古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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霊夢「……さとり?い、生きて…ひっ!」
アワアワ……
霊夢「片足だけ…そんな……」


depth.140さとりと怒り

「……あー知らない空です」

意識を取り戻してみれば何やら目玉まみれの空間にいた。えっと…情報として一体何がどうなったのかがわからなくて脳がオーバーヒートしているのです。

兎も角一度整理しましょう。確か……夢想封印の直撃を食らって……あれ?食らいました?食らった様子がないのですが…

兎も角いつまでも横になっているわけにはいかないと思い体を半身だけ起こす。

その瞬間余りの惨状に言葉を失った。

右脚は表面が灼け爛れ、服も腰のところまで炭化し消えている。だけれどそれすら甘い状況だ。左脚が太腿から下が引きちぎれているのだ。

まるで獣か何かに引きちぎられたかのような。筋肉の繊維や骨、頸動脈までもが見えてしまっている。お子様には刺激が強すぎる光景だ。うん…痛みを感じないからわからなかったけれどエグいわこれ。

「おはようさとり」

不意に真上から声をかけられた。顔を上げれば、体の向きがおかしいけれど紫がいた。私から見れば彼女は壁に立っている状態になっている。もしかしてそっちのところでは壁と認識できる方向が床になるのだろうか。

「紫、状況を教えてくれませんか?」

 

「片足の欠損だけでどうにかなったわ」

どうやら夢想封印が命中するのと同時に私自身を隙間に引き込んで回収したらしい。ただ強い光を浴びたせいで意識が飛んでいたらしく、タイミングも少し悪かったようで脚を持っていかれたそうだ。

 

となれば私の足はあっちにあるのですね。

なんだか自分の体のことなのに他人事に聞こえてしまう。

「霊夢は……」

体を起こそうとしてやはり片足だけでは立つことはできない。ただ、いつのまにかとなりに来ていた藍さんが黙って肩を貸してくれたおかげでなんとか立つことができた。

「大丈夫よ。神社に戻って気持ちを落ち着かせているみたいだから」

扇子で口元を隠していた紫が珍しくその扇子をしまい込んだ。

 

「そうですか。それは良かったです」

紫との距離はそんなに離れているわけではない。空を飛ぶのも覚束ない私を藍さんが支えてくれる。

「というわけで……」

この距離なら外すことはない。右手に作った拳を捻った体から解き放つ。

ストレートで飛び出した拳は紫の頬を思いっきりぶん殴った。

衝撃で私の体は後ろに傾く。紫も後ろに吹き飛ばされていた。結構強めに出てしまったようですね。でも、直前で障壁でも張ったのか紫の顔には傷一つなかった。

「さとり様‼︎」

藍さん少し黙っていてくださいね。

「これは霊夢の分です」

私だって急にこんなことされたら怒るに決まっている。いくら友人でもやりすぎなんですよ。

だって相手は……私が育てた…家族なんですよ……

それをあなたは……

 

「さとり様落ち着いてください!」

大丈夫、私は落ち着いている。

人間と妖怪。決して混じり合うことのない存在である。

頭では分かっていても……

吹っ飛ばされた紫が起き上がる。少し顔を伏せてしまったため表情がうまく読み取れない。やっぱり怒ったでしょうか。

 

「で…しばらくは接触を避けると」

少しだけ紫と一緒にいるのがいやになった。一時的なものなのでしょうけれど今は気持ちを整理したいし早くここから出たい。だからサードアイを使って先読みをさせてもらう。一部記憶は境界を弄ってあるからなのか読めなくなっている。どうやらこれすらも彼女の計算の内らしい。全くどこまで手の内なのやら……

「先読みありがとう」

皮肉ですか……

「普通わかりますよ。後霊夢のフォローお願いしますね」

私はもうどうにも出来ない。ただ紫に言ってもダメだったのかもしれない。こういう時は親友である彼女にどうにかしてもらうしかなさそうですね。

 

急に視界が暗転し次の瞬間には見慣れた景色のところにいた。

どうやら紫が隙間を開けてくれたらしい。肩を貸してくれている藍さんも一緒に飛ばされたらしく困惑していた。

「あーだから一言言ってくれれば良いのに」

それがないから今回こんなことになるのだ。

口下手も良いところですよまったく……

「すいません。言葉足らずな主人で」

 

「藍さんは悪くないですよ」

 

再生が追いつかない脚はいまだに治らない。仕方がないので家に入るまで手伝ってもらうことになった。

兎も角玄関に一度腰を下ろす。このまま入ると血で家の中が汚れかねない。妖力もかなり消耗してしまいましたから回復まで後1時間ほどですね。

「何かありましたら藍さん経由でお願いしますね」

別に紫が直接来ても良いけれど…少しお仕置きということで。

あ、もちろんご飯に誘うくらいはしますよ。

「わ…分かりました」

そうこうしていると、私が戻ってきたのに気づいたのか、こいしが階段を降りてきた。

この位置なら私の体が邪魔して足はわからないはずだ。

「お帰りお姉ちゃん!」

藍さん?そんなあからさまに目を逸らして動揺していますなんて相手に教えたら怪しまれるでしょう。

「ただいまこいし」

こいしに続いてお空とお燐も玄関に駆けつけてきた。ああ、あまり広くない玄関が狭く感じてしまう。

「…あたいの鼻がおかしくなったのかな?なんだか血なまぐさいんだけれど」

あーやっぱりバレますよね。

うん、仕方がない見せるしかないようですね。あ、藍さんは下がっていてくださいね。

 

取り合えす足の状況を見せる。色々とショッキングなものだったのか全員がほぼ同じように…言葉を失った。

「お姉ちゃん⁉︎なんで片足ないの!」

最初に立ち直ったのはこいしだった。でも耳元で叫ばないで。頭に響いちゃうんです。あ、後傷口触ったら血で汚れますよ。

お空は傷を見て顔が青白くなっている。あ、倒れた。でも気を失ったわけではないらしい。なんかごめんなさい。

「ごめんなさい。紫がしくじったのよ」

 

「お燐!重武装して!」

こいしが立ち上がって部屋に駆け出そうとする。魔導書を持ってくるつもりらしいけれど……

「落ち着きなさいこいし!」

どうして過激思考何ですか……

「にとりさんに連絡入れていい武器持ってくるよ」

お燐⁈貴女までどうして過激思考になっているのよ!

やめて!紫相手に無茶よ。ほら藍さんも何か言って……

「……案内くらいならできるぞ」

藍さん⁈諦めないでください!後汗ダラダラで目をそらすな!こっちをみなさい!

「私もいく!」

お空まで…もうやめて。みんな大袈裟よ……

「お空はお留守番!」

あ、お空はお留守番なのね。ってそうじゃなくて!

「だから落ち着いてってば」

お空は留守番と言われて完全に気を落としてしまいましたが残り2人は未だに殺意満々だ。

ともかく詳しい事情を話す事にする。その合間に藍さんは紫のところに戻っていった。逃げたと言えばそれまでだけれど殺気渦巻くこの空間にいても殺意が飛び火しかねない。

ともかくどうにか3人を落ち着ける事には成功した。おそらく難易度『べりはーど』と言うやつです。

「今度家に来たら速攻でぶぶ漬け出そう」

私の話を聞き終えるなり第一声がそれである。最早3人の中で紫の評価は地に落ちたらしい。回復は不可能でしょうね。

「やめなさいこいし」

直接攻撃できないからと言ってた地味な嫌がらせをしないの。

「それに片足くらい余裕で治りますよ」

実際もう半分は治っているのであって……生活に支障は殆ど無い。

「「それとこれとは違う」」

 

解せぬ。

 

 

 

 

 

 

その後もあれやこれやと説教をされたり心配されたりしたものの、無事全員から解放された。

ああ怖い怖い。今度から細心の注意を払うことにしましょう。ええ……あのままじゃ軟禁されかねない。ヤンデレとか最悪だ……妹に監禁される姉なんて誰得だ。

 

 

ということで少し世間から距離を置くために久々に地霊殿に戻ってきた。

 

もちろん脚は治りましたよ。少し霊力による力の阻害があったらしいですが侵食を多く受けたであろう脚自体が消えていたおかげで治りに影響はなかったです。

「それにしても…懐かしく感じてしまうなんて」

実に10年ぶりだろうか?久しぶりすぎて所々に空いた穴に胃が痛む。これ修理しないといけないのになんでほったらかしなんだ。

とまあ戻ったら早速仕事があったことに嬉しいのやら悲しいのやらと考えていれば、目的の場所にたどり着いた。

「久しぶりね」

私がいつも仕事で使用していた部屋の扉を開けてみれば、そこには妖精が1人机に向かっていた。

「あ…さとり様久しぶりです」

私の声にその妖精…エコーさんが顔を上げた。相当嬉しかったのか背中の羽が前後に動いている。そのまま立ち上がるなり敬礼をしてくる。なぜ敬礼なのでしょうか?

「普通にしてもらっていいのに」

敬礼とか要らないです……あ、お茶を出してくれるのはありがたいです。

「誰かさんが精神を壊すからですよ」

それを言われてしまったらもう何も言えない。

 

兎も角業務引き継ぎです。後は勇儀さん辺りが来たら正式に戻ったことを伝えましょうか。

 

 

「そういえば賢者からスペルカードルールのことが発表されたようですけれどさとり様はどう思います?」

私が代わりに椅子に座れば、エコーさんが私のそばに寄ってきた。あれ?もしかしてトラウマの克服できたのでしょうか。だとすれば大きな進歩です。壊した本人が喜ぶのもあれですけれど……

「そうね…非殺傷ルールによる決闘。前例がないと少し浸透しにくいというのがあるわね」

この辺りはやってみないとわからない所が多い。実際浸透しているかといえばなんだか微妙な雰囲気のようですし。

そういえば紅霧異変はいつになるのだろうか?確か今の霊夢が12歳だからもうすぐだとは思うのだけれど…

 

「前例なら地底で十分培っているのでは?」

 

「妖怪対妖怪での揉め事を決めるときだけよ。人間対妖怪の場合とは勝手が違うわ」

まあそれでも地底ではある程度の喧騒は元から弾幕ごっこである程度決めるようにしていたから妖怪側の抵抗は少ないだろう。問題は山とかの地上勢力ね。

一応紫が根回しは出来ているようだけれどどうなのかしら。

 

まあ、それらを黙らせるための紅霧異変だと記憶しているから未だに反対派とかはくすぶっているのでしょうね。それでも従わないと生きてはいけない。

そういう輩に限って表向き従っていてもいつ本心が出るかわからないのが怖いのだろう。

私をそばに置いておきたい紫の心理は大体そんなこところだ。

だからなのか地底にしばらく篭ることにした矢先に藍さん経由で紫があれやこれや手伝ってくれと言ってきた。

うんまあ…霊夢に知られないようにしてくれるのなら良いのですけれど。

 

それにしても忌み嫌われる私の能力が幻想郷の賢者が最も必要としている能力だなんて皮肉だろうか。

「取り敢えずさとり様は普段通りに過ごしてもらって大丈夫です。面倒ごとはこちらで対処いたしますから」

 

「面倒ごとが起こると分かりきった口ぶりね」

何か厄介ごとでもあったのだろうか?私の代わりの勇儀さんや萃香さんがトップに君臨していたはずだからむしろ厄介ごとは減ったと思いますけれど…

「仕方ないでしょう。地底にだってスペルカードに反対するヒトたちはいるんですから」

違いない。それでも表立って目立たないのはやはり鬼の四天王のおかげだろうか。

ただし裏ではかなり派手にやっているようですけれど。

 

「表で規制を強くしすぎたら裏での違法活動が激しくなってしまったんですよ」

 

「あー……ある程度見逃したりして裏で密かにやるのを抑えていたのに規制強めちゃったんですか」

そりゃ強く締め付け過ぎればそれに反発して裏で暗躍なんていうのはザラだ。

それもこちらが把握しきれないほど巧妙かつあくどい手口になれば、それが原因で外からも新たな厄介ごとを呼び寄せかねなくなる。そしてまた規制強化と最悪の負のループだ。

こうなってしまうと後が大変なのだ。今更各種規制を緩めればそれはそれで治安が悪化するし面倒ごとが爆発する。酔っ払いの四天王2人にはしっかりお説教しなければ……いくら脳筋でもやっていいこと悪いことありますよ。まあ私がいなかったせいだから強く言えませんけれど…でもアドバイスくらいはしたような気がしますけれどねえ。

「火消しくらい手伝えますよ」

 

「こういう事くらい部下に任せてください」

 

「良い部下を持ったものです」

 

「言うこと聞かない部下の間違いでしょう」

そんなことないですよ。それに私は言うこと聞かない部下の方が好きですよ。

従順なだけではただのペットじゃないですか。

 

「じゃあ上司として何人か援軍を送りますよ」

 

「それって安心できる援軍ですか?」

 

「信頼できる妖精です」

 

だから、なるべく静かにお願いしますね。厄介ごとを処理するのは爆弾処理と同じですから。


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