地底から帰ってきてから数日後
人里の手伝いと迷い込んだ妖怪を追い返したりとしていたらすっかり日が暮れてしまった。
飲み会の誘いをやんわりと断って家に帰ればこいしと大妖精が扉の前でなにやら話し合っている。
別に険悪な雰囲気ではなさそうだが、周りの人の目線が少し気になる。
大妖精はカモフラージュの為か背中に生えた羽は目視で見ることはできない。だが、彼女の服装が異様に目を引いてしまう。
私としてはその違和感に気付き辛いのですが言われてみれば確かにというところですね。
彼女の服装は水色を基調としたワンピース風の洋服……洋服なのだ。
それも北欧系の為かなり目立ってしまっている。
仕方ないといえば仕方ないのですがあれでは種族を隠している意味が半分以上意味を成してませんね。
音と気配を消してすぐ後ろに忍び寄る。こいしと一瞬だけ目が合うが私のしたいことを察してそのまま目線を外してくれる。
「家の前でなにしているんですか?」
耳元でそっと呟く。
「ひゃい⁉︎あ、さとりさん」
大妖精の体が跳ね上がり一瞬だけ羽が視認できるようになる。物凄いびっくりしていらっしゃるようで…
「お姉ちゃんおかえり」
「ただいま、玄関先じゃ目立っちゃうわよ」
私の言葉に急にあたりを見渡す大妖精。
周囲の人々が向けていた目線をようやく理解したのか顔が赤くなっていく。
「まずは…家の中に入りましょう」
どうしていいかわからずあたふたとパニックになる大妖精を引きずるように家に入れる。
あのままだと目立ってしまってしょうがない。
「ちょっと待ってくださいね」
招き入れた大妖精を客間に待たせてお茶を持っていく。
一応私の種族がなんであるかをまだ伝えていないからどうしてもコートを脱ぐことはできない。
「……そういえば大妖精の服装…考えないと」
流石にあのままで返すわけにもいかないしこれからいろんなところで目立ってしまっては彼女の身が危険だ。
いくつか服のストックはあるはずですからサイズさえ合えば今のところはどうにかなりそうですけど…
直ぐに自室の引き出しから服を持っていく。目測なのでなんとも言えませんが大きさは多分大丈夫でしょう。
ですがこれ一枚じゃ寒いでしょうから…何か上に着るものを……
お茶と服を持って客間に行ってみれば、こいしに弄られている大妖精が飛び込んでくる。
危ないので体の軸線をずらして大妖精を受け流す。
ただしそのままだと壁に突っ込むので衣服を持った右腕で大妖精の体を抱え込むようにして速度を和らげる。
「何暴れているんです…」
「あ、お姉ちゃん。えっとね……」
どうやら大妖精と遊んでいてのことらしい。
お茶を下ろしてこいしの頭に手を載せる。
「家の中ではほどほどにね」
怪我をすることは無いだろうが壁の方が耐えきれないでしょうから。
「あの…さとりさん」
「おっと、すいません」
腕で抱え込んでいた大妖精を解放する。
そのまま服も渡してしまう。
無言で渡されたそれを見て疑問符が頭に浮かんでいるのが目に見える。ちょっとだけ反応が面白くてそのまま黙っている。
「えっと…これを私に?」
「ええ、そうですよ」
大妖精の目が大きく開き、表情が開花する。そんなに喜んでもらえるとこちらも嬉しいです。
微笑ましい目線を向けていると急に大妖精が服を脱ぎ始めた。
突然のことでこいしがあわて始める。こいしが慌てるのもなんだか新鮮…
「ちょっと何してるの⁉︎」
「え…着替えようかと」
まさかのここで着替えるなんて大胆な…って少しバストが大きいですね。
もうちょっと大きめの服を持ってきたほうがよかったでしょうか…
「お姉ちゃんどうでもいいこと考えてないで止めてよ!」
「落ち着きなさいこいし。大妖精用の服を作るんだからある程度体格データは取っておきたいのよ」
「いやいや、あとでちゃんと計算すればいいじゃん!」
それもそうでしたね。すっかり失念してました。それじゃあ巻尺っと…
「あの…もう着替え終わったんですけど…」
あれ?早くないですか…って帯巻いてないじゃないですか。
ダメですよそんなだらしない格好で……
帯を巻いて後ろでしっかり結ぶ。
胸下が締められ胸の大きさが余計に強調される。心なしか黒い気配が漂っているような気がしますが…気のせいですよね。
「苦しくないですか?」
「大丈夫です…」
ちょっとこいし!そのハンマーは一体何⁉︎あ、ちょ…やね!痛いってば!叩かないで!
「なるほど…強くなりたくて…ですか」
あの後暴れるこいしを取り押さえてなんとか落ち着いたところで大妖精を尋問…というかここに来た理由を問いただす。
「はい…あの、さとりさんすごく強いじゃないですか。あと頭良いですし」
うーん…なんでそんなふうに思われているのでしょうか。大妖精の前では戦ったことなどないですし…むしろこいしのほうが適任な気がします。
「あの…私より強くて頭いい人は沢山いると思うんですけど…良ければ天狗に紹介状出しますよ?」
柳君ならすごい適任だと思います。向こうの都合を考えればあまり無理は言えませんが…
「さとりさんが良いです!お願いします」
どうしたのでしょう…別に私自身は構いませんが…稽古をつけるのでしたら一応知らせておかないといけないですからね…
「……貴女には私の種族はまだ言ってませんでしたね」
コートの内側からサードアイを引き出す。一瞬だけ視線が泳いだものの心の中では嫌悪しているわけではいようだ。
サードアイを見せるだけで忌避する人が大半なので正直有難い反応です。
「……そうでしたね。でも、私は気にしませんよ?」
その心に嘘偽りはない。
「例え覚妖怪だったとしてもですか?」
「だって…さとりさんは悪いヒトじゃ無いじゃないですか」
それは本心か虚心か…聞くのは愚問。それに強くなりたい理由も分かってきた。こういう時に便利ですね。この能力は…
「……分かったわ。それじゃあ、大ちゃん。早速だけど始めよっか」
いつもの口調…と言うかは私の素の口調が出る。
「妖精ってまずどんなことができますか?」
「えっと……そうですね。いろいろと…」
どうやら覚えられればほとんどの弾幕や攻撃は使うことができるのだとか。一応大妖精自身は風と自然を操る攻撃が得意だそうで…出来なくはないものの炎系弾幕なども撃てることは撃てるそうだ。
なら…大妖精育成計画始めましょうか。
「それじゃあまず……量子理論から」
「量子理論?」
『大妖精の能力』
時々響く金属の衝突音に紛れ込ませながら大妖精に訪ねる。
「ところで貴女の能力は……」
新調した刀同士がぶつかり合い火花が散る。
「今聞きます?」
「戦闘中でもある程度喋れる余裕があったほうがいいですよ」
大妖精が再び振り下ろした剣を足で蹴飛ばす。
彼女の手から短刀が弾き飛ばされ遠くの地面に刺さる。
それでも私の首元に足蹴りを喰らわせようとしてくる。
「私の能力は、『悪戯をする程度の能力』です」
蹴りは相手への目眩し。本命は手左腕のすぐ近くで展開された妖力弾。
「悪戯…ですか?」
「はい、悪戯でっ…きゃ!」
撃ち出された妖力弾が目の前で弾け至近距離で爆風を受けた大妖精が吹き飛ぶ。
「ここまでですね」
「あはは……やっぱり強いじゃないですか」
戦闘態勢を解除し大妖精の傷の有無を確認する。
問題はなさそうだが疲労がたまっていますね。まあそれは私も同じなのですが。
「強くはないですよ」
「そういう事にしておきますね」
それにしても悪戯する程度の能力ですか。なるほど、ちょっと面白そうですね。河童のところに連れて行って検証してみないと…
ふふ、大ちゃんの成長が楽しみです。
「さとりさんって時々怖いです」
『月の姉妹』
さとりが月から戻った数日後
「やったわ!これで地上を見ることができるわ!」
珍しく姉さんが隣の部屋で叫んでいる。
普段は温厚で物静かなイメージが強いのだがこうして騒がしいところを昔から見ているとそんなイメージ鼻で笑うしかない。
その上あの様子ではもうすぐ私の所に来るだろう。
書きかけの屏風絵を壊されても困る。すぐに片付けないと…
「やったわ!完成したわよ」
案の定私が片付け終わった直後に姉さんが部屋に突撃してきた。
一度興味が湧くといつも突進してしまうのだから困ったものだ。
「そういえば何か作ってましたけど…何ができたのですか?」
「新型の地球観測用望遠鏡よ」
私の部屋の窓を思いっきり開く。
彼女が指差す方向に視線を向けると細長い筒のようなものが月の空に浮かんでいるのが目に入った。
「作ったんですか⁉︎」
まさか本気で作ってしまうとは…
それにしても資金はどうしたのだろう。流石にあれをタダで作るなんてことはできないだろうし…
「ええ、月の衛星軌道にあげた特大望遠鏡よ。このテレビに映像を映し出すようになっているわ」
そう言って姉さんはタブレット式の端末をチラチラと見せつけてくる。正直ムカつく。
「なんてものを……」
まさか月上からの望遠鏡では見ることができないからと…軌道上に作ってしまうとは…
その予算などはどこから…
「お金なら心配しないで。防衛費の名目で降りたから」
私の言いたいことを察したのかとんでも無いことを言い出した。
「まあ、これは厳密に言えば量子理論で遠距離をほぼゼロ距離にして観測する装置…私にしか扱えない道具よ」
「完全に私用で予算使ってるじゃないですか!」
作ってもそんなもの姉さんくらいしか使えないじゃないですか!そこまでしてどうしてあの得体の知れない怪物に執着するのだろうか。
そんな私の内心を無視するかのように姉さんはタブレットに数字を打ち込んでいく。
天体望遠鏡が僅かに方向を変える。
「それじゃあやって見るわね…あ、さとりってどの辺りに住んでいるのかしら…」
いやいや、なんでそんな大事な事を知らないで作ったんですか。どう見てもダメじゃないですか。
「私だって知りませんよ」
そもそもそんな大事なことをどうして……
「こうなったら絨毯観測よ」
全く…無駄に面倒な事になってるじゃないですか。
『幻想縁起、春』
人の世は大きく変わっていくもので…僅か200年という時の流れは私の想像をはるかに超える速度で人を…物を変えていくものなのだろうと実感した。
人混みの中を人の喧騒に紛れながら歩く。その先に目的があるのかと言えば…多分私の目的ではないのだろう。
「え…幻想郷縁起ですか?」
数時間前、私の元に来た紫は、茶菓子を食べながら幻想縁起の話を持ちかけてきた。
「ええ、是非とも貴方のことを載せたいと稗田家がね」
稗田と言えばあの稗田なのだろう。
出された和菓子の最後の一つを口に放り込んだ紫が静かに隙間を展開する。
「なるべく早いほうがいいのだけれど…どうするの?」
「別に良いですよ」
その瞬間、私の体は黒と眼の世界に潜り込んでいた。
体の向きが変わったり変わらなかったり。もう少し重力一方方向にまとめられないのだろうか。それとも、紫達にしか分からないような通路配置になっているだけなのだろうか。
「首都の近くまでは送ってあげるわ。後は稗田の式神が案内する手立てになっているから…」
言葉が最後まで続く前に視界が切り替わる。眩しい光が体を照らし瞳孔が小さくなる。
ここまでが先程までの出来事。
私を案内しに来た犬型の式神は首都の人混みに巻き込まれて時々見失う。
お陰で無駄に疲れました。やはりここまでの人混みは私にはなれませんね。
式神が急に方向転換し、左の建物の中に消える。そっちの方向に振り向いてみれば大きな門、その奥にたいそう立派な二階建ての建物がそこにあった。
手前の門は閉じられていて人はおろか動物の入る入り口すら見つからない。
あの式神はどこから入ったのやら…もしかしたら入っていないのかもしれない。
兎に角式神が入ったのであればここがそうなのであろう。
ならば入ってもいいはずだ。
「ごめんくださーい」
手前の門を無理やり押しあける。かなり動きが悪いのか見た目に反して重たいのか…これは人間じゃ開けられませんね。
門が開くのと同時になにかが裂けるように目の前の空間が歪む。
まるでそこに割れ目のようなものができたかのように空気の流れが変わる。
「……人避けの結界ですか」
なるほど、たしかにかかっていてもおかしくはないだろう。
それにしても出迎えも何も無いとなると…好まれているわけでは無いみたいですね。
のんびりと玄関に向かって歩き出す。とは言えど玄関は全く開かない。ここまで来てあれですか追い返される系ですか。
「ようこそおいでくださいました」
真上から声が降ってくる。見上げて見ると二階の窓から黒髪の女性がこちらを見下ろしていた。
「えっと…はじめまして」
「古明地さとり様ですね。今使いを回します」
直後、玄関が静かに開く。
そっと中を覗き込んで見るがなにやら幽体のようなものがふわふわ浮いているだけで人はいない。
世話の人とか手伝いさんの気配もしない。
ふわふわと浮いている霊体のようなものがゆっくり私に近づいてくるくる回り出す。
「ついてこいってことですか」
私の言葉に反応したのか霊体(仮称)は家の奥へ進み出す。
それを追いかけるように家の中に歩みを進める。
菊の花の香りが仄かに香り、私の後に続く。
左右に分かれた廊下を霊体を追いかけるように進む。正直迷ってしまいそうなほど複雑で難解な家で困らないのだろうか。
ようやく見つけた階段を上ってみれば…今度はなぜか地下に行く道を通ったりと格闘すること数分。
ようやくお目当ての部屋についた。
ついでですしただ入るのも面白くないです。ここは…
扉に手をかけて…少しだけ上にずらす。
何が外れる音がし扉が前後にずれる。
そのまま手前に引っ張り扉自体を綺麗に外す。
「こんにちわー」
「こん…ってなんで扉を外しているんですか?」
「だってそこに扉があったから…」
それにこの家かなり複雑ですから侵入者用の罠もあるかと思いましたし…別に壊したわけではないからいいじゃないですか。
「……まあいいです。それでは改めまして、稗田家8代目当主。稗田七葩です」
「知ってると思いますが古明地さとり…妖怪です」
この方が後のあの方なのでしょう。数百年後の世界でもお世話になるといいですね……
いくつかの質問に答えすぐに退散する。
帰りはもちろん……窓から帰りましたよ。