一体何かと思えば…間欠泉?
食事の支度中に爆発するような音がしてすっ飛んで外に出てみれば、音の正体は案外簡単なものだった。
目の前で轟音を上げて吹き出す水。それはかなりの高温らしく湯気をひっきりなしに出しては周囲の雪を溶かしていた。
蔵が爆発したのかと思ったけれどそうじゃなくてよかったわ。
「一体どうして……」
こりゃ文の新聞の一面に載るわね。……もしかしたら整備すればお客さんが来てお金落としてもらえる?いいかも…
ならばさっさと整備しないといけないわね!ここままじゃただの泥水垂れ流しよ。
えっと……温泉ってどうやって作ればいいのかしら?このまま穴掘ってで囲っただけじゃできるわけないし……
「……⁈」
勢いよくなにかが吹き出した。半透明なそれはすぐに見えなくなろうとしている。だけれど、勘が間欠泉の勢いにのって飛び出してきたそれを見逃さない。
それは霊力を放ちながらもどす黒く負の感情に支配された魂だった。
怨霊。基本地獄に送られるはずの魂は地面から飛び出して私の前の浮いていた。
「怨霊⁈温泉と一緒に出てきたのね!」
でもここは博麗神社の敷地内。結界によって力の大半を封印された怨霊はそのまましぼんだ風船のように地面に落ちた。
飛び上がる力まで奪われたのならもう安心ね。この状態でも妖怪にとっては取り憑かれる可能性があるから危険だというけれど私にとっては危険そうには見えないまあ他人の痛みなんて体感しなければ分からないのだから仕方がないことよ。
「……ずいぶん残念なことじゃない」
そいつの尻尾を捕まえて持ち上げる。これ尻尾って言えるのだろうか?一応妖夢にまとわりついているあの魂と似ているからそれっぽい言い方しているけれど。
力なく私の手に収まったそいつはだんだん浄化されているように見えたものの、ある程度煙を上げたらそれっきり変化がなくなってしまった。やはりこの結界では力を奪っても完全に封印することはできないらしい。まあそうだろう。そんなことしたら支えである妖怪からの賽銭すらなくなってしまう。
「っち…これ以上は無理か。大人しく地獄に戻りなさい怨霊なんだから」
丸い膨らみのところが首を横に振った。あんたに拒否権ないんだけど。それにしてもこいつ攻撃してこようという意思が薄いわね。なんなのかしら?
どうしたものかと思っていると、また温泉から怨霊が出てきた。今度は3匹。
それらも地上に吹き出すと、しばらく浮遊していたもののまるで蚊取り線香でやられた蚊のように地面に落ちた。
「なーにあんたら?脱獄でもしてきたの?」
流石に何匹も怨霊が出てくるなんてのは珍しい。もしかして何かあったのかしら?
でもこいつらも何か戦おうと意思はない。むしろその逆。何か頼みに来たのかしら?
「……専門家に聞いたほうがよさそうね」
ついでだし魔理沙も手伝わせましょう。勘が面倒なことが起こるって伝えてきている。
この背中を刺すようなちょっとピリピリした感じは……異変ね。
魔理沙はすぐに見つかった。というより家にこもってなんか研究してたから息抜きを称して連行。部屋にこもりっぱなしじゃダメよ。体にキノコ生えても知らないわよ。
「おいおい、私をどうする気なんだ?急に呼び出して連れてくるなんて」
最初は文句を言っていた魔理沙もお菓子をあげたら大人しくなった。本当は私のものだけれど…でも魔理沙なら仕方がないし出さないと勝手にほかのものを持っていかれそうだから。
「多分異変よ。あんたも異変解決したいでしょ」
「こりゃ参った!明日には嵐が起こるな」
何よ?私が誰かを異変解決に誘うのがそんなにダメなの?
「失礼なこと言わないでくれない?」
「だって霊夢の事だから異変解決は巫女の仕事とかいうだろ?」
確かにそうだけど…でも最近考えを改めたのよ。黒幕以外を誰かに任せて黒幕だけ倒せばいいんじゃないかって。そうすればある程度の名声をゲットできるし。
取り敢えず私は怨霊の言葉なんてわからないから結界でとっ捕まえているけれど……
「魔理沙、あんた怨霊と会話できる?」
「霊状態じゃ無理だぜ。そもそも会話するたって人に取り憑くか人型を取れるような強力なやつくらいだろ」
「そうよね……」
魔法使いでもやっぱりダメか。別視点からの考えならいけると思ったのに。
だとしたら霊が何かを訴えたいのだとしてもこちらはわからないか。
じゃあやっぱりそれ以外のところで推理していくしかないわ。
「ところでもう1人呼んでるんだろ?」
「ええ、もう冬眠に入るはずだけどまだ起きているはずよ」
一応向こうとコンタクトを取るのは簡単だったけど紫の代わりに藍が出てきたしもうすぐ寝るところって言われたからちゃんと来るかどうかわからない。
そうこうしていると、私のすぐ真横に空間の割れ目ができた。
「何がまだ起きているはずよ。こっちは布団に入ったばかりだってのに」
うわ、すっごい不機嫌。大丈夫かしら…
体を出した紫は露骨に不機嫌そうな顔で睨みつけてきた。
背中が薄ら寒くなる。協力的というかこちら側なのかもしれないけれどやはり大妖怪。しかも幻想郷を管理する者なのだから当然だ。
「それで?間欠泉で怨霊が出てきたから知見を聞かせてって?」
「そういうことよ」
「巫女が珍しいわね。そんなものいつも通り勘で……」
そこまで言いかけた紫が急に口を閉じた。半分閉じかけていた目がぱっちり開かれる。
一体何を思いついたのかしら……
今紫の頭を覗けたら多分思考が高速でいろんな予測とか考えを出しているところなのだろう。
「そうね……ちょっと待ってなさい」
思考が終わった紫はそう一言だけ告げて隙間の中に戻っていった。
なんなのよあれ……
「なんだ⁇紫のやつ心当たりでもあるのか」
「だと良いんだけれど……」
お茶冷めちゃうじゃない。飲んじゃおっと。
後でまた継ぎ足せば良いのだし。
ちょっと待ってろと言われてもう三十分だろうか。そろそろ帰ってきてほしいと思っていたところで紫が帰ってきた。
さっきの寝ぼけでイライラした雰囲気はどこにもなかった。むしろ賢者として幻想郷を守る使命を持った時の紫だった。
「どうだったの?」
「考えが当たったわ。その怨霊は地底から出てきたものよ」
地底ってあの地底よね。あそこから噴き出してきたってどういうことかしら?
「地底?そういやたまに文のやつが言っていたな……」
魔理沙はあまり馴染みなさそうよね。
「正式には旧地獄。何百年も前に地獄の改変が行われて使用頻度が低かった場所を切り離したものよ」
「それがなんで地下にあるのよ」
「地下に置いておくことで地上で生きられない存在を隔離収納しておくというのが本来の目的だったわ。まあ現当主の考え方が特殊だから妖怪同士では結構交流が盛んよ」
「へえ……でもジメジメしてそうだな。しかも地獄跡ときた」
私もそう思う……
「そうでもないわよ。年がら年中夜の温泉街って言ったところね」
それ褒めてるのかしら?ずっと夜の温泉街……うーん想像しやすいんだけど温泉街ってどんなのか想像つかないからなあ…言いたいことはわかるのに。
「ちょっとそこで問題があったらしいわ」
問題ねえ……問題が起こったからって間欠泉がいきなりできたり怨霊がポンポン出てこられちゃたまったもんじゃないわよ。今までこんなこと無かったのに。
「それで私達に解決を?」
「そういうことよ。異変解決は巫女の仕事でしょって」
ということは元凶がいるからそいつを倒せって事なのね。了解よ。でも正直地底への行き方なんて知らないわよ?一応山のどこかに縦穴があるって話らしいけれど。
「わかったけど地底までの行き方は?」
「地獄入り口に行けば迎えを寄越すそうよ。詳しくはそこで聞いてね」
入り口に迎え?なんかきな臭いんだけど…私達を嵌めようってことではないわよね?まあそんときはまとめて退治しちゃえばいいか。
「ありがと。あんた寝るの?」
いつの間にか服も寝巻きのようなドレスからいつものドレスに変わっていた。わかりづらいけど……
「寝ようかと思ったけど…サポートすることにしたわ」
「サポート?」
彼女から出てきた言葉は意外なものだった。
「ちょっと気になることがあったからね」
紫がサポートねえ……
ちょっと気になるけれどまあいいわ。
「地底まで送って行ってははくれないの?」
「面倒だからパスよ。サポートに徹するわ」
へいへいそうですか。
「へえ……地底か…なんか珍しいものが生えてそうだな」
ずっと黙っていた魔理沙がようやく口を開いた。真剣な顔で聞いているからずっと迷ってたらしい。そもそも未知の場所に乗り込むのは危険が伴う。私だって案内人がいない状況だったら情報収集してからって答える。
でも目をキラキラさせてるから絶対異変解決を二の次にするわね。断言するわ。
「魔理沙には地底の横穴探検の方がお似合いね」
紫にまで言われてるよ。大丈夫かしら……
「なんだそれ!すごく面白そうじゃねえか!」
あ、横穴探検の方がいいのね……でも異変を解決してからにしてちょうだい。
目を輝かせている魔理沙を軽くなだめる。
「あんた冒険好きでしょ」
「魔法研究の次に好きだな!」
なんだそれ……
魔法研究の次がそれって…まあワクワクするのは理解できるけど。
「おしゃべりはもういいかしら?」
そうね。向こうが異変を解決してくれって言ってくるということは結構切羽詰まっているってことだし…
「ええ、用意してくるわ」
「私も準備してくるぜ」
各員はそれぞれの方向へ散っていく。
怨霊と悪霊を何匹か地上に送ってからもう5時間。ここがマントルのすぐそばだったとしても霊の移動速度ならもう着いている頃合いだねえ。
今のところ灼熱地獄の件は口外禁止にしている。まあ勇儀と萃香には事情を伝えている。それにお空が巻き込まれているということも含めて全部だ。
2人もどうにかできないか模索しているものの、力での解決しかできないという事で保留にしている。
さとりならこんなときどうしたのだろうか。
灼熱地獄の近くにあった制御装置は配線が熱でやられたからか沈黙してしまい今は地霊殿の方の統括制御盤がある部屋で監視している。
こいしは事情説明に箝口令に非常時の避難計画を見直したりとてんてこ舞いだったから今はあたいの横で寝ている。
熱の急激は上昇は止まったけれど基準より高いまま。
それでも随分落ち着いたほうだとは思う。
「あら、お眠だったかしら」
こいしが寝ている側とは反対の方から声がした。
「相変わらず予告無しなんですね紫様は」
そこには部屋の中なのに日傘をさす紫様が立っていた。
「呼んだのはそちらでしょう?それで何があったのかしら」
確かに呼んだのはあたい達だけれど巫女を呼んでほしかった。
まあ紫様が来てくれたのはありがたいかもしれない。
「灼熱地獄が熱暴走。誰かがお空に神を与えた可能性があるって言えばわかるかな?」
「……私はさとりじゃないのよ。ちゃんと説明して」
「はいはい…」
こいしを起こさないように静かに素早く状況を説明する。
要はお空をどうにかして助けてほしいということだ。どう考えてもお空が自分であんなことするとは思えない。多分取り込んでいる何かの方がやっちゃった可能性がある。
可能性があるというだけでまだ決まったわけはないしお空がもしかしたらやった可能性もあるのだけれど…あたいはお空を信じている。
「わかったわ。取り敢えずさとりはどこにいるの?」
あれ?紫様は知らなかったのだろうか?
「知らないのかい?」
「知らないって……」
「さとりはもう一週間近く行方不明だよ」
急に紫の顔が青くなった。でもそれは一瞬で多分ちゃんと見ていなかったら気づかないくらいのものだった。
「そう……だったのね」
「まあね…どこで何をしているのやらだよ」
「私も捜索したいけど…もう冬眠が近いから無理ね」
そういえば紫様は冬眠が必要だったっけ?あたいらにはよくわからないけれどもしかしたら今も立っているのが辛い状況なのかもしれない。
「わかった…ともかく先ずは巫女を連れてきてほしいなあ」
「分かったわ。じゃあ巫女を動かすから案内はそっちでやってね」
「わかったよ」
彼女の背後に隙間が現れ、紫様の姿がそれに飲まれていく。
「ん?お燐何かあったの?」
今度は代わるようにこいしが起きた。
「紫様が来てたんですよ。巫女を呼んできてくれるそうです」
「やったね……それじゃあお迎えに行かないと」
「そうですね。あたいが行ってきます。こいしはもうちょっと休んでて」
「ありがと…お燐」