私という存在はこの世の中で必要なのだろうか……
よくすべてのものに意味があるとあの閻魔さんは言っていましたけれどそれ自体がよくわからない。
誰の記憶だろうか……
覚り妖怪というのは必要ないと閻魔に言った少女がいたその彼女は…覚り妖怪だった。私と同じ髪の毛で…ほぼ同じ身長で……
それに対して閻魔さんはなんと言ったのだろうか…まあ確かに、覚りという種族自体存在する意義があるとしたらそれは必要悪としてなのだろう。
必要悪ってなんなのだろうか……
「……?」
どうやら気を失っていたようだ。魔理沙を振り切ったところからどうも記憶がない…その前後で気を失ったのだろう。
誰かの背中……背負われているのだろうか。
歩いている時の振動はしないから空を飛んでいるのか止まっているのか……目を開けてみないとわからない。
でも匂いで誰の背中なのかはわかる。血の匂いを強く感じてしまう鼻ではあるけれど、それに混じって流れるこの匂い……
「あ、目が覚めました?」
お燐だった。
眼を開ければ、黒色のドレスと彼女のうなじが見えた。
しかしお燐は地底の方にいたはず。作物の収穫を手伝うとかなんとかで幽香さんと一緒だったのでは?
「いやあ胸騒ぎがするから気になってこっちに来てみればこれだよ。さとり、お説教だよ」
語尾からして怒っているのだろう。彼女が怒るなんて珍しい。というよりどこか周囲の者は皆他人のような気質を振りまいているからなのだろうか。実際違わないし正論なのだけれど。
「お燐にお説教される日がくるなんてね」
私自身説教はよくされましたけれどなぜ怒るのか理解できない。結局心を見れば皆最終的に大事なのは自分ということになるのに……私が私の体をどう使おうと勝手ではないのだろうか……それとも見せかけなのだろうか?
覚り妖怪という種族をどこか勘違いしているのだろうか?
「あんたは大馬鹿だよ…」
前を向いたままのお燐がそう呟いた。
性格破綻者の方があっていると思いますよ。まあ大馬鹿であるのは否定しませんけれど。
「そうですね…大馬鹿です」
「なんで否定しないのさ……」
何でと言われても……
「事実ですから……」
彼女は本心で心配してくれている。だけれど私はそれが分かったとしてもどうしていいのかわからない。結局…私はどうすればいいのか全くわからないのだ。
心は読めても、どう対処すればいいのかまではわからない。そんな存在なのだ。
言葉が続かない。気まずい沈黙が流れる。
「……家には向かっていないのですね」
こちらから切り出して見ることにした。
「まあね……永遠亭行きだよ」
そうなるのが普通なのだろう。そういえば久しく顔を出していませんでしたね。せっかくですし挨拶回りということで……
「そう……別にその必要はないのに……」
お腹は相変わらず風穴が空いているのか冷たい。
それでも回復に力を回せているからか治ってきてはいるのだ。同じく腕の方も……
「なんでさとりは体を大事にしないんだい?」
「そうでもしないと何一つ私は……護れないんです」
弱いですから…弱いのに守るべきものが増えてしまった……そんな人ですからね。
「あたいらにも守らせてください」
そうね……でも貴女たちだけじゃ限界があるでしょ……時々こいしや貴女を見ていると危なっかしいのよ。
考えなく突っ込んで無茶をして…下手をすれば死に直結しかねない。私だって似たようなものですけれど私は死に直結する場合は全力で逃げますし回避します。
勘違いされやすいですけれど……
「ん……」
意識がまた朦朧としてきた。眠気が襲ってくる。
「また寝るのかい」
そうしましょう…大丈夫です。永眠なんてことはないはずですから。
少しだけ首を動かして肯定の意味を伝える。やれやれと呆れた声が帰ってきた。
髪をなびかせていた風が収まった。同時に地面に降りたらしく落ち葉を踏みしめる音と心地よい振動がさらに眠りを誘ってくる。竹林の中だろうか…鳥のさえずりが時々聞こえる以外ほとんどお燐の足音でかき消される。
「おうい!道案内のやつよう出てきておくれ」
何だその妙に訛っているんだか訛ってないんだかよくわからない声は。
普通に話しかければいいじゃないですか。
しばらくじっとしていると、お燐のとは違う…別の人の足音が聞こえた。誰だろう……
残念ながら足音だけで誰かを正確に特定することは私にはできない。気配でならできるけれど今は体が弱っているからかそれすらできない状態だった。
目を瞑ってしまっているのが悔やまれる。まあ今更開けようとも思えないのだけれど。こうして意識が保っていられるのも後わずかですし。
「ああいたいた。すまないけれど永遠亭までお願いできるかい?」
「おいおい、背中のやつ大丈夫か?」
この声…妹紅ですね。お久しぶりです。
気管に血が逆流したからちょっと喋れないですけれど……
「大丈夫じゃないからこっちに来ているんだよ」
そりゃそうでしょうね。大丈夫だったら今頃……家ですから。
「そうだな…仕方がない。ついてこい」
少しだけ間があいた。
もしかして妹紅さんは悩んだのだろうか?それにしても随分落ち着いている。私が結構頑丈だっていうのは分かってるからなのだろう。実際そんなものなのだ。
「助かるよ!」
その言葉を聞いているうちにまた眠気が襲ってきて、再び意識は水中に沈んでいった。
必要悪だというのならそんな概念破壊する。
誰かの言葉だった。
この世の中が神の名の下に全て平等であればそれはそれで平和なのだろう。だけれど平和の状態しかないというのでは平和というのがどういうものなのかという概念自体が消えてしまう。概念が消えれば平和も消え、故に平和が成り立たなくなる。
神様はきっとそれを拒んだのだろう。神のお陰で平和がある。神の下での平和な世界…その概念を維持するには平和を壊すものが必要である。それが必要悪……
だとすれば人類や…ましては妖怪にすら忌避されている覚りという存在はきっと全てから必要とされる必要悪なのだろう。
であればだ…その必要悪が取るべき行動とは何か…平和を壊すこと。
だから彼女は必要悪を消そうとしたのだろう。
私はそれを理解できたし共感さえもした。ただ、世界はそれを望まない。そりゃそうだ。悪が必要で、それでいて成り立つのが世界なのだから……
再び目を覚ました。とは言っても今度は柔らかい何かに包まれているという違和感があったので体の方が睡眠を拒否したというものだ。
目を開けてみれば木目がはっきりと見える屋根があった。
「……永遠亭ですか」
体に被せられていた布団の感触が肌に合わなかったらしい。上半身を持ち上げたらすぐそばに誰かいるのに気がついた。向こうも私に気づいたのか振り向いた。
あ、どうも。
いえいえこちらこそ。こんな挨拶まがいのやりとりが無言の部屋で交わされる。
「起きました?今師匠を呼んできますから待っていてください」
そう言って私のそばを離れていったのはうさ耳を生やした少女だった。なぜワイシャツにスカートなのだろう。
まあいいや…興味ないですし。
それにしても随分と慌てていましたね…いや怯えているといったほうが正しいかもしれない。まあ仕方がないだろう。
被せられていた布団をどけようとしてその手を動かすのを止めた。
何で私服着てないんですか?
私の服は入り口の近くで吊るされていた。お腹のあたりに大穴が空きその周りは赤黒く変色している。うわあ……確かにあれじゃあ着せたままにはできませんね。
そんなことを思っていたら襖が開いた。
「おはよう。眠れたかしら?」
永琳さんが素早く私のそばに近づく。なんだろうこの人瞬間移動しました?それとも私の視界に異常があるだけ?どちらでもいいか……
「おかげさまでぐっすりです」
実際どれほど寝ていたのかはわからないけれどお腹の傷はもうとっくに治っているし失ったはずの腕もかなり治っている。だとすれば二、三日といったところだろうか。
「ちなみにどれくらい寝てました?」
「ほんの二日よ。傷の割には大したことなかったわね。容体もずっと安定していたわ」
「じゃあ患者としてやりやすかったわけですね」
「まあそうね……そこまで意識がはっきりしているのだったらもう大丈夫ね。お腹の傷ももう治っているし、腕はまだ手首から先が未修復だけれど明日明後日には治っているはずよ…貴女が一番わかっているでしょう」
まあそうですよね。どうせここに担ぎ込まれても寝かせておけばいいと思ったのでしょうね。
「今日帰るのは……」
別にもう身体に異常はないのだもう帰ったって問題はないだろう。
「流石に精密検査をさせてちょうだい。後、姫様がたまには話したいと言っていたから」
なるほど、輝夜さんがねえ……
まあいいですよ。でもこの状態だとサードアイも布団の中に隠さないといけないし…服一着借りたいですね。
「服あります?」
下着は本当に下だけ穿いていたけれど上ないんですよね。まあ普段上つけませんから。
「あいにく貴女の体型に合う服は無いわよ。大きいサイズはあるけれどどうする?」
なんで無いんですか。普通用意しておくべきでしょう!
「じゃあそれで……」
でも無いと言われてしまったからには仕方がない。少しだけ永琳さんの顔がにやけているように見えたけれど気のせいだろう。
渡された着物に袖を通してみるとこれがまた大きいのなんの…腕の長さの2倍くらい袖があるし丈だって身長よりはるかに長い。10歳の子供に大人用のLサイズを着せているようなものだ。
下手をすると肩からはだけてしまう。
まあサードアイがしっかり入るのだから良いのだけれど。
大きすぎる着物に私が苦戦していると勝手に襖が開かれた。一声かけて欲しいのですけれど……
でも襖を開けたのが誰なのか理解した時点でそんな文句はどこかに吹き飛んだ。というより言えない。
「こうして顔を合わせるのも久しぶりね」
ほんとうにお久しぶりです……
部屋に入ってきたのは輝夜さんだった。ほんわかとした笑みを浮かべているからただ純粋に話をしたいだけだろう。ならこちらも肩の力を抜く。無駄に構えていても無駄なだけですから。
「そうですね……姫さま」
「それはやめてって言ってるでしょ」
苦笑いを浮かべながら輝夜さんは私の側に腰を下ろした。長い黒髪が膝の上に乗っかる。
「そうでしたっけ?」
忘れてました。じゃあ輝夜さんにしておきましょう。
「そうよ。まあいいわ。前はゆっくり話せなかったから……今日くらいは色々とお話ししましょう」
とは言っても何を話せばいいのやら。こうして面と向かいあっても話題は出てこない。
「そうですね…何から話しましょうか?」
結局こんなことしか言えない。
「変化があったこととか…私達がここで変化を止めていた合間に何があったのかとか…お土産話は得意でしょう」
なんですかそれ。私は別にお土産話し得意じゃないですよ。
「それほど得意ではないですよ。それに私は話をするのが下手ですし……」
実際問題あまり話し上手ではない。種族柄なのでしょうか。
「いいじゃないなんかあるでしょう貴女のことだから…ああそうね。あの吸血鬼とも何かあったんでしょう」
あの吸血鬼…レミリアさんのことでしょうか?それくらいしか思いつきませんけれど。
「あー確かに何かありましたね」
あったと言っても本当に色々あったから話の話題にはできない。
「どうせそのとき無茶でもしたんじゃないの?」
どうしてそんなことまでわかったのだろう。思わず輝夜さんを見つめてしまう。今の私は豆鉄砲を食らった鳩なのだろうか…表情は全く変わっていないから多分伝わっていないでしょうけれど。
「観測していました?」
「半分くらいかなあ…でも直接関わったわけじゃないから詳しいことは知らないわ」
直接かかわらなければそんなものなのだろうか。
でも観測したということはもしかしてそれに関するいくつかの分岐も彼女には見えていたのだろうか。
それら含めて観測だから。
「せっかくですから話しましょうか」
「ぜひお願いね」
「お姉ちゃん大丈夫かなあ……」
部屋にこいしの声が虚しく響く。さとりを永遠亭に送ってからずっとこれなのだ。やっぱりさとりには体を大事にしてもらわないと。
「大丈夫だと思いますよ。むしろ貴女達の方が大丈夫だったんですか?巫女に追われたって言っていたじゃないですか」
「なんとかなったよ!あの緑の髪の巫女さんと鉢合わせしたから擦り付けてきた」
「えげつないねえ……」
「普通じゃない?だってお姉ちゃんに仕込まれてるんだよ?」
たしかにさとりに仕込まれているのならそういう手もありだね。