古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.191神話大戦 祭

溶けた金属を振り払い、私の目の前に飛び出してくる八咫烏。

だけれどこちらだって黙ってやられるわけにはいかないのだ。

 

神の力を使うのなら私だって遠慮する必要はない。

自分の力じゃないけれど使えるものはなんだって使う。卑怯だろうとなんだろうとそんなものは関係ないのだ。

 

神奈子さんの力を使い巨大な御柱を引き出す。これ自体も質量攻撃として使えるけれど今の状況でそれは使えない。

素早くそれの先端を開き、神力を固める。高圧レーザーに変貌した神力が放たれ、攻撃しようとしていた八咫烏を襲う。

 

「チッ…」

舌打ちされたような気がした。

両手を前に出した八咫烏が、高熱のビームを出してくる。

二つの攻撃がまっすぐ向かい合い、空間が捻れ曲がる。

絡み合うように進路が捻れた二本の光の筋は、はじきあうことも混ざり合うこともなくそのまま接触点でねじれ曲がり再び直進した。

 

私のすぐ真横をビーム光がすり抜け、後ろの壁を破壊した。

爆風が体を煽る。

私の放ったものも八咫烏には直撃せず掠めただけだった。

第二斉射。今度は流石に避けられた。

もう一回撃とうとしたものの、すぐ私の懐まで潜り込まれてしまう。

素早く御柱を振り回す。

空中でサイドステップを踏んだらしい。だけれどなにかが御柱に当たる音がして、同時に御柱先端が炭化した。

 

腰を軽く打ったらしい。思いっきり痛めていた。

御柱を投棄。それを足で蹴って後ろに下がる。

八咫烏が追撃。

いくつもの霊弾が放たれ逃げる私の後ろを前を塞いで行く。

 

絶対に射線に回り込まれないよう旋回を繰り返す。

レーザーなのか熱線が足をかすめていく。

このままでは良いマトだ。速度を落とし無理やり体を水平で回す。

フラットスピン。体が外側に引っ張られ空間失調を起こし掛ける。

大丈夫。まだ平気……

真下に向かって一気に加速。灼熱地獄の溶岩が視界いっぱいに広がる。

 

一度オーバーシュートしてしまった八咫烏はかなり離れたところにいた。相変わらず追いかけてきているのには変わりないですけれど。

左右に進路を揺らし、一気に制動。背後で必死に食らいつこうとしていた八咫烏が真後ろに迫った。

再加速。

たまに悪霊の魂が燃えながら飛び出す溶岩が迫る。体の一部が焼け始める。日焼けを通り越して火傷待った無しです。

溶岩スレスレで引き上げ。溶岩との距離は1メートルもなかった。

 

一瞬後ろを見れば八咫烏もぴったりくっついて来ていた。霊弾とレーザーが再び後ろから放たれ溶岩の表面を叩く。

 

異形になった両足を引き延ばし、板のように影を絡める。

 

ヒレのようになった足を溶岩に叩き込む。反動で叩き上げられた溶岩が後ろの視界を遮った。

足から先が1500度の高温にさらされ燃え始める。

足の異形を分離、引きちぎる。

溶岩の中に消えていく触手のようなもの。物理的に反応するようにしてしまうとやはり燃えてしまうのね……

 

それでも収穫はあった。

目の前に溶岩の壁が出来た八咫烏は咄嗟にそれを避けようとしたのだろう。

結果としてバランスを崩し溶岩の中に頭から突っ込んでいた。

八咫烏もお空も元々鳥である。人型をとっていても私のように浮いたりするのではなく羽を使って飛んでいるのだ。だから私や霊夢とは違い急に止まれないし浮力を羽で作る彼女はへんな動きをすれば落ちる。

更に液面から飛び立つのはもっと難しい。実際溶岩に落ちた八咫烏は必死で飛び上がろうとして失敗していた。流石に熱いのだろうか……

だが流石八咫烏。あの程度では傷すらつかない。まあ服は燃えたようだけれど……

それでもお空の体を壊さないように力を使うのは難しいらしい。

水とは比べ物にならないほど粘りのある溶岩に体を絡め取られなかなか浮上できないでいた。

素早くそこに弾幕を撃ち込む。八咫烏相手にどれほどの効果があるのかはわからない。だけれどやらないよりマシだ。

いくつか直撃したらしくその度に八咫烏が溶岩に沈む。

弾幕が溶岩を吹き飛ばし、モロにそれを被った八咫烏の体が見えなくなる。流石にまずかったかと思ったものの高エネルギーのレーザーが溶岩の中から放たれた事で認識を改める。あれはまだ健在だ。

少し体を横にして攻撃を避ける。

八咫烏が飛び出した。ようやく浮上してくる。どうやら下に結界を板のように展開してそれを蹴り飛ばしたようだ。

ただ裸になっただけのように見えるものの、ところどころ赤くなっているのはやっぱり火傷なのだろう。軽度だけれど八咫烏は火傷を負った。いや…あれは八咫烏の傷ではなくお空の体の傷だ。いくら神力で守られるとはいえ溶岩の温度は彼女の体では無理があった。まあ八咫烏自身は3000度とか5000度とかそれくらいの温度でも平然としているような存在だからなあ。

でも憑依している状態なら軽い火傷だけでも随分と変わるものだった。

持続的に痛みが走るのは刺される一瞬だけ激痛が走るのに比べて意識が持っていかれやすい。

思考が散漫になったり集中力に悪影響が出る。

 

だからここでもう一つの切り札を切らせてもらう。

肩で息をしている八咫烏が私をにらんだ。

「想成『ぶらり廃駅途中下車の旅 弐』」

さっきのとは少し違う色の光がスペルカードからあふれ出る。

再び私の横に隙間擬きが展開される。

「さっきと同じ手はもう食らわん!」

それはどうでしょうね?確かにさっきと同じようなものですけれど……

 

飛び出してきたのはさっきと同じ列車。ちょっと違うのは機関車の色が茶色であると言うことだけ。

列車を熱線で破壊しようとする八咫烏の手が止まった。

「同じ手ではないですよ」

 

八咫烏の後ろに別の列車が出現する。それに気づいた彼女は攻撃ではなく逃げる判断を下した。同期にいくつも狙うことは出来ないようですね。

 

それは目の前から迫っている機関車より更に前時代のもの。力強くドラフト音を奏でるシリンダー。台枠に載っている車体は大半が丸いボイラーに占められている。

それは蒸気機関車…世間一般でいえばC50と呼ばれる機関車だった。それが三両連なり飛び込む。先頭から155、156、157号機のプレートをつけたそれらは再び八咫烏を引き飛ばした。

それでもさっきのようにはいかず、跳ね飛ばされた直後に体を捻ったようですぐに列車から脱出してしまう。

でもそれだけでは終わらない。

さらに背後からもうひと編成。29619, 29655のネームプレートをつけた機関車が、貨物を引いた状態で飛び込んでくる。貨物重量2400t牽引車の重量も含めればさっきの6倍以上。抑えられるのなら抑えてみろ。

 

不意打ちにはならなかったものの回避の時間は与えない。

前照灯が八咫烏を照らした直後、そのまま彼女を巻き込み壁にめり込んだ。

衝撃でボイラーが破損したのか高圧蒸気が漏れ周囲の視界を塞ぐ。

蒸気に隠れながらも、列車に押しつぶされた体が見えた。

お空の体大丈夫でしょうか?

 

「ここまで追い詰めるとはやるな……」

その声とともに高熱が汽車を溶かし、2両のボイラーが吹っ飛んだ。真っ赤に溶けたボイラーの破片やシリンダー、動輪がこちらにも飛んでくる。

ボイラーからいくつものパイプが飛び出し、一部は八咫烏の腕を貫きかけていた。そのボイラーがこちらに向かって投げ飛ばされた。とっさに回避。あんなパイプまみれの円筒の筒が命中したら串刺しが優しく見えます。

連結器が熱で破損したらしく貨物車両を残して汽車の残骸が落下する。

紫に頼んでまた補充してもらわないといけないですね。

炎の中から現れた彼女は腕以外にも脇腹や腕に破片が刺さり、出血をしているがそれでも何事もなかったかのように振舞っていた。重傷ではあるけれど大したものではないと言ったところでしょうか。

 

「だが時間だ。この娘の体は戻してやる」

 

どうやら……準備ができてしまったようです。

清々しいというか歓喜の表情で八咫烏が叫ぶ。何を叫んでいるのか理解できない。多分言語ですらないのかもしれない。それを判断する気力は今の私には残っていない。

流石に連続であんなスペルを使えば力がごっそり持っていかれる。一応神力は奪った分がありますがこれは能力を使用するためのもので私自身は使えない。

なら私が使おう

だめです。あくまで私は使わないと…

 

お空の背中から炎が吹き荒れ、そこから光る何かがゆっくりと姿をあらわす。

それは蛹から蝶へ変化するときのように、神秘的なものだった。

 

お空の背中から現れたそれは翼の一部を炎に染めた巨大な鴉だった。

上半身だけが現れ、翼を広げる。

さらに下半身がゆっくりと引き出される。

自身が持つ力を使い無理矢理体を生成したようだ。

 

意識を失ったままのお空の体が落下する。

すぐに落下する彼女を抱きかかえる。肌の感触を唯一感じ取れる右の腕が温かさを伝えてくる。まだ生きている…

 

「よかった…気を失っているだけ……」

怪我まみれだけれど…これくらいなら大丈夫だ。

ふと八咫烏の方を見る。向こうもこちらを睨んできていた。

でもさっきより攻撃的ではない。もしかして見逃している?ああそうか……お空を避難させるまで待っていてくれるのか。

 

そういうことなら今のうちに……

お空を側の岩棚に下ろす。ここなら岩棚手前の岩が陰になってくれるからある程度の衝撃波が来ても問題はないはずだ。これくらいしか今はしてあげられないけれど許して……

そっと下ろしてあげれば一瞬だけ意識が戻ったのかこっちを見て薄っすら目を開けていた。ただそれもすぐに閉じてしまい後に残るのは寝息だけとなった。

流石に裸のままここに寝かせるわけにはいかないので私も服をかける。ボロボロだけれどないよりかはマシだ。私はシャツ一枚あれば十分だ。

再び八咫烏のところに戻ろうとして、彼女が出口の方に向かっていることに気づいた。

え…まさかこのまま逃げるつもりですか?

そういえばさっき言っていたっけ。本来は地上を焼き尽くすとかなんとか。そんなことさせませんよ……

すぐに追いかける。

このまま外に出て戦っても良いですけれど……

そっちの方が広くて楽しそう

でもそれは被害が大きくなる

被害なんて気にしている暇ないよ

でも私は…ここで決着をつける

わかった。じゃあそうしよう。

 

 

足に力を入れ岩棚を蹴る。反動で体がまっすぐ飛んでいく。必要最低限の機動ができる速度で一気に距離を詰める。

八咫烏の纏う炎が体を焼き尽くそうと進路を塞ぐ。

弾幕を放ち炎の壁に穴を空ける。

八咫烏はあくまで逃げるつもりのようだけれどそんなことはさせない。

下から突き上げるように弾幕を放つ。片目しか使えないからなかなか狙いがつかない。それでもいくつかは命中コース。

でもそれらは八咫烏から放出された熱風で弾き飛ばされた。その熱風が私にも向かってくる。

「想起『二重結界』」

避けることができない。本能がそう判断し、気づけば二重結界を目の前に展開していた。

熱風が1枚目の結界を溶かす。それでもただの熱風ではそれが限界だった。

熱風が収まり、八咫烏がこちらに向き直る。

その黒い巨体からいくつものレーザーが伸びる。まだ本調子ではないのだろう目の前に向かってくるレーザーを左右に避ける。

一瞬だけめまいがする。熱中症だろうか?でもそんな感じでない。じゃあ体の方が限界?

それはあり得ない。

ほんの少しだけ思考した上でようやくそのめまいの正体に気がつく。そうか…そういえば……

攻撃が止んだ。なら今度はこっちの番。

「想起『テリブルスーヴニール』」

弾幕ごっこ用のスペルカードだけれど虚仮威しと進路妨害程度にはなるだろう。案の定八咫烏の動きが止まった。

 

さあこっちですよ……早くこっちに来なさい。

首元に黒い蔓のようなものが絡まってくる。ああ…ここまで侵食するのですか…もう時間は残っていないようです。

 

八咫烏がこちらに飛びかかって来ようとした直後背後から何かが迫ってくる。

意識が完全にこっちに向いていた八咫烏の背中にそれが命中する。

それも大量にだ。

「ギャアアアアッ‼︎」

放たれたものが背中で炸裂し、異様なほどの煙が出る。同時に刺激臭が広がる。

力で作った体であっても実体を持てばそれは物理攻撃も通用するようになる。

「お姉ちゃん!」

岩の陰からこいしが飛び出してくる。

ここに来たの?私を追いかけてきた……のね。

「ああ…こいし」

 

「貴様あ…何をした!」

未だに白煙を上げている八咫烏。水でもかけられたのかと思ったもののそういうわけではなさそうだ。

「ただの硫酸だよ!」

なかなかエグいことするわね……確かに作り方とか教えたわよ。護身用としてだけれど……

「今度から濃塩酸にしなさい……」

 

 




劇中登場のC50達は樺太庁鉄道に編入され終戦後行くへ不明に
9600型も樺太から戻ってこなかった機体

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