ起きてくるはず。

2人が寝ている部屋は東方向に窓があるので1番に日光が入ってくる。

そう思っていると台所と直結している居間に2人の人影が入ってくる。

「おはよう…」

 

「おはよう!」

霊夢は今日も元気ね。それに比べていつまで寝ぼけているつもりですか?早く起きてください。

血圧が上がらないようでしたら私が頑張って起こしますよ。

模擬戦で。

 

「遠慮するわ」

……そうですか。目が冷めるから良いと思ったのですが…

うーん難しいです。

 

 

 

 

 

 

 

霊夢はまだ空を飛ぶことはできない。

だから本格的な訓練はまだだけれど、戦う以外にも巫女にはやらなければならないことはある。

特に妖怪の退治の仕方やお札の使い方とか。さらには神降ろしなどの降霊術の基礎とか。

もちろんその殆どは私ではなく靈夜さんが教えている。そもそも門外不出のものも多いですし妖怪には理解できるようなものでもありませんからね。まあこいしなら半妖だからやれなくもない。

適性が出ないのは確実ですけれど。

 

だけれど靈夜さんはどうも教えるのが下手なのだ。

 

「お札に力を込める感じよ」

 

「ちからを?」

あの、靈夜さん?5歳の子供にそんな事を言っても伝わりませんよ。もうちょっとこう…イメージしやすくないと。お札の使い方を教えるのは良いんですけれど……

「手のひらにお札を置いて手をぎゅーってやるイメージをしてみなさい」

まあ先ずはこんなところだろう。

正確には体を流れる霊力を認識してもらうだけでよい。最初から細かい霊力の使い方なんて誰も望んでいませんからね。まずは霊力を使えるという認識を持ってもらう。これだけでもずいぶん違います。

「ぎゅーってこんな感じ?」

お札を乗せた手とは反対側の手でグーパーを繰り返す霊夢。

 

「そう、ぎゅーって感じに」

 

「……」

 

しばらく手のひらに乗るお札を見つめていた霊夢だったけれど、不意にお札が光出したことに驚いてひっくり返った。

「今のが霊力よ」

 

正確には流れ込んだ霊力に反応してお札が光ったというだけなのだが。

でもあれを暗闇でされたりすると目が潰れる。

まだ霊力があまり入らず光も弱かったから良いけれど……

 

「すごいすごい!お母さん褒めて!」

 

「はいはい、凄いわね。この調子でどんどんやっていきましょう」

霊夢の頭を軽く撫でると、猫みたいに抱きついてきた。

靈夜さんが霊夢の頭を乱雑に撫で回す。あれはあれで愛情表現なので注意はしない。

「やっぱり私要らないんじゃないかしら…」

 

何言っているんですか。正確な使い方や門外不出の技を教えるのは私じゃ無理ですよ。私はただ、アドバイスをするだけです。

「そういうものかねえ……」

 

そういうものですよ。それに、本来貴女がやらないといけないことですからね。巫女の育成は……

 

「今のを忘れないうちにもう一度やりましょう」

 

「うん!」

 

 

しばらくそんな感じに霊力を使っていると、不意に背中に視線を感じた。

「……少しあっちの方に行っています。靈夜さんお願いします」

 

「はいはい。行ってらっしゃい」

面倒な相手は任せたと言わんばかりに手を振る靈夜さん。

「お母さんどうしたの?」

それとは逆にどこかに行こうとするのを止めようとするのは霊夢だった。ああ可愛い…というかその純粋な心に浄化される。とまではいきませんけれど…

「ちょっとあっちに行ってくるだけよ」

実際縁側に行くだけだ。

嘘は何1つ言っていない。必要なことも言っていないけれど。

 

のんびりと神社の反対側…庭と縁側のあるところに向かう。

 

「また来たのですか紫」

だれもいない空間に声をかければ、そこから返答が返ってくる。

「きちゃダメなんてことはないわよ」

 

「まあそうですけれど……」

如何にもこうにも、霊夢を見守りたいのであれば普通に出てきて見ていれば良いのに…なんでそこに隠れているのだか。

 

一応霊夢も紫のことは覚えているし去年の年末に顔を合わせましたかね。凄くおばさん呼ばわりした挙句半泣きしましたけれど。

嫌われたというか…多分子供の持つ特有の直感がやばいやつだと感じてしまったのでしょうね。

実際ヤバイですし。

逆に藍さんの方が懐かれましたね。主に尻尾ですけれど。もふもふは確かに気持ち良いです。

 

「……随分と上手くやっているようね」

靈夜さんと霊夢のところを離れ縁側に座れば向こうが勝手に切り出してくる。

月に数回ほど、私に近況を訪ねてくるのが日課にでもなっているのだろうか。最近回数が増えたような気がしなくもないけれど。

「まあ……今のところは」

今のところはまだ妖怪とバレずにやり過ごしている。お風呂も普段は靈夜さんが一緒に入っている。それでも私をお母さんというのが不思議だ。

「あの子のためになっていないのは分かるけれどそこまで思い詰めなくてもいいのよ」

慰めだろうか?まあ実際私は妖怪だし人間の子供を育てている時点で分かりきっているようなものだけれど……

「母親が必要だった。それに当てはまるのが偶然私だった。ただそれだけでしょう」

実際あのままではあの赤子は長く生きることはできなかった筈だ…人間に預けようにも引き取ってくれる人なんてい早々いない。

「そうね。でも貴女もなんだかんだ母親が馴染んだじゃない」

そうでしょうか?こんな少女に母性なんてないと思いますけれど。どこかの天狗には性癖の捌け口として見られていますし。

偏見?上等ですよ。

「そりゃ、夜泣きにオムツにご飯にと休む暇なくやっていれば嫌でも身につきます。ほんと、世の中の母親は凄いですよ」

 

「そうね……」

いくら心が読めるからと言っても冗談抜きで赤子を育てるのは大変だ。今もなのだけれど…

そもそもミルク問題が発生してもう大変だったのだ。

赤子の成長に必要な母乳をどうするかという冗談では済まされない事態。私は出ないし靈夜さんも出ない。粉ミルクのようなものがあればまだなんとかなったのですが幻想郷にそんなものはなかった。

 

結局紫が外の世界から持ってきた粉ミルクと、靈夜さんの境界をいじって母乳を出させてどうにか乗り切った。

そのことを掘り返すと顔を赤くして物凄く怒る。

私?身体年齢が少女なので無理ですよ。それに拒否しました。それはもう靈夜さんを売ってことなきを得たのです。

 

そんなことがたくさんありましたからね。

「まあ良い経験になったのじゃないかしら」

 

「他人事のように言いますけれどもうごめんですよ。霊夢だけで十分です」

誰かを愛してしまうなんて……

 

「わかっているわ。いつまでも妖怪を母親がわりにすることなんてしないわ」

そうでしょうね。ある程度自立することができれば後は彼女1人で生かせていく。そのつもりです。前もそうでしたし。

「そう…じゃあもうすぐですか?」

後数年…と言ったところだろうか?

「せめて後7年くらい待ってちょうだい」

 

7年ですか…長いですね。

でも色々と生活に必要なこと。生きていく上で必要になってくることを教えるには短い。

 


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