古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.171 さとりの思いお空の願い

「もう夏だね」

木製の屋根は壁とは違って熱を溜め込みづらいように加工されている。だけれどそれをもってしても太陽から出る熱は防ぎようがなかった。

こういう時はお姉ちゃんのいる地底の方がまだ涼しいんだよなあなんて思う。まああっちは寒いんだけどね。

じゃあやっぱり屋根で寝っ転がっている私達の方が良いのかななんて思ってしまう。

 

「そうですね……」

隣で私と一緒に屋根に転がっているお空が返答。やっぱり暑いのか半袖のシャツすら脱ぎかけている。

まあ私も似たような状態だから文句言えないけれどね。暑かったら脱ぐ。これ常識。

「折角だし海とか行きたいよねえ」

結界に包まれる前は何度か行ったんだけれどなあ……でももう無理かなあ……

「海なんてあるんですか?」

 

「無いよ」

幻想郷にはないね。それに……お空も海行った記憶なんてほとんど残ってないでしょ。何回かあるんだけれど……まあ覚えてはいないか。

「悲しいですね……」

 

「その代わり山がある登山しよう」

夏といえば海か山か…これは議論が巻き起こるよねえ。いちおう私達は山の麓に住んでいるから山は庭に近いんだけれど。でもそういうところって一般的に山とか海に行きたいっていう意見が理解できない場合があるんだよね。だって近所だから慣れてるというかもう生活の一部だしって感じで。

「山にわざわざ登るんですか?」

やっぱりね。そうなるでしょ。

「せっかくだし歩いて登ってみない?」

 

「遠慮したいです」

 

連れないなあ……

寝返り一回。陽気を通り越し蒸し暑いを体現するこの季節じゃ昼寝は難しい。

少し離れた人里は雨でも降っているのかそこだけ真っ黒な雲がかかっていた。

「じゃあ洞窟探検でもする?」

 

私の言った洞窟はもちろん地底へ行く縦穴の途中から分岐した横穴のこと。河童さん達が調査したけれど誰かの巣に繋がっていることもなく奥で複雑に分岐しているみたいで調査が進んでいない。

「危ないと思いますけれど……」

 

「むう……お空は何したいの‼︎」

せっかくの夏だよ!遊んだっていいじゃん!

だめなの?

「私は行きたいところがあるんです」

半分寝かけているのか微睡んでいるお空がそう呟いた。

「ふーん…ああ、あの神社か」

咄嗟にお空の心を読む。脳内イメージで出てきたのは守矢神社の鳥居だった。寝ぼけかけているからイメージが鮮明に移る。

あそこかあ……うーん……

「どうしたのですか?」

急に考え込んじゃったからお空に心配されてしまう。ああ、大丈夫だようん‼︎

「なんでもない。ただお姉ちゃんがあそこには注意していてって言ってたからさ」

よくはわからない。だってあんなに優しいし…結構まともなように思えるのにどこがダメなんだろう?確かに思想というか…ちょっと考え方が一歩間違えたらまずいことになりかねないけれどそれでもうまくやっているんだからいいじゃんって思う。

「あー言っていましたね。でもどうしてなんでしょう?」

やっぱりお空もわからないか…まあそうだよねえ……

「さあ?私はよくわからない」

 

「まあいいや…私ちょっと行ってくるね」

微睡みかけていたお空が起き上がり翼を広げた。黒いその羽は太陽の熱を吸収しちゃったのか陽炎がたっている。

「行ってくるって神社に?」

 

「うん!」

まあいいや行ってらっしゃい‼︎

 

暑いし私は部屋にもどろっと……

あ、お空ちょっと待って‼︎服はだけてる!下着はつけなくていいからせめてシャツの前ボタンだけでも止めて行って‼︎まずいから!

 

 

 

 

 

 

 

こいし様も何だかんだ心配しているみたい。そんなにあそこって警戒為るようなところなのかなあ……私は何にも感じないんだけれど…

 

いつものルートを通って真っ直ぐあの神社に向かう。正直さとり様をあんな目に合わせているからあそこの巫女は嫌いなんだけれどさとり様は許しちゃったから私が怒るのは筋違い。でもこれとそれとはまた別問題だからと割り切っていつも行くことにしている。

向こうの神様も察しているからか、あの巫女と私が鉢合わせないようにある程度調整しているみたい。

 

 

思えば初めてここに来たのはもう2ヶ月も前だった。

久しぶりに地上を見て回ることにしたけれど雨に降られちゃった時。天気が悪いと色々と嫌なこと考えちゃう癖があって少し気分が沈みながら帰ってた。

 

その時ずっと思ってたのは確かさとり様を守りたい。

 

だけれどさとり様はいつも前に出る私より先に前に出て私を守ろうとする。

やっぱり私には実力がないからかな……

実際私は非力。守ろうと思って前に出ても勝てないし守れないことが多い。その度に自己嫌悪しちゃって…そんな心をさとり様に見られてて慰められてやっぱり嫌になる。

 

「お困りのようだね」

神様に声をかけられたのはそんな時だった。丁度守矢神社の近くだったらしくて声をかけたのだとか。

でも重要なのはそこではない。

「そうか…じゃあ一つ提案があるんだ」

神様は私に色々手伝ってもらう代わりに力をくれるって言ってくれた。それも制御不能なものじゃなくてちゃんと制御できるように工夫するようにしてくれた。

方法は荒ぶる神を私の中に取り込んで力だけを使うって魂胆らしい。それがいけないかどうかはよくわからないけれどその荒ぶる神はもっと怒るんじゃないのって言ったら説得はして納得させるって言っていた。

まだ続いているみたいだけれどなんとかなりそうとは言っていた。つい昨日とかだけれど。

「こんにちわ!」

 

 

「お、いらっしゃい」

神社の鳥居をくぐると、そこにはこいし様と同じくらいの身長の神様が出迎えてくれた。なんの神様なのかは私もよくわからないけれど白蛇がどうとか蛙がどうとか言っていたから諏訪の神さまだと思う。

本人はそれについて何にも言ってないけれどね。

「それじゃあ今日はちょっと身体測定しちゃおうか。それが終わったら自由にしていいからさ」

 

「神奈子様は?」

 

「早苗と一緒に人里で教えを説いているはずだよ?でも今日は異常気象が続いているからなあ…なんかトラブルになってるかもね」

そうなんだ…神様もやっぱり大変なんだね。でもトラブルかあ……なんだか大変そう。

「トラブルなら助けに行ったりしないの?」

私の問いに諏訪の神様は大丈夫と手を横に振った。

「あー大丈夫だよ。かたや軍神と、そいつと私が育てた娘だからね」

そっか!信頼できるんだね!

さとり様と互角に戦える巫女がいるなら大丈夫だね!すっごく癪に触るけれど。

 

「お菓子あるけど食べるかい?」

 

「うにゅ⁈食べる‼︎」

後せっかくだからどんな神様の力を私に与えてくれるのかそろそろ教えて欲しいなあ。

食べながらなら話してくれるかな?

 

 

 

 

 

 

世界は嘘だらけだから。

お空が守矢神社に何度も出入りしているってきいいて警告をしたのだけれどあまり意味はなかったらしい。そもそも入り浸っている大元の原因が私だというのだから余計に強くいえない。

力を欲するその理由だって私を守りたいって言う感情からくるものだから…彼女の思いを否定するわけにもいかない。だとしたらせめてマシになるようにしてあげたいしあの神の力がお空を傷つけるようだったらそれはそれで止めないといけない。

悲しいかなわたしにはそれしか打てる手がない。

 

 

 

少し暑いわね…氷でも持ってきた方がいいかしら?

地上は夏の熱気ですごく蒸し暑い。地底も地底で灼熱地獄の火力のせいで平均温度は高い。この部屋だって静かに執務をしているからまだマシだけれど暴れる輩がいれば一気に2、3度上昇する。実際4日と1時間26分前に酒を持って鬼の四天王の2人が乱入してきたせいで気温が一気に上がった。挙句むさ苦しいので叩き出したのですが…やっぱり静かに過ごすのは良いですね。

 

そんな事を思ってしまうと、どうやらその平穏を壊そうとする謎の存在がいるのだろうか。

廊下がバタバタ騒がしくなる。誰かが駆けているようだ。この足取りは飛び込んでくる?

ピタッーーー

だけれど私の想像に反して明日音は私の部屋の前で止まった。少し耳をすませてみれば、呼吸を整えている音が扉の隙間から漏れてくる。

 

「失礼します!」

勢いよく扉が開かれた。少しだけ額に汗を滲ませたお燐が一歩で私のそばに詰めてくる。

慌てすぎよ。ちょっとは落ち着きなさい。

「あら珍しいわねお燐貴女がここにくるなんて…どうしたの?」

お燐がこんなに慌てるなんて何か大変な事ねなんて茶化そうかと思ったけれど心を素早く読んでそれをやめる。なるほど、これは確かに大変だと焦るものだろう。

「ついさっき博麗神社が倒壊して……」

神社が倒壊…確かにこれは幻想郷全体で見てもおおごとである。

あの神社は博麗大結界の制御も一部任されている建物。それ故に破壊されると色々とまずい。まあその辺り紫がなんとかするでしょうね。

後問題はもう一つ。博麗神社の倒壊の情報を聞いた妖怪がどう出るかだ。幻想郷の秩序をあの神社は守る象徴である。それが崩れたとなれば……

 

冷静に考えれば博麗の巫女が無事ならなんら問題もないのだけれど憎き博麗神社が崩れたと喜ぶ輩は絶対暴走する。

妖怪も…人間も……

人間側にも博麗を恨むものが存在するのかと言われると少しだけれど存在する。しかもものすごくタチ悪い存在が……

まあそれは置いておこう。人間はずる賢いから流石に神社倒壊ってだけでは動かない。問題は妖怪の方に絞る。

妖怪の山とかは一応幻想郷の秩序を守ろうとする立場になるはずだ。ただ一枚岩ではないから内戦が起こるかもしれない。

結局生き物というのは論理的ではない。感情的な存在なのだ。

 

「原因は地震?」

私がそう聞けばお燐はバズーカに不意打ちで撃たれた時のような表情をしていた。

「え⁈あ…そうです。神社の周囲だけ地震があったらしくて…」

やっぱりね。そんな時期だろうとは思っていたけれど…

一応それに備えて私が博麗の巫女在任中に神社にかなりの耐震補強を施したのだけれど。それでも足りなかった?あるいは情報が錯乱している?

 

「……ちょっと見に行きましょうか」

机の上に広げていた書類を片付けて机の中に入れる。私の行動で大体察したのかお燐が慌て出す。

「見に行くって…まさか地上に⁈」

ええ、地上に行きますよ?博麗神社は地上にあるのだから当たり前でしょう?

「ここも暑くなってくるしせっかくだから息抜きでいきましょう」

暑さを作っている原因のお燐は立ち上がった私を制止する。

「ちょっと待ってください!直ぐに変装の用意しますから」

 

「それくらい自分でできるわよ」

 

「そう行ってこの前狐メイクしようとしなかったじゃないですか!」

 

「めんどいのよ…」

そもそも狐メイクってお肌に良くないのよ。肌荒れの元になるから多用したくないし……後白粉は鉛が含まれているから人体に有害なのよ。一応妖怪だけれどふつうに鉛を摂取すれば鉛中毒になるし。なまじ死なないから結構きついのよ。

まあ死なないから適切な処置をすればちゃんと回復するのだけれど。

それでも苦しむのは嫌だから……

 

「ともかくメイクと最低限わからないようにしてくださいよ」

呆れたようだ。まあそうだろう…あれは宴会だったから少しおめかししようという魂胆。普段からあんなにやるのは手間です。

「わかっているわ。それに少し見たら帰るつもりよ」

状況によっては萃香さん達鬼を向かわせるつもりです。

なるべく早く着工できるようだったらそれに越したことはありません。

 

 

 

 

「へえ……じゃあ私の中に憑依させるんだ」

諏訪の神さまは私が詳細を聞きたいって言ったらあっさり教えてくれた。

なんでも…八咫烏って言う鴉の神さま…というより太陽の化身みたいな存在を私に憑依させて力を借りるんだとか。

「一応二週間前にも言ったんだけど…」

 

「そうだっけ?」

覚えるの苦手だからなかなか覚えないんだよなあ。

「そのまま宿しちゃうと暴走する可能性があるからちゃんと安全策も用意してあるよ。利き手はどっち?」

 

「左手だけど…」

 

「じゃあ右手用でいいかな…」

右手用?なんのことなんだろう…

「何が?」

 

「制御装置さ。神奈子特製のもの。完成したら教えるよ」

 

そう言って諏訪の神様はお茶を飲み干した。長い舌が少しだけ見える。蛇…じゃなくてカエル?どっちでもいいや。とりあえずヒトのそれとは全然違うってことで。

「そうそう、与えるからにはちゃんとこっちの事も手伝ってね」

彼女が机の下から紙を出してきた。あ、これは覚えているよ!確か……

「わかってるよ。火力発電でしょ」

 

「ああ、まあ正確にいえば原子力発電なんだけれどね」

発電はイマイチぴんとこないけれどとりあえず手伝えばいいんだよね!私頑張る!


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