古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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第7部シン地霊殿
depth.174火鳥考察編 上


半壊していた博麗神社は一週間もすれば元の形に戻っていた。

そのおかげかいつまでも神社が倒壊しただ結界が弱まるだ言って暴れていたりなんだりしていた妖怪も早いうちにみな静かになっていった。

 

まあそんなことは大事なことでもない。ただちょっとばかり巫女の仕事が増えてしまったという程度だったしその間に守矢神社が救援をしたりとかそういうのも私には関係ない話だ。

 

「あれ?お姉ちゃん出かけるの?」

玄関で朝帰りをしたこいしと出くわす。紅魔館にお泊まりすると言っていた割に朝早くに帰ってくるとは。ああ、そういえば向こうは夜の住人だからこれから寝るところか。

「ちょっと野暮用。留守番よろしく」

 

「わかった!」

こいしの返事を聴きながら家を後にする。フードを深く被り誰だかわからないようにする。

 

 

 

お空の様子がここのところおかしい。

ほぼ毎日のように守矢の神社に行っているのだ。

 

理由はわかっている。ただ、誰にも相談せず進めている時点でアウトな気がする。ただ本気で隠そうというより相談していなかった。隠すつもりはないと言ったところだろうか。

 

ただ何をするにしてもまずは情報が欲しい。特に八咫烏について。

お空に憑依されるのだから多分大丈夫だとは思うのだけれど、それを調べようにも手元の資料に八咫烏のことは書いていない。

 

こうなれば専門の方に聞くしかないだろう。

 

向かう先は同じく神様のところ。

でも八咫烏を知っているかどうかまではわからない。

 

秋も終わりにかかった山は紅葉が最後の抵抗を見せつけ、肌寒い風が吹いている。

収穫祭も一ヶ月前に終わった。秋の祭りももうほとんど終わった。もしかしたらもう鬱になっているかもしれない。でも聴きに行く。

 

 

山を探し周り、まだ紅葉が色濃く残っているところを見つけた。おそらくあの場所にいるはずとあたりをつけて近づいてみればやっぱりそこに彼女たちはいた。

宴会でもしているのだろうか2人の神さまの近くには酒瓶が転がっていた。

「ん?あ!さとりだ!」

ある程度近づけばようやくこちらに気がついたらしい。気配だけで私とわかるとはさすが神様。

「あ、ほんとね」

 

顔を赤くしているけれど判断力自体は正常なようです。よかったよかった。

秋姉妹は紅葉の絨毯の上で座り込んでいた。多分相当飲んでいたのだろう。

それでも近くに降り立った私のところへ立ち上がり歩き出す2人の足取りはそんなものを一切感じさせないものだった。

「2人ともまだ元気そうですね」

 

「まだ…ね。後一週間もしたら陰険になるかもしれないけどね」

そう突っかかったのは静葉さんだった。

そう簡単に変わるものなのだろうか。不思議なものですね。

季節によって性格が変わる妖怪は数あれど、ここまで大きく性格が変わる神様というのもなんだか珍しい。

でも今なら問題はないのだろう。聞けるうちに聞いておきましょう。

「少し聞きたいことがあるのですけれどよろしいでしょうか?」

お酒を進めようと徳利を渡してくる穣子さんを軽くあしらい、比較的まともな静葉さんに尋ねる。

「聞きたいこと?別に良いけれど」

わざわざ自分たちに聞きにくるのだからそれなりのことだろう…ですかね?思考を考察しながらも本題を切り出す。

「八咫烏についてです」

 

一瞬だけ表情が強張った。

何か知っているということだろう。ただ話してくれるかどうかはわからない

「八咫烏?ああ…あいつか」

最初に答えたのは私のそばでお酒お酒と変に絡んできていた穣子さんだった。あいつ…そういう仲だったのですかね?興味ありませんけれど。

「うーん…あいつって呼ぶほど知らないでしょ穣子」

あら知らないんですか。

「まあね……」

じゃあただの酔っ払いの戯言でしたか。でも今は情報が欲しい。少しでも何か手がかりになるようなことがあれば良いのです。

「どれくらい知っています?少しでも良いんです」

 

「そうね……別名太陽の化身。噂では結構派手に暴れて、もう二千年も前に封印されたとしか」

二千年も前ですか。だとしたら知っているのも相当な古参くらいですね。私も丁度その時期あたりでしたけれど六百年ほどずれていますし。太子なら知っているだろうか?あるいはあの頃の文献書物が残っていれば……

それに封印ですか…だとしたらあの2人が封印したのでしょうね。しかし派手に暴れたですか。もうちょっと情報とか欲しかったなあ。まあ知らないのであれば仕方がないです。

 

「貴重な情報ありがとうございます」

静葉さんの表情が少しくぐもっている。多分他にも知っていることがあるのでしょうけれどこれ以上は聞き出せそうにないですのでここら辺で切り上げる。

「ごめんね力になれなくて」

 

「気にしないでください」

二千年前に暴れたということがわかっただけでも十分ですよ。

そこからどこまで辿れるかは未知数ですけれど。

 

後情報を集められるところとなると……

ちょっと時間かかっちゃいますね。

 

 

 

 

人里に降りるまで3時間ほどかかった。既にお昼頃だからか道には人が溢れかえっていた。みなご飯を食べに出ている人達だろう。

それかただ買い物しに出てきているものかそれ以外の存在か。

そんな中で、昼頃に閑古鳥が泣いてしまう店の扉を開ける。店主の趣味なのか洋風の扉を押して開ければつけられていた鈴が軽い音色を奏でる。

「いらっしゃいませ!」

どうやらこの時間の店番は小鈴のようだ。まあそっちの方が話が通じやすいのですけれど。両親の方だとどうも対応が慎重だから苦労する。

その分妖怪との関わりも少しだけ持っている小鈴の方が話がわかるし少し特殊なものでもすぐに出してくれる。その分警戒心が薄いから心配な面もあるのだけれどそれはメリットデメリットの関係だからご愛嬌。

「ちょっとある資料を探しているの」

他の本には目もくれずまっすぐカウンターに来た私を訝しんでいる。流石に昼間からフードで顔を隠した人が来たらビビりますよね。

「ある資料ですか?」

 

「二千年以上前の神さまの資料なんだけれど」

といっても当時八咫烏が神様として祀られていたのかと言われたらすごく怪しいところ。実際問題相当やらかしているから邪神あたりに編入されていそうですけれど!

「そんな古いの……あ、ちょっと待っててください!」

無いといいかけて何かを思い出したらしい彼女はそのまま店の奥へ駆け出していった。本の事となるとやっぱり警戒心が無くなるんですね。ちょっと危ないかも。

そんなことを思っていると、軽やかな足取りで小鈴が戻ってきた。

「ありました!その時代の妖怪や神をまとめた書物!」

 

「ほんとですか?」

二千年前だというのによく残っていましたね。いや…多分後年になって再編集されたもののようですけれど。それでも相当古いもののようだ。借りてもいいかどうか訪ねたものの、その途端ギクッと言う効果音が聞こえてきた。

「ちょっと公開できるものじゃないんですよねごめんなさい」

あらま。

公開できない……ああそうか。長い年月が経ってしまったから妖魔本になってしまっているのか。だとしたら一般的な販売は無理ですね。貸本でもダメでしょうし。

一応妖怪ということを伝えれば理解してくれると思うのですけれどそれでも危険が伴う場合がありますからね。ここで危険を犯すのは逆効果です。

妖魔本の取り扱いが難しいのは私がよく知っていますし。

「そうでしたか…無理を言ってすいません」

結局そんなものに手を出して後々に響くくらいならもっと安全な策をとることにした。

「すいません」

申し訳なさそうに謝ている彼女だけれど私を妖怪だと知れば警告せず進めてきたのだろうか?流石に妖魔本だとは言うでしょうけれど。まあそんなことは置いておくとして……

「そのかわりそこのQって方の小説お願いできます?」

 

久しぶりに新作が出ているから買わないとですよ。面白いんですよねえこれ。怪盗のシリーズと探偵のシリーズとあるのですけれどやっぱり私は探偵派ですね。

「もちろん良いですよ!」

 

そうだこいしとお燐の分も何か買っていこう。お燐は…怪盗のシリーズが好きって言っていましたし。こいしは……確かこの前芥川の本が欲しいと言っていましたね。

 

それらを購入し再度やっぱりその妖魔本の事を聞く。私が妖怪だったとしたらやっぱり同じ対応をしたのかどうか。

帰ってきた答えはイエスだった。ならさっぱり諦めるとしましょう。

妖怪相手すらダメな妖魔本なんてもう封印するに限る。だけれどそれにその内容が書いてあるということを知っている小鈴はどうやってそれを知ったのだろうか?まさか……いや深く考えすぎか。

 

そのほかの文献でもないかどうか探してもらったものやっぱりなかった。

 

 

 

 

 

「それで貴女は荷物を持ってここに訪ねてきたと」

いや偶然ですよ。ええ、本屋がダメだったのでどうしようか考えていたら丁度貴女の家の前でしたから。あ、お茶ご馳走になります。

「そういうことになります」

目の前の布団に座っているのは稗田阿求。私とほぼ同じかおそらくそれ以上の身長である彼女が冷めた目で見つめてきた。

「でも珍しいですね。貴女とあろう者が私のところに訪ねてくるなんて」

私をなんだと思っているんですか。私だってわからないことは尋ねるし自分で調べるんですよ。吸血鬼とか賢者とかは自分の部下に調べさせますけれど私に部下はいません。家族か…知り合いか大切な人だけです。

「なんですその言い方……」

 

「替え玉から聞いていた情報だともっと残忍だと」

いやほんとにそれどこ情報ですか?訂正を行いたいですよ。確かに何回か暴れたことはありますけれど…でもそれは向こうが仕掛けてきたからじゃないですか。

 

「…色々言いたいことはありますけれど今はおいておきましょう。それで八咫烏について詳しく知りたいのですが」

妖怪や神様についての専門家とも呼べる存在ですからね。ある程度は知っているでしょう!対処法までとは言いません。どのような存在だったのかを聴ければ良いのです。後具体的な被害とか諸々。

「随分と古い名前ですね。私も直接会って話を聞いたことはありませんよ」

 

「そりゃそうでしょうね……」

二千年も前に稗田はまだいませんし。

「一応一番最初の体の時に書物で見たことはあります。その時に保存目的で情報を写し取ったものがあったはずですがいかんせん古いものです。見つかるかどうか」

あ、資料としては一応あるのですね。ならなんとかなるでしょうか?でも古いものということはいくら保存状態が良くてもちゃんと残っているかどうか。

「覚えていますか?」

残るは彼女の記憶のみだ。

「ええ、今手が離せないので口頭で伝える形になりますが」

そういう彼女の両手は包帯が巻かれていた。一体何をしてしまったんだか。

「ちょっと緊急事態で…応急処置をするための消毒で両手を焼いちゃったんです」

それはまたなんともご愁傷様です。でもよくそんなことしようと思いましたね。まあ私も応急処置の消毒とか止血で手を焼くことはありますけれど。

 

 

「構いませんよ」

 

そういうと彼女は八咫烏のことについて話してくれた。結構詳しく、というよりあまりにも当時暴れすぎたからか有名な存在だったのだとか。当時はですが……

 

 

 

 

 

「……ということです」

話を聞き終えた私は頬を伝う汗にようやく気付いた。

「それはまたなんとも…」

話を聞くだけでもそれは恐ろしい存在だし正直言ってそんなアホなと思いたくもなる。だけれどそれが事実であるのは確かなようだ。誇張されていない事実であるからこそ恐ろしい。

でも本質自体は大したことはない。ただスケールが違う。

「自然界の本質のようなものです。ですがどうして今になってそれを知ろうと?」

確かに八咫烏の名前なんて一般的には殆ど知られていない。

「深い理由はないです。ただ、気になっただけですから」

実際には結構深い理由がありますがそれを話すわけにもいかないので伏せておく。騙すようなことになってしまっていますけれど仕方がないです。

これはすぐにでも止めに行かないとまずい。このままじゃ下手をすればお空が死んでしまう。

どうせ安全対策はバッチリだとか言ってきますけれどどう考えても抑え切れるようなものではない。

 

「止めるか……」

 

一応お空にも伝えられているだろうけれどちゃんとした脅威度を知らないで力を使いこなそうなんて無理である。

まずはその力をちゃんと理解させないと。今の様子じゃ絶対理解できていない。せいぜいすごい強い力というだけだ。

それに何かを得るには同等の対価が必要になる。

 

「行くところができてしまいましたね……」

 

人里を抜け空に飛び上がる。もう少し早く気付けばよかった。


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