古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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神は本質ではなく実存である。われわれは神については、霊的な体験に基づいた、象徴的なことばによってだけしか語ることができない。
ベルジャーエフ


depth.162裏風神録 上

この世界において絶対的なものといえばなんなのか……

この前仙界から出るときにそんな質問をされた。

 

似たような質問だったら閻魔さんとかにも聞かれるのだけれどその度にうまく答えることはできなかった。もしかして彼女達もよくわからないのかもしれない。

 

ある者は神というだろうしある者は花鳥風月だというだろうし……結局この問いに答えなんてないのかもしれない。あったらあったでそれを知っているのは絶対的な存在であったりするものでそれにとってはまさに自分のことを聞かれているのであるし…あるいはものではなく概念的存在かもしれませんけれど…

結局ジレンマになるのかもしれない。

私は私なりに答えを出そうと思っていますけれどどうにもしっくり来るものはない。

 

絶対的なものって…

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん今日が何の日か知っている?」

執務室でいつものように送られてきた書類を精査し、予算配分を決めていると背中に他人の体重が重くのしかかった。

こいしのこれは今日に始まった事ではないから気にすることでもない。いわんとしていることはわかっている。カレンダーを見れば今日は弥生の14日旧暦だからずれているけれど気にしないだろう。

「ええ、でも一般常識ではないでしょう。言っても何も出てこないわよ」

あのイベントはチョコレート会社が勝手に企画したものだし実際のものはただ愛を確かめ合ったりなんだりといった粛々としたものだろう。それに14日だからといってそれがどうしたというのが私たち。だってそんなの海を越えた遠い国の話なのだから。

「え……そうだったの?」

なにキョトンとしているのよ今までもこれからもずっとそうだったでしょ。レミリアさん達だってクリスマスは結構盛大に祝っているけれどバレンタインは祝っていないじゃない。悪魔がクリスマス祝って良いのかって思いますけれど…

そもそも一ヶ月ほど前の日には何も配らなかったじゃないの。それなのにお返しをねだるなんて無茶もほどほどにしなさいよ。

如月の14日が何もないのだから弥生の14日だって何もないわよ。

「うーん…そうだけれど」

 

それに一ヶ月前の日はそもそも祝うものでもなんもなくただの命日だかなんだかどうでも良いようなものよ。

 

「……お姉ちゃんの石頭」

石で結構よ。っていうか概念自体がないんだから仕方がないじゃない。それとも二人だけのパーティでもする?なんでもない日のお祝い。

「じゃあゲームでもしましょう。それで貴女が勝てたらお菓子をあげるわ」

お菓子といっても余りものに近いのだけれど…

いや…あげたわけじゃないですよ。でも天狗さんたちにもたまには差し入れしないとなあと思った次第でしてね。

大天狗さん達喜んでいましたし。それの余りが多少あるのですけれど…

「お菓子と聞いて…」

いきなり扉の陰からお空とお燐が飛び出してきた。

盗み聞きしていましたね。どうせどうやったら私からお菓子をもらえるかなんてみんなで考えていたのでしょうね。でなければ今年に限ってこいしがホワイトデーのお返しをねだってくるなんてないですから。そもそももらってないですし。

「みんなお菓子欲しいよね」

ねーじゃないですよ。そこの二人も便乗しない。

「たまにあげているじゃないの」

私が作った時だけですけれど貴女達が作ったものを配ったりしているのかどうかは別ですよ。

「特別な日のお菓子とか欲しいよね」

言い直すな。しかも特別な日って…あれですか誕生日ですか?

 

「私欲しい!」

 

「あたいもお菓子は欲しいかな」

お空もお燐も乗るな!乗るならバレンタインの時にお菓子なりなんなり作って渡せばよかったのよ!ホワイトデーにお菓子をねだるな!

 

「そこにバラの花があるからそれをあげるわ。一応欧州では花束をプレゼントするのが習わしらしいから」

バレンタインの話ですけれど…ホワイトデーなんて存在しないし。ほんとなんでもない日を祝うパーティですよ。

「お姉ちゃんの意地悪…じゃあゲームで決めようよ!」

こいし?それは私とあなたでサドンデスになる未来しかないわよ。

「でも大抵のゲームってさとりとこいし有利なんじゃ…」

ええ、心が読めるので体を動かさない…脳を使うゲームは大体成立しない。成立するとしたら体を動かすものか思考戦にならないゲームくらいだけれど……

「私にいい考えがある」

こいしの悪巧みな顔に少しだけ寒気がする。

「絶対ろくなことにならない」

 

「まあまあ、いいじゃないですか」

お空、貴女こいしの悪巧みが今までなにをしてきたか分かっているの?

知っている限りじゃ打倒妖怪を掲げる過激派組織の抹殺とアジト爆破、見せしめのために他の似たような組織に首をプレゼントしにいったり…

「にとりさんが作ったゲームがあるらしくてね!」

それってあれの事を言っているの?確かにゲームだけれど…でもあれはゲームとして作られてはいないはず。まあゲームですけれど…お遊戯としてのゲームじゃない。

「あーあの……」

 

戦術シミュレーションゲームだったかしら。

冷蔵庫より一回り大きい電算機を二つ三つ複列につなげたものとブラウン管モニター、コマンド入力のコントローラーで構成された一応ゲーム。できる内容は戦術シミュレーションの名の通り…それも二人プレイのみ。

電算機自体も大した容量はない。

それでも大人気である。主に天狗の参謀や戦術を研究しているようなもの好きから。

天狗は実際、有事の時には統制された軍と同じように動かなければならないからどこでどのように駒を動かせば良いのか…大天狗の戦闘指揮を行う方々は常に試行錯誤。それの手助けになるから思いついた戦術を試してみたいという理由でよくくるのだとか。軍隊戦術はあまり得意ではない…というより基本しかわからないのでなんとも言えないのですけれど…

「こいしあれできるの?」

あれよりも椛発案の将棋の方がまだ出来そうね。まあ私は将棋も下手だからよく負けているけれど…良くて千日手に持ち込むくらい。

 

「お姉ちゃんこそあれできるの?私は何回かやったことあるけれど」

あ、あるんだ…でもなんでえっへんってしているのよ。

「無いわね…でもそっちの方が楽しいか……」

 

「そうですね…物理的に距離があればさとりも能力は使えないし」

 

だから能力がなくても対処できるように日頃からしているんじゃないの。

 

でもあれ使えるのかしら…先客がいたらそっち優先だし天狗が山防衛の戦術シミュレートしていたら使えないし。

「いってみたらいいじゃん!」

結局こいしの一言で行くことになってしまった。

 

 

 

 

 

事情を話したらにとりさんは快く機械を貸してくれた。数刻前まで天狗達が使っていたそうですけれど…ちょうど良かったです。でも四人で同時にプレイすることはできないのでトーナメント制になった。

 

機械を挟んで向かい合わせに座る配置だからわたしやこいしの心読も使えない。ゲームとしては最適かもしれない。これでテトリスとかが使えればいいのですけれど……

 

 

 

 

 

結論から言えば、私の圧勝だった。お燐は戦術がよくわからず混乱しておじゃん。反対側で現在も呆然としているこいしも定石は完璧でしたけれど…その分攻略法を知っていれば簡単に崩せる陣形だったので楽でした。

「なんで負けたの……」

ああいった完璧な陣形は正面から崩すのは得策ではない。

「さあ?陽動に引っかかったからじゃないのかしら?」

実際陽動といっても与えられた兵力の三分の二。戦略的にはやってはいけないようなものだ。本隊の半分削られましたし…それにこいしがもっと早く意図に気づいていたら分散配置した別働隊なんて各個撃破される。

ある意味賭けに近い戦法ですよ。まあどこかの魔術師はこんな手を演習でやっていたようですけれどこれって結構バレますよ?気づかれないように別働隊を動かすなんてそれこそ天性の才能が必要なんじゃないですかね。

今回は素人だったし私も素人だったから出来たようなものだけれど…

 

疲れた…頭脳をフル回転させたから煙が上がりそう……もうこんなことしたくない。それに実践なら何千という味方を見殺しにして何万という敵をいたぶり、ねだやしにするのだ。正気とは言えない。こんなものよほどのことがなければ耐えきれるものではない…恐ろしいものだ…

「そんなああ……」

お菓子がもらえないせいか向こうでがっくりしているのが簡単に想像つく。仕方がない……お菓子も余っているのだしあげよう。

「プリンあげるわ…それでいいでしょ」

 

「ほんと⁈」

「え!いいんですか!」

「やったああ‼︎完全勝利!」

そう言った瞬間三人が歓喜の声を上げた。あの勢いはあれです…喜びの舞を踊りそうで怖い。

実際やらないだろうけれど……

お空だけ流れ変わった?どうでもいいか…

 

使い捨ての保冷剤が入った袋から人数分のプリンを取り出す。まだ少し余りますけれど気にしないでおきましょう。

 

渡せば嬉しそうに食べ始めるこいし達を見つめていれば、ニトリさんが袋の中を覗き込んでいた。もしかして保冷剤に興味があるのだろうか…

「勿論にとりさん達にも…」

まあ保冷剤は大した仕組みではないのでプリンを上げてごまかす。

だって断熱の袋と塩化アンモニウム、水があればできてしまうのだ。使い捨てだけれど…

「お、盟友は私にもくれるのかね?」

いつから私は盟友になったんだ。

「機械を貸してくれたお礼ですよ」

まあこんなもので穴埋めができるとは思えないけれど……

 

「外、騒がしくないかい?」

 

お燐の耳が左右に揺れていたと思えばそんな言葉が彼女から出てきた。

少し前からこんな調子だ。ただお菓子を食べている分には気にならないので放置していたのですけれどやはり気になるのだろうか……

 

「あーありゃ天狗だな」

にとりさんが天窓を覗きながら呟いた。

にとりさんの後ろから私も天窓を見上げる。

「そういえばなんだか騒がしいね」

黒い影が三つ…三角形の配置を維持して通り過ぎていった。

 

四人のデルタ陣形じゃないってことは偵察部隊だろう。

少しだけ地面が揺れているように思えてきた。

耳を済まして音を拾ってみれば遠くでは爆発音のようなものが聞こえている。まるで内戦に入ったかのような状態だ。

またどこか下克上なんてやろうとしているのだろうか…

実際山では小競り合い程度のことはよく起こる。下克上を夢見る妖怪が多いことなんのだ。

 

だけれどそれにしては様子がおかしい。

うーん?何かが起こっている?でも何でしょう……

あーそういえば……

 

 

 

神様が来る頃でしたね…

 

「帰るわよ。巻き込まれたら碌な事にならないわ」

すぐにに荷物を片付ける。ぐずぐずしていると天狗に見つかる可能性がある。それ一番厄介なのだ。この場においては……

「お姉ちゃんどうしたの急に」

 

「少し山は荒れるかもしれないわ。にとりさんも気をつけてね」

 

「おや、それは警告かい?」

 

「ええ、盟友への警告です」

 

「わかった。善処しておくよ」

彼女たちと関わってはいけない。関わればろくなことにならない…本能がそう伝えている。特にお空のことを悟られてはいけない。それはどうして?私の意思?だって神様は気まぐれで簡単に希望を壊す存在だから……

 

それを知っているのはあまり多くはない。いや、知っていても気にしないのだろう。

だけれど神様に逆らってはいけないなんてことは…絶対にないのだ。

ええ……だって神は普遍的存在では決してないから……

 

 

 

「……神様は人を救おうとした。だがそのたびに人類から神に反逆するものが現れた」

 

「お姉ちゃん何それ?」

 

「さあ?なんでしょうね」

 

さて、そろそろ本格的に対策をしないといけなくなりましたね。

 

部屋に続く扉が勢いよく開かれた。

数人の人影が勢いよく入ってくる。間に合わなかった……

 

「さとりさんこちらでしたか!すいませんがご同行お願いします!」

あー天狗さんに見つかるとこうなるから嫌なんですよ…ほんと……

確かにやっていることはなんら悪いことじゃないんですけれど…

「YADA‼︎」

 

「やだじゃないです!」

 

「じゃあ無理です」

 

「無理とかやだの次元じゃないです!外来からの神ですよ!」

 

それでファーストコンタクトに私を連れて行って相手の腹の中を探ろうというのでしょう。やれやれ使い勝手のいい駒だこと……普段は恐れたり忌み嫌ったりしている癖によく言いますよ。

「知っていますよ。日本神話にすら出てくる大物でしょう」

詳しい情報まではまだ出回っていないと思いますけれどこれくらいならもう出ているはずだ。

「なんで知ってるの⁇」

知っているからですよ。

「そこまでわかっているならどうして……」

「面倒だからですよ」

上から目線の相手ほど嫌なものはない。

 

「しかし天魔様が呼ばれているので……」

 

っち…ここで断ったら面倒なことになるわね。

仕方がない…行くだけ行って調子が悪いとか言ってかえろう。そうしよう…それか天魔さんの後ろでずっと縮こまっていれば面倒ごとにはならないならない。


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