古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.160さとりの入れ知恵

冬が終われば白銀の下で眠っていた命が一斉に吹きかえる。それは何千年何万年と繰り返されてきた季節の循環。だけれどこの年は少し事情が違った。

 

まあ私は特に何をしたということはないのですがすべての季節の花が一斉に咲き乱れ異変として巫女が動いたというくらいだろう。

結局暫くすれば勝手に異変は収まった。地上では……

 

旧地獄である地底はその位置こそマントルの上というかなりの深さにあるけれど実態を持たない存在にそのような距離もふつうの灼熱も関係はない。

だからなのか死神に回収されるのを拒んだ怨霊達が大量に降りてきて大混乱だった。

勿論それを見逃すほどこちらも甘くはない。

幸いこちらには怨霊を焼き尽くす灼熱地獄に血の池地獄がある。旧地獄の遺産とはいえ今でもしっかりとその機能を果たしている。まあ全盛期の半分の稼働しかできないのですけれど…

それに灼熱地獄を全力稼働させたら地上にも地底にも影響が出るからそれは出来ないしならないように対処しないといけない。

 

結果として私の業務は普段の三百パーセント増しという大惨事になりハードワークがたたったのか周囲のヒト全員に仕事を休めと……断ったら戦うことになりました。

なんてこったい。と内心思いましたねええ…なんで休ませるために戦うんですかね……

そりゃ負けますよ。でも負けても業務が消えるわけではありませんのですぐにみなさんパンクしましたね。お陰で私の業務はさらに圧迫。

流石に申し訳ないと思っていたようですけれど……

まあいいです。それもすこし昔のこと。酒の席でネタにする程度の価値しか持っていないですよ。

 

そういえば今日はレミリアさんに呼ばれていました。

咲夜さんの口調からしてどうせろくなことではないはずだ。というよりもあのことだろう…

紫がこの前接触してきましたし。なんでも兎が来たとかなんとか。

羽衣を着て帰ったあとでしょうけれど。

まあどうだっていい。私には関係のないことなのだから。

 

 

 

 

まだ初夏だと言うのに熱い夜風が吹き付けるテラスに彼女はいた。

「時間ぴったりね」

振り向きざまにそう言った彼女はこの結果を知っていたのだろう。何から何まで見透かされているような…それは私が周囲に与えている印象であって彼女の場合は多分結果に誘導されるといった方が近いだろう。

「時間まで屋敷をうろつきましたから」

うろうろとしていれば見慣れたものでも新たな発見ができる。何度か改修を挟んでいるからか廊下の位置や天井の高さなど少し変わっているところが多い。それに……

数カ所だけ防衛装置が搭載されているらしく点検用のハッチがあった。

真っ赤な建物に合わせてそこも赤く塗られているものの素材の質感までは隠せませんでしたね。

「座りなさい。咲夜紅茶をお願いね」

レミリアさんに勧められて席に座る。テラスの席なんて洒落たことしますよね。なんでこんなことをしたのかは知りませんけれど雰囲気は出ていますよ。

雰囲気はですけれど……

「また随分と洒落た事をしますね。聞きたい事があるならお茶に誘わなくてもいいのに」

聞きたいことにもよりますけれどね。世界の真理を知りたいなんて言われたってそんなの知るはずないじゃないですか心理に近いものといえば…そうですね可愛いくらいでしょうか?あれは唯一絶対の…世界の真理に最も近い感情です。

「お茶を飲みながらの方が貴女も話してくれるでしょう」

そんなことはないですよ。偶にお茶だけたかって帰る事だってありますよ。結局気分次第です。

「そうですけれど……」

でもまあ隠すこともないですね。ええ…

そもそも私に聞きにくる時点で状況は察することができます。

 

「で…何が聞きたいんですか?」

 

「月に行く方法よ。前にパチェに言っていたようね。折角だし私にも教えてくれないかしら」

月に行く技術と言われても私は技術屋じゃないんですからそんなものわかるはずないじゃないですか。概要と概念くらいはわかりますけれどそれと実際に作れるというのは全く違います。特に細かい部品とかは私じゃ無理です。

だからここは貴方たちが取るであろう方法を最初に教えておく。特に理由はない。強いて言えば……気まぐれですかね。

「別に月に行くくらいなら科学技術を頼らなくてもいいじゃないですか。神様の力を借りたっていいわけですし」

月に行くくらいと言っているけれどそれって結構すごいことだったわ。でも月に行くこと自体は宇宙開発黎明期に成功しているわけですからこっちだってできるはずである。

かなりのお金がかかりますけれど…それでも河童に頼めば初歩的な電算機は作ってくれるかもしれない。半導体を作る技術がないから真空管で代用になりますけれど。

それが嫌ならさっさと神様の力を借りるんですよ。この世界にせっかく神様がいるんですから。

 

「そんな事できるの?」

 

「神社の巫女は神降ろしができますからね」

実際巫女は神を鎮める様々な行為のなかで特に、神を自らの身体に神を宿す神降しや神懸りの儀式を(かんなぎ)と呼びそれを行う女性のことを指しますからね。

それに巫女に必要な4要素として占い、神遊、寄絃、口寄があります。それらを使えば神をものに宿らせて力を使わせるということも可能です。霊夢がどこまでできるのかによりますけれど…こういったことは本来先代から受け継がないといけないものですけれど霊夢の先代はそれを教えられたかと言えば必ずしもそうではない。むしろ基本的なことしか教えられなかったはずである。

 

「そう…根本的なプラン修正ね」

神の力を利用する方法を聞いて何かを閃いたのかレミリアさんの顔が何かを企んでいる顔になった。

「ちなみにどのような方法で行こうとしていたんですか?」

 

「簡単よ。高高度まで河童が作ったジェット機?を使って打ち出してもらうのよ」

 

「また随分と手の込んだことを……」

そもそもそれで月まで行くための加速を生み出せますかね…

「既存のものを流用した方が安上がりだったから」

 

そりゃそうですけれど…でもそれだと母機の搭載限界量に左右されてしまいますから月まで行く燃料を積むのは無理なのでは……

一応母機の加速である程度のところまでは行けますけれど……うーん…

 

 

「まあいいわ。ともかく貴女のおかげで突破口ができたわ」

まあ……どういたしましてでしょうか?正直月に行って欲しくはないんですけれど。危ないですし……生きて帰ってこれる保証はないですし。

いつの間にか目の前に出されていた紅茶を一口飲む。

ん…さすが咲夜さんです。

こんな美味しい紅茶を飲めるなんて幸せ者ですね。

「私の自慢の従者よ」

 

「そのようですね…紅茶おいしかったですよ」

 

 

 

 

 

 

この季節にしては珍しく私が帰る時間帯は鉛色の雲が空を覆っていた。だけれどそれは日というものがある時間での話。月明かりしか照明がないところではそのどんよりとしているであろう雲は強力なブラインドカーテンのごとく周囲から光を奪っていた。

赤い屋敷を背にそんな暗闇が支配する空を駆け抜ける。

右手には僅かな灯りとして提灯をぶら下げている。気休めにしかならないけれどあるのとないのとではずいぶん違う。特に向こうがこちらに早めに気づいてくれるという点では便利だった。

 

だけれどそれは誘蛾灯のようにいらない存在も呼び寄せてしまうらしい。

「ありがとう」

私の前に現れた女性の第一声はそれだった。

「それは私が彼女たちに入れ知恵をしたことに対してですか?」

少し棘があるだろうか…だけれど月が絡むとろくなことにならないから仕方がない。

僅かな灯の中で紫の顔がぼんやりと浮かび上がっている。その表情は微笑んでいるようで何も感じていない無機質に近い感じだった。あるいは今の状況が私にそのような幻覚を見せているのだろうか。

「ええ、あのままだと確実に失敗していたわ。ともかくこれで彼女たちは月に行ける。そうすれば私も計画も実行に移せるわ」

 

「私がこんなことをしなくても誰かがやっていましたよ」

実際霊夢あたりならそのことに気づくであろう。彼女のことは彼女が一番よく知っているからだ。

「でもタイミングを考えれば貴女しかいなかったわ」

確かにそうだろう。ただタイミングなんていつでも良いような気がしますけれどねえ…まあ早い方が良いのは確かですけれど。

 

そうそう、私は彼女に聞きたいことがあったのだ。

「……月に喧嘩を売ってどうするつもりなんですか?」

前回は月の技術欲しさ故に…では今回はどうなのだろうか?

「これはリベンジよ。今度はしくじったりしないわ」

リベンジ…個人的復讐或いは反撃。私にとってそれは大切な人等を傷つけられた場合にのみ起こる復讐心と報復心。それが自身のプライドを守るために働くというのは私にとっては理解できるものではなかった。

まあ結局そういう人もいるんだな程度で流してしまうような…そんな理由だった。

「……精々頑張ってください」

彼女が何を企んでいるのか詳しくは知らないし知る気もない。ただ…今回はなるべく干渉しないようにする。多分大丈夫だろう……

「やっぱり貴女は乗り気じゃないわね」

乗り気じゃないというより月に対して手を出すのが嫌なだけです。

「そもそも月なんて余程のことがない限り手を出してきたりはしませんからこちらだって手を出さないのが得策です」

手を出してきたときは向こうにもそれ相応の事態が発生しているということだ。そうでなければわざわざ穢れた土地に降りてこようなど誰が実行するのだろうか。

いや…確か月に何かがあったときのためにあったはずである。

幻想郷を第二の月面都市とする計画が……しかもそれを実行に移すことが可能なのだ。

恐ろしいったらありゃしない。

 

そんなところと関わるなんて御免被りたい。私は特別な能力がある賢者でもなければ世界を創造するような神でも人を束ね導いていく主導者でもない。ただの妖怪だ。自分のことと守ることにした者達のことで精一杯だ。

私の知らないところで人がいくら死のうとも関係はないし守るもののためならいくらだって血に濡れる覚悟はある。

「貴女がいればそれなりに助かるんだけれど」

でも今回はそういうことではない。

残念そうな顔をして紫は私を見つめている。提灯の灯りが彼女の瞳に反射している。それが彼女の持つ熱意のように感じられる。

「彼女たちと同じ囮としてですか?」

皮肉…というより事実のようなものだ。ただ何も言っていないのに彼女達を囮と言ったのはまずかったかもしれない。紫の表情が一瞬だけこわばった。警戒されただろうか?

「そんなこと言ってないわよ」

言っていなくてもやろうとしていることがわからないというわけではない。ただこれ自体は私の記憶に残る知識の助けもある。

「でも彼女らの役割は実質囮。それもかなり危険なものですよ」

もし月の民が彼女達を完全消滅させてこの世から穢れごと消し去る可能性は?

ゼロではないし実行しようと思えば簡単にできる。

「彼女達なら平気よ。私が保証するわ」

そうだろうか……

紫と言えどそこまでできるの?月へのパイプなんて全くない。それなのに月に不法侵入する輩が死なないようにって…無理だろう。

「わかりました。では私はこれに関わることはしませんのでそのつもりで」

まあ良いです。そういう事は彼女達に任せましょう。そう簡単にやられることもないはずだ多分ですけれど…

「つれないわね……」

 

「つれたくないですから」

 

結局紫は家までついてきた。なんでだろうか…

「……何もあげませんよ」

 

「お腹が空いたわ」

そう言って私を見つめる彼女。そういえばご飯の時間が近いですね。というよりもうご飯の時間すぎていました。

「会話する気ないんですね…良いですよ夕食の残り物でしたらあるはずですから」

うん、きっとあるしなかったら林檎を渡して帰らせよう。

そもそも勝手すぎるんですよ。もうちょっと事前に連絡をしたりとかしないんですか?まあそれが妖怪らしいといえば妖怪らしいのですけれど。……

 

私に続いて機嫌が絶好調なのか鼻歌を歌っている紫が家に入る。宿をしているとはいえ一般の家と同じ玄関。人が二人も立てば狭くなるのは必至だ。

 

結局のところこれは招かれざる客が来たということで察してくれないだろうか。

うーん全然察してくれる気配ないですね。というより分かっていてあえてこれをやっているように見えますね。それはそれでタチが悪いというか…やっぱり妖怪なんだなあって思います。

 

「……何を食べたいんです?」

 

「貴女のお好きなように」

 

そうですか……


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