古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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活動報告にお知らせがあるよ!なんだろうお菓子かな?


depth.153それぞれの日々

暇が人を殺すとはよく言ったものだ。本当に暇って死にそう。

動こうにも動けない。見えてくるのは天井と壁だけ。あと偶に訪ねてくる人たちくらいだろうか。

現在進行形でこいしによって布団に貼り付けにされている最中だ。

原因はわかっている。お腹に穴と片腕をなくした状態で帰ってきたら誰だってそうする。一応傷はもう塞がったのですが安静のために一日休んでと念を押され、挙句腕を布団に縛り付けられた。確かに背骨が粉砕されていますから穴が塞がれた程度じゃ治らないのも事実ですけれど。

こいし曰く安静にしていてだそうだ。

 

別にもう治っているんですけれど…

 

困りましたねえ…

私の所に来るヒト達の心をこっそり覗いてみればまた私に関する変な噂が立っているようだ。

 

なんでも狂戦士だとか敵に回したくない相手だとか怖いとか…

まあそれが私という存在ですから否定はしません。

噂であれこれ言われるのは慣れていますし本来さとり妖怪は妖怪からも人間からも忌み嫌われる存在ですから。

 

「おやまあ…これまた随分と愛されましたねえ」

襖が開くと、そこにいたのは一匹の狐だった。尻尾が左右にのんびりと揺れている。服装はあの時とは違い紅魔館のメイドの服になっている。

「これを愛というのであれば愛なんて要りません」

縛って拘束なんてヤンデレですか…

「そう固いことはおっしゃらずに、玉藻が手伝いにきたんですわよ」

頼んでないんですけれど…

「ご主人様に頼まれましたわ」

レミリアさん…なんだかすいません。今度お茶とお菓子をご馳走します。

「そういうわけですので…まずは回復を促進してくれる薬でも飲みましょうかねえ」

 

そういうと彼女は持ってきていたカバンから何か緑色の液体が入った瓶を取り出した。禍々しいというより葉っぱをすりつぶしたペーストをある程度濾過したもののように見える。

「なんですかそれ」

 

「これはパチュリー様が薬草から作った回復促進剤の一種ですわ。妖怪や悪魔の体の再生能力を一時的に高めるものらしいですわよ」

そう言いながら私の側に置かれていた和菓子にそれを染み込ませ始めた。

あ…直接飲むのではなくそうやってやるんですね…

 

「なんだか…かなり世話になってしまっているようですね」

 

「ご主人様は貴女に恩義があると言っておられましたからねえ。困った時にはお互い様だそうですわ」

 

「そこまでして頂くほどのことはしていないのですが……」

 

「自覚がないというのは恐ろしいことですわ。あるいは価値観の違いもある程度は認めにならないと大変ですわよ」

そうは言われてもなー私は恩を売っているつもりはない。ただ仁義を通しているだけだ。それもかなり自分勝手なもの…

「まあお認めにならないのならそれはそれで良いのです。変に誇ったり振りかざしたりしない方が好みですし」

 

「それはあなたが?」

 

「そうですわよ。私だって好き嫌いがあります。あ、もちろん一番はご主人様ですわ」

 

「知っていますよ」

 

「ちなみにさとり様は8番目あたりですわ」

 

「少し高いんじゃないんですか?」

 

「順位というのも結局は概念的な存在にすぎませんし、あってないようなものですわよ」

 

「でもそれを順位として固定して仕舞えばそれは立派な既存の価値観。概念的なものから外れてしまいます」

 

「そうですわねえ。私としたことが迂闊でしたわ」

 

 

話していればどうやら薬を和菓子に入れ終わったようだ。側から見れば毒を混ぜているようにしか見えない。

「それ毒じゃないんですか?」

 

「毒かもしれませんわよ」

 

「それはなんとも…ここで一生を終えることになりそうです」

 

「もちろん嘘ですわ」

 

「よかった」

 

「というのが嘘だったりしますわ」

 

「結局どっちなんですか」

 

「どちらだっていいじゃありませんか。さとり様の命を奪うような毒を探したところで見つかりませんから。安心して食べてくださいまし」

嘘ではないのだろう。ただ私の体の抗毒性がどこまであるのかなんてどうやって知ったのやら…

「少しふざけただけですわ。ちゃんとした薬ですわよ」

 

「薬も一種の毒薬ですよね」

 

「薬も毒も同じですからねえ…でもそれを言えばさとり様だって劇薬ですわよ」

そうでしょうか?確かに私の存在は毒のようなものですけれど劇薬だなんて思ったことはない。

「貴女を狙う存在はどこにでもいるのですよ。上手く立ち回れば平和が来るかもしれませんが誤れば待っているのは戦火。よく気をつけることですわ。先輩のわたしからのアドバイス」

よくわからないけれど肝に銘じておこう。

 

そう思っていると薬を入れたお菓子が口の中に突っ込まれた。もちろん突っ込んできたのは玉藻さん。

少し苦いですね…和菓子が苦くなるって相当ですよ…

 

「まあ危ないものではなさそうですからそれもらっておきますね」

きっとそのままだと渋いものなのだろう。だからといって勝手にお菓子に薬を混ぜないで欲しいのですが…

「今この場で食べさせてあげますわ。はい、あーんですわ!あーん」

やると思いました…腕も縛られていますから動けませんし…本来なら従うしかないんですけれど…できれば腕の紐を解いて欲しいんですよ。

「………」

じっと見つめていたら何故かため息を吐かれた。

「つれないですねえ」

 

そういうのはお嬢様にやりましょうよ。私にやっても面白くないでしょうに…

 

「お嬢様はやってくれませんわ。フラン様は喜んでやってくださいますが…どうにも心に響かないというか考えていたものとなんだか違うのです」

 

だからと言って私にやって良いことにはなりませんし私はしませんよ。

嫌というほどこいしに食べさせてもらっていますからねえ…あ、出来れば縄を解いて欲しい。

この体勢でかれこれ1日経っていますから。

 

「腕の縄だけでも解いてくれませんか?」

 

「それをやったら後が怖いです。玉藻は怖いの嫌いですから」

嘘つけ。

「美で国を滅ぼすような存在でしょう」

 

「それは妲己ですわ」

 

「そういえば九尾ではありませんね…でも五つの国を滅ぼしたのですよね」

 

「それはただの偶然ですわ。たまたま立ち寄った国がちょっと色々あって勝手に滅んだだけですわ」

 

そういうことにしておいてあげましょうか。

「ということで、さとり様、アーンですわ!」

やっぱりそれをやってきますか。

ふと、部屋にもう1人の気配を感じ顔を向ける。

玉藻さんも気がついたのかそちらに視線を一瞬だけ向ける。

 

「大ちゃん?」

そこにはサングラスをかけお燐の武器だったはずのグレネードガンを片手に仁王立ちをする大妖精がいた。威圧感がすごい。

「玉藻さん、少し距離を置きましょうか」

怖いですよ大ちゃん。

「しかし…」

食い下がる玉藻さんですが威圧がすごかった。座った状態では目線の差の関係もありかなり威圧の効果は高い。

「玉藻さん」

 

「仕方ありませんわねえ…わかりましたわ」

諦めた玉藻さんが私の頭元から下がった。

流石に苦笑するしかないんですけれど…

 

「お茶持ってきたのですが飲みますか?」

私の頭の近くにお茶の入った湯のみが置かれた。

「でしたら腕の拘束を外してくださるとありがたいのですが」

 

「そうでしたね。では…」

玉藻さんと違って大ちゃんは直ぐに腕を縛る紐を切り落とした。

片腕しかないのに随分と器用です。

 

「ありがと…お茶いただくわね」

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ…式神の使い方が荒いお方だ」

ついぼやいてしまう。大荷物を背負った状態で人里を歩いていれば嫌でも目線を引きつけてしまう。それが人間には到底運搬できない量の荷物であればなおさらだ。こんな状態になっているのも主人である紫様が原因だ。

いきなり買い物を頼まれたかと思えばお金を渡されて人里の入口まで放り出されたのだ。

こんなのぼやかない方がおかしい。

 

結局買った荷物のバランスが悪く途中で止まって荷物の積み直し。ついでだから休憩でもしよう。

さっき買った油揚げ…1枚くらい食べても文句はないだろう。本当なら軽く炒めると美味しいのだけれど…

風呂敷から取り出した油揚げを頬張っていると、膝元で何かが動く感触がした。視線を下げればそこには一匹の猫が油揚げを見上げて佇んでいた。

 

「ん?お前も食うか?」

ただ一言にゃんと答える黒猫。少しだけ毛先が赤みを帯びている場所がある二股の尻尾だという点を除けばなにも問題はない。

結局油揚げを食べたいのか?猫の前で油揚げを振ってみたもののそれを取ろうとはしない。

 

そうこうしていると、猫は膝から降り道沿いに歩き出していった。

「なんだ。もう行っちゃうのか」

 

「仕事があるんでねえ」

さっきまでいたはずの猫は消え、目の前に人影ができた。

視線を上げればそこには黒猫が夕日を背に立っていた。

 

「仕事か……小遣い稼ぎか?」

そう問いただせば帰ってくるのは苦笑いとそうだという返事だった。

「あたい個人の小遣い稼ぎだよ。自分好みの死体を調達したくなったからやっているのさ」

 

「金では買えないからか…確かにそれなら仕方がないな」

 

「金で買えなくもないけれど好みの死体はなかなか見つからないんだよねえ…結局あたいが作るしかないのさ」

 

「で、好みの死体ってなんなんだ?」

 

「もちろん最後の最後まで死に争い続けた死体さ。あれがなかなか良い輝きを放つんだよ。魂も、死体に残る残心も」

 

そこらへんの感性はよくわからないが言い換えれば程よく腐敗し傾きかけた末期の国といったところか。後ひと押しで崩れる瞬間が美しいのと似ているな。

「そうか…やり過ぎるなよ」

 

「わかっているさ怨念になられちゃたまらないからねえ」

 

分かっているようには思えないがそこまで世話を焼く義理はない。

だからか猫の姿に戻って行ってしまった彼女を見送った後に、彼女の歩いて行った方角はさっき巫女が見回りで飛んでいた方向だというのを思い出した。

 

「完全に言うのを忘れたなあ…まあ良いか」

 

猫がそう簡単にくたばるようならとっくにくたばっているさ。

 

しかし…

「なんでサングラスをかけていたんだ?」

煙草を吸うのは知っているけれど…

 

 

 

 

「おやおや…まさか巫女がいるなんてねえ」

見回りをしていればこれだ。相変わらず妖怪は人間を襲うのね。側で気を失っているのは…人間ね。

「人間を襲うっていうなら容赦しないわよ」

お札とお祓い棒を構えて威嚇する。相手の動きが止まった。

その合間に少し観察させてもらう。

赤毛な髪の毛だけれど動物的特徴から考察して黒猫の化け猫ね。どこかで見たことあるような…どこだったかしら。

でも敵対するなら容赦しない。

だけれど黒猫はすぐに持っていた武器を納めて両手を挙げた。

「いやいや、流石に巫女の前で堂々とそんなことはしないさ。あたいは帰らせてもらうよ。だがそいつはどうするんだい」

そう言って指差すのは気絶している男。確かこいつ…人里を追放された男だったわね。

「里を追い出された罪人でしょ。どうもしないわ。放っておくだけよ」

それでも同じ人間だから目の前で襲われるのは止める。助けはしないけれどね。

「ならあたいが持って帰っても良いわけだね」

殺さずにお持ち帰り?そんな屁理屈が通用すると思っているのかしら。アホなんじゃないの?

「巫女の前では襲わないとか言わなかった?」

 

「それとこれとは話が変わるのさ。力がないのに守られる場所の外側にしか生き場がないなら、それは死と変わらないのさ」

まあ黒猫の言いたいこともわからなくはないわ。人里を追い出されたということはもうそいつは死んだも同然。

「それもそうね。でもダメよ。妖怪が人間を襲うというのならそれを止めるのが巫女の役目だもの」

考え込むようなそぶりを見せた黒猫は結局私と戦うのをやめたのかため息をついた。

「仕方がないねえ…そこまで言うのなら諦めるさ。久しぶりにいい死体が入ると思ったんだけれどなあ…」

そう言うなり胸元に挟んであったサングラスをかけてその黒猫は歩き出した。

「全く…少し目を凝らせばこれなんだから。ちょっとあんたどこ行くのよ」

 

「探し物さ。いやあ今夜は良い月だ。見つけやすいかもしれないねえ」

 

赤みがかった丸いサングラスをかけた猫はタバコの煙を日のくれた森に残して消えていった。

夜は妖怪の時間。深追いするには時間が足りなかった。もう帰らないと……

「なんだ…来てみたが問題なかったようだな」

 

気づけば後ろに紫の式神が立っていた。買い物帰りね…

「なに?私があんなのに遅れをとるって?」

私の言葉に式神は首を横に振った。あんな妖怪を気にかける?なにを企んでいるのかしらねえ…明日には急に異変が起こるんじゃないかしら。

「逆だよ。あの黒猫は退治するには惜しい存在だ」

明日は嵐ね。あの少し周囲に偉そうにあたるこの式神がそんなことを言うはずがない。

「妖怪の言い分なんて聞かないわよ」

 

「聞かなくて良いさ。むしろ聞いてもらっては困る」

 

それもそうね。

 

 


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