古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.134さとり巫女になる(終考篇)

時間というのは長いもので、気づけば彼女の教育係になって数年が経っていた。

半分日常化してしまったものの、それも今日限りだ。

戦闘の面ではもうとっくにに大丈夫だったから紫に戻って来ていいと言われたものの、入れ替わりに戻ってきた靈夜がもう少しいて欲しいと言うものだから断ることができずここまで伸びてしまった。

 

そんな事を縁側に出て思い浮かべていれば、後ろに誰かが歩いてくる。

華恋や靈夜は今出かけているはずだから彼女達ではない。それにあの2人ならもっと静かに気配を消して近づくはずです。

さてさて誰でしょうねえ。

私にとっては誰が来ようと変わらないのですけれどね。

 

「久しぶりになります」

 

振り返ってみればそこには賢者の従者が仕事モードで立っていた。

久しぶりねと手を挙げて答えてあげれば、それに答えるかのように隣に腰を下ろしてきた。

「すっかりその服馴染みましたね」

 

「巫女服は好きではないのですけれどね」

 

「同意します。さとり様、分かっていると思いますが…」

 

ここからが本題と少し前の雰囲気とは変わって目が真剣になる。

分かってはいるのですけれどね。やはりそれを言われるとどうしようか悩みます。

華恋には今日で私が任を解かれることはまだ伝えていない。

まあそろそろここを去ると言うことは伝えてあるのだけれどどうしても言い出せずにズルズルきてしまったわけだ。

スパッと切ってはいさようならって言うほど私は冷たくない。だけど次会ったら敵同士かもしれない相手だ。

あまり友情だとか信頼だとかを持たせすぎてその時になって私もあの子も機能しないようであればやばい。

敵はしっかり倒す。そうでなければまだ生き残れない世界ですからねえ。

さてさて、結局どうしたら良かったのかと思考を巡らせる。

 

ただ出て行くだけなら簡単なのですが……

やはり心苦しいというかなんというかちゃんと一言、言っておきたいと言うのはあります。

 

では正直に妖怪でしたと言うか…流石にこれもまずい気がするのですよね。なにせ今まで教わっていた相手が妖怪だったなんて知られたらどう言う反応をするか。

育ての親が子供に自分は殺人者だと言うのと同じですから…彼女の心にどれだけ影響してしまうやら。

 

私が妖怪であると伝えずに戻っても私は幻想郷の住人。うっかり出くわした時にどうなるかわからない。

そもそも、そっちの方が妖怪として出くわした時の精神的ショックが大きい。

それが原因で荒れてしまっては元も子もない。

だけど一緒にいることはできない。だって私は外見が全く変わらないのだ。数年なら誤魔化せるだろうけれど何十年となれば隠すのは無理。

 

手詰まりですね。

 

「藍さんはこういう時相手にどう声をかけます?」

 

「そうですね……似たような場合でしたら私は黙ってその場から逃げます」

そう…で、それはいつ頃の方とのものでしょうかね?まあ貴女の場合そっち方面の話が多すぎて色々ありそうですけれど…

「黙って離れる……」

「真実は知らない方が幸せなこともある。虚偽の上に成り立つ幸せだって悪い事は無いだろう」

 

そうですね……たしかに、偽物の上にある幸せであっても本人にとってはまぎれもない幸せですからね。

 

もし出会ってしまった時はその時考えよう。結局問題の先送りでしかないけれど気にしてばかりでは仕方がない。

手紙でも置いておこうかと思って空を見上げてみると、薄黒くどんよりとした空から白い塊が舞い降り始めた。

ああ…そう言えば朝降りそうだとかなんだとか言ってましたね。見事に2人して忘れて行ってしまったのですけれどね。

「降ってきましたね」

 

「ん?ああ…そのようですね。今年もこの季節って感じになって来ましたね」

本当ですね…秋が過ぎて気温が下がってもやはり雪が降らなければこの季節と言う感じはしない。

水の結晶は1つ降りてくれば次から次へとひっきりなしに降りてくる。

この調子じゃあの2人も濡れてしまいますね。

 

「……では、今日限りで博麗の巫女代理、納めさせていただきます」

わかったと一言だけ言って藍さんは家の中に戻った。どうやら寒かったらしい。

かく言う私も寒いのですけれどね。ええ、そうですよ。寒いですよ。

 

それにいつまでも縁側にいるわけにもいかないので藍さんが引っ込んだ所の襖を開け部屋に転がり込む。

「やはり寒かったのですね」

案の定藍さんはそこの真ん中に掘られた炬燵に体を入れて縮こまっていた。

「当たり前ですよ」

 

ですが私はそこに入りにきたわけではない。多少部屋の温度が高いので他よりも着替えるのに都合が良いってだけです。

 

その場で服を脱いでいく。

何やら藍さんが慌て始めましたけれど…はて?サラシと下は脱ぐなと?だってこれきついんですもん。

炬燵に潜り込んで隠れてしまった藍さんを尻目に私のいつもの服に着替える。

冬用の和装は少し重ね着を行うので重量がある。

それでも服一枚程度なのですけれどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……降ってきましたね」

老舗の貸本屋の軒先で空を見上げながら私は呟いた。

「傘忘れてくるんじゃなかったわ」

 

ため息を吐く靈夜さん。

そういえば傘忘れてましたね。私もなのですけれど…

本当は降る前に帰ろうとはしていたのですけれど人里に久し振りに来てみたら意外と美味しいお店があったり甘味処に新しい品が入っていたりで余計に回るところが増えてしまいました。

 

雨じゃないだけ良いのですけれど…雪は雪で冷たい。雪だから当たり前だけどね。

「多少濡れるけど……仕方がないか」

靈夜さんは私服だから良いのですけれど私は巫女服ですからね?あまり数がないんですよこの服って。

ああもう、不測の事態に備えてこれを着てきてしまったのが悔やまれます。

「あまり酷くならないうちに帰りましょうか」

 

「そうね。まあ飛べば早いし良いんじゃない?」

悪天候で飛ぶのは嫌いですけどね。この場合は仕方がないかなあ……でももうちょっとだけ…本を探したい。

「もう少し待ってみませんか?」

 

「あんた……本が好きなだけでしょ」

やっぱり靈夜さんにはバレていたようだ。隠し事はやっぱり難しいですね。

靈夜さんに軽く笑いかけながら本を探す作業に没頭する。

探すと言っても特定のものを見つけるわけではない。ただ、直感的にこれかなと言うものを選ぶだけ。

「仕方ないわねえ…本は好きじゃないんだけどなあ」

 

愚痴をこぼしながらも靈夜さんは一番近くにあった本をペラペラとめくり始める。

面倒なら先に帰ってしまえばいいのにそれをしない辺りやはり面倒見が良いというか…心配性というか…その配慮がすごく嬉しくもあってなんだか暖かい気がする。

 

 

「そういえばさ……」

 

数分ほどしただろうか。靈夜さんが手元にあった本を興味なさげに閉じ私に話しかけてきた。

「なんですか?」

無造作に積み上がった本を退けながら靈夜さんの元に行く。

「あ、そのままで構わないわ。えっとね…さとりの事なんだけど」

 

さとりさんの事?一体なんでしょうか。

 

「そろそろ、あいつも任が解かれるから巫女代理やめるのは知ってるでしょ」

 

「ええ、知ってますよ?」

一ヶ月ほど前に本人から伝えられましたからね。私としては寂しいのですが死ぬわけでもないですしまた遊びに来てくれれば良いかなって思ってるのですけど……

 

「なんて言うか……ちょっと常識はずれなところがあるけど、根はいい奴だよ。お節介が過ぎるんだけど……」

 

話の概要がいまいち掴めない。えっと……一体何を伝えたいのでしょうか?向こうも要領を得ない事を言ってるだけだと思ったのか口を閉ざした。だけど私に真剣な眼差しを向け、口を開いた。

「もし、あんたがさとりと闘う事になったらどうする?」

 

「?闘うこと?そりゃ…闘うしか無いですよ」

私は博麗の巫女。この名は幻想郷の均衡を保つ大事な役割だ。だから例え仲間であっても幻想郷の敵となるのなら倒す。そのつもりだ。

「あんたはさ……さとりと闘えるの?命をかけた殺し合いが出来るの?」

 

「……」

 

博麗の巫女としてはできると答えなければならない。だけれど、それにできると答えることがどうしても出来なかった。

さとりさんを殺す事…どうしてもそれができるとは私にはできなかった。

「……今のあんたじゃ無理そうね」

 

「靈夜さんは、どうしてそんな事を聞くのですか?」

 

「そうね……あんたあいつが無条件で自分の味方って思ってるでしょ?」

 

その言葉に私は疑問符を打つ。まあ確かに不必要に妖怪を退治したりはしませんね。

まず退治自体も知性のある妖怪にはほとんどやりませんし……

「私だってそうよ。いつでも貴女の味方だなんて思っちゃいけないんだからね」

靈夜さんも?でも靈夜さんは仙人ですし…

「あのねえ……いつでも博麗が正しいなんてことは無いのよ」

 

分かってますよ。正しくないと思ったら自分の心に聞いてそれでも正しくなかったら正しい方に行かないといけないって事くらい。

「靈夜さんは…さとりさんが信用できないのですか?」

 

「そうじゃないわ。元々人間とあいつは敵同士なのよ?」

 

「どう言う事ですか?」

敵同士?だってさとりさんは私を守ってくれたし人間だって襲われていたら助けるのに…

それが敵だなんてことあり得るわけないじゃない。

 

「本当は黙ってたかったんだけどこのままだと後で大変なことになりそうだから言うけど…さとりはね……」

 

そこまで靈夜さんが言いかけて急に口を閉じた。

そのまま目線が入り口の方に向かっていく。

私もその目線を追いかけていくと、丁度扉についた鈴が音を立てて入店者が来たと言う事を知らせてくれた。その入店者は私達を見つけてすぐに近づいてきた。

 

「やっぱりここにいましたか。傘、持ってきましたよ」

それは先程まで話していた内容の人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

靈夜さんと私の合間に気まずい雰囲気が流れる。

と言うよりも……その気まずい雰囲気を作り出してしまっている本人はと言えば……

「2人ともどうかしましたか?」

 

私達の前で雪を被っていた。

 

貸本屋を出るときになんで二本しか傘を持ってこなかったのか問いただしたものの、自分は傘は必要ないと言うもの。その上、人里を出た途端本降りになってきたのかものすごい量の雪が降り始めた。

お陰ですぐに雪が積もってしまう。

「あんた寒くないの?」

 

「平気ですよ?」

靈夜さんの問いに平然と答えているあたり本当に寒くは無いのだろう。

そんなことよりも私はさっき靈夜さんが言いかけたことの方が気になる。

さとりさんは私に隠し事を?一体なんなのだろう…

気になるのだけれどどうしてもそれを聞く勇気が出ない。砂漠で目の前に水があるけどそれが罠だと理解してる時の感情だ。

 

何かを失うのが、怖いのだ。今まで築きあげられたもの、それらが壊れてきていくのが恐ろしく怖い。

だけれどそれを恐れてしまっては、私は何も知ることは出来ない。

恐怖と好奇心がぐるぐると渦を作り流していく。

 

「あのっ!……」

 

思わず私は大声を出してしまう。

その声につられ、2人が私の方を見つめる。

靈夜さんは私が話したいことがわかったのか納得の言ったような…本人が言う事だろうから関係ないかと言うようななんとも無関係そうな表情をする。

 

「どうかしたのですか?」

 

どうしよう聞いたほうが良いのだろうか。だけれど……

怖くて次の言葉が出てこない。

 

「……なんでも、ありません」

 

聞けなかった。

結局私はなにかを失うのが怖かったようだ。

 

「あんたさ…いい加減話したらどうなの?」

 

私に変わって靈夜さんがさとりさんを問いただす。

「ふむ、本当は言わないつもりでしたけど……ですが今日で私は代理の任を解かれるのですよ」

 

「はあ⁈」

 

「え!さとりさんもう巫女辞めるんですか⁉︎」

嘘…なんで急に言っちゃうのさ!もうすぐとは言ってたのに急すぎるよ。

「なんで言ってくれなかったのよ!」

靈夜さんも知らなかったらしくさとりさんを問い詰めるけれど対するさとりさんは全く動じることがない。いや、そう見えるだけなのかもしれない。

「知ったのが今日ですから」

 

「だからって……」

 

「私については詳しく触れない方が幸せかもしれませんよ?」

さとりさんはそう言ってまた歩き出す。

雪の中を、踊る妖精のように軽く…周囲の雪も彼女を際立たせるかのように時々反射しているようにみえる。

 

「……まあ、あんたがそう思うならそうすれば良いわ。私は私で勝手にするわ」

 

「お気になさらず」

さとりさんは靈夜さんの言葉を気にもかけずそう言った。

結局知らないのは私だけ…なんだか蚊帳の外にされているのが悔しくて仕方がない。

「靈夜さん、さとりさんは………」

 

「気が向いたら話すわ」

靈夜さんに手で制されてしまう。

こうなってしまっては何も答えない…うう、むず痒い。

 

結局その後はさとりさんは今後どうするのかとか色々とたわいもない事ばかり聞いていた。

だけど私の心はさとりさんの秘密の事が気になってしまって上の空だった。

 

 

ようやく神社の階段が見えてくる。やっとだと思いその階段を上っていく。

やっと神社が見えてきた時、不意にさとりさんの姿が無いことに気づいた。

「あれ?さとりさんは?」

 

「そこらへんにいないの?」

どこか投げやりな態度の靈夜さん。

気づけばここまで続く足跡は2つしかなかった。確かに途中までは前を歩いていたのにどこに消えたのだろう?

私が名前を呼んでも返事が帰ってくることはない。

結局その日、神社の前で消えたさとりさんを見つけることは出来なかった。

 

 

「おまたせお空」

 

「さとり様、遅いですよ…」

 

「ごめんなさいね。ちょっと名残惜しくなっちゃって」


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