古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.194 神層心理 下

こうして居間で諏訪子と2人きりというのはまた珍しいものだった。大体は早苗がいるか、そうでなければ多分一緒に居間にいるというのはあまりない。

「なあ諏訪子一つ腑に落ちない事がある」

 

「どうしたのさ改まっちゃって」

炬燵から頭を出してみかんを食べていた諏訪子がこちらに移動してきた。

「なぜお前はあの時力を私に戻したのだ?あのまま力を持っていればお前は守矢神社の唯一神として降臨できたのだぞ」

さとりが奪った力は奪うのに使った邪神が一時的に保有していた。その邪神が諏訪子に戻ったわけなのだからそれこそ彼女は一時的に私と八咫烏の力も使えるようになっていたのだ。正直そんな状態の諏訪子になんの準備もなしに勝つのは不可能。一時的にとはいえそうなれば守矢は諏訪子のものとなっはずだ。

「別に恩を着せようとかそういうわけじゃないさ。私が持つ力としてはあんたのは扱いづらいし突飛しすぎて逆に用途がない。飛脚に馬貸しているようなもんだよ」

ははあ…やはりそういうものなのだろうか。だがお前さんなら半年くらいで自分のものにするだろうな。

「それだけか?」

 

「そもそも守矢神社に唯一神として君臨出来たってすぐ取り返しに来るでしょ」

違いない。ここにあるのはあくまで分霊だからな。何か不備があればまた本殿から分霊を引っ張ってくればいい。そうなった時は…確かに関係崩壊状態だな。地上で神話大戦になっていた。

 

「後は…罰を受ける相手が1人だけやられ逃げなんて許さないから。あんたも道連れだよ」

深妙な表情だった諏訪子が一気に笑い出した。はは、なんだ私は道連れか。

「道連れは酷いだろ。せめて三途の河を渡るまでの付き合いにしてくれ」

今回の件の事はまだ決まっていない。一緒についていったという諏訪子だけが見るも無残な姿で神社に帰ってきて早苗を驚かせていたな…いいやつだったよ。

「勝手に殺すな」

 

「死んでも死なないだろ」

神様は死なない。死があるとすればそれは忘れ去られ消滅するときだけだ。

 

「そういえばさ……手紙来てたよね」

炬燵の上に無造作におかれた二枚の手紙。それぞれ封筒に入れられている状態だった。

「もう年の暮れが近いというのになあ…」

 

私のもとに届けられた手紙。一通は天狗から。

こっちはさとりが暴れたせいで発生したあの被害の原因を詳細に説明せよとの事だ。我々の神社から出てきたのだからということだろう。幸い怪我人はいるが死者が出なかったためそこまで風当たりが強いわけではない。

それに私だけではなく地底の方にも事情を確認しているらしい。なのでこちらが責められる道理はこれにはない。まあ元を正せば責められるかもしれないが…まさか天狗が攻めてくることは無いだろう。

ともかくこれは保留だな。無理をして変なことを言うとろくなことにならない。

そしてもう一通はさとりからのものだった。

黒色の封筒というなんとも変わった手紙だった。

封を切り中身を出す。手紙自体は三枚に分かれていた。

「そっちはなんて書いてあるの?」

天狗からの手紙を読み終わった諏訪子がこちらの手紙を覗き込むがなかなか読めていない様子。

「今回のことは公にはしないようにだとさ」

 

私の言葉で諏訪子のやつは思考停止を引き起こしたらしい。

ぽかんと口を開けている様がなんとも笑えてくる。

「はい…?」

 

「色々言いたいことはあるが黙っておくってさ。間欠泉騒ぎや噴火騒ぎも灼熱地獄の機械的ミスと発表するそうだ」

まとめればそう言っていた。

「それって実質的にお咎めなしじゃん。事実を公開したらそれこそこっちに対して報復できるのにそれをやらないなんて……」

 

「全部書いてある。あんたが言ったような事をしてその結果としてこちらが山の妖怪から信頼を失ったり地底から恨まれたら現状困るからなんだと」

 

「あー……考え方が幻想郷の管理者か賢者のそれじゃん。絶対あの子たち納得してないでしょ。なんでこう管理者はおんなじ事ばっかりするのかねえ…もっと素直になった方がいいのに」

首に巻かれた包帯をさすりながら諏訪子がぼやいた。

諏訪子が戻ってきた数時間後私のところにも彼女たちは来た。理由はわかっていた。こちらは黙って受け入れるしかない。

さとりの家族に袋叩きどころかいたぶり殺される寸前まで殴られ、それでも許したわけではないと殺意を向けられた事を思い出す。

元から許しをもらおうなんて思っていない。私達が正義であるというわけでもないのは承知でやったことだ。その行為自体に後悔はしていない。

最終的に早苗が割り込んでうやむやに終わってしまったが……

「結局あれかい。言い方悪いけど恩を売られたのかい」

 

「そういう事になるな……」

古明地さとり…相当な策士だな。

まあ…それで周りが納得するかは別だが……

「そう言えば博麗の巫女見ないけどどうしたのかな?」

 

「多分地底だろうな…」

 

「そりゃまた珍しい」

 

 

 

 

 

扉の向こう。地霊殿を左右に貫く廊下からすごい足音が聞こえてくる。

正直床が抜けるんじゃないかって本気で心配になってくる。一応表面は木製だけれど床下は金属骨格とコンクリートの床なので抜け落ちるということはまずない。

「お姉ちゃん‼︎安静にしてって言ったでしょ!」

部屋に飛び込んできたこいしの叫び声が部屋中に響きわたる。

「執務室に書類の山ができてたら手を出さずにいられないわよ。処理能力不足でしょ」

幾ら何でも30枚も積み上がっていたら流石に放置できないわよ。しかもその全てが日常業務の一環なのだから。

「そうだけどさ……」

結局これらを素早く処理できるのは私くらいしかない。最近ではお燐とエコーもそこそこ出来るようになっているのだけれど。その2人は今防衛装置の復旧につきっきりになってしまっている。正直ぶっ壊した本人なので申し訳なく思う。ほかの人員も大半は崩落寸前の灼熱地獄を安定化させるのに全力を尽くしている。散々中で暴れに暴れた灼熱地獄は内側に深刻な傷を抱えてしまっている。運転を止めるわけにもいかないので補強工事を行うにも人海戦術で人員を回さないとやってられないとは鬼の言い分。

でもそれは事実なので三交代で必死に直してもらっている。でもそれだけではない。非常冷却で使用した水源や、全損した温度調整システム。それらの修理を行うのはまだまだ先だ。一応手は打っているのだけれど正直まだ先になりそうだ。

やっぱりあの2人を連れてきて働かせたほうがいいだろうか?こいしとお燐が散々叩きのめしたせいである意味言い出しづらい。

結局これらを私以外に任せたらこの書類の山である。さらにこれは氷山の一角と言える。多分ここに無いだけで他にももっとたくさんあるはずだ。

「まあ…今後こういうことがあるかもしれないからある程度仕事の効率化も兼ねて分散させようかしら…」

バックアップや予備がない…代用不能なものというのは危険ですからね。お陰で私の傷が治るまで復興作業や建物の修理などが滞る事態になっているのだ。

そもそも地底にいる人の多くが脳筋なせいでデスクワークできないのが原因だ。

天狗でも雇おうかしら……

だとしたら天魔のところに行かないと。でもなあ……

「はいはいお姉ちゃん書類触ろうとしないで部屋に戻るよ」

 

私の体が引っ張られる。普段より体重が軽いから踏ん張りが利かない。

今の私の体は欠損した所をガワだけ再生したに過ぎない。中が完全に再生するには後一週間はかかるのだ。

それでも上半身片腕だけという姿よりかはマシだ。

まあ…まだ骨しか復帰していない下半身で体重を支えるのは無理なので歩くこともできない。一応飛べるから大丈夫なのだけれど部屋の中までずっと飛んでいるわけにはいかない。車椅子という手もあったのだけれど正直家の中でしか使わないのにわざわざ新品を購入するのも予算の無駄に繋がりかねない。

 

こいしが私の体を背負って寝室に向かう。

やっぱり軽いからか体がよく跳ね上がる。

 

「お姉ちゃん。そういえばお客さん来るっぽいから……」

急にさっきまでとは打って変わって真剣な声になったこいし。お客さんと言われても多分あの子のことでしかない。いつかは向き合わないといけないと思っていたけれど……

「来るというより居るの方が正しいでしょ」

霊夢は確か客間に居るはずだ。いい加減帰れと思うのだけれど私に会うまでは絶対に帰るつもりはないと言い切ったらしく帰ってくれと説得するこいしと4時間の弾幕ごっこの末私と話をするまで帰らないという約束を勝ち取ったそうだ。

「まあね」

実のところ昨日まで私は眠ったままだった。流石にあれだけ体を失えばそうなってしまうのも致し方ない。3日ほど眠り続けただけで済んだのだからよしとすべきだろう。

どうやらその間霊夢はずっと客室を使ってここに泊まっていたらしい。さっきすれ違った妖精がそんなことを考えていた。神社の方が大丈夫なのか心配になってくる。

 

「お姉ちゃんどうする?折角だし会いに行く?」

 

「どうしましょうか……」

会いたいけれどいざ会うとなるとやはり気が後退してしまう。お腹あたりが萎むような感覚に襲われる。

「っていうか貴女霊夢に会わせる気でしょ」

ジト目で睨むが効果はない。どうせ今の私はこいしにされるがままなのだ。仕方がない。腹をくくりましょう。

「あ、気づいちゃった?」

 

「部屋と真逆の方向に行けば嫌でもわかるわよ」

客室が並ぶエリアに到着する。ここは廊下が建物の真ん中を通過し、左右に部屋が並ぶ構造になっている。だから部屋数が結構ある。慣れていないと部屋を間違えるようなところだ。

そんな空間にある一室の前でこいしが止まった。

「霊夢?入るよ」

ノックもなしにそれだけ言ってこいしは部屋に押し入った。

ちゃんとノックと反応くらい待ちましょうよ…

「居ないわね」

部屋の中はもぬけの殻だった。一応使用したと思われる備え付けの浴衣といくつかの巫女服が畳まれてベッドの上に載せられているから帰ったということじゃないはず。

「……あれ?出かけてるのかな?」

タイミングの悪いことこの上ないわね。まあ仕方がないのだけれど……

居ないのなら仕方がない。私を部屋に戻してくれるわよね?

「まあ出かけているのなら待っていれば戻ってくるはず…」

だから戻ってきたらまた部屋を訪ねればいいのよ…ね?だからベッドに下ろそうとしないでこいし。

「じゃあお姉ちゃんここで待っててね!」

こいしが私をベッドの上に下ろして部屋から駆け出していってしまう。置いてきぼりを食らう私。

ああ…やっぱりあの子は少し強引なんだから。天井を仰ぎ見る。半身は未だ動かすことはできない。やっぱり待っておくべきなのだろうか。

 

客室用の部屋はあまり広くはなく、かといって狭いわけでもない。そんな部屋に霊夢の私物は服くらいしかない。当たり前といえば当たり前なのだけれど……

あら?写真……

服のポケットから少しだけ顔を出しているそれを見つけ引っ張り出してみる。

それはまだ幼い霊夢を抱っこしている私の写真だった。まだこんなに隠し持っていたのか。前回も似たようなものを見つけたわね。写真に撮られるのは必要最低限に抑えていたはずなのに……紫の仕業でしょうね。

そうして思考に入り込んでいるから…誰かが入ってきても気づかないのだ。

「……さ、さとり?」

その声で我に返る。いつもの巫女服に身を包んだ霊夢が、私の目の前に立っていた。まさか私が部屋に居るなんて思っていなかったのだろう。その感情は完全に驚きに包まれていた。

なんで私がここにいるの?ですか……

「えっと……なんて言ったらいいんでしょうか」

私の声で思考停止になっていた霊夢が我に返った。

同時に様々な感情と思考がサードアイを伝って入ってくる。思いが絡み合い複雑でドロドロした何かになる。

そのまま彼女は私に近づいてきて……殴られるのを覚悟する。それだけのことを私は彼女にしてしまったのだから。

「……」

だけれど想定していた衝撃の代わりに、柔らかい人肌が私を包み込んだ。

「霊夢?」

目を開ければ、霊夢が抱きしめていた。

「言いたいこと色々あるけど……今はこうさせて」

霊夢の声が少しだけ震えていた。

「わかってます……分かってますから」

背中をさする。少しだけ嗚咽が聞こえた気がした。

 

 

 

「全部説明してもらうわよ。分かっているわね?」

10分とかそのくらいだろうか。ようやく落ち着いた霊夢が私を解放し、今は隣に座っている。

「ええ、わかっていますよ」

 

「でもどこから話せばいいのやら……」

 

「最初から……それが一番早いでしょ」

ですね…

「わかりました。じゃあ…最初から」




被害総額6億円(1940年度換算)

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