古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.173さとりと天空の城

天界という場所は聞いただけではラピュタではないのかと間違われやすい。実際空に浮いている大地のような存在だから私だって最初聞いたときはラピュタ?って思いましたし。

でも実際それを見ればわかるがそれはどちらかといえば幻の大地のようだった。

その姿は冥界の空に浮かぶ雲をかき分けてようやく見えてくる。

ついさっき冥界の庭師に勝手に通るなと言われたものの霊夢が威圧したおかげで穏便に通ることができた。やはり異変解決のために動いている巫女は偉大なのだろう。穏便に済むなんてなんて喜ばしいことで……

 

 

ともかく無事に到着できた。私はもう案内必要ないですよね。え?まだついてこいって?私は弾幕避けの盾か何かですか。

「へえ……ここが天界。本当に地面が浮いているのね…」

確かに浮いているにしては揺れとかそういうのが全くないから不思議ですよね。

風も穏やかですし住みやすいかもしれない。

「それにしても随分と大きい所ですこと…」

浮かんでいる大地の端っこの方にいるから全容はわからないけれど少なくともかなりの大きさはあるはずだ。オーストラリア大陸程度とかそのくらいだろうか?

「どれくらいの広さなのかしら」

浮遊大陸とか幻の大地とか言おうとしたけれど伝わらないからやめておいた。ニュアンス的には伝わると思うのですけれど。

「少なくとも地獄より大きい場所ですよ。飽和状態ですが…」

もう一度言います。飽和状態です。

しかも天界に送られる魂って成仏しないから輪廻転生の輪からも外れ永遠にこのままだから困る。ちなみに妖夢の剣に斬られた霊も自動的に天界送りになる。それも飽和状態を引き起こしている一つの理由らしい。

「何よそれ…」

 

「収容キャパシティの限界だということです」

天界は立派な収容所。そう思うと良いですよ。でも霊夢は興味がなかったのかどうでも良さそうだった。実際どうでも良いことですからね。

「それで?そいつはどこにいるの?」

どこにいると言われましても…後は自分で探してくださいとしか言えませんよ。だって見当たらないじゃないですか。

 

「どこかにいるでしょうから待ってればくるんじゃないんですか?まあ…ここは人間が立ち入ってはいけない場所なので長くいると結構まずいことになりますけれど」

うん、基本的に生きている者がこういったところに入ってきた場合早い話が憲兵部隊によって強制退場させられる。

実際にはもうちょっと違うかもしれないけれど…

「あらそう。だったら早く終わらせないといけないわね」

 

あ…少し怒っていますね。手を握って何拳確認しているんですか。思いっきり殴るつもりじゃないですか。ストップです。落ち着きましょう?

殴ってもいいことないですから…せめてお祓い棒で叩く程度にしておいてください。

そんな茶々を飛ばしていたら、背後の方で気配がした。

迎えでもきたのだろうかと思ったもののそうではない。だって後ろに地面はないから。

「その必要はないわ」

声がした。

普通に聴いても気づかないけれど言葉の隅に鋭いトゲが生えている…そんなものだった。

「紫⁈」

振り返れば、隙間から半身を出した紫がそこにはいた。

その目はいつも通りのように見えて、静かな怒りが浮かんでいた。温厚な彼女が怒っている。予想はしていたけれどこれはかなりやばい。

「あとは私が片付ける。そっちはもう帰りなさい」

あ…これはもう弾幕ごっこで解決する気ないですね。流石にそれは不味いですよ紫。

「ちょっと!勝手に出てきて何言っているのよ」

霊夢だって流石に紫の勝手な言い分には怒る。そりゃそうですよ。あとは私に任せてなんて任せられる方がおかしいです。

「霊夢、これは命令よ」

それでも紫も一歩も譲らない。これじゃ押し問答…

「断る‼︎」

霊夢もなんでムキに…ここで仲間割れなんてしないでくださいよ。

 

見えない火花が2人の合間に飛び散る。仲間割れなんて2人らしくない。いや…2人とも同じだからか。

 

「とにかく後は任せて」

 

霊夢の返事も待たず紫は隙間を展開。持ち前の勘でそこから逃げ出そうと飛び上がった彼女は何もすることができず隙間に飲み込まれた。

あっという間の出来事だった。

おそらく送り先は博麗神社だろう。あくまで私の予想でしかないのだけれど。

 

残ったのは私だけ。私なら同意してくれると思ったのでしょうか?

 

「さとり、貴女は分かってくれるでしょ」

わかりますけれど、ここまでするとは想定外でした。

「言いたいことはわかりますけれど……」

それでもこのまま放っておくことはできない。今の彼女は…言ってしまえば暴走状態だ。下手すると殲滅しかねない。それはそれですごくまずい…

ある程度のところまでなら向こうも許容するかもしれないけれど一線を超えた時、その時は想像もしたくない。

 

「紫、怒りに任せてはいけません」

ここで怒りに任せても後に残るのは死体の山だけですよ?それは貴女が望んだことなのですか?

「……そうね…でも私にだって譲れないものはあるのよ」

確かに…紫にとってあの神社はずっと受け継がれてきたもの。そして先代巫女との思い出が詰まっているのだ。彼女だって冷徹無情の外道などではない。ちゃんと心はある。そして人一倍仲間思いなのだ。だから許せなかったのだろう。もし神社の耐震が不十分で霊夢が中にいたら?と想像してしまうのが……

 

「落とし前で、始末するのがですか?」

それを止める私が正しいなんて思ってはいない。多分間違っているのかもしれない。でもここで止めなければもっと間違っている気がするから。

「それだけのことを向こうはやっているのよ。貴女が庇う道理はないわ」

確かにそうですね。べつに面識があるというわけでもないですし。そう考えればなぜ見ず知らずの相手を庇うのか紫にとっては不思議でしょうね。

「……戦争でも引き起こすつもりですか?」

 

「そんなこと言ってないわよ」

 

「しようとしているからですよ」

 

相手は総領娘。下手に手を出せばそれこそ戦争ですよ。みんなプライド妙に高いですから。考えてみれば簡単なことです。自らの治める領域で親しいものが殺められた。犯人は地上の者。さあこれはなめられているとしか言いようがない。たとえ相応の理由があるとしても。

 

 

生き物は論理的に考えて行動することができない存在ですからね。

「じゃあどうすればいいのよ‼︎」

声を荒げる紫。咄嗟に彼女を抱きしめた。感情を剥き出しにするのは私の前じゃなくてもっと他の人にしてください。無理に体の関節を弄って身長を伸ばした甲斐がありました。

しばらく抵抗していた紫だったけれど直ぐに大人しくなった。

 

気が落ち着いたのだろう。彼女だってヒトなのだから誰かに甘えたって問題ないというのに…普段から甘えないからそうなるんですよ。わたし?ちゃんと甘えてますよ。たまりすぎた人の末路なんて碌なことにならないってのは私が一番知っていますから。

 

「……許せとは言いません。でも殺そうとするのはダメですよねできれば歯の一本二本折れる程度にぶん殴っておくのが一番かと」

ついでに死なない程度に引きずり回しとか。あれ結構精神的にくるようですよ。

「な、なかなか酷いことするわね」

 

「骨の一本二本折れたくらいどうってことないでしょう。まあそれを向こうがどう捉えるかはわかりませんけれど」

でも命を奪うよりかはマシかもしれない。

「そもそも殺してしまっては終わりじゃないですか。それに面倒ですし…骨折って痛めつけておくか…私ならある程度切り札を用意してちょっとお話ししますけど」

脅し?いやですねえそんな物騒なものではないですよ。知られるとしばらく外に出られなくなる程度の事実を突きつけるんです。まだ集められていませんけれど時間さえあれば集められますよ。別の人何人かで実績作りましたし。え?それが誰かって?秘密です。これは大事なものですから誰にも教えられないんですよ。

「…………」

 

「いやなんで引くんです?」

引かれる理由がわからない。え?殺せって逆に言われたことないかって?よくわかりましたね一度だけ使ったことありますけれど確かにいっそのこと殺せって泣かれました。でも殺しませんよ?

「私が軽率だったかもしれないわ」

露骨に話題そらした…いや、思いとどまってくれたのか。

 

「じゃあ殺さないと約束してくれますか?」

 

「保証はしかねるわ…」

保証はしかねるですか。でも検討して抑えてはくれるんですね。

「その言葉だけでも十分です」

それじゃあ…霊夢連れてきましょう?

彼女を省く理由もなくなったわけですし。良いですよね?

 

 

紫は少し悩んだけれどすぐに隙間を開いて霊夢をこっちに呼び寄せた。

「神社に飛ばしたりここに呼び戻したり一体何がしたいのよ!」

激おこだった。このままだと今度は霊夢のせいで仲間割れしかねない。

「落ち着いてください霊夢」

 

「落ち着けないわよ‼︎」

お祓い棒振り回さないでください危ないですから!それ当たったら溶けるんですよ?

「ごめんなさいね。さっきは少し取り乱したわ」

ほら紫もこう言っていることですし。許してあげてくださいよ。

 

 

「2人ともどうやら元凶が来たようです」

ようやく遠くからヒトの気配がするようになってきた。遅くないですかね?

それじゃあ私はここまでで帰らせてもらいましょうか。

2人の意識があちらさんに向いているところで素早く意識の外に出る。これに能力の殆どを行使しないといけないから疲れる。無意識を渡り歩くなんてしたくないですね。

 

やれやれ少し余計なことに巻き込まれてしまいましたね。

 

そのまま冥界の空に向かって飛び降りる。

自由落下。大して自由ではない自由落下をしていけば、冥界のお屋敷が目の前に迫ってくる。

空中制動。減速して着地。あまり関節に負担をかけたくないのですがこっちの方が早いですからね。

 

 

 

 

 

「応援呼んできたよ」

後ろを見ればそこには地底で生活している鬼達が集まっていた。その数20人。これだけいれば作業も捗る。

「ああ、じゃあ建物の解体を始めておくれ」

あたいはあたいで指示出すから。一応博麗神社の線図は藍から貰ったしどうにかできるとことまでやるよ。

 

「はいよ。使える木材は再利用でいいんだよな?」

萃香が聞いてくる。

ああ、そうしておくれ。壁とかはもう仕方ないけれどさ。

半分くらい解体し終わった神社はなんだか殺風景になりつつあった。

「そういえばあたいら結界の影響受けてないみたいだけど」

今更だけれど鬼達を見ていればなんとなくわかる。あたいも体がいつもと同じで軽い。

「今更だねえ。多分神社が傷ついて結界が機能していないんじゃないのかい?」

「多分そうだと思うけれどさ。なんだか不思議だねえ」

ただ神社の結界が壊れているというのは少しまずいかもしれない。実際あたいら妖怪には喜ばしい事なのだけれど神社の敷地には封印しないといけない悪霊なんかもたくさん保管されている。結界はそれらが規定の場所から逃げ出しても神社内部で止めるための役割も果たしているってさとりが言っていたし。

「よしお前ら!仕事始めるぞ!」

合流した鬼達が勇儀の掛け声で一斉に動き出した。

まあ先ずは解体だからね。あたいの出番はその後だよ。でも必要ないかもしれないなあ……今日だけだと解体だけで終わっちゃいそうだし。

「やっているようですね」

また別の…あたいのよく知る者の声がした。

「ああ…おかえり」

 

「ただいま」

フードは相変わらず。どうやらその様子だとどうにかなったようですね。良かった良かった。こっちはさとりの正体がバレるかどうかヒヤヒヤだったんですからね。

「おう帰還かい?」

 

「ええ、戻りました」

 

「取り敢えず指揮はあの2人に任せてあたいらはもう戻ろうか」

あたいができるのは組み立ての方だけ。解体は専門外だからね。

「そうですね……名残惜しいですけれど」

そう言うさとりの目には少しだけ寂しさが浮かんでいた。無表情だけれど目線は必ず感情を表す。

 

ふと足元になにかが飛んできた。

視線を下に向ける。

「あ……」

 

それは一枚の写真だった。

この神社の前で記念撮影をしたさとりと霊夢、それと先代が写っていた。

大事な記念写真。どさくさに紛れて荷物の中から出てきてしまったのだろう。

 

「あら……」

 

「これって……」

あたいが何かを言う前に写真は取り上げられた。

 

「もうあの子には不要な過去よ」

処分したはずなのにねと言葉が続く。

ならどうしてさとりは悲しそうなんだい?

「向こうだって流石に忘れたくはないんでしょう」

 

「だめ……あの子には不要な真実なのよ……」


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