古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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マリーゴールド花言葉 『絶望』


depth.138さとりと霊夢(決別篇

靈夜さんの葬儀は霊夢と私だけで行うことにした。

終始無言だった霊夢に何を言うべきか悩んでしまうが、結局話しかけられず。

でも時間は待ってくれない。靈夜さんが担っていた博麗の巫女は少し早いけれど霊夢が引き継ぐしかない。

 

紫は、スペルカードの制定まで私に代わりをやってほしかったらしいけれどそういうわけにもいかない。まだ不安が残るけれど仕方がない。それにあの異変が最後だったらしい。異変を起こそうとする妖怪はなかなか見られない。

まあそのおかげで霊夢にも私にも気持ちを整理する時間が出来たので良かったのですけれど……ただ、整理どころか思い詰めていってしまう私の感情思考は時間ができると逆効果にしかならない。

何かに打ち込んで感情を忘れたい…結局、死は思い出にしかならないのだから。

 

「ご馳走さま」

元の性格が荒いからなのか靈夜さんに似てしまったのか…少し不機嫌なように見える。実際そういうわけではないけれど…靈夜さんの件以降笑顔が少なくなったから余計そう見えてしまう。

 

そういえば今日は霊夢朝から見回りでしたね。折角ですしついていきましょうか。

鳥居の側で準備をしていた霊夢に合流する。準備といってもお札を確認するだけなのでそう大掛かりなものでもない。

 

「霊夢、私もついていくわ」

 

「怪我は大丈夫なの?」

いつの間にか身長差が逆転してしまっているからか霊夢を見上げてしまう。

魔理沙には一度姿が変わらないことを問われたけれど取り敢えずごまかしておいた。実際魔法も妖力もある非科学的な世界なのだ。不老だって普通にいる。というか不老くらい探せば人間にだっているのだ。不死はいないけれど不老は多い。そんな環境だからか霊夢は気にしていないようだけれど。

一瞬だけサードアイが彼女の心を読み取る。

死神に襲われたのだから仕方がない…ね。

霊夢はそう納得しようとしている……それで納得してくれたらどれだけ良いことか。でもそういう訳にもいかないのだろう。きっとかなり経ってから真実を知るだろう。その時になってそれが受け入れられるかどうか……未来のことを案じても仕方がない。

 

「ええ、あんなのかすり傷ですよ」

実際傷自体は昨日のうちに完治した。ただそれだけだと回復が異常と捉えられかねないので包帯はしている。

 

「分かったわダメって言ってもついてくるんでしょう……」

ため息をつきならがも了承してくれた。

「ご名答」

 

私だってそこそこ戦えますからね。素の力が弱いだけで……

靈夜さんが亡くなってからどうにも神経が尖ってきているのが自分でもわかる。

こうして無理に霊夢についていこうとするのもそれの表れなのかもしれない。それと霊夢がただ心配だという感情。

 

 

 

霊夢の側を飛んでいるとなんだか不思議な感じになる。

何がと言うのはうまく言い表せないけれど、どうにもこいしの側にいる時と同じ感覚になる。

どうしてなのだろうね……

私に親心でも芽生えたのでしょうか?だとしたらすごく笑うことができない。妖怪が親心?あり得なくはないけれど本来ならあり得てはならない感情だ。

 

そんなことを頭で考えていれば、不意に下の方が騒がしいことに気づく。霊夢も気づいたようですぐに着地し警戒をする。

私はまだ構えることはしない。あまり出しゃばると霊夢が邪魔しないでと言い出すから……あくまでも援護に徹する。そうやって靈夜さんを失った悲しみを誤魔化す。

 

 

男性の悲鳴となにかの足音がする。それと同時になにかがぶつかる音。

「行くわよ」

「分かっていますよ」

 

駆け出した霊夢に続いて私も木々の合間に体を入れる。深い森というのはそれだけで自然の迷路になる。だから音と悲鳴を頼りに素早く探し出すにはかなりの技量が必要だ。

だけれどそれを補うかのように、霊夢は勘が鋭い。もう未来予知レベルで色々と予測してくるのだ。勘ってなんだっけと思いたくなってしまう。

男性が飛び出してきた。

巫女服を着た霊夢に気づいたのか直ぐにこちらに駆けてきた。

その後ろから飛び出してきたのは妖怪。というより怪異など近い獣のようなものだった。

あ、これ理性はそこそこあるけれど言葉が喋れないやつですね。

 

……だけれど様子がおかしい。

息も絶え絶えの男性を後ろにやって二人で構える。普通ここまですれば知性がある妖なら退散する。巫女を相手にするというのは妖怪にとって死を覚悟しながら戦うのだ。

だが目の前の妖は私達に怯むこともなく後ろの男性を狙おうとしている。

 

何が、妖をそこまでさせているのだろう。怒り……?我を忘れるほどの怒りがあるのだろうか…

突っ込んでくる妖を霊夢がお祓い棒で防ぐ。重量自体はそうでもないけれど思いっきり飛びかかってきたのだ。後ろに引きずられる。

 

「くそっ‼︎」

それでも片手でお札を引き出し展開する。拘束結界。命中しなくても壁のように展開できるので移動範囲を制限することができる。

 

霊夢の技量ならやられることはまずない。

それは向こうも理解しているはずですが…何故それでも突っ込んでくるの?

 

ようやく気づいた。あの子…巫女に退けと言っているの?先程から突っ込むだけで攻撃をしてこない。爪で切り裂いたり蹴りを入れたりすることだって出来るはずなのになぜ突進ばかりする?霊夢もそれに気づいたのか怪訝な顔をしながらも突進してくる妖を弾き返している。

 

 

「すいません。何個か質問させていただきますね」

 

「あ、あんたは……戦わなくていいのか?」

 

「大丈夫です。それより、普段はおとなしい妖があそこまで怒る理由に心当たりはありませんか?」

 

「それが……」

 

途中で色々と話が逸れたりしたものの、まとめれば山菜採りをしている途中で間違えてあの妖の巣に入ってしまい、小さな個体と接触。運悪くあの妖と会ってしまい動転した際に小さい個体を傷つけてしまったのだとか。

「なるほど……母性のような感情ゆえ」

実際妖にどこまで母性のような感情が備わっているのかは分からない。

多分、あの個体も異常なのだろう。あるいは同族を守るという仲間意識か……

いずれにしてもまずは止めなければならない。

 

「落ち着いてください!」

多分聞こえたであろうこの声は、やっぱり無視されてしまった。

 

「ダメね。一度頭を冷やしてもらいましょう」

霊夢が先ほど出したものとは別のお札を引き出した。

そのお札がなんなのかを理解し、咄嗟に私は目を腕で覆い隠した。その瞬間眩い光が辺りに散る。

時間にして僅か数秒。だけれどその光は妖怪にとっては天敵である特殊な光である。まあ言ってしまうなら陰陽師とかが使用する霊力を抱擁した術より発せられる光である。

妖怪にとっては硫酸を浴びせられるのと同じ痛みが広がる。

だけれどそれわたしには通用しないんですよね。お燐やお空は苦しんでいたけれど何故か私とこいしはあの光を浴びてもなんともなかった。おそらくあれの作用が体ではなく心の方に作用しているからだと思われますけれど……

 

 

光が収まると、そこには金切り声を上げて苦しむ妖がいつのまにか麻縄で縛られて転がっていた。あの数秒の合間によくあそこまでできますね。

どうにも巻き方が色っぽいのは靈夜さん譲りなのでしょうか。

 

「後はこっちでやっておくから。あんたはもう帰りなさい」

男性の方に向けてそういったのだろう。

「あ、ありがとうございました!この恩は忘れません!」

 

「だったら神社にお賽銭よろしくね」

巫女の業務を引き継いだときにお賽銭の事も教えたら…やっぱり金にがめつくなってしまった。

何でしょうね…巫女の遺伝でしょうか?

 

まあそんなことは良いとして、男性が道まで出るのを確認して霊夢の所に戻って来れば、彼女はまだあの妖のところにいた。

 

 

「トドメを刺さないのですか?」

 

「……いくら人間の敵でも、今回のはあの男が悪いわ」

子供を守っていただけですからね。だとすれば確かに彼の方が悪い。知らずとはいえ住処に入ってしまい子を誤って傷つけてしまったのだから。

未だに暴れている妖だったけれど霊夢の意思が通じるようになってきたのかようやく落ち着いてきた。

「兎も角縄を解くからあんたの巣まで案内しなさい」

 

無言でそれに頷いた妖がゆっくりと歩き出す。途中、気がつけばその妖は黒い髪の毛の女性の姿をとっていた。だが所々に妖の名残があり、腕や背中などは未だに異形である。

信頼の意思表示ということらしい。

 

ようやく巣に着いたらしい。それは木と広葉樹の葉を利用して作られた小屋のようなところだった。

だけれど大きさ自体はそこまで大きくない。

「ここなのね」

霊夢の問いにただ頷くだけの妖。

入り口であれやこれや言うのもなんだかおかしい話なので私から中に入る。

中は少し小さめに作られているからか霊夢は屈みながら中に入ることになってしまう。

その部屋の隅……寝床のところで、1人の少女が腕から血を流していた。おそらくあの男が動転して刃物を振り回してしまったのだろう。

それが当たってしまったと…たいした傷ではないですけれど放っておくと細菌に感染する可能性もある。

そう考えていると霊夢が無言でその子の腕の傷を診始めた。

急に巫女が入ってきて傷を診始めたことに完全にあっけにとられる少女。

一通り診終わった霊夢が服の内側から布を引き出した。

それ…サラシですよね。まあいいんですけれど…

「手当てするんですね」

 

「放っておけないでしょ」

貴女も私も同じ考えでしたか…

 

「水使ってください」

 

「ありがと。一応加熱処理して頂戴」

 

「わかってますよ」

 

……甘いですね。一歩間違えれば貴女がやられていたかもしれませんよ。妖怪への甘さは命取りになる……どうしてこうも甘いヒトが増えてしまうのでしょうか。まあ私もなのですけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、紫は何の用です」

霊夢はとっくに就寝し、鈴虫の鳴き声だけが秋の月を飾る。そんな夜を楽しんでいればやってくるのは招かれざる客なわけです。

 

「そろそろ自立させたほうがいいわよ」

私の隣に隙間を開けた紫は用件だけを簡素に伝えてきた。それは一種の宣告のようなものである。

「そうですか……いつまでもこの関係が続けられるわけないですからね。でも靈夜さんの件もあるんですよ。私が消えたら壊れる可能性が……」

霊夢の事だからそんなことはないと思うけれどもうすこし…せめてもう少しだけ待って欲しいのですが…

「それで壊れるくらいならあの子は貴女達の修行についてこられないわ。それに私がある程度誘導をするから気にしなくていいわ」

一体何を誘導すると言うのだろうか。

「それ気にしないとまずいような気がするのですけれど……」

 

「妖怪に情けをかけるあの子の癖をどうにかするためよ」

その指摘に思わず息が詰まってしまう。紫のことだから知っているだろうとは思っていましたが……

「気づいていたのですか」

 

「ええ、子は親に似るとは言ったものね」

薄く笑うその表情はどういった意味なのだろう?不思議だ……

「彼女を博麗の巫女にするための最後の試験、しっかりやってね」

なんとなく紫の意図が読めてきた。だけれど、それで良いのだろうか?いや、それは私が決めることではありませんでしたね。

「それで、私をまた使うのですね」

 

「ええ、だから貴女は何も気にしないで最後の大仕事をやって頂戴」

 

「こいし達が怒りそうですね」

 

「私もいっしょに謝るわ」

 

一介の妖怪に大妖怪が頭を下げるなんて…いや、それが紫という大妖怪でしたね。

よろしくねと一言残して彼女は隙間を閉じた。後に残されたのは少し肌寒い風だけ。それと残された一枚の紙。そこには明日ここに来いということだけが書かれていた。

私も寝ましょうか……

 

 

 

 

今日はなんだか霊夢さんの様子がおかしい。私が起きたのは霊夢さんより前ですが、朝食を作っている最中に庭に出ていましたけれど……

どうにもその後から私に対してそよそよしい。

目線が私に直接向いていないというか……何故だか私の体をジロジロと見つめている。どうかしたのかと聞いても何でもないわとそっけない答えが返ってくるだけだ。

 

その原因は分からずじまい。紫が関与している可能性はありますけれどどうにもよくわからない。そうこうしているうちに時間になってしまった。

「霊夢、ちょっと出かけてくるわね」

境内を掃除していた霊夢に声をかける。ずっと同じところを掃いているのは言わないでおく。

「うぇ⁈わ、分かったわ!いってらっしゃい」

 

本当にどうしたのだろうか。

紫に何を吹き込まれたのか知りませんけれど…今日で私の役目も終わりだ。

私はまたいつもの日常に戻るし霊夢も博麗の巫女としての人生を歩む。

ただそれだけだ……

 

 

指定された場所に来てみたものの、そこには誰もいない。

結局こんなところに呼び出して紫は何がしたいのだろう?

 

 

「さとり……」

不意に後ろで霊夢の声が聞こえて……

首元から強引に服が引きずり下ろされた。同時にサードアイやそれにつながる管がいくつも露わになってしまう。

「⁈霊夢!何をして……」

慌てて手を振りほどき振り返ってみれば、そこには……

「やっぱり妖怪だったのね」

黒色の巫女装束を着た霊夢が立っていた。


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