古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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これは実話であり、公式記録、専門家の分析、関係者の証言を元に構成しています

さとり「ということはありませんので安心してください」


depth.163裏風神録 中

私が着いた頃には多少の小競り合いがあったらしく負傷した白狼天狗などが真反対の方に運ばれていっていた。まるでどこかの戦場を彷彿させる光景だ。

本当にこの先に行くの?どう考えても戦場じゃないですか。

さっきあれだけ爆発音していたのだからね。まあ仕方がない。それに弾幕ごっこなんて関係なしの戦いだったのだろう。

時々焼け焦げた不快な臭いと血の香りが鼻をくすぐる。嫌な匂いのはずなのに不快な気分にはならない。

 

まあ戦闘はもう終わっているらしくこれ以上の戦火拡大はなさそうだった。

 

そんな生と死の狭間だった空間を天狗に引率されて歩いていけば、向こうから見慣れた方がやってきた。護衛のためか柳君も一緒だった。

「さとり、きてくれたのか」

会いたかったよって抱きつくの止めてください。少し前にも会いましたよね。正確には57時間前ですけれど…

「ええ…まあ……」

それでも状況を鑑みれば苦笑いで返すしかない。

それにこれから彼女が行かなければならないのは敵の大将の前。精神的にも相当な負担になっているはずだ。なら少しでも精神的負担を軽くした方が良い。

私を抱いてそれができるのなら安い方なのだろう…でもやっぱり胸がもともとあるからか、晒しで押さえつけて隠していても触れればその柔らかさが伝わってくる。

母性ですね…

 

 

「状況は?」

抱きしめから解放されたのですぐに尋ねる。

いかんせん私の方は情報が不足している。この状態でほいほいついて行くわけにはいかない。

「空間の歪みで哨戒の白狼天狗2人が負傷。その後発生した戦闘で二個小隊が壊滅。幸いにも死亡したものはいない」

やはり信仰を大事にする神様だからこその対応だろう。これで死者を出していれば最初の印象は壊滅的。回復できても信仰を得るまでには時間がかかるだろう。

だけれど負傷のみに収めるのは殺すのよりも大変なはずだ。それをやってのけたのだ。さすが軍神とまで言われた存在。

侮れないですね……

 

「それじゃあ必要な人数もどうにか集まったわけだ。行くとしようか」

必要な人数って…貴女と私だけですか?

あ、いえ…他の方は先に行っているのですね。天魔直々のお迎えというわけですか…

 

案内人が天魔さんに代わってしばらく空の旅を楽しんでいれば、連山でいくつかの山が連なる空間に入った。

いくつもの山のなかでもやや大きめの山…その中腹に見慣れない敷地ができていた。

今はどうやら結界で囲んであり視認性が悪いものの、近づいていけばそれがなんなのかはっきりわかるようになっていった。なるほど…遠距離で発見しにくくする結界ですか。土地の真ん中には神社の本殿が堂々とそびえ立っていた。

建物の大きさは博麗神社より少し大きいくらい。構造も風化具合からしても結構新しい建物ですね。やはり現代まで残っていたということはそれなりに改良を施されているわけだ。屋根に付いているテレビ受信用八木アンテナがそれを物語っている。

 

近づいていけば何か風のようなものを体に受け…力が一気に抜けた。まるで風船から空気が抜ける時のようにあっけなくだ。

「神社に妖怪が入れるって事はそういうことですね……」

 

「性質的には似ているのかもな」

博麗神社に貼られている結界も似たようなものである。例外的に境界を弄れる紫やどこかの賢者のような方には性質を捻じ曲げられて通用しないようですけれど。

それでも力が削がれてしまい人間程度の身体能力しか出せないようですが…

まだ妖怪特有の馬鹿力を出せる博麗神社の方が良心的です。ええ……

 

 

 

「そちらがこの山の代表か?」

本殿奥…神様が祀られている場所に彼女は座っていた。胡座をかいて堂々としたその姿はまさに神…信仰を集める偉大なる存在だ。

一言喋り出しただけで部屋全体が押しつぶしてくるかのような重圧に押さえつけられた。

周囲に護衛で来ていた白狼天狗や大天狗が苦渋の表情をしている。私の体にも重圧がかかっているもののある程度想定していたので気持ちは楽である。だけれど声を出せるかと言ったらノー。誰一人彼女の問いに答えられる存在はいなかった

「ああ…天狗の長を務める天魔と申す」

ただ1人、気持ちも体も関係なく相手の威圧をもろともしない天魔さんを除いて。

一瞬で周囲の威圧が消え去る。天魔さんが跳ね飛ばしたのだ。

「そう硬くなるな。私は硬いのは嫌いだ」

そう言って笑っているけれど目は全然笑っていなかった。むしろ鋭さを増していた。

こりゃ…私がくるようなところではなかったですね。でも仕方がない。私はなすべきことをするまでです。

「…彼女は軍神…その隣はわかりませんが只者ではないですね」

素早く天魔さんに情報を渡す。もちろん心を読んだふりをしてですけれど。

少し遅らせてサードアイを展開。

「ふむ……神が来るのは珍しくないが…ここまで派手かつ攻撃的なものは初めてだ」

まあそうでしょうね。それも……幻想郷中の信仰を集めようという野心に溢れているのだからなおさらです。

 

あ…こっからはもう目立たないようにしておこ…でないと目をつけられかねない。

そんなことをすれば私経由でお空まで辿り着かれる可能性が……そうでなくても辿り着いてくるでしょうに……

まだ旧灼熱地獄の冷却装置強化は終わっていないのだ。

 

座れやと言われ腰を下ろした天魔さんの少し後ろ…陰になる位置に移動し様子を伺いながら気配を殺す。

長い話し合いが始まった……

 

 

 

 

まずいな…さとり相当不機嫌だ。

さっきまでは普通にしていたのに急に気配を薄くして隠れだした。

何に怒っている…まさか良からぬものが見えたとでもいうのだろうか?

 

いずれにせよあれでは良好な関係を気づくのには少し時間がかかりそうだ。言っていることは確かに良いことのように思えるのだが……

まあ、白狼天狗である私が考えることではないか。

 

「さとり様相当怒っていらっしゃいますね」

側にいた大天狗が悟りの様子が不機嫌そうに見えたので私に尋ねてきた。

 

「ああ…やっぱりか」

天狗社会がどう動くかは不明だけれど警戒するに越したことはないだろう。

さとりさんに逆らうように動いていくとすれば…最悪の場合決裂する可能性も高い。

迷うな……

軍神とさとりさん。仲良くなってくれれば良いのだけれど…

 

 

 

 

「……」

転移した土地の地主との話し合いは上々だった。話がわかるタイプで助かったな。信仰を集める上ではこれ以上血を流させるわけにはいかないからな。

「ねえ神奈子、どうだった?」

私の陰で何やらごそごそと偵察ごっこをしていた諏訪子が私の前に躍り出た。

「どうだったとは…ああ、警戒されているのは仕方がないとはいえ隙を見せなかったからな…まだわからん」

彼女は私の答えに不満げな表情をする。

「時間との勝負なのに?」

そうだが焦ったところでどうなるわけでもない。こればかりは慎重にやっていかなければ後が大変だ。それはお前が一番わかっているだろう。

「そういうお前はどうなんだ」

 

「どうなんだ言われてもねえ。私は私で面白い子を見つけたなあ…あれは」

諏訪子が面白いか…なかなか珍しいな。それにこいつの面白いはかなり使える。聞かせてもらおうか。

「ほほう……言ってみろ」

 

「あれは一種の呪いのようなものだよ。でも見方によっては加護とも言えるね」

呪いか…諏訪子と似た呪い…確かに面白い。うまくこちら側に引き込めればそれなりに利用できそうだ。

「似た者同士か」

だけれど私の言葉を諏訪子は否定した。

「そんなことないよ私はどっちかといえば毒に近いよ。上手に使えば武器になるけれど下手をすれば私自身もやられる。まあそんなヘマはしないけれどね」

毒か…確かに毒だな。

「そんなヘマするようならあの時あんたはもっと負けているさ」

結局勝ったのは私。だがそれはギリギリの戦いだった。少しだけ何かを間違えただけで勝敗は逆転していただろう。

「だろうね」

相変わらずの笑みだが…その裏に隠れているその力は恐ろしく強い。

「で…そいつはどんなやつだ?」

私が興味を持ってくれたのが嬉しかったのか嬉々として諏訪子は話し始めた。

「天魔の後ろに控えていたあのピンクっぽい紫の髪の子さ」

 

ああ…あのよくわからない奴か。確かに私に威圧にすら顔色一つ変えず終始天魔の後ろにいたが…説明はなかったな。おそらくかなりの実力者のはずだが……

「少し不確定要素が強いやつだ。気をつけてこちら側に取り込むか」

それに一度だけ目線があったが…妙にこちらを敵視していたな。

何故だ?私らはまだ何もしていないはずだが…

 

 

 

 

 

初会合から少しして、あの2人の神は何かをやろうと派手に動き回り始めた。やりたいことはだいたいわかっているのでそこまで慌てることではありませんけれど…それでもこちらの方に被害が来ないように接触は避けて今ではまたあまり家から出ないようにしていた。ただ、天魔さんに呼ばれてしまっては仕方がない。渋々変装を施して天狗の里に向かえば曲者と言われ一悶着。

それがようやく終わり一息ついたところだ。

「……天命に身をまかせるしかないのですね」

 

「何か言った?」

おっと独り言のつもりだったのですが聞かれてしまったようですね。失敬しました。

「いえ……近くないうちに博麗の巫女が来るでしょうが…その時は通してあげられますか?」

天魔さんは何故それがわかるのか疑問に思って首を傾げたようだったものの、すぐに表情を切り替えて私を見つめてきた。

「それは無理だな…面子ってものがあるし無断侵入に例外を作ってはいけないんだ」

それもそうだった。そんなことをすれば信用問題に発展しかねない。

「そうですか…わかりました…」

 

「ただまあ…気づかなかったら仕方がないな」

そう言って天魔さんは大きく笑った。貴女も相当悪い方ですね。

「……気づかないことに賭けましょう」

 

「そうだな…通る道が哨戒の穴だってことを祈ろう」

 

結局そんな話を交えて天狗は彼女らを受け入れる事を承認した。

とは言ってもこちらが承認する前にすでに向こうは動いているようですけれどね。

館で飼っているペット達の何人かが偵察を行ってくれている。ただ諏訪子もいるので結構遠くからの偵察に徹底させている。

ただ限界があるので向こうが何かをやっていることはわかっても何をしているのかまではわからない。信仰を集めるためとはいえ何をしているのだろうか。

 

 

 

結局そんなことを考えながら空を飛んでいれば勝手に高度が上がってしまったらしく肌寒くなってきた。

うう寒い……

少し高度を落とそう…それに家の方向ともずれていますし。

「あ…あれは…」

高度を少し落とそうとして下に視線を落とした時一瞬視界に何かが映った。

慌ててそれを追っていけば、特徴的な緑色の長い髪の毛を風にはためかせたしろと青の巫女服の少女が飛んでいた。初対面のはず…だけれど記憶は思い起こした。

「早苗さん?」

あの神社の唯一の巫女だった筈だ。それがどうしてこんなところまで…いえ、待ってください。

確かこの方位は…博麗神社だったはずです。ということは……

そうか…宣戦布告しにいくのか。

彼女の動きを理解して、状況を悟る。

早めにここを離れよう。私の姿を霊夢の前に晒すわけにはいかないのだ。絶対に……

ただ、霊夢がどう戦うのかがすごく気になる。

どうしよう…彼女がどう戦っているのか見たい…母親として?どうなのだろう…

だけれど諦めるしかないようだ……

危険は冒せない。

 

進路を変更して家に帰ろうとした瞬間……

「あ、さとり様!」

 

え⁈なんでここでお空の声が……

「本当だお姉ちゃん!」

 

なぜかこいしとお空の声が真下から聞こえてきた。

慌てて声の下方向に首を傾ければ、そこには確かに2人がいて…こちらに手を振っていた。

「2人ともどうしてここにいるの?」

 

「天魔さんのところへの挨拶!後にとりのところに行くの!」

笑顔でこっちに手を振るこいし。ああ…頭が痛くなってくる。2人に非がない分余計にだ…

しかしなんてタイミングの悪い…別の日だったら良かったのに…

このままだと2人は巻き込まれる可能性が高い。知っていながらそれを見過ごすことは私にはできない。

「ねえ…流石に今日はやめておいたら?」

「でも天魔さんにもにとりさんにも今日行くって言っちゃってるし…」

 

「さとり様も一緒に行きましょうよ!」

 

「そ…そうね」

ああ、お空そんなキラキラした目線で私を見ないで…お願いだから…

「一緒に行くわ……」

 

「わーい!さとり様も一緒だ‼︎」

どうにかして巫女と接触するのを避けないと…

「こいし、ちょっといいかしら?」

 

「時間がないから着いてから話して‼︎」

なんで聞いてくれないのよおおお‼︎


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