古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.187邪神炎上 下

体が焼けるように熱い。骨まで溶かされているような感覚。激しい痛みが体を破壊しようとしている。

意識が乗っ取られそう。いや…意識そのものも溶かされてる……

 

それでも私は……

 

 

「な、何してるの!」

異様な気配が部屋から漏れ出したからきてみれば、そこには理解しがたい光景が広がっていた。

部屋の中央でさとりを喰わせていた白蛇は何故か音を立てて引きちぎれ始めていた。

何もないはずの空間が歪み、捻り千切られるように内臓と血をぶちまけ悶える白蛇。どうにかしたいけど原因がわからないんじゃ止めようがない。いや原因はわかっているのだけれどこちらからは手出しが出来ない。

「っ!あ……」

肉が引きちぎれる音がして、白蛇の腹わたが左右に引っ張られ引きちぎられた。

「あ…あ、あ」

声が出せない。なにこいつ…?

はらわたから顔をのぞかせたそいつは邪気を実体化させて纏っている異形の存在だった。

小さな蛇のように邪鬼が無数に絡まり巨大な人形を成形している。

まさかこいつ…

「白蛇を…喰ったんだね。さとり」

 

異形の目が開かれる。いや開かれたと言うより……

「こりゃますますここから出すわけにはいかないね…」

頭のようなところに目や鼻などのパーツはなく巨大な牙が乱立した口が縦に開いているだけ。その中に複眼のようなものがいくつもあるけど……

あれが目だと言うのなら私は目を見る目がない。ありゃいくらだね。色もなんだかそれに近いし。

 

ぐちゃぐちゃと音を立てて、そいつは私の方に動き出した。力なく横たわる白蛇は…完全に力を吸い取られたのかただの抜け殻になっていた。

やばい…こいつ私の力まで奪い去るつもりだ。

そうはさせない。私の力をみすみす渡してたまるか!

もはや意思が残っているのかわからないさとりが飛びかかってきた。結界を張り食いつこうとする動きを止める。

 

だけどそいつは私の予想の範疇を超えた。

「結界が溶けてる⁈」

体当たりを受け止めた直後そいつは体からピンク色の触手のようなものを出し、結界に突き立てた。

瞬間溶けるように結界が崩れ去る。

「うっそでしょ‼︎」

後退しながら鉄輪を投げる。異様な速さで避けられてしまう。それどころか横をからぶった鉄輪が触手に絡め取られ喰われた。

なんだいこいつ……

 

喰われたはずの鉄輪が逆にこちらに撃ち出された。

咄嗟に避けようとして、少しだけ肩を掠めた。

瞬間、体に激痛が走る。掠っただけなのにこんなに痛む?あ!これもしかして…私の呪詛を取り込んだ?

あの鉄輪はいくつもの呪いを入れている。だから当たれば傷を負わなくてもある程度の呪いが移ることになる。基本私が差し込んだ呪いだから私が触れようと問題はない。なのにあいつ…

 

鉄輪にかかってる呪いを解読して自分のものにした?なんてデタラメ…じゃなくてめちゃくちゃまずい!

 

 

思考を巡らせているとそいつは出口に向かって動き出した。

やばいやばいやばい!これ外に出しちゃいけないやつだ!際限なく全部喰らい尽くされる!

全力で攻撃を行う。今度はあれに絡め取られないよう注意して……

 

 

「ッッ‼︎」

気づけば黒い腕に足を絡め取られていた。さっきまで異常がなかった。なのにこの場に急に現れ…いや違う!

 

「幻覚か」

そう意識した瞬間体が既に絡め取られている状態だと言うことを認識した。

「ええ、さとり妖怪の得意分野なのよ」

 

「へ、へえ…」

気づけば目の前にはさとりが立っていた。一体どこからが幻覚だったんだい?

真っ黒になった瞳が覗き込んでくる。意識がそっちに引っ張られそうだ。確かこいつは白蛇の…ああ、あの蛇か。

「種明かしをするのであれば蛇の腹から出てきた時点で既に幻影をかけていました」

 

「随分と優しいことだね」

「今の私の方が一番醜いでしょうから」

 

見ればさとりの形は既に崩れかかっていた。かろうじて上半身が原型を保っているといったところ。下半身と腕は異形のそれだった。

勘が警告している。こいつは壊れている。

 

「もう優しくする必要もないですね。じゃあ…」

いただきます

 

 

 

 

 

さとりが失踪する直前の行動はよくわかっていない。

最初はみんなさとりが行きそうなところをくまなく捜索する方法をとった。でもあたいは付き合いが長いからそれじゃ不十分だって分かっていた。それでも何も言わなかったのは信じていたから。さとりならあたい達の心配を完全に無下にするかのようにしれっと帰ってくる。そう思っていた。

ただ、今となってはそれじゃちょっと遅すぎる。事情が変わった。どこで何しているのか知らないけれど絶対に連れて帰る。

ただあたいも闇雲に探しているわけではない。

地上に出てきたとはいえあてもなく探している余裕はない。

普通ならね……

こっちはさとりと何年付き合ってきたと思っているんだい。みんなが予想する場所なんてさとりは行かないさ。失踪するとしたら……

それは地獄かあそこくらいしかありえない。

縦穴を出るのにかなりの時間を要した。多分向こうはもう決着がついているのかな?巫女と魔法使いだし大丈夫なはず…だよね。

 

 

山に新たに築かれた参拝道を駆け上る。持ってきた装備がガチャガチャと音を立てている。五月蝿いからおろそうかなあなんて事を考えてしまうあたり余裕は十分らしい。

さとり曰く余計な事が考えついてしまうのであればそれは思考が余裕のある状態でありとっさの判断が取りやすいらしいからね。

 

階段を半分飛びながら登り終える。目の前に広がる境内に人の影はなく、昼間にしては珍しく閑古鳥が鳴いている神社。

普段はもうちょっと賑わっているはずなのに今日に限って…いやここ数日ずっとこの状態だ。おととい人里で遭遇した早苗って巫女がそう言っていた。

早苗は気づかないだろうね。

巧妙に細工されているけれどここには人避けの結界が作られている。

人避けの結界はその存在自体が避けられる為基本的に認識することが難しい。だけどそこに人よけの結界が張ってあると最初から認識している場合、それの効果は全く無意味となる。

多分これに気づいているのは今のところ…かなりの実力者くらいかねえ。それも術者としての実力者という条件がつく。

 

「やっぱり…不自然だね……」

 

「おや?黒猫が神社に用事かな?」

背後…‼︎

咄嗟に体を飛び退かせる。

そこにはこの神社の神様…八坂様がいた。

いつものように笑みを浮かべているけれどその目は笑ってはいない。試してきているのだ。

「そんな警戒しなくても良いだろう?」

 

「まあ…そうだね…」

 

「それで神社に何用なのかな?」

言わなくても分かっているだろう。人避けの結界まで張って何を隠そうとしているのだか…

「あんた達が一番よく分かっているんじゃないのかい?」

 

「言われなきゃどう答えていいか分からないだろう」

そうだったねえ…彼女は覚りじゃないから言わないと分からないよねえ。

 

「古明地さとりを…あたいの家族をどこにやった」

根拠は無いけれど…さとりがお空がここに通い詰めるのに難色を示していたこと、そして失踪後からお空が何処からか神を宿してきてしまったこと。それらを合わせて考えればここに行き着く。それでも今まで来なかったのは人避けの結界があったから。選択肢に入っていても行こうとすれば術の効果で戻ってしまう。

でも地上で巫女を待っている時、人避けの結界がかかっていることを教えてくれた天狗がいた。

どうしてそんなことを教えてくれたのかはわからない。だけれど…さとりに教えてもらったとだけ言っていた。

どこまで想定しているんだいって呆れるよ。

「…君のような勘の良い妖怪は嫌いだよ」

 

「あたいも同じようにするのかい?」

 

「……いや、そうも言ってられないかもしれんな」

後ろを振り返った八坂様。

「それはどういう……」

背後に誰かいる?

あたいの声は轟音と建物が引き裂かれる音でかき消された。

屋根の一部だった木片や瓦が中に放り投げられ、少しして地面に叩きつけられた。

だけどそんなものは些細な事でしかなかった。

「な、なんだいあれ⁈」

黒い影のようなものが飛び出してきて、神社の石畳を押しつぶした。

「ッチ‼︎諏訪子を取り込みやがったな!」

取り込んだ?取り込んだってまさか神喰らい?

「……美味しくなかったわよ。神様って不味いのね」

黒い何かが八坂様に応える。その声はあたいが絶対に聞き間違える事はない声で……

「この声…まさか‼︎」

黒い影が拡散してその姿が露わになった。

それはさとりだった。でもその姿は完全に変わり果てていた。

左腕は黒い触手のようなものがいくつも絡み合い、巨大な腕のような形状になっている。丁度肩のところにサードアイが顔を出しているけれどその瞳は釘のようなものが突き刺さり、黒い血を流していた。

下半身は訳がわからないことになっていた。黒い…いや内蔵のようなものが黒く変色して足のあったところにくっついているようなそんな感じだった。

背中にも棘のようなものがいくつも突き出していて悲惨な状態になっている。

 

「あんた達さとりに何をしたんだいっ‼︎」

酷すぎる状態に声を荒げてしまう。

「分からん‼︎諏訪子に全部任せていたからな!」

なんだそれふざけているの⁈

「誇るなこのクソ野郎‼︎」

 

「口が悪いな」

悪くなるに決まっているだろこの…邪神め‼︎

「当たり前だこの野郎‼︎さとりを…よくも」

引っ張り出した30ミリカノン砲を八坂様に躊躇なくぶっ放す。

弾幕が爆発するのよりもっと派手な爆発音を残して弾丸が飛び出す。でもそれは地面から突き出た御柱に防がれた。

「私より先にあれを止めることを…」

彼女が何か言っているけれど言い終わる前に黒い影が覆いかぶさった。速い。距離があったと思ったのに……

「あ……」

 

「ガッ‼︎このっ…」

それは変形したさとりの左腕だった。先端が巨大な口のように縦に割れ、八坂様の脇腹に噛みついていた。噛み口から炎のようなものが流れ、周囲に飛び散る。

「まさか諏訪子の力を……や…やめろ‼︎」

あの八坂様の顔が恐怖に歪んでいた。

「IYADESU」

 

甲高い悲鳴が周囲の音をかき消し、あたいの意識が理解したのは地獄の光景だった。

弄ばれるように食い千切られる八坂様。当然御柱で反撃をしようとするもそれら全ても脚から新たに生えたナニカが喰いちぎっていく。

さっきまでいた神様なんて完全に消えた。あれは神様にとっては天敵……

「味もないし不味い……」

八坂様の体が放り投げられる。

一応生きているらしい。体の方も外傷は全く見られない。あんなにぐちゃぐちゃに噛み千切られ喰われたと言うのにだ。

 

「あんた…一体……」

見ているしかなかったあたいのそばにさとりが歩いてくる。その姿が徐々に変化していく。

身長が高くなり、サードアイの管が触手のように絡まり副腕が整形されていく。その先端には小さな御柱のようなものがいくつも生えていた。

「ああ、ただ借りているだけですよ。後でちゃんと返します」

借りているってまさか…神の力を喰らったのかい⁈いくらなんでもこんなこと…さとりができるはずがない。

「そ、そういう問題じゃなくて」

 

「邪魔をしないで、火焔猫 燐」

 

ーーーゾクッ!

ただ喋っただけなのに…なんだいこの恐怖は。

怖い、本能的に恐ろしい…

 

「そう…良い子ね」

その目はもうさとりのものではなかった。

黒く…ただ黒い闇。明かりを一切反射しない黒い穴のような瞳が此方を見つめていた。

「さ、さとりは!」

気づけば完全に腰が抜けていた。汗が止まらない。意識は自覚しなくても体は…脳はそれの恐怖を理解してしまっている。

それでも聞かないといけない…

「さとりは無事なんだろうね‼︎」

 

「私がさとりですよ。だから大丈夫……」

絶対大丈夫じゃない!そう言いたかったけれどそれはもうそこにはいなかった。

最初からそこには何もいなかったかのように…でも確かにあれはそこにいた。その証拠に液体のような何かが地面を濡らしていた。

やばい…追いかけなきゃ…

でも体が言うこと聞かない。

このままじゃ間に合わないのに…くそっ!腰が抜けるなんて…

 

無理やり体を浮かせて飛び上がる。でももうあれの姿は見えなかった。

どこに行ったのか…いや考えなくてもわかるはずだ。地底に行ったのだろう。

でもあそこではまだ霊夢達が戦っていたはずだ。そんなところにあれを向かわせちゃったら……

考えただけでもゾッとする。いや、あれはもう…目標を達成するまで止まらない。

ああもうなんでこうなるんだい‼︎

「確かアレ…諏訪子の力とか言っていたな……」

だとしたら八坂と同じでどこかに……

どうにかするにしてもあの力の本質がわからなかったらどうしようもないから……

無意識のうちにあれと対峙するのを避けるあたいがいた。


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