夏の残暑が厳しく地上を焼き付ける。
灼熱地獄ほどではないにしろ地上で生きる身にとっては地獄のようなもの。
灼熱地獄の工事が着工に入り一時的に火力が不安定になっているせいか最近お空は地獄の制御につきっきりだ。
なので私も必然的に地底にこもる…とはならず、今日は代わりにこいしが地底の業務を代行していた。うまくできているかは別として…
結局私は養生を理由に二週間休まされた。解せぬ。一週間もあればあんな傷どうということないというのに…
暑さにうなだれるお燐に削り氷を作って一休みしていると玄関に新しく取り付けた鈴が静かに、でもはっきりとわかる音色を鳴らした。
ここの扉を勝手に開けるのは知り合いくらいだから少し対応してきますか…
それにしても、暑いですねえ……
部屋はかき氷を作っていたりで少し涼しくなっていたのですがやはり廊下に出ればかなりの熱がこもっている。
日本家屋は夏の蒸し暑さに対処するためにかなり通気性が良いはずなのですが…流石にそれだけでは対処しきれなかったようです。
「どうも!新聞届けに来ました!」
玄関にいたのは白い半袖シャツと黒色に赤いラインが入ったスカートとかなりの軽装な文さんだった。
どうやら新聞の配達らしい。こんな真夏の真っ昼間によくやりますよ。
「いつもありがとう」
「いえいえ!お得意様ですからね」
…やっぱり暑いのか額から汗が垂れていた。流石にこのまま返すのも酷ですから…
「文さんお水飲みます?」
丁度削り氷を作った時に余った氷が溶けて水になっているんですよ。それで冷たい麦茶でもどうです?美味しいですよ。
なんて誘ってみれば誘われるのを理解していたのか狙っていたのか、笑顔が一層深くなった。
「いいんですか?いただきます!」
「今年は少し暑いですね」
「そうですねえ…冬が長かったですから」
その分つっかえた季節の力が強引に押しているのだろう。
ふと文さんから貰った新聞に視線を落とす。
「あ…やっぱり祭りがあったんですね」
一面の見出しにはお祭りの様子が映されていた。この時期だと丁度夏祭りといったところだろう。
話題としては薄いかもしれないけれど平和だという証拠だ。
「ええ!しっかり取材してきましたよ!」
ちょっとだけ読み進めるとチルノちゃんがかき氷の屋台を出している写真が載っていた。
あとでしっかり目を通しておくことにしよう。
「おや鴉のお客さんかい」
1人淡々と削り氷を食べていたお燐が顔を上げる。
「お邪魔してまーす!あ、削り氷ですね」
正直かき氷と削り氷なんて変わらないような気がしますけれど…なんで呼び名が変わるんでしょうか。
ちなみに地上ではかき氷。地底では古くから生きている者だったりが多いので削り氷が一般的な呼び名である。
「ええ、食べますか?」
氷の予備はまだあるし氷自体があまり保存の効くものではないから早めに食べておきたい。
「食べます!」
素直で何よりです。では準備してきましょう。
台所から氷の塊を取ってくる。溶け始めているとはいえまだかなりの量がある。
「よくこんなに氷が作れますね」
「山の裾野に横穴を作って地下深くまで伸ばしたところで保存しておくのよ。今年は冬が長かったし普段より少し氷が多いのよ」
一応アンモニアを使った製氷機は河童が成功しているのですがやっぱり液化アンモニアの製造が面倒なのか小型化も量産化も目処が立っていないようだった。
ジェットエンジンをバラして組み上げられるんだから動力源なんていくらでも作れそうですけれど…どうもそのあたりを妖力で代用したりと完全な機械化はできないようだ。実際機械に頼らなくても製氷方法はいくらでもあるのも河童たちから興味を失わせる理由になってしまう。
「へえ…こちらは雪女さんとか氷を作れる妖怪に任せているのでいつでも必要な量だけ作れますけれど本人たち次第なところがありますからねえ」
そういうことです。特にチルノちゃんは夏場よく重宝されます。
ただ地底はそういうのが難しいからこうして天然氷が今でも主流なのだ。
「それにしても削り氷ですか。この前屋台であったのですが…食べ損ねました」
チルノちゃんの屋台のことだろう。
「それは残念でしたね。ところで味はなににします?甘葛と雪ありますけれど」
え?シロップ…そんなものありませんし作れません。どうしてもというなら…果汁を直接かけますからね。それか果汁と甘葛を混ぜたものくらいですよ。
「ほとんど変わらないですけれど…せっかくですし雪で」
お燐が甘葛を食べていたからこっちを食べようという心理だろう。そんな分析は後にして…氷を削り出さないと。
用意した小刀で素早く氷を削り取る。
かき氷機がいかに有能な機械なのかよくわかりますよ。小刀で氷を削っていくのは疲れます。
河童に言ったら作ったらしいけれど身内で使う分しかないようなのでもらえなかった。
そんなもんだろう。正直河童たちは量産より開発研究が主体ですから。
ある程度削り終えたので溶けないうちに砂糖をまぶす。
「はい、雪です」
「ありがとうございます!」
すごい嬉しそうに食べ始めた…まあかき氷にしろ削り氷にしろ貴重ですからね。昔みたいに氷自体がないということはありえないのですが、氷を作れるのが人ならざるものに限定されているし氷を長期に保存できる場所は妖怪の領域。人里では祭り以外で食べられることはない高値の花なのだ。
「ん…冷たい」
もちろん氷を作れる本人たち次第で食べられるかどうかわからない妖怪側だって貴重な存在なのだ。
「そういえばさとりさんは人間の祭りとか行かないんですか?」
人間の方は行かないですね。だって天狗の祭り事に参加させられているじゃないですか。
断っても強引に参加させてきていたのでもう諦めて毎年参加していますよね?
「そもそも霊夢に近づくのが危ないのにわざわざ行くってどうなんですか?」
全力自爆芸にもなりませんよ。
「変装できますよね」
「巫女の勘舐めちゃいけませんよ」
霊夢さんの勘は予知に近いものがあります。事前情報全くなし状態でもしっかりと黒幕まで辿り着けますからねえ。
恐ろしや恐ろしや。
「そうですか……お盆の祭りに誘おうかと思ったのですが…」
そんな文さんに何かを思い出したお燐が声をかけた。
「確かそれこいしが行くって言っていたやつだっけ」
おそらくそのお祭りね。なぜか私と一緒に行こうと言っていたけれど…本当は危ないからしたくないのですよ。
お燐かお空と一緒に行けばなあと思います。
それにしても夏祭りとお盆の祭りと二回も祭をする必要ってあるのでしょうか?
「本当ですか?でしたら私もご一緒しますね!」
「あの…一応言っておきますけれどお盆の祭りって妖怪禁制じゃなかったんでしたっけ?」
「人間に変装していけば問題ないですよ」
こいしも似たようなこと言っていたけれど、そういう問題でしょうか…
それにお盆は死者が帰ってきている時なので旧地獄も少し忙しいんですよ?地獄から切り離されているとは言え一応地獄だったところですし一部の怨霊はそのままですからねえ…
「それに祭りなら旧地獄でもやっていますよ?旧暦基準ですけれど」
というより旧地獄は今でも旧暦なのだ。地上は一応グレゴリオ暦ですけれど
だから年越しの基準が結構ずれる。というよりもうズレ方が半端ない。
おかげで面倒なのですよ色々と…
地上と交流があるんだから暦くらい合わせましょうよっていつも思います。
一応年越しだけは地上と合わせてグレゴリオ暦に祝うようにしていますけれど…
すっごい違和感があるんですよね…一ヶ月くらいずれてますから。
「では今度の取材は地底の祭りですね!あ、後お盆の祭りはさとりさんも参加です!決定です」
勝手に決定された…
「諦めなよ」
そうします…やれやれ…これは徹底的に変装しなければ…
文さんが家に来てから数日が経って、私は大ちゃんと一緒ににとりさんの工房にいた。
なんといいますか…新しい腕の製作費用ということで実験に手伝えだそうです。
ちなみに大ちゃんの腕ですが臨時で古い木造の義手をしばらくつけていてと言われたらしく今もそうしている。だけれど彼女の能力ゆえにもうすでに壊れかけている。
「おまたせーいやあつけるのに苦労したわ」
中に入れと合図してからずっと部屋の奥で探し物をしていたにとりさんが戻ってきた。
「それで、見せたいものって…」
ちなみに大ちゃんにはなにも言っていないようだ。驚かせたいらしい。まあ薄々察しているとは思いますけれど…
「もちろん腕さ。完成したよ」
「本当ですか!」
大ちゃんの目が一瞬でキラキラしたものに変わる。控えめに言って可愛いです。
「ぶっ壊れた腕よりも強度と耐久性を上げつつ軽量化と反応速度を向上させてある」
なんだかだんだん恐ろしいものになっているような気がします。
「内蔵型の武器を搭載する予定だったのだけれどさとりに怒られたんだよねえ」
「そりゃそうですよ」
数ヶ月前にここに来た時に腕に武器を取り付けたいとか言い出したので全力で止めた。いやもう…いくら浪漫だからってあれは無しでしょう。火炎放射器にプラズマ砲、電気ショック、エトセトラエトセトラ……
流石にこんなものを内蔵しようなんてアホなことはさせない。
「…それ付けて欲しかったなあ……」
「大ちゃん、戻ってこれなくなりますからやめましょう」
「新開発の液体皮膚で表面を覆ってカバーをする計画だったけれど…今からでも変更できるよ。武器搭載スペースに乗せれば良いだけだから」
やめましょう?普通にしましょう?
ああ大妖精の目がキラキラし始めた…
「弾幕ごっこにも使える機能も今ならつけてくよ」
「ぜひつけてください!」
ああああ…大ちゃんが堕ちた。どうして…こんなバトルジャンキーな子じゃなかったはずなのに。
どこで道を違えたらこうなってしまうんですか……
取り付けるには時間がかかるからか結局今日中に交換するのは無理だった。ならば帰るかと大ちゃんに続いて倉庫を後にしようとすればにとりさんに呼び止められた。
「さとりはちょっと残ってくれるかい?」
「良いですけれど…」
はあ…今回はなにをさせられるんでしょうねえ。
ろくなことじゃないと思いますけれど…
「数百年前にもらったあれ、ようやく自力で作ることができたよ」
「作っちゃたんですか?」
天狗の科学力は凄いと思っていましたけれどまさか月の技術を取り込めたなんて…
「量産はできないんだけれどね。折角だしさとりにチェックしてもらいたいんだ」
「どうして私なのです?他に適役がいるでしょう」
「同胞に試させたらダメだった。基本的な操作はできるけれど限界性能を引き出すのは私を含めて無理だったし、一番適役だと思う天狗は揃いも揃って断られた」
それで私のところに回ってきたと…確かにデザインなんかは私がある程度教えましたけれど…でもあれは幻想郷にとって不釣り合いなものなのでは…
「操縦方法なんて知りませんしもしかしたら落ちるかもしれませんけれど…」
でも私は素人ですよ。いくら知識として知っていても動かしたことは一度もないです。前世だって今世だって。
それがわかっているのだろうか…
「私が後ろでサポートするからさ。騙されたとお思って一回、一回だけ」
「仕方ありませんねえ…」
にとりさんの必死の懇願に根負けした私は、結局その後半日実験に付き合わされた。
本気でいじっていいっていうので本気を出したら一緒にいたにとりさんが泡吹いて気絶していたのですが……
その後にとりさんにこれは危ないからしばらく封印すると言われてしまった。
まあ幻想郷で使うには勝手が悪すぎますからね。
「ごめん…色々と舐めてたわ。これ……かなりやばいわ」
顔を着ている服に負けないくらい真っ青にしたにとりさんがすぐそばに横たわる。
「データ取れました?」
「取れたけれど…それ以上に酔う…気持ち悪い」
あーあ…いつも戦っている時にやるやつをこれでやれとか言うから……
一応警告しましたよね振り回されますから気をつけてくださいって。
「缶詰に入れられて思いっきり振り回されたみたいだった…」
「外見ていればよかったんじゃ……」
「なにもない青色の空がひっくり返ったのを見てそれも諦めたさ盟友」
それは…まあ自分で操縦しているわけではないですからね。お疲れ様です。
「これは……」
一匹のウサギは赤い瞳を頭上に向けて渋い顔をする。
「……そろそろなのですか」
自らにとっては不都合なこと。そしてかなり面倒なことが起ころうとしていた。
どうすれば良いか必死に考えたゆえ、そのウサギは相談を決意した。
それが全ての始まりだった。
永遠の夜