よく世の中は奇妙なことが多いというけれど、人間の想像ほど奇妙に満ちたことはないと思う。
その想像が現実になるそんな非常識的な世界において、私の常識というのは全く通用しない。
だからなにが起こっても驚く必要はない。それは確定事項のようにやってきたものだと思う。
だけど言わせてほしい。今目の前で起こったわけのわからない事実を……
私は時々あっちへ行ったりこっちへ行ったりするのが癖になっている。今日もそれに任せて適当なところを無意識のままに歩いていた。
だが犬も歩けば棒に当たるということか…藪から出たなんたらなのか…私の体を強い衝撃が襲う。
いや、私ではなく世界そのものが何かによって殴られたような衝撃を受けたのだ。
なにが起きたのか理解するより先に、私の体はどこかに投げ飛ばされた。
それが数分前の私。
状況がつかめない。どうすれば良い?
浮遊感が不安を煽る。
そうこうしている合間に、頭が何かに当たる。強い衝撃が走り視界が弾ける。
そのまま意識が消え去る。最悪だ……なんて思う気力も私には残っていなかった。
「あれ、人? ⋯⋯さとり?って、え⁉︎ど、どうして⋯⋯寝てる? さ、さとり? 大丈夫です? い、生きてますよね?」
誰かの声…聞いたことがないですね…誰なのでしょう。私の名前を知っているということは知り合いのはずなのですが……わからない。
分からなすぎるのでついこんなことを口走ってしまう。
「うう……返事がないただの屍のようだ」
「あ、良かった。生きて⋯⋯る? ⋯⋯か、回復魔法とか使った方がいいです? ⋯⋯下手ですけど」
まさかのスルー。聞こえていたはずなのだけれど…いや返して欲しかったわけでもないから別にいいか。それにしても回復魔法?私の知る人で回復魔法が使えるヒトなんて……まず魔法自体使えるヒトはいなかったはずだ。誰なのだろう。
「あ…いえ、大丈夫です…外傷はないですから」
体を起こしながらそう答える。
視界に入ってきたのは目の前で心配そうにこちらを見つめる少女。私と同じくらいの身長に真紅の髪。服装はなんだかフランドールを連想させてしまうスカートとシャツの組み合わせ、そして背中には髪と同じ色の翼…どことなく吸血鬼を連想してしまう。
そこまで観察したところでサードアイが出しっぱなしなのに気づき慌てて隠す。
「そ、そうですか。でもさとりはどうしてこんな場所で⋯⋯寝ていたのです?」
感情が顔に出やすいのだろう。本気で私を心配してくれているようだ。だけれど私は彼女を知らない。向こうは知っているような口ぶりなのだが……一体どういうことだろうか。
「えっと……まず一つ聞きたいのですがあなたは一体誰でしょうか?私のことを知っているようですけれど…初対面ですよね?」
「え⋯⋯? レナですよ? レナータ・スカーレット。何度か会ったり、家にお邪魔させてもらったりしましたよね? ⋯⋯というか古明地さとりで合ってますよね?」
レナータ?誰でしょうか…思い出せませんね。それに聞いたこともないし…
「レナータ……該当しませんね。私の記憶は正常だと認識していますけれど…もしかして記憶喪失の一種でしょうか?でもピンポイントで忘れることなんて……ってスカーレット?」
スカーレットというところでなにかが頭に引っかかる。
確か原作にスカーレットはいたような気がするのだが彼女の年齢は500歳、この世界ではまだ生まれていないはず…どういうことなのだろう?まさかスカーレット家の者だろうか?だとすればどうして幻想郷に?
「はい、スカーレット。私は紅魔館の現当主、レミリア・スカーレットの妹、レナです。⋯⋯もしかしてそれも忘れてしまったとか?」
え…レミリアの妹?それってフランじゃないんですか?そもそもレミリアさんがこの時代にいる?どういうことでしょうかどんどん混乱していく。
「あれ?レミリアの妹ってフランだけじゃなかったのですか?あれ…まず紅魔館って幻想郷入りしてましたっけ?」
「いえ、私含めてフランだけではありませんよ。
紅魔館は数年ほど前に幻想入りしてます。外の世界の年で言うと、入ってきたのは2000年辺りでしたっけ。まあ、それはともかく割と最近入ってきましたね」
帰ってきたのは意外な答えだった。数年前に幻想郷入り?
え…嘘ですよね。私の認識ではまだ幻想郷は…あれれ?
心配そうに顔を覗き込む彼女…嘘は言っていないようですし本当のようですね。感情豊かというべきかポーカーフェイスが苦手と言うべきか…だとしても理解が追いつかなくなる。
「……へ?あの…もしかして…私って死んでるんじゃないの?」
現実逃避も良いところだが仕方がないだろう。ここは死後の世界。うん、そう思った方が良い。
「⋯⋯」
不意に彼女の肌が近くなる。あっけにとられていると頬に人肌の温もり。一瞬何をされたのかわからなかったがその紅い瞳がすぐ近くに来ていることで心臓が跳ね上がりそうになる。魅せられそうになる。
「実体はあるみたいですから大丈夫です、問題ありません」
「ふぇ…あ…ありがとうございます」
頬に触れていた温もりが遠ざかり大真面目に私の存在を実証してくれたその手が降りる。
言葉が震えてしまったのも無理はない。
「あの…少しいいですか?」
だけどそのおかげで少しだけ確認しておきたいことができた。
一度吹っ飛んだ思考から必要な情報を再構築。
結局のところ彼女の言い分ではここは私のいた時間ではないらしい。後はこれが同じ時間軸上に存在するか否だ。
「古明地さとりって普段フリルのついた感じの服着て地霊殿に引きこもってませんか?」
間違っていてほしい。
もしこれで引きこもってるなんて言われたらもうどうしていいやら…
だけど現実は残酷だった。
「引きこもっているかいないかで言えば、かなり引きこもっていますね。おそらくはこの100年の間で、外に出たのは私の家に遊びに来た時のみ。⋯⋯それも実際に歩いたり飛んで来たわけじゃないから⋯⋯って、どうしてそんなことを?」
悪意のない純粋な気持ちでぶつけられたその言葉に、最悪の事態だと心が結論づける。
だけど同時にはっきりした……認めたくない事実を……
どうしたのと見つめて来るその瞳に映る私は……一体どんな顔をしているのやら……ああ、相変わらず無表情でしたね。
彼女とはまるで正反対ね……
「ああ……いえ、記憶喪失だったらいいのになって思っただけです」
実際には記憶喪失でもなんでもなく…ただ世界の残酷な流れに巻き込まれたと言うべきか…まあ私だけが不幸ってわけでもないですし…なんだか可愛らしいレミリアの妹に会えたわけですからその辺は幸運だったというべきでしょうね。
「え、えーっと⋯⋯。要するに、どういうことです?」
いまいちわかっていなさそうにこてんと首をかしげる。
それにしても……さとりにしてはあまりにも似つかない格好の私なのだから少しくらい私がさとりじゃないと気づかないものなんですかね……
「多分……私は古明地さとりであっても古明地さとりではない…いえ、あなたにとってみれば同一人物ですけれど全く別の人物でもある。いわば全く別の古明地さとりのようです」
「⋯⋯え、並行世界とか、そのような類の⋯⋯えぇ⁉︎さ、さとり⋯⋯いえ、さとりさんが⋯⋯?」
そこまで驚くことでは……いや、驚くことか。いまいち私の中の感覚も感情の振れ方もずれているみたいですね。
「にわかには信じ難いですが……多分」
悲しいですが、この可能性が一番高いですね。
「そうですか⋯⋯。これも何かの異変でしょうか? いえ、明らかに異変ではありますけど」
自問自答…しかし異変と言う単語にピンと来る。
「あ…一応こっちでも異変ってあるんですね……」
異変ということはやはりこの世界も私の知る世界と同じなのだろう。
しかし彼女のように少し違うところも多い。いやあ私の知識なんて役に立たないですね。基本的に忘れましたけど。
「ありますよ。最近も地底の異変とか⋯⋯。って、これが異変だとして、誰かの仕業によるものなのでしょうか? さとりさんは心当たりとかあります?」
地底の異変?それってお空が暴走するやつなんじゃ…
まあそれは置いておいて…これが異変か。確かにそうですね。でも異変の原因なんて分からないですよ。
「えー…いや分かるはずないじゃないですか。そもそも私はまだ結界で閉じられる前の幻想郷にいたんですから」
「ですよねー⋯⋯。というかかなり昔から転移⋯⋯いえタイムスリップ? とにかく凄い異変ですね。咲夜でも時間の跳躍とかできないのに⋯⋯。あっと、立って話すのもなんですし、私の家に来ます? 行くあてが無ければですけど⋯⋯」
そう言って笑顔を向けて来るレナータさん。眩しくて直視できない…これで吸血鬼って……疑いたいです。
「ええ、そうしましょうか。それにしても…お人好しですね…私がもし嘘を言っていたらどうするつもりだったんですか」
「嘘を言っていたとしても、困っている人を放ってはおけませんから。それに過去の人や別世界の人だとしても、さとりさんはさとりと似ていますし⋯⋯尚更放っておけません」
少し困った顔をされる。その表情には本気でそう思っているそんな意思が読み取れた。
「やっぱりお人好しですね……まあそういうの嫌いじゃないです」
無表情な私でと対照的なほどコロコロと表情が変わるし背中の羽が少しだけパタパタしていて可愛らしい。
「そ、そうなのですか。⋯⋯まあ、ここにいて妖怪におそわれても嫌ですし、早く家に行きましょうか」
「そうですね…」
歩き出したレナータさんのとなりに並ぶ。フード付きの外套のようなものを着ているから遠くから見たら不審者が2人歩いているようにも見える。
まあ仕方がないといえば仕方がないだろう。
思考を変な方に切り替えていると木々に隠されていた視界が急に開く。
目の前には全てが真っ赤な屋敷が佇んでいた。
森の中にしてはかなり不釣り合いだ。森というより広葉樹だからだろうか。なんだかこういう建物は針葉樹の中にあった方がもう少し違和感は減るだろう。
「着きましたね。あ、初めて見るかもしれませんので紹介しますね。この気味悪いくらいに真っ赤な建物が紅魔館です。それとあの門の前で立って寝ているのは、一応門番の美鈴です」
門の方に視線を向けてみれば、緑色の中国服を身にまとった女性が堂々と立ち寝していた。
幸せそうな寝顔はどんな夢を見ているのだろう。
「やっぱり真っ赤ですね。それに門番も寝てますね」
想像していたのとほぼ同じだったことになんでか安心する。その想像も昔の記憶から発生した副産物ですけど…
「そう言えば私の素性どうしましょうか……異世界から来たって言っても信じてもらえるかどうか」
異世界から来たなんて言っても信じてもらえるかどうか怪しい。私自身だってまだ信じ切れていないのだから突然押しかけて異世界から来たなんて言ってもねえ……
「まあ言っても冗談だと思うかもしれませんが⋯⋯私自身、元は⋯⋯いえ。きっと信じてくれると思いますよ。特にお姉さまは優しい人ですから」
そうでしょうか…まあレナータさんがそう言うならきっとそうなのでしょう。それにしても今一体何を言いかけたんでしょうかね。
「あなた自身……どうしたのですか?」
少し気になってしまう。心を覗けばすぐに分かりそうですけれど……それは彼女の秘密を勝手に知ることになる。そんなことをしたいわけではない。
だけどレナータさんは視線を落としながら答えてくれた。
「それこそ信じてくれないかもしれませんが、私は転生者なんです。この世界がゲームとして存在する世界から。⋯⋯あ、もちろん信じなくても大丈夫ですよ」
にわかには信じがたい話…無理に作った彼女の笑顔が少しだけ苦しい。
それにしても…この世界をゲームと認識する世界ですか。確かに信じてもらえなさそうなものですね……ですが、私は古明地さとりですよ。
でもそんな事言っても逆に彼女を傷つけてしまうだけだろう。
「なるほど……じゃあ、バルス!」
「目が目がぁぁぁぁ!って、え? えっ⁉︎」
大混乱していますね…でもその表情がなんだか可愛らしい。
うん、このくらいの方があなたには似合ってますよ。さっきみたいな顔しないでくださいね。
「なるほど……知識は残っているのですね。あ、私がどうして知っているかは…禁則事項です」
聞かれたら教えますけどね。でも彼女は…正直に聞いて来るのをやめるだろう。それほど彼女は正直で純粋なのだ。
「あ、はい。では深くは聞かないようにします。前世の記憶はあまりないですけどね。この世界の記憶も地底異変より先のことはほとんど消えてますし⋯⋯」
「地底異変というとお空が暴走するやつですよね。まあ、それは置いておいて……屋敷に入りましょうか」
玄関先で喋っているのもなんだか落ち着かないですね。美鈴さんは寝ているから良いですけど誰かに聞かれなかっただろうか……少しだけ不安になる。
「ですね。⋯⋯ただいま」
庭を抜けてエントランスに入る。かなりの距離があった気がするけれど対して気にもならない。やはりというべきか家の中も真っ赤だ…だけどこのエントランス…何処と無く何かに似ている。なんだったっけ……
「さて、談話室にでも行きましょうか。それとも一応お姉さまと会っておきます? 多分さとりだと思って接すると思いますが」
そうですね……レミリアさんに会っておいた方が良いですね……
「家長に挨拶くらいはしましょう……さてなんと言い訳をしましょうか。最悪武力行使も考えなければ」
武装は短刀一本だけ…それも普通の刃だから吸血鬼を倒すことは多分できない。
「ふぁい⁈ほ、本当にやめてくださいね、お願いしますから⋯⋯」
どうやら刀が見えてしまったらしい。
これを使うかどうかは場合によりますね…もちろん使わないことに越したことはないんですけど…
そうこうしているうちにレミリアの部屋に到着したらしい。少しだけ他の扉と装飾が異なる。
「お姉さま、入りますよ」
レナータさんがノックして扉を開ける。
返事が来る前に開けているような気がするけれど深くは気にしない。
「ええ、いいわよ。⋯⋯あら、さとりじゃない。どうかしたの?」
レミリアさん悠々と椅子に座っていますね。
その椅子少し大きい気がするのですけれど……
「あ…どうもです。ちょっと色々ありまして尋ねてみたのですけど少しお邪魔させていただけませんか?少なくとも数日……だめって言ったら斬るんで」
もちろん冗談だ。だけど無表情だからあまり冗談んとして受け止められなかったらしい。
急にガクガクと震えだした。
そこまで殺気を出しているわけでもなんでも無いんですけど……どうしてなのでしょうね。
「そ、それは別に構わないけれど⋯⋯あ、貴女さとりよね?」
声が震えてしまっていてさっきまでの威厳はどこへ行ったのやら…
「お姉さま⋯⋯」
レナータさん…心配してそうで可愛いとしか思っていないですよね。完全に表情がにやけてますよ。
「ええ、さとりですよ?眼は隠してますから心は見えませんけど」
そういえばフードを被りっぱなしでしたね。外さないと……
「⋯⋯髪伸びたわね。まあいいわ、好きにしてくれて。レナが連れてきたのなら、大丈夫でしょ。⋯⋯誰かを連れてくるなんてなかなか無いけれど」
「多分誰かを連れてきたことなんて無いですけどね」
よかったですね…私がさとりじゃ無いとは思われなかったようだ。だけどこうして2人を見ているとやはり姉妹なんだなと思える。
「では、これにて失礼しますね」
許可ももらったのだからもういいでしょうね、さて…部屋を出ますか。もちろん窓からですけど……
「ちょ、ちょっと。開けないでよ? 太陽とか本当に苦手なんだから。当たらなければどうということないけれど」
「⋯⋯⋯⋯」
そういえば、外から帰ってきてそのままだからフードを被っているレナータさんと違いレミリアさんは丸腰でしたね。
「え……退室するだけですけど」
窓からはやはりダメらしい。どうして窓から退室してはいけないのだろうか。
「ちゃんと扉から出なさい。レナ、貴女の客人なんだから最後まで面倒見てなさいよ」
「最初からそのつもりですけどね。ではさとりさん。異変解決、行きます? 心当たりが一つだけありますよ」
「心当たりですか……分かりました」
心当たりがあるのであれば行ってみる事にしよう。紅魔館に来たばかりだけれど…
「では白玉楼へ向かいましょう。この手の異変の黒幕そうな胡散臭い⋯⋯いえ、賢者の妖怪の友人がいますからね、ええ」
ああ…胡散臭い妖怪の友人ですか……確かに彼女なら何か知っていそう。知らないようなら……諦めるしかないでしょうけど…
「なるほど……紫の友人なら知らなそうで知っていそうですね」
赤い廊下をレナータさんに続き進んで行く。
家の中も真っ赤って慣れませんね……とかなんとか思っていれば、いつのまにか屋敷を後にし、空を飛んでいた。
かなり無意識に任せて歩いていたらしい。
「あ、そう言えばあなたの能力ってなんなのですか?」
そういえばまだ聞いていなかった。教えてくれるかはわかりませんけれど…
「ありとあらゆるものを有耶無耶にする程度の能力ですよ。私が触れたものの存在を有耶無耶にします。まあ、使える機会は限られてますので、主に使うものは召喚などの魔法です。ほら、魔法少女ってカッコよくないです?」
振り向いた彼女が大真面目にそんなことを言う。
能力のことはともかく後半は一体……魔法少女ってかっこいいですかね?だいたいバッドエンドしかない気がするんですけど。
「それって境界も意識と無意識の境も結界も有耶無耶に出来そうですね。それにしても魔法少女ですか……結末が残酷なことになる確定…」
「そこまで試したことはありませんが、私の能力は有耶無耶にしても有るものと無いものは変えれないので、難しいかもしれません。
魔法少女でわがままなら願いを叶えやすいと聞いたので、きっと大丈夫ですよ」
ものすごい不安なんですけど。その根拠のない自信でむふんみたいに喜ばないでください。その笑顔が裏切られた時が怖いです。
「難しい能力ですね。そう言えば魔法少女で思い出したのでけど……僕と契約して魔法少女になってよ」
ちょっとだけ言ってみる。多分記憶があるのなら…多分反応するだろう。
「魔法少女(自由な)ならいいですよ。というかその白い生物だったりステッキだったり、その手にはろくな方がいません⋯⋯」
まあ確かにろくな奴いませんね。
「うーん……まあいいです。それで、白玉楼まで後どのくらいですか」
「ぶっちゃけ転移系統の魔法があるので地面とかあれば一瞬で行けますよ。冥界は異世界みたいなものですが、結界が緩いせいか行けるようですので」
それ今言います?飛び始めて結構経ってますよね?
「それ……移動中に言います?なんかここまで移動した気力が一気に反動でくるのですけど」
ジト目で睨みつける。なんとなくだけれどこの子うっかりさんなのだろうか。
「ほ、ほら、空を飛ぶのって気持ちいい風を感じれてイイジャナイデスカ」
途中から口調がおかしくなってるし目線が泳いでますよ。
「あまりしたくないのですが……想起してもいいですよねってかさせなさい。色々見てあげますから」
黒歴史とか色々とね……
「ヤメテクダサイ」
こっそりと出したサードアイが申し訳ないという気持ちが一瞬だけ捉える。一応反省しているようですし…やめましょうか。
「冗談ですよ。それにこうしてのんびり景色を見るのも良いですからね」
眼下に広がる幻想郷の景色に感動しないなんてアホだろう。
まああまり私のいた世界と変わらないのですが…やはり自然は変わらないんですね。
その事に安心する。
「⋯⋯今の幻想郷と昔の幻想郷って、やっぱり違います?」
「あまり変わりはないですけど…こっちの方がどことなく賑わいがあります」
あの世界はまだ色々と未熟なことが多いから…こうして飛んでいるだけでも違いが見えて取れる。
「そうなのです? ⋯⋯あ、そろそろ着きますね。白玉楼」
レナータさんが指差す方には何やら穴のようなものが空に空いている。あれが冥界への入り口なのだろう。半透明ななにかがそこから出入りしているのが少しだけ見える。
そこに突入してみれば、急に足元に地面が出てくる。いや、冥界に入ったから空間認識が変わったのだろう。
視線を前に戻すとそこには扉が一枚ある。
「冥界に続く扉⋯⋯あれは開かず、上を飛び越えるらしいですけどね」
あれ飛び越えるんですか?なんかちゃんと潜らないといけないような……
「勝手に入って大丈夫なんでしょうか…庭師に斬られそうなんですが」
絶対斬ってくるだろう。
「大丈夫ですよ。妖夢とは何度か会って──」
安心したレナータさんが一歩踏み出した瞬間、視界に動くものが入り込む。
「斬り捨て御免」
突然現れた銀髪の子がレナータさんを斬りつける。
「うわっ、危なっ⁉︎え? 幽々子さんって知り合いでも斬るように言ってます⁉︎」
回避は出来たようだけれどバランスを崩したのかその場に転んでしまう。スカートが翻り下着がちらっと見える。
ふうん…白か。
「言っています。⋯⋯あれ、そちらの方は⋯⋯初対面の人ですね」
どうやら目標が私に変わったらしい。
それにしてもいきなり斬りかかって来るなんて…恐ろしい庭師ですね。
「訳あって素性は言えませんが……妖夢さんここを通してくれませんか?さもなければ斬る」
抜刀。刀とはいえ短刀…妖夢の持つ剣とではかなり不利。だけど邪魔するならこっちだって容赦しない。
「いいでしょう。⋯⋯通していいかは、斬れば分かります!」
妖夢が刀を再び手に取り、構える。
斬り合いになるのですね…仕方がありません。
「斬っても分かりませんから! というか落ち着いてください、争い事はできる限りおやめください」
もう争いを回避できるタイミングは過ぎているのですよ。
「ちなみに斬るのはレナさんの服です。妖夢さん……」
なんで彼女の服かって?なんとなくですよ。もちろん冗談ですけどね。
「後レナさん、もう少し丈の長いスカート履いてくださいよ」
その丈の短さじゃなんだか落ち着かないです。
「何故私!? それとフランからパク⋯⋯借りているものなので、これ以上長いスカートはないですね。必要とあれば作りますけど」
なるほど…フランから一生借りてるのですね。別に良いですけど…
「⋯⋯変な人達ですね。でも通しませんよ。幽々子様から許可が降りない限り⋯⋯」
「あらあら〜。吸血鬼の妹に地底のお嬢さまじゃない。どういったご要件でここへ来たの〜?」
妖夢の言葉を遮って屋敷の奥から幽々子が歩いてくる。口元を扇子で隠しているせいで表情が読み取れない。
なるほど…厄介だ。
「……」
刀を収める。争う理由もなくなりましたからね。
「初めまして幽々子様。少しお話がありましてこちらに参りました」
「あらそうなのなら部屋に入りましょう」
「幽々子様⁉︎」
「妖夢、お茶お願いね」
レナータさんいつまで座ってるんですか。
「⋯⋯いつも思いますが、緩いですね、警戒とか色々」
立ち上がりながらそう問いかけるレナータさん。何度かここにきたことあるのだろう。
「あら。どうかしたかしら、レナちゃん?」
「あ、いえ⋯⋯」
幽々子の問いかけに言葉がどこか泳ぐ。優柔不断……いや、あの反応は苦手なのか。
「仕方ありません……今回ばかりは見逃します」
妖夢が渋々退散する。無駄に刀の錆が増えなくて良かったです。
そういえばレナータさんって…
「……レナさん白でしたね」
「そういうあなたは何色なのかしらね。すごく気になるわ」
そう答えたのは幽々子さんだった。
レナータさんはいまいちピンときていないのかはてなを浮かべている。
「幽々子さん、知らなくて良いこと沢山ありますよ。私みたいに知ってしまう体質じゃないのなら知らない方が良いですよ」
「え? 白は清潔を表すとか言うらし⋯⋯ふぇ⁈ いつの間に!というか見ないでくださいね!ご、ごほんっ! ⋯⋯本題に入っていいですよね? さとりさんももう何もないですよね? いえ、(調べ)なくていいですけどっ」
あたふたするレナータさんがなんだか可愛いと感じてしまう。あそこまで表情豊かにあたふたするなんて…うん。変な気分になってしまいそうです。
「え……私は服の色を言ったのに……なんでそんなに慌ててるんですかねえ」
「え……ぐぬぬ……」
そんな怒らないでくださいよ。後屋敷に入るんですから靴脱いで…あ、妖夢さんお茶、速いですね。
ってなんかすごい溢れてるのですけれど…どれだけイヤイヤ入れたんですか。
「まあ良いです。それでは本題に入りましょうか。幽々子さん、単刀直入に聞きますけど…空間を歪めたりすることに心当たりはありますか?」
「紫がそういうの得意だった気がするわ。でもどうしてかしら?」
すっとぼけているようにも見える表情のせいで知っているのか知らないのか全然わからない。
「あまり私に能力を使わせないでくださいね……分かっているのですよね。でなければ私がさとりだとどうして気がつくんですか?」
私はフードをかぶっていたし目だって隠していた。なのにどうしてわかったのだろう?
「あらあら。もう少し可愛い顔した方がいいわよ〜。でもね、今回は本当に私は関係ないわ。これは本当よ」
「……幽々子さんが本当に知らないのは信じます。取り乱してすいませんでした」
本当に知らないのだろうし知っていても言うはずがないか……だとすれば悲しいかなここまでだ。
出されたお茶を一口飲む。あれ?一緒に出されたはずの茶菓子は一体どこへ……
「いいのよ、別に〜」
幽々子さんが一人で頬張っていた。
「まあ、幽々子さんって怪しさ全開ですし⋯⋯あ。
でもそうだとしたら一体何のせいで⋯⋯」
「私は分からないけど紫に聞けばいいんじゃないかしら」
完全に他人事となったためかお菓子を食べれて満足そうな笑みを浮かべそんなことを言う。
「紫に……ええ…彼女の方に借りを作るの嫌なんですけど…なるべく打てる手を打ってから相談したいです…」
紫とは友好関係にはあったけれどこの世界ではそうもいかない。それにレナータさんがこんなに優しいだけで紫が優しいとは限らない。
「あらそうなの? まあ頑張りなさい。応援しているわよ」
あの……飲んでるそれはレナータさんのお茶ですよね。まさか全部飲む気ですか⁉︎
「⋯⋯本当にここではないみたいですし、仕方ありません。一度帰って作戦会議ですね。時間も遅いですし。あてが外れてすいません、さとりさん」
レナータさん…頭を下げなくてもいいのに。
「いえ、あなたに非はないですよ。幽々子さん突然尋ねたりしてすいませんでした」
「気にしないで〜こういう時くらいしかおかし食べられないから」
「幽々子様、それは客人用のお菓子だからですよ」
妖夢に刀を向けられる。早く退散してくれという意思表示なのだろう。決して主人を斬ろうとしているわけではないはずだ…しかも白楼剣で…
「お邪魔しました、です」
白玉楼の綺麗な庭と遠くにちらりと見える妖怪桜を見納めとして観覧して屋敷を後にする。
何回も見る光景ではないですが言葉に表せないほど美しいものですね。