古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.175火鳥考察編 下

昔話をしましょうか。

 

もちろん私だって生で経験したものではないですよ。私が生まれるもっともっと…千年以上も前の話です。

その頃はまだ日本と呼ばれる国はなく、それぞれ様々な集落が大きく成長し一つの国としていくつも乱立していた時代。

それぞれの国には神様が祀られていたり妖怪が祀られていたり結構な時代だったのだとか。統一されたルールとかもない時代だから神様を巡ったり土地を巡ったりで国同士の争いは絶えなかったのだとか。そんな時代だからこそ、それら国をまとめ上げ一つの国を作ろうという思想が生まれた。

神様達は集まり、一つの強い神様の元に従うようになった。

ただ、それを邪魔する者も現れた。

 

そいつは力の限りの暴力で国を焼いた。文字通りたった1匹で国一つを焼き尽くし、それに飽き足らず焼け野原を作って行った。

残忍な性格ではあるけれどだからこそ苦しまないように超高温で一瞬で焼き尽くす。いつしかその存在を八咫烏と呼んだ。

 

一説によると炎を一度出せばそれは1週間燃え続け、山一つを一瞬で火の海に変えたり複数の国をいっぺんに焼き尽くしたり。

この土地も半分は焼き尽くされたらしい。

人も植物も神様までも完膚無きまでに。

焼け跡の地面は砂が溶けて固まり岩のようになってしまったのだとか。いや火力高すぎますよね?流石にそれは誇張しすぎ……でも根こそぎ灰になった形跡は江戸時代にも地層から見つかったのだとか。まじですかい。

 

 

封印される直前までその力は健在だったらしく戦いは4日とか一週間とかしたのだとか。しかも参戦した顔ぶれも須佐男とか武甕雷とか建御名方とかkikuriとか錚々たる顔ぶれなのだとかなんとか。詳しくは情報が不鮮明なためわからない。ただ四国で行われたそれのせいで四国は一帯焼け野原になったと言われているものだからたまったものじゃない。

 

色々と規格外すぎる。ゴジラでももっと常識の範疇に収まってくれているのにこんな色々規格外の存在を取り込むなんて……

しかも封印されてからかなりの年月が経過している。となればその分の感情は?それが一気に溢れ出たら……

 

まずい今のままじゃ灼熱地獄が吹っ飛ぶ。文字通り……

いや、それで済めば万々歳ですね。

最悪の場合旧地獄を新たな灼熱地獄に変貌させられかねない。

流石にそれは困ります。

 

でも八咫烏って日本神話だと日本武尊を導いたとかなんとか言われてませんでしたっけ?この世界の日本神話は結構違うようですけれど……

 

 

 

しばらく空を飛んでいると、守矢の神社が見えてきた。

流石に今回ばかりは黙っているわけにはいかない。ちょっと警告しに行かないといけない。そもそも向こうの方が力についてはよく知っているはずなのになんで大丈夫って踏んだんですかね?それが一番聞きたいですよ。

 

高度を下げて鳥居の前で着地。侵入防止用結界があるから入り口から入らないといけない。わざわざ裏から入ろうとも思いませんし。

知り合いであれば入る時は時々窓くらいです。

鳥居を抜け、力が抜ける感覚が体を包み込む。

神社に人影はないけれど、裏庭の方に回ってみればそこには緑色の髪の毛を腰のあたりまで伸ばした巫女が休憩をしていた。

面から回ってきた私を一目見るなり彼女は会釈をする。

少しだけ気まずそうにしていたのは前の出来事からだろうか。

「訪問客…ではなさそうですね」

 

「ちょっとした事で神さま2人に用があるのですが」

そう言えば彼女はあの2人ですかと首をかしげる。どうやら神社にはいないらしい。

 

「神奈子様と諏訪子様でしたら今はお出かけ中ですよ」

 

タイミングが悪い……

どこに出かけているか尋ねてみようかと思ったものの、そういえば天魔さんが神奈子さん達との協議があるから手伝ってくれって言っていたことを思い出した。面倒なので拒否しましたけれど。

私を山の重要人物と見ているようでしたし、誤解を解いてもらうためにも行かないと伝えたのですが…ちゃんと伝わっているでしょうか?なんだか不安になってきました。

「では帰ってきたらさとりがきたと伝えてください」

そう伝えておけば向こうは薄々理解するだろう。流石にばれずにお空に力を与えるのは無理だと思っているでしょうし。行動が早いか遅いかと言われたら多分遅いと思うでしょうが。

「わかりました」

正座したままお辞儀をする早苗さんに礼を言って神社を後にする。相変わらず力を封印される状態は好きになれない。もう力がないただの人間であった頃の感覚には戻れないのですね。

それはそれで仕方がないことなのですけれど……

 

 

 

 

 

 

「緊急工事だ⁈」

私が出した書類を見て勇儀さんは驚いていた。それはもう見事な驚きっぷりでしたね。小傘だったら1週間分くらいは遊んで暮らせるとか言いそうなほど。

でもそれは驚かそうとしているわけでも意地悪を言っているわけでもない。ただ事実を書いただけだ。

 

「調べた結果灼熱地獄内部に重大な欠陥がありました。このままだと予期せぬ加圧があった時に吹き飛びます」

嘘は何一つ言っていない。実際八咫烏の力が内部で炸裂したら外壁が堪え切れない欠陥があるし、万が一の冷却システムを作動させても今のままでは対応できない。

冷却を全力使用すると一時的に内圧が高まってしまいやっぱり外壁が堪え切れない。

「そんなこと言われてもなあ……これ以上どうするってんだよ」

嘘ではなく事実であるということがわかったらしく勇儀さんも納得はしたようですが、食い下がる。

「地上に向けて放出します。冷却に使う水脈の一部は地上にも出ていますからそこの穴から熱と圧力を逃すんです」

現時点でも似たようなことはやっているけれどそれだけでは足りない。だから追加でいくつか圧力を逃がすための縦穴を作る。

 

幸い幻想郷の地下は空洞や縦穴が多いのでそれを流用すればすぐに完成する。一部穴の位置や先が不正確なところも……半分くらいありますが調査している暇はないです。

「理屈はわかるが…また大工事だな」

脳筋と呼ばれることが多い鬼だけれどこういう時の頭の回転は早い。昔から建築をやっていただけある。

「ごめんなさい。早急に必要になったの」

まさかここまでの大火力だったとは想定外だったのだ。許してほしい。

「何があったかは知らねえが……灼熱地獄の責任者はあんただしな。いいよやってやるぜ」

 

「ありがとうございます。ではこちらで図面を用意します」

明日明後日までには完成させないといけない。必要な資料は書斎の方に揃っているはずだから問題はない。

「おう、任せた」

 

勇儀さんが部屋の外に消える。その背中がいつも以上に頼もしく見えたのは気のせいだろうか?

さて、付け焼き刃ですが安全装置の強化はどうにかなりそう。後は……

 

 

 

 

部屋の外で聞いていたであろうこいしを呼ぶ。どこから聞いていたのかはわからないけれど少なくとも私の考えはある程度わかっているはずだ。多分聞いていたのならある程度…わかっているのだろう。

「こいし、いるんでしょう」

少し間があり、部屋の扉が開かれた。

やっぱりそこにはこいしがいた。私を見て複雑な表情をする。推理するのが得意なこいしだから今のお空の現状と私のさっきの話を聞いてある程度察してしまったのだろう。

「どうしたのお姉ちゃん」

それでも知らないふりを通すようだ。正しいかどうかはわからない。でもこいしはそうすることにしたのだ。それを責めるのは違う。

 

 

「これを貴女に預けるわ。私の不在中に何かあったらその本に従って」

不在中なんてことはないと思うけれど一応だ。

「え…あ、うん」

何か言われるんじゃないかと思っていたようだけれどわたしから本を渡されただけのことにこいしは困惑していた。それでも私の意図を読もうとしてくる。でもわからないでしょうね……

 

さて渡すものも渡したのだから後は……

「それじゃあ私はちょっとお空のところに行ってくるわ」

席を立ち部屋を後にしようとする。でも扉に手をかけた私をこいしは止めた。

「お姉ちゃん!お空と何があったのかは知らないけれど……喧嘩して欲しくないの!」

喧嘩…ねえ。私は別に喧嘩しようとは思っていない。だけれどこのままいけば彼女は取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。

「こいし、いくら家族が大事であっても間違った方向に進んでいるなら絶対にそれを止めないといけないの」

たとえ言い争いになってしまっても…止まらないかもしれないけれど。それでも止めないといけないのだ。

 

「嫌われてしまっても?」

嫌われるのなら得意技よ。それに……

「それが家族ってものよ」

絶対に後で仲直りする。

それが家族だから。

 

 

 

 

やっぱりお空は灼熱地獄にいた。なんだかんだ言ってここが彼女の古巣。それに管理も任されているのだからここに行けばこう確率で会えるのは当たり前。

 

制御盤をじっと見つめている彼女のそばに立つ。白熱電球が郁雨も点灯しては消え、時々地球の動きで赤いランプが点灯したりしなかったりをしている。

「お空」

私に目を合わせようとしないのは多分あの2人の神様がなるべくバレないようにしてくれとでも言われたからだろう。別に私は何でもかんでも心を読もうなんて思っていないのだけれど。今だってほら、隠していますよ。

「なんですかさとり様」

制御盤を見たままお空が答える。その目には少しだけ後悔の念が浮かんでいるように見えた。

 

「力、そんなに欲しいの?」

 

「っ……だって守れないですから」

私が言っても意味ないだろう。だけれど言わないといけない。

「過ぎた力は身を滅ぼす…」

 

「そんなことわかってます‼︎」

わかってるのならどうして!なんて言えるわけがない。その理由が私にあるのであれば尚更である。彼女を否定することは私にはできない。

 

「やめてお空……お願いだから」

 

「ごめんなさいさとり様」

言葉はほとんど要らなかった。結局私の言葉はお空には届かないしお空もやめるつもりはもうない。というより……もう何があっても引き返さないという意思表示が見て取れた。

 

「力を欲するのはいいけれど…力に飲み込まれたら元も子もないわよ」

もう仕方がない…せめてお空が無事であれば良い。元からこれすら計算に入れて行動していたのだ。それが現実になっただけ……うん。

「わ、分かってますよそんなこと」

 

「分かってるなら…いいえなんでもないわ」

 

ここでお空を責めても何にもならない。

でも注意くらいはする。力が恐ろしいというよりあれだけ大暴れした八咫烏を取り込もうとするのだ。絶対八咫烏側だってチャンスだと思うはずである。

お空を乗っ取ってしまえば自分は自由。誰とも知らない小娘は復活のための生贄。そう考えていてもおかしくないし薄っすらとだけれどあの神社の奥の方でそのような気配がした。本当にごく僅かだし普通の人にはただの嫌な気配としか映らない。だけれど私にはわかる。あれはそういう意思がこもっているものだ。

「力に飲み込まれても大丈夫なようにアドバイスをしてあげる。もし飲まれそうになって自我を持っていかれそうになったら迷わず心を閉ざして」

もうこれしか方法はない。一度体の制御を渡してしまうのと、意識自体を乗っ取られるのとでは後の対応がずっと変わる。

「心を閉ざす?」

ふに落ちないようだけれどわかる時になれば自然とわかるようになるわ。

「そう、自我が乗っ取られて完全に向こう側に書き換えられたら終わりよ。そうなるくらいなら体の主導権だけ渡して心閉ざして篭るの。そうすれば後からどうとでもできるから」

実際意識自体を乗っ取られたらもうどうしようもできない。だってその意思はもうお空ものでありお空だから。もう意思を乗っ取られる前の状態にはできない。体だけ乗っ取られたのならまだ体の中にお空の意思ともう一つ別の意思がある状態なのでなんとかなる。理屈でいえばだけれど……

「わかりました…よくわからないですけれどやってみます」

 

「お願いね……」

 

「大丈夫ですよ!制御だってしてくれるし……」

 

「お空どこまで八咫烏について知っているの?」

 

「昔暴れて封印された神様って言われたけれど……」

まさかそれだけ?でもお空のことだから忘れている場合もある……

でもこれはまずいかも。

 

 

「そう……」

 

また行くところが増えてしまった。だけれどそれはもう少し後になってから。今は灼熱地獄の改修が先よ。

「お空、ちょっと地獄の中を見て回るから火力を落としてくれるかしら」

 

「わかりました!すぐに火力下げますね!」

 

とは言っても火力を下げるのは30分くらいかかる。緊急冷却じゃないんだから手順を踏んでやるので当然だ。

 

結局気づけばご飯の時間が迫っていた。

 


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