古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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早苗さん
幼い頃より2人の神によって徹底的に鍛えられている。なので純粋な格闘戦は高い。
しかも能力と合わせたら大変なことになる。


depth.165裏風神録 解

最初に飛び出したのはお空とこいしだった。

お空が前に出て…こいしが少し後退。

展開される魔術式。

魔導書に内蔵されていた無数の武器が出現し空間を埋め尽くす。

 

流石にお空が前に出ているから重火器は出されていないものの、それでも1人に使うにはかなりのものだ。

 

先に攻撃ができたのはお空。相手の顔をお腹の両方に拳を回す二段構えの殴り込み。咄嗟の判断で後退していた早苗さんの足元を払う。

移動中の状態は最もバランスを崩しやすい。あっという間に体が崩れ落ちようとして……そうはならなかった。

 

バランスの崩れた状態で彼女は真上にお札を投げつけていた。

こいしが癖でそれを迎撃しようと機銃を空に解き放った。

接触、爆発。

あっさりと迎撃されたそれは大量の白煙を吹き出して周囲の視界を一時的に奪った。

すぐにお空を回収するべく突っ込む。援護でこいしが機銃を撃つものの、煙幕で誤射が怖いのか途中で銃声が途絶えた。代わりに金属の擦れる音…剣を引き出したのだろうか。

それはおいておくとしてお空は……

視界不良でどこにいるのかがわかりづらいけれど分からないわけではない。

 

 

見つけた!

お空の腕を掴んでこいしのいる方に引っ張る。

最初こそびっくりしていたけれど私を確認してか胸を撫で下ろしていた。安心するのはまだ早い。視界が使えない状態では奇襲されやすいから…早めに煙から抜けようとする。

だけれど体を動かしたその瞬間腰に妙な痛みが走り気づけばお空ごと吹き飛ばされていた。

衣服が少し焦げ臭い。どうやら2人揃って弾幕を直でうけたらしい。ただ私は痛みが少ないから問題はないけれどお空はそうではなかった。腹への直撃が相当なものだったのだ。しばらくは動けそうにない。

気配の遮断は完璧なようですね。

って褒めているわけにもいきませんか……

 

こいしがリカバーで前に出る。その手には二本の剣が握られていて、鋭い光を薄くなった煙の中で放っていた。

 

何度かの剣裁きの音がして、2人がもつれ合ったままこっちにきた。

呼応するように立ち上がり狙いを定める。

お祓い棒一本でこいしと対等に渡り合えている……早苗さん強すぎるんじゃないんですか?

援護に入るために弾幕を展開したけれど遅すぎた。

振りかぶった隙を突かれこいしがお祓い棒で叩かれた。体勢が大きく崩れる。同時にお腹を蹴り飛ばされボールのように跳ね飛ばされた。

私の中にどす黒い感情が芽生えかけるのを必死に抑え、弾幕の追加を行い早苗さんの追撃を防ぐ。

「うむむ……やっぱりこれを使ってみますか!」

 

丸いボールのような形状の黒いものが投げつけられた。

周囲に飛ばされたいくつものお札。

さながら手榴弾のようだと思った私は悪くはない。

 

脳が処理する前に体が拳銃を抜いていた。

13.6ミリ弾がお札の運動エネルギーを消しとばし破壊力が紙を引きちぎる。

自身に命中するものを全て排除。同時に弾が切れた。

「きゃ!」

だけれど迎撃できたのは私だけのようだった。

もとよりお腹という急所を思いっきり蹴り飛ばされているのだ。普段から鍛えていて腹筋が装甲になっている鬼だって衝撃で時々ダウンを取ることがあるのだ。2人が耐えられるはずはないし私だって痛みがある程度のところで感じなくなるこの体じゃなければ痛みで動けない。結果として躱すことも迎撃することもできなかったお空とこいしは体のいろんなところにお札を貼り付けてられていて身動きが取れそうになかった。

あっという間に2人が行動不能にされてしまった。

 

これは異常だ……いや、彼女に限って言えば異常は正常になる。

時に異常なことは奇跡と呼ばれることがある。神の御業…奇跡だと…

彼女の能力を考えれば当然だろう。

対策無しは流石にまずかったかもしれない。時すでに遅しだけれど…

 

「流石対妖戦のプロですね。どこでそれを習ったんですか?」

 

「そりゃあ神奈子様に決まっているじゃないですか」

急に元気に喋り出した。2人のこととなるとすごく嬉しそうですけれど見逃してくれそうにはありませんね。

「良い方に稽古をつけてもらいましたね」

 

「あ、わかりますか!そうですよ!2人はとてもすごいんですよ!」

本当に敵対しているのかというほどのんびりとした会話。緊張感がないといえばそれまでだけれど巫女相手に油断はできない。

でもまあ……

 

「実戦経験は乏しいようですけれどね」

経験の差は大きいですよ。

「その糧になってください!」

いやです!

牽制射撃をしながら片手でお空とこいしを縛るお札を引き剥がす。

無理に引き剥がそうとする者を攻撃する仕組みになっているのか…左腕から白煙が上がっていた。

焼けるような痛みもしていたから…多分爛れているのだろう。気にしている暇はない。

「お姉ちゃん…」

 

「さとり様…手が」

気にしている余裕はない。

「2人ともこの場での直接戦闘は不利よ」

どれほどか知りませんけれど少なからず結界の影響で弱体化している。

さっきから傷の治りが遅いし…貴女たちがそれは一番わかっているでしょう。

 

ようやく2人の動きを封していたお札を剥がし終える。

こちらの拳銃を警戒してか近寄ってはこなかったようです。やはり現代人には弾幕より脅威に感じるようです。まあそうでしょうね。

 

「2人とも大丈夫?」

 

「大丈夫…じゃないかな…」

腹部への打撃が思ったより強かったらしい。動けるようになった途端お腹を抑えてしまっている。でも蹴りだけでそこまでなるだろうか……

いや…もしかして…

「その下駄…もしかして」

 

「あ、わかります?これ打撃用の下駄なんですよ。もちろん普段は麻縄で縛って魔除けの術式も組み込んでいますから」

そこまでします?いや私とお空に二段蹴りした時にだいぶ重たく感じたんですけれど…

「下駄なのに⁈」

 

「この前地面に罠が張ってあったから危うく引っかかりかけたんですよ!だからまた同じことが起こらないようにということで妖対策したんです」

過保護…まあ確かに地雷のように作動する罠ありますしその下駄が有効なのもわかりますけれど……

だけれど蹴られた側はたまったものではない。簡単に言えば硫酸まみれの鈍器で殴られたのと同じだ。しかもお腹。

 

仕方がない。動ける私がどうにかしないといけない。

スペルカードを切ってもいいけれど持っているのはごっこ用。実戦用のスペルカードは持っていないしそもそも作っていない。

 

 

動きを封じるお札が迫ってくる。

素早く回避。2人から意識を逸らさせるために能力を利用し、意識をこちらに向けさせる。同時に2人から距離を取る。

普通ならこいし達の方を先に叩こうとするけれど、早苗さんは見事私の方に来た。

戦闘経験があまりないのだろう。まあそれもそうか。

 

木を盾にしながら必死に動く。回復したこいしが弾幕を展開して注意を分断してくれる。お陰でなんとかなった。

お返しに弾幕を浴びせるものも、うまく躱されてしまう。というより奇跡のように当たらない。なんだこれ……

だけれど当たるときは当たる。私も彼女も…

お札と同時に彼女から同時に放たれた弾幕をバックステップで避けた瞬間、真横に殺意を感じ動きを止めてしまった。それがいけなかった。

回避不能、直撃。

とっさに前に出した右手でお札を受け止める。右腕から硬直が体を蝕んでいる。仕方がない…

身体中が動かなくなる前に腕を斬り落とす。二の腕から先が地面にゴトリと音を立てて転がった。

どうやら向こうも1発直撃していたようだ。でも服が少し焦げている程度だ。戦闘への支障はなさそうだった。

「う……まさかそんな……」

周囲に飛び散る血を見て早苗さんの顔色が青くなる。

「腕の一本や二本どうということはないですよ」

 

その手に持っているお祓い棒も邪魔ですね。それ接触すると溶けるんですよ体。それに弾幕の展開も基本それを介して行なっているようですし…

いやあ恐ろしい恐ろしい。

 

やはりここは接近した方が良い。

お空達は動ける程度まで回復したとはいえ内臓破裂している可能性がある。戦闘継続は無理と判断。

地面を蹴り飛ばし一気に接近。だけれど私の動きに対処されてしまう。

早苗さんがお祓い棒で横にスイング。体をそらして強引に回避、もちろん続けざまに蹴り。膝で押さえつけて強引に塞きとめる。

 

格闘戦…というより相手の動きに合わせて防ぐというところだろうか。

だけれど仕方がない。このまま遠距離で攻撃していてもなぜか攻めきれないのだ。よくわからないけれど……

だからずっと迎撃していた。

蹴りを出されそうになれば直前で防ぐか躱し、拳を突きつけられても手でいなす。お祓い棒だって手を集中的に攻撃してなるべく使わせないようにした。

だけれど限界というのはあって……限界を越えればもちろんどうなるかなど明白だった。

「あ……」

焼けただれていた左腕が彼女の腕を弾き損ねた。

お祓い棒がまっすぐ私のお腹に向けて突き出される。

向こうも想定していなかったのだろう。多分私が腕を叩いた時に変な方向に力がかかってしまったのだろう。

 

「さ、さとり様‼︎」

 

「お姉ちゃん……」

2人の声が遠く聞こえる。そして肉と、どこかわからないけれど内臓が貫かれるくすぐったいような痛いような感覚が身体中に走る。白かった紙は真っ赤に汚れお祓い棒自体も血を吸ったのか木目が赤く浮き出ている。

痛覚がすぐに遮断され思考回路の圧迫が治る。状況整理。

お祓い棒が体を貫いた。

体から力が抜ける。

 

「やった!」

やったじゃないですよ…そこで慢心しては…まだ甘いですよ。

「まだですよ……」

たかが腹を貫かれただけ、それも小さなお祓い棒でだ。貫通したところもお祓い棒の性質が働いているのかすぐに体を溶かし傷口の止血に役立っています。だから大したことはない。

 

彼女の肩を掴み体を引き寄せる。想定していない動きをされれば人間は一時的に何もできなくなる。

元々穴の空いてた体が早苗さんの二の腕まで飲み込み、手ごとお祓い棒を体の中から取り除く。

お祓い棒とは比較にならない太いものが体を貫き、引き裂かれた内臓や動脈から血が吹き出す。痛みを感じていなくても体から体温が奪われている感覚はある。失血が酷くなると意識だって失われる。

「あ、貴女なんてことを!」

早苗さんの顔が真っ青になっている。自分の腕が体を貫いたのだから仕方がないだろう。彼女だって年頃の女の子なのだからね。

加工前の吊るされた豚肉を人肌まで温めてそこに腕を突き立てるようなものですから……

 

 

「2人とも逃げなさい!」

軽傷とはいえ負傷している2人ではこのまま戦っても負けるだけだ。多分ここの戦いに介入している存在がある可能性がある。そうでなければ三人いるのに対抗できていないなんてことはありえない。この時点ですでに逃げるが勝ちなのだ。

「でもっ‼︎」

私のことを心配してくれているのだろう。

体の抜けていた力が戻る。早苗さんを吹き飛ばし強引に引き剥がす。あまりにもショックだったのかお祓い棒が背中の方で落ちる音がした。

お腹の傷が開いたけれど仕方がない。

 

「早く逃げなさい!」

少しふらついたものの問題はない。風が少し冷たいだけだ。全然問題ないことをアピールする。穴が空いているけれど…

私もすぐに逃げますからね!

 

お空が無理矢理こいしに引っ張られ森の中に連れていかれた。すぐにその姿は見えなくなった。

「……本気なんですか?」

 

「生憎、私達は迷い込んだだけですから」

 

「そうですか…でもダメです。結界に迷い込んでしまった以上例外を出せばそれに続く妖怪が出てしまいます」

未だに真っ青で腕が震えているけれどそれでも立ちはだかりますか…いい心意気です。

「ええ、ですから命からがら逃げおおせたということで手を打ちましょう」

 

「……信用できません」

なら逃げるだけです。

 

閃光弾。一つではなく二つ三つ…爆発と同時に大音量と閃光を放つこれは言うなればスタングレネード。一時的に視界と聴覚を奪う。もちろん対処はしたから私は聴覚がやられただけで済んだ。

「きゃっ‼︎」

反転。

一直線にその場から逃げる。

 

すぐに木々が私達の合間に入り込み姿を隠していく。

 

さて、たとえ早苗さんから距離を取れてもこの結界内部にいる限り迷い続ける。

ただ、こいしはこういった結界をよく突破する。理由はよくわからないけれど彼女いわくこういう結界特有の弱点をつけばいいのだそうだ。

だからこいし達を追いかければ私もこの結界から抜け出せる筈だ。追いかける手段?勘でどうにかなりますよ。

傷の修復も始まっているし問題はないはず…

 


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