古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.133さとりと霊夢(観測篇)

紫との話し合いを終えて霊夢達のところに戻ってくると、それを待っていたのか霊夢が私に飛び込んできた。

甘えたいのはわかりますけれど…まあいいか。

頭を撫でつつ少しづつ離す。

 

靈夜さん、どうして笑い転げているんですか。怒りますよ。無表情ですけれど……

 

「お母さんおこっちゃだめ!」

私の気を察したのか霊夢が私に強く抱きついた。

「霊夢に免じて許します」

 

「甘すぎない⁈」

 

だって霊夢に懇願されたら無理でしょう。それとも私と戦うつもりですか?

良いですよ模擬戦。楽しいですし。

それに霊夢の教育にも良さそうですし。

「代わりに模擬戦をしましょう」

 

「さとりと模擬戦?ええ…なんだか面倒なんだけれど」

 

じゃあ授乳中の写真ばら撒きますね?文さんが撮っているようですので私が一声かければ記事になりますよ。

おっと危ない。

私の真横を一陣の風が通り抜ける。

鋭い風が肌に刺すような刺激を与える。

 

「1つ聞くわ。勝ち負けはどうするの?」

 

「そうですね。折角ですしこの写真が貴女に渡ったら負けとしましょう」

私が懐から出した写真は靈夜さんが霊夢相手にものすごくデレている貴重な写真だった。普段仏頂面なのだけれど本当可愛いですねえ。

「……」

返答はない。その代わりはやくよこせと私を睨みつける。その目線から放たれる殺気は本気のものだ。怒らせすぎましたかね?でもこれくらいしないと絶対戦わないじゃないですか。私だって腕鈍ると困ること多いんですよ。

「おばさんとお母さんたたかうの?」

霊夢が私の服を掴んで動きを止める。

「ええ、霊夢。戦いを見て学ぶのも大事な訓練の1つよ」

 

ついでに普段のストレスを発散することもできます。ただ、私のストレスというより彼女のストレスですけれど。

霊夢が離れたところに退避したのを確認し、私も構えを取る。

といっても腰を低くしただけですけれど。それだけでも重心の安定化と初動の対応のしやすさがある。

 

靈夜さんが動いた。

飛び込んでくる……

素早く体を捻り腕を水平に振り回してカウンター。だけれど接触直前で気付いたのか慌てて後ろに飛ばれた。結果として腕は数センチ手前を掠めていくだけだった。

だけれどまだ向こうのリーチ。体格の差がここで出た。

飛んできた蹴りをお腹に受ける。だが衝撃の殆どを横に受け流せたのでダメージにはならない。私に伸ばされた脚を軽く掴んで捻る。

靈夜さんの体が宙に跳ねあげられ、脚を捻ったことにより体も高速で仰向けになる。

だけれどそれで地面に叩きつけられてくれるほど簡単な相手ではない。

叩き落とそうとした瞬間に飛行状態に入ったのか今度は私の方が真上に釣り上げられた。

それでもすぐに距離を取り私も飛ぶ。写真を胸ポケットにしまい込みもう一度靈夜さんに向き直る。

何故かすごく睨まれたのですけれど。え?下着を見た?穿いてないから見てないですよ

って怒らないで!お札乱射しないで!

 

投げつけられるお札を回避して地面に着地。たしかに朝方に下着を洗いましたけれどまさかあれで全下着だったんですか?確かに靈夜さんは寝るときつけていると苦しいからと言って下着つけませんけれど。上も下も……

 

顔を赤くして私に向かって突っ込んでくる彼女を横にステップを踏んで回避する。

霊夢がなんで怒っているのかいまいち分かっていない表情をしているのが視界の端っこに映る。

ふと殺気を感じ取り、体を上にあげた。その瞬間お腹のあたりをなにかが撫でて行った。

その瞬間触れていたところの服が裂け、肌が丸出しになる。服だけで済んだのが良かった。

「っち…」

 

見れば接近した靈夜さんの手にはお祓い棒が握られていた。まさかそれで服を斬り裂いた?恐ろしや恐ろしや。

名人級になれば木刀でも真剣とやりあえると言う。じゃあ靈夜さんはそれ以上の存在?なんだか庭師と戦わせてみたくなりました。そうだ!今度一緒に行ってみよう。妖怪桜?大丈夫でしょう。満開にならなければ……

誰かが枯れ木に花を咲かせたりしないならっていまはそんなこと考えている場合じゃない。

再び振り下ろされるお祓い棒を片手で白刃止め。だけれど空いている手で私の胸元に手を伸ばしてきた。

その手を素早くはたき落とし、素早く肩に一発拳を叩き込む。

くぐもった悲鳴が聞こえてお祓い棒にかかる力が緩まった。

その瞬間を見逃さずに反撃、強引に押し込む。

 

生まれた隙を利用してもう一発叩き込もうとしたがそれよりはやく私の体は後ろに吹き飛ばされた。

どうやら霊力で跳ね返したらしい。

地面を軽く蹴って体勢を整える。

さてかなり距離が開いてしまいましたがこれは遠距離戦に切り替えたと言うことで良いんですよね?

袖口から二枚のスペルを引き出し構える。

「想起『枕元にご先祖総立ち』」

大量の巨大な楕円状のレーザーが放たれ、靈夜さんに襲いかかる。それらを空中に飛行することで回避する靈夜さんだったが、この弾幕はこれだけではない空中の何もない空間で突如レーザー達が跳ね返る。それは靈夜さんを中心として球体で壁を作られているかのような動きだ。跳ね返ったレーザーも自機狙い弾や放射弾を繰り出す形式となっている。

それでもまだ楽な方である。3回だけこれが繰り返され、その度に弾幕の量を濃くして行くタイプだ。

 

ただ、今のがお披露目になるスペルカードなので難しいだろうか。こいしが作ったものの使わなくなってしまったものを私が借りているだけなので私自身も攻略法を知らないけど。

 

私が作ってきたスペルは攻撃用と防御用に分かれていて美しさや、攻略を楽しむのは二の次になっている。

実際お燐や、こいしが最初の方で作っていたのは攻撃用スペルであり綺麗さも何もない。ただ弾幕構築の工程を一工程で済ませるという武器の1つだ。

だからこいしの遊び用スペルは新鮮である。

 

実際こっちの方が弾幕ごっこでは優遇されるものなのですけれど。

そうこうしている合間に最後のレーザーが小さな弾幕となり散っていった。

スペルブレイクと私は勝手に呼んでいる。

そうなれば次のスペルを使いたいが…それよりも向こうがどう出てくるかを見ないといけません。

視線を靈夜さんに向けると、彼女は……笑っていた。

「はっ!やるじゃないの!でもあんただけしかスペルカードを持っていないと思った?」

 

いつのまにか彼女の手には1枚のカードが握られていた。

そういえば弾幕ごっこのルール…丁度紫が作っているところでしたね。根回しの方も行なっているようでしたし靈夜さんがそれを知っているのも考えればわかります。作っていたのは想定外ですけれど。

「霊符『八方鬼縛陣』」

空中に浮かんだスペルカードが八角形の印を結び光り始めた。

瞬間、いくつもの縄のようなものがスペルカードから飛び出す。

 

地面を転がるように一本目を回避。地面を蹴り飛ばし二本目の上に飛び乗る。

「…っ!」

 

「痺れるでしょう?」

 

縄に接触した足が雷に打たれたかのように痺れた。それに気を取られていると靈夜さんに距離を詰められていた。

とっさに空中に浮かび上がり彼女から距離を取る。

だけれどまだまだ縄も追いかけてくる。

私よりはるかに速い……

急制動左旋回。縄が私のそばを通り抜けて天に伸びる。擬似的な失速とスピン。そのスピンに合わせて弾幕を解き放つ。いくつかが他の縄や弾幕に接触し爆発を空に生み出す。

靈夜さんは……下にはいない。と言うことは上。

 

背中のあたりに影が落ちる。

体をねじって真上を向く。太陽を背に突っ込んでくる!

眩しさで視界が利かない。

すぐに真下に向けて加速。だけれど先に動いていた向こうのほうが私より速い。

なら……少し無茶をしますか。

地面スレスレまで降下。足で地面を蹴飛ばし、僅か数センチの高さを滑空する。

弾幕が上から降り注ぐ。体を左右に揺らして回避。

ようやく目標が見えてくる。

それは神社の鳥居。高速で飛んでいるためもう目の前だ。通過するわずかな時間でその柱に左手を引っ掛ける。

体が引っ張られ、腕が肩から外れそうになった。痛い……骨が外れるのは痛いんですよ……

体も急激な動きについていけなかったのか血液が足の方にいってしまい視界が暗くなる。

それでも体の向きが変わる。

加速……今度はやや上に向けて…

ここまでの時間はわずかコンマ2秒くらい。

上を飛ぶ靈夜さんと強引に向きを変えた私が接触しそうなところですれ違う。

突風。ついで後方から弾幕が遅いかかる。

 

「怪符『夜叉の舞』」

スペルを宣言し真後ろに放り投げる。真後ろで弾幕の壁が展開されたらしく私に迫ってくる弾幕の数が減った。

そのうちに態勢を立て直し庭に着陸する。

体の一部がすごく痛みますけれど多分大丈夫。脱臼しかけていると言ったところです。

「お母さん大丈夫?」

 

「大丈夫よ霊夢」

てっきり霊夢は目を回しているかと思ったけれど案外私達の動きについていけていたらしい。ならば十分勉強になったのではないだろうか?

「随分…やるじゃない……」

若干息が上がっている靈夜さんが戻ってきた。

だけれどまだまだ闘志が健在。戦うつもりなのだろう。

靈夜さんが再びお祓い棒を構える。

そういえば私から写真を奪うのが勝利条件だったはずですけれど……

 

あれは完全に忘れているようですね。

思い出させるのも面倒ですからこのままにしておきましょうか。そのかわり…私もこれ以上無駄に戦うのは控えたいですから……

 

「ではそれで一撃を与えられたら終わりにしましょう」

 

「そうね。私も疲れてきたからぜひそうしたいわ」

素直にこちらの条件を飲んでくれたあたり相当疲れているのだろう。

ああ見えて内側に溜め込みやすい方ですから。

 

急に視界がぶれた。

靈夜さんが動いたのだ。不意打ち過ぎませんか?まあそれがダメとは言いませんけれど……

突き出されたそのお祓い棒を足場に空中に体を投げ出す。だけれどすぐに真下に向けて体を捻り、その場で体を支えずに側転を行ったかのような動きで背中を取る。

だけれど後ろ蹴りを回避するためにさらに体をひねってしまい私のリーチの外に出てしまった。

向こうもそれは同じらしい。

 

再度私に向き直り、弾幕を展開するためか袖から一枚のスペルカードを引き出した。

「これで決めるわ!霊符『夢想封印』‼︎」

 

靈夜の宣言とともに、色とりどりの光弾が次々と飛び出してくる。

その全てが追尾型であり……同時に理解してしまった。

あれはこちら側の力ではどうしようもない。

まさに対妖怪用の最終兵器と言ったところだろう。あれの前には妖怪はどのような相手でも等しく、同じ存在なのだ。

後方にステップを踏み体を真上に飛ばす。

ぴったり真後ろにくっついてくる弾幕だけれど、靈夜さんによる制御が必要なためか彼女自身は制御に手一杯で追ってこない。

多分未完成なのだろう。なら勝機はある。

 

上昇から急降下に転じ、速度をつける。当然追いかけてくる光弾。こちら側の空間にいないようなそんな感じの動きだ。浮く能力も使っているのね。

左旋回、効果なし。だけれど……私が飛んでいく方向は森である。

 

そのまま木々の合間に体をねじ込む。

追従してきた弾幕が木々に命中し弾け飛ぶ。突風が後ろでなびいている。

 

追ってくる弾幕がなくなったので私は森から飛び出す。

反転降下。速度を緩めつつ再び庭に戻った。

あのスペルは相当な体力を消費するものらしく、珍しく靈夜さんの息は上がりきっていた。

 

「疲れたわ……」

見ればわかります。私も疲れました。

なんですかその目。さては信用していませんね?これでも疲れるのですよ。一応……

 

「それでは私が勝ちということで」

 

「文句は無いわ。だから夕飯の準備よろしく」

 

ああ、そういえばそんな時間になりますね。

いけないいけない忘れるところでした。

あれ?何か忘れているような……

 

「霊夢?」

ふと靈夜さんの声に振り返ってみれば、霊夢の様子が少しおかしかった。

なんだか様子が変というか…下を向いてしまっている。まさかかさっきの模擬戦で戦いが怖くなってしまったのだろうか?

「かっこいい!お母さんもおばさんもすごい!」

本気の戦いを間近で見て怖くなってしまっただろうか?なんてのは杞憂だった。彼女はものすごい目を輝かせていた。それはなんだか…戦隊モノとかロボットものに憧れる子供だった。

「霊夢もあんな感じにそらをとんだりしたいなあ」

 

「いつかできるようになるわよ」

ええ、必ずできるように…しますからね。

「そうかな?」

 

「ええ、だって貴女は……」

 

博麗の巫女なんですから。

それは言葉にすることができなかった。

「お母さん?どうして悲しそうなの?」

 

悲しくなんてないわ。ただ、少しだけ悲しいだけよ。


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