古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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例大祭待ち時間にどうぞ


depth.178異端戦域 上

お空が廊下を歩いている音がしたような気がしたんだけれど気のせいだったかな?

地霊殿に戻ってきた直後だったけどあの後ろ姿は確かにお空だった。声をかけたのに反応してくれなかった。

何かあったのかな……執務室にこもっていたはずのお燐にも聞いてみよ。

確か執務室の前通っているはずだし。

「ねえお燐」

 

「どうしたんだい?」

人型のままソファでくつろいでいたお燐が飛び起きた。

流石にびっくりしちゃったかな。

「さっきお空通ったよね?」

でもこの調子じゃ知らないとか言い出しそう。別に責めているわけじゃないけれどさ。

「さっきお空が通ったみたいなんだけどなんか知らない?」

 

「……?知りませんよ?あたい寝ボケてましたし」

 

そっか、じゃあわからないか…

うーん…お姉ちゃんの件からどうもお空の動きがおかしくなってるからなあ…早めにケアしてあげたかったんだけど。

 

お姉ちゃんどこにいるの?

 

ふと目線が椅子の方に向く。お姉ちゃんが仕事の時はいつも座っていた椅子。飾りっ気がなくてただクッションがくっついているだけの簡素なもの。

お姉ちゃんらしいといえばらしい。

しかも一面本ばかりだから言われなきゃ執務室ってわからない。多分書斎って思われる。実際書斎兼用だし。

「お姉ちゃん……」

 

「さとりなら大丈夫だよ。前だって数百年の合間が空いたんだろう?それにさとりの事だからしれっと帰ってくるに決まっているさ」

 

「まあね……」

 

そういうお燐も、内心は結構不安みたいだ。仕方がない。

あれ?そういえばお姉ちゃん神社に行くとか言っていたような……

「そういえばさ……ん?なんか揺れてない?」

 

突然重く太いサイレンの音が地霊殿中に響き渡った。

「なに⁈」

少しだけ地面が揺れたと思ったら警告灯⁈ともかく状況把握‼︎

確かサイレンが鳴るときは灼熱地獄に何かあった時だったはず!

執務室の隣がこちら側から灼熱地獄を確認するためのコンソール室になっている。そこに駆け込む。

 

飾り気もなく若干塗装の剥げたパイプや電球による表示灯がいくつも点灯している簡素な部屋。今は気にしている暇もない。

サイレンの確認、停止を行う。

「お燐、操作版確認!手順はいくつかすっ飛ばしていいから」

コンソールパネルの中に赤い警告表示が点滅しているものを見つけ出す。いくつもの警告灯が赤く光っている。その大元の原因は……

「灼熱地獄の温度が上昇⁈」

お燐が見つけたそれはある意味最悪の表示だった。でも何度もお姉ちゃんが改良をしていたケースでもある。

つまり何段階にも分けられた対処法が存在している。

でもその半分はお空しか知らない。私が知っているのは熱上昇が止まらない場合の時だけ。

それでも温度上昇がこれ以上続くと灼熱地獄が崩壊しかねない。この場で対処するしかなかった。

お空は見当たらないし……

「あ…まずいです!このままじゃ吹っ飛びますよ⁈」

見れば灼熱地獄周囲に作った冷却水を循環するパイプの温度が沸点を超えていた。殆ど高温の水蒸気が流れていることになる。

その上、上部の水溜めも温度計が振り切れちゃってる。

このままじゃ蒸気爆発で吹っ飛んじゃう。そうじゃなくても地上に悪影響が出かねない。ここが吹っ飛ぶとか灼熱地獄が高火力のままだと最悪妖怪の山が噴火する。それは止めないといけない…

 

確かお姉ちゃんが渡してくれた本に……あった‼︎

 

えっと……本当の緊急時にしかやっちゃいけない操作。

お空不在かつ緊急を要する場合において使用する。一応これらしい。

制御盤のスイッチを入れていく。カチカチと軽い音がして制御盤に光が入っていく。

レバーも引き上げさらに通電。

爆砕ボルトとかなんか不安な言葉が連なっているけれど気にしない。

安全装置を切りに入れる。

大きなレバーの上に緑の表示灯が点灯。これで準備はできた。

大きなレバーを思いっきり上に押し上げる。なにかがつながった音がして、コンソールにランプが点灯した。その下には圧力解放の文字が書かれたボタン。

「えい‼︎」

それを迷わず押し込む。

遠くで小さな爆発音がしたような気がした。

 

 

爆砕、周囲に張り巡らされていた冷却装置一式が一気に通っていた水蒸気とお湯を吹き出し、それらが灼熱地獄になだれ込み一気に気化。

続いて発生した大量の水蒸気で灼熱地獄の内部気圧が上昇。水蒸気爆発を起こしかける。意図的に岩盤に刻まれた溝を押し広げ、力が岩盤の一部に集中、規定の場所を破壊した。

破壊箇所から溢れた蒸気は岩盤に刻まれた溝を頼りにいくつもの石の隙間や水源を突き破り上に向かって発散された。多くのエネルギーはこの時地中に分散されたものの、一部のエネルギーは逆に押し込まれ高い圧力のまま地面を破壊し、一部は地下空洞に流れ込んだ。空洞内部は複雑に入り組みある程度の広さがあるためそこで圧力の多くは分散され、地上に出る頃にはただの湯気になっていた。

それでも有り余るエネルギーは一向に留まらず、ついには地盤の割れ目を伝い地上に間欠泉として吹き出した。水脈から汲み上げられたお湯と高圧水蒸気が吹き出しているのは博麗神社のすぐ近くだった。

 

 

 

「お燐!あとは向こうで操作して!私はこっちで全体を把握する!」

後の温度上昇や細かい操作はここではなく向こうでしかできない。危険だけれど行くしかない。お空がいたらお空が行くことになるんだからあたいがいこうとお空がいこうと同じことだし。

 

「わかった‼︎」

こっちはこいしに任せて部屋を飛び出す。騒ぎを聞きつけたエコーたち妖精が集まって来ていたけれど今相手にしている余裕はない。

二階の窓を開けて宙に飛び出す。

そうやって時間短縮すればすぐに灼熱地獄の大釜が見えてきた。

心なしか釜の上が揺らめいているように見える。

 

すぐに灼熱地獄を直接コントロールできる制御室に飛び込む。

えっと…確か起動スイッチはこれだったね。

赤色の電源供給と書かれたレバーを上げれば、何度か電気がバチバチした直後に部屋の明かりが灯る。制御盤も息をふきかえした。

内部監視のカメラは…だめだ。熱でやられちまってる。

一応気圧計と温度計は生きているけれどこれじゃあ中の様子がわからない。

どうしたものかねえ……

 

ともかく灼熱地獄の火力を最小限に下げる。

すぐには冷えないだろうけれど今よりかはマシになるはず……

 

あとは温度の上昇がまた起きないかどうか。

それを確認するためには実際に見てきたほうが早い。一応圧力も温度も下がっているはずだから問題はないと思いたい。温度計が吹っ飛んでるから確認しようがないけれど。

 

 

「こいし、聞こえるかい?」

マイク越しにこいしの声が聞こえてきた。

「お燐?聞こえているよう!」

 

「ちょっとこれから灼熱地獄の中に入る」

この温度上昇の原因を探さないとどうしようもない。お空がいない今あたいがやるしかない。

「待って‼︎それは危険すぎるよ」

 

「でも原因がわからないんじゃどうしようもできないだろう?」

それにあたいの方が危機感は強いんだ。大丈夫さ。

「そうだけど……」

 

「あたいに任せて!」

 

 

 

って啖呵切ったはいいけれど……

灼熱地獄の入り口になっている蓋は全く開かない。熱で変形しちゃったかな?だとしたら相当やばかったんだね。いや、開けようと思えば開けられないことはないけれど壊れそうで怖い。

開けた後元に戻せないのが一番危ないからねえ。

でも中に入らないと……

「無理やりにでも…開けるしかないか」

あ、そういえば悪霊はこういう壁もすり抜けられたんだっけ。なら見てきてくれるかねえ…

一応悪霊ならそこらへんにいるし。

「おうい、そこの悪霊さん」

すぐ近くにいた悪霊を捕まえて引っ張ってくる。

「……?」

流石にこれしきのことじゃ動じないらしい。

「ちょっと内側の様子を見てきてくれないかい?」

 

「……!」

縦に首を振った悪霊が鋼鉄製の扉をすり抜け向こうに消えていく。

頼んだよ悪霊…

激しい揺れ。同時にコンソールの方で警報がなっているのが聞こえた。

今度はなんだい⁈

慌ててそっちに駆け出す。

入り口からそう離れていないコンソールには温度上昇の警告。同時に部屋全体を赤い光が染め上げる。非常を知らせる電灯がついたのだ。

 

ガラスが割れる音がする。

なにが壊れたのか確認しようとして、割れたものがなんなのかを理解した。

「温度計が……」

ここの温度計は灼熱地獄に直結している。これが壊れたとなるとほかのところの温度計も…

視界をずらすとそこにはやっぱり0度を指している。

ああやっぱり壊れてる。多分水銀が沸騰したかで内側から割れちゃったのだろう。

残ったのは圧力計だけ……こっちはまだ正確な数値を出している。どうにかなるかな……

 

「それにしてもちょっと見てくるだけなのに遅いなあ…」

ちょっと中の様子見たら戻ってきてって言ってある悪霊が全く戻ってこない。

 

「まさか何かあったんじゃ……」

 

やっぱりあたいも見に行くべきだ。とりあえずあの扉を…壊す!

もうこうなったら仕方がないのだ。緊急事態だし面倒だけどあとで埋めちゃえば良い。

 

思いっきり力を込めて入口の取っ手を引っ張る。鋳造で一体成型されている取手がそう簡単に壊れることはなく、あたいの力をしっかり受け止めた。

歪みながらも一度動き出せば簡単に開く扉。

中から熱風が飛び出す。ただ、あたいは開けた扉を盾にしていたから熱風の直撃は食らわなかった。

 

とりあえず危険性は低い。それじゃあ……

中に一歩入れば恐ろしい熱気が体にまとわりつく。いつもより火力が高い…熱い……

首筋を流れた汗がすぐに蒸発してしまう。妖怪じゃないとこれは堪えきれない。

熱い…これは?

「お空……?」

熱気の中でゆらめく影が見えた。

それがだんだん大きくなる。いや、あれは……

お空?でも様子がおかしい…随分と成長したように見える。

「あれ?お燐珍しいねえこんなところにいるなんて」

その姿がようやく見えるようになった時、恐ろしいほどの違和感を感じる。

正気じゃないような…でも正気?いや……なんだこれ?

「お空こそどうして……」

違うっ‼︎お空じゃない‼︎なんだこいつ……

確かに見た目はお空だ。でも中身は違う!お空はこんな笑い方しなかった。それにこんなに神力豊富なはずが……これじゃあまるで神様。

「えっと…火力が強いから見に来たんだけど…邪魔したみたいだね」

途端に悲しい顔をする。お空のようだけれどそれはあたいに拒絶された神さまのようなそんな表情であってお空ではない。

すぐに離れないと…あれはやばい。今ならまだ逃げ出せる。ここで死にたくはないし…

「ねえお燐。私、強くなったよ」

背を向けたあたいの彼女の声が聞こえた。それは大人びているけれどお空のものだった。思わず振り返る。

「お空……」

でもそこにはもうお空はいなかった。どこかに消えてしまった?いや、まだこの中にいるのだろう。

 

止めなきゃ…このままじゃお空が大変なことになる。なんでそう思うのかはわからない。だけれど本能がそう叫んでいる。このまま彼女を放っておくことはできない!

でも同時にあたいだけじゃどうしようもできないのも理解できる。

灼熱地獄から体を出し扉を無理やりしめる。ちょっとずれているけれど仕方がない。

「あんたら!こっちに来ておくれ!」

それよりもやることがある。こういう場合最も頼りになる存在を呼ぶことだ。

「今から大事なことをお願いする。ああ、重要なことだよ。お空の命がかかってるんだ」

 

悪霊数匹をとっ捕まえてお願いをする。こっちの方が早い。確実ではないけれど。

それでもこっちに来てくれることが大事だから。

 

 

 

「こいしっ‼︎お空が…」

すぐにこいしのところに駈けもどる。これは直接伝えないといけない。だから…

あの熱気の中にいたからか息が上がってしまっている。いいたけれどうまく言葉にできない。

「お空がどうしたの‼︎」

サードアイが服からあたいを覗き込む。全てを理解したこいしの顔が一気に青くなる。

 

「そんな……」

 

「ごめん…あれはどう考えてもお空が元凶だしどうなっちゃってるのかはわからないけれど今のあたい達じゃ止められないよ」

 

いや、止めるだけなら簡単なのだ。灼熱地獄を破壊して生き埋めにする。でもお空はあたいの妹みたいな存在なのだ。そんなことはできないししたくない。

こいしだってそんなことは絶対にしない。さとりだって…

「こうなったら専門家を…ってお燐もう呼びに使いをやったのね」

ええ、ちゃんと伝わってくれるかわかりませんけれどね。

「それじゃあすぐに迎える準備しなきゃ」

 

「そういえばさ…お燐が直接言いに行ったほうが早いんじゃない?」

 

「あ…確かに」

今更感があるんだけれど……


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