古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.159勇儀とお使い

久し振りに人里に来てみた。

 

霊夢のことがあるからなるべく鉢合わせないようにしているけれどそれでも人里が恋しくなるのは仕方がない。

それに霊夢のところに見張りを送ったから安心できる。元からこうすればよかったのかもしれない。

 

ついでに一人連れて行くことにしたヒトも…

 

「なあもうでていいのか?」

急に頭を出そうとしたのは小さな…小人のような存在だった。

外套の内側から頭を出そうとするその小さな存在をとっさに押し込む。

「人里で出てきちゃダメですよ。取り敢えずお酒の店に入ったら言いますからそれまではなるべく静かにしてくださいね」

 

「わかったよ…」

一本角が手に刺さりかけて痛い。そう、全長15センチもないこの小さな小人は勇儀さんだ。正確に言えば勇儀さんの分身体。

ここまで小さいのは力も弱いから基本は作らないらしいけれど潜入時には便利なんだとか。

何れにしても勇儀さんに変わりはない。

どうしてこうなったのかと問われても勇儀さんが人間の里に売っているお酒を飲んでみたいと言い出したのが最初だった。

私に買ってきてくれと頼まれたもののそもそもどのお酒が良いのかなんて分かりっこないのだ。銘柄には疎いので仕方がない。

 

そう言えばじゃあついていくと言い出し人里の規則等々に当てはめていった結果こうなった。

そもそも勇儀さんの体格では目立ちすぎるしその一本角はどう足掻いても隠せないですし。

よく萃香さんにも筋肉モリモリマッチョマンの変態ってからかわれていますよね。その度に建物の建て直しが数件発生するからなんとも言えませんが……

 

 

 

 

「おや子供がお使いか?」

そういう反応になりますよね……

「ええ、もちろんお金はありますよ」

 

「羽織のいい服着ているんだそんなことはわかってら。でも酒の銘柄なんてわかるのかい?」

 

「ご心配なく」

店に入れば早速店主に対して背を向ける。そうでもしないとお酒を選べませんし…

実際私がお酒を買う場合は大して選びはしないのですけれど。だってお酒飲まないから味わからないですし。

出ていいですよと軽く合図すればすぐに勇儀さんが顔を出した。

「途中途中息がしづらくて仕方がねえ…」

そんなの仕方がないでしょう。人間が作るお酒を買いたいならもっと別な方法とかあったでしょうに……

「お酒どんなのがいいですか?」

 

「そうだな…あれとあれとあれ……」

指を出してあれあれ言ってもわからないですって。銘柄で行ってください!

「商品名を言ってください」

あれあれ詐欺ですか。

「あんたならわかるだろ」

そりゃ心を読めばそんなの一発で分かりますよ。でもそれじゃあ面白くも楽しくもないじゃないですか。会話は楽しむものですよ。

「そうですけれど…できれば会話を楽しみたいんです」

 

「仕方ねえなあ……」

商品名を聞き出しようやく購入。それにしても少し量が多い…お陰で店主に苦笑いされた。

こんなにたくさん買うってことは宴会でもやるのかと……確かにこの量は宴会ですね。

 

 

店を出れば人通りも少なくなっていたのでちょっと会話してみる。荷物に隠れて勇儀さんも頭を出していますし丁度良い。気になっていることもありますし!

「そういえば分裂って意識どうなっているんです?」

 

「意識?」

分身とか分裂とかって意識を二つ三つに分けますよねそれって結局どうなっているんでしょうか……

一応心を覗いて感覚はわかるのですけれど実際わからないところが多いというか…分裂まではいけるのですがそのあと合流するときに意識自体がどうなるのかって正直わからない。

例えば同じ意識を分けたとしてもそれぞれがたどる行路や方法が異なればその分記憶もそれによる人格形成も若干変化が出ますしそれが再度合流した時その差はどうやって相殺されるのかとか。

「そうですねえ例えば、本体の貴方がここにいるときに分身体が他のところで他の作業をやっている場合です。それは本体が命令しているわけではない…ある程度の意識や判断能力が備わった状態ということになりますけれどそれを行う場合、意識同士がそれぞれ独立して違う存在になったりはするんですか?」

「……多分それは分身の方法にもよると思うが、とりあえず私は私だ。どれもがそれぞれに意思を持つがそれぞれが違う存在になるということはないな。つまり自分が複数いること自体に疑問を持つようなこともそれを考えるということも本来はしないし意識不能で出来ないんだよ。お前さんだって心を読めない状態はあり得ないって思うだろう?」

 

「すいません心が読めない状態がどんな状態かはすごく理解可能な上に意識可能で今の自分に疑問すら投げかけたことだってあるのですが」

言いたいことはわかるのですがその例えだと私は想像しづらい。

「そりゃお前さん破綻しているよ」

真顔でさらっと言われた。

「理解しているのですが能力に関しては能力が存在しない『私』と存在する『私』の両方を何故と考えてしまうんです」

実際自己の確立ができていないという事であまりにも不安定かつ脆い存在に成り果ててしまっているのも事実。だから常に精神攻撃は受けないようにしているし元から壊れているならこれ以上壊れることはない。

「そうだなあ……目が二つしかないのは何故か、なぜ視覚嗅覚触覚味覚があるのか、を考えたことは?」

「それはないですね……」

考えたことはありますが結論は出ませんでした。構造上どうしてそうなったのか…目だって三つでも四つでもいいじゃないかと思いますけれどどうもこの体はそうはならなかった。

「そっちの感覚が近いんだな。結局それが当たり前で出来ることだからやっているだけ。だから分裂した自分も自分であって自分じゃないってことはあり得ない」

 

「よくわかりませんがそういうことにしておきましょう。でもそれってある種の多重並列思考が可能なのでは……」

「できなくはないけれど面倒だからやらんな。処理能力という点では良いが元に戻した時の疲労も倍々だから」

「あー……まぁ……」

 

それもそうか…戻るということはその全てが一つになる。つまり傷もそうだし嬉しかったことや悲しかった事も全て一つに引き継がれるという事だ。

 

「でもいくつかの平行した記憶を持つことになるんですよね」

 

「ああ、結局私だからな。分裂していても最終的に私の中に戻ってくるぞ」

それって分身が死んだ場合もですよね。死の記憶とか嫌ですね…あ、これは私が即死寸前の攻撃を受けるのと同じか。

「それって自分としてはどうなるんですか?」

 

「どうなるもなにもなあ…結局分裂しても私だから私の記憶に違いはないぞ」

あっけらかんとそう言う勇儀さん。でもやっぱりよくわからない。多重並列で記憶を持つ場合は輝夜さんとかが近いですかね…

「難しいですねえ……」

 

「まあそんなもんだろ。私達にとっちゃあんたの能力がどんな感じに作動するのかだってわからないんだからな」

 

「心読はどちらかというと五感すべてに作用して擬似的に第七感として左右しますからね。視界というか…聴覚というかそんな次元ではないんです。わかりやすいように伝える時は視界と聴覚の両方で代弁していますけれど」

 

「なるほどなあ……」

 

まあ第七感というより擬似的に相手の心理世界を追体験するものですからねえ……

だから一般的に想像する映像として入ってきたり聴覚として入ってきたりという表現は正しくもあり間違ってもいる。

 

「人混みだと結構大変ですよ」

 

「だろうな……」

目を隠すだけで遮断できるのでまだ楽ですけれど…

 

 

 

 

道を歩いていると、なにやら集会のようなものが開かれていた。多くの人はそれに無関心なのか面倒と感じているのか素通りと見て見ぬ振り。でも数名だけは足を止めてそれに聞き入っている。

 

「なんだあれ?」

ここからだと少し声は聞き取りづらいけれど話している内容はなんだか良いものではなさそうだった。

叫んでいる男の言っていることもよく聞けば支離滅裂というか矛盾点がある。なんだかなあ……

それでも聞いている側は嬉々として聞いているのだから恐ろしい。盲信ほど面倒なものはない。

「……妖怪を根絶やしにしようと言っているみたいですね。簡潔にまとめればですけれど…」

そんなことをされたら人妖大戦争が起こりかねない実際人間からすれば妖怪退治自体は正義だしなにも間違ったものではない。だからなのか余計にタチが悪い。特に過激派は……

「おいおい正気かよ」

呆れるのも無理はないですね…

「ああいう輩は何かあればやりかねないですね。最近異変が立て続けに起きましたから勢力を少しづつ拡大させているのでしょう」

 

「ああ嫌だ嫌だ…」

 

そりゃ人里の中でしか安全に暮らせないとなればそうなるでしょうし武器商人のような存在や一部の存在は妖怪を殺す事で富を得たり自身の気をスッキリさせるような存在ですし。

 

「どうせ妖怪を滅ぼした後はそれを足がかりに地位と富を手に入れたい存在でしょうに…だったら貴方達には地位をあげますよいいでしょう地底の長ですよ」

 

「冗談でもそれはやめてくれ…流石にあんな奴らトップにしたくない」

流石に冗談ですよ。それにそんなことになったら絶対革命が起きますね。地底って結構気性が荒いヒト多いですし。でも勇儀さんがここまで嫌悪を示すということは……

「嘘で塗り固められているからですか」

鬼は嘘が大嫌いですからね。

「ああ…あれは最悪な嘘のつき方だ…いや発言自体も嘘に塗り固められているな」

 

「たとえそうであってもその持論にしがみつくしかないんですよああいう輩は」

「それに追従してしまう人間も…どういう思考回路しているんだか……」

 

「多分思考停止しているか浅はかな考えで突っ込む人ですね。まあ人間そういう愚かな存在多いですし仕方がないんじゃないですかね」

 

「だから嫌いなんだよなぁ……」

 

まあ好き嫌いは人それぞれですからね。しかし…あそこまで大胆に妖怪を殲滅するなんて言えるとは何か企んでいるんですかね?というより…殲滅というか配下にしたいというだけなのでは?この幻想郷において妖怪の力は人間にとっては強力だし少しやり方を変えれば立派な武器にもなる。式神がいい例だ。

 

「気にしないで帰りましょう」

 

ああいう輩に目をつけられたら面倒です。あれは疑わしきは罰せよ。反抗するものは処刑せよ。

反発するものは裏切り者ですからね。

独裁じゃんとか思いますね。やってる事が……

 

それが良いというのであれば構いませんよ。

私はなにもしません。こちら側に手を出すまではね……

 

 

 

 

「あー胸糞悪い…」

歩きながらも不機嫌な勇儀さんをなだめる。流石にあんなものを見せられたらそりゃそうか…

「お酒買ったんですから宴会でもしますか」

勇儀さんの気をそらすにはこれしかない。実際お酒で嫌なことを吹っ飛ばせる性格のようですし。

「お、いいなそれ!賛成だ!」

一瞬で不機嫌な顔が満開の笑顔に変わった。

そろそろ花見の季節ですからたまには山で天狗も一緒に…久しぶりに天狗さん達も鬼と交れていい機会だと思いますよ。

ええ…天魔さんはきっと喜ぶと思います。

 

(あやや…聞いてはいけない事を聞いてしまいました…)

 

そんな小声で呟いてもバレますよ。聴力あるんですから…独り言は命取り。

あ、違いますね。これは心の声でしたね。全く…でもまあ…運がなかったですね。

偶然サードアイを見せていた方向に文さんがいたというだけですから。

「文さん出てきたらどうです?」

 

「流石にばれましたか」

 

「バレますよ」

彼女が隠れている茂みに向かってそう言えば、少しして彼女が出てきた。

「なんだ盗み聞きか?」

 

「そんな人聞きの悪い。私はただ偶然聞いてしまっただけですよ」

実際出会ったのは偶然なのだろう。聞かれたのなら丁度良いです。このことを天魔さんに伝えてください。

ええ、私が後でいこうと思いましたけれど貴方の方が早いですからね。

 

「天魔さんに伝えてくれます?宴会をやるって」

 

「分かりました!でも私は用事があるかもしれませんから参加できませんよ」

 

 

「なんだ参加できないのか残念だなあ……」

実際勇儀さんに悪気はないのですけれどどうも勇儀さんは絡み酒が酷いので敬遠されがちなんですよ。挙句鬼はどの種族よりお酒が強いですからね。

文さんも何回か巻き込まれたのでしょう。でも諦めてください。ここで無しになったら勇儀さんキレるので。

 

 

 

 

 

 

「ふうん……なかなか面白いことやっているじゃないの」

 

「姉さんまた地上を見ているんですか?」

 

「だって面白いんですもの…それに最近家から出るようになってきているようですからねえ」

 

「全く…あのような危険因子早めに処分するべきだというのに…」

 

「折角だからこちら側に取り込んでみる?」

 

「馬鹿を言わないでください」

 

「知ってるわ。欲しいのは彼女の知識だし」

 

 


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