全てを話し終えた時、なぜか私は霊夢に抱きかかえられていた。
話している途中で姿勢が変わったと思ったら何をやっているのやら……それでもちゃんと話は聞いていたらしい。しかし黙っている。
「あの…霊夢?」
サードアイが霊夢の心を読み取る。どす黒い…これは怒りの感情か。
それが霊夢からあふれんばかりに、呪詛の言葉とともにこぼれ出していた。
「紫…絶対許さない」
あ、これやばいやつだ。山姥とかそういうレベルじゃなくて修羅だ。修羅が生まれてしまった。薄々分かってはいたけれどちょっと冷静になりましょう?
「霊夢落ち着いて」
「いいのよ…私はあいつに話をしに行かないといけないわ。血が繋がってなくても…家族は家族なの。それをあんな形で引きちぎる何って……徹底的に潰す」
だから落ち着いて……憎悪の炎でとんでもないことになってる。ヴェノム霊夢が誕生しちゃう。幻想郷の管理者に真正面から喧嘩売りそうで怖い。紫だって私が1発ぶん殴って反省させたのだからもういいだろう。
慌てて浮かび上がり霊夢の頭を撫でる。
久しぶりに頭を撫でられたからか最初は驚いていたようだけれど途中からは憎悪の炎も収まり、気持ちが収縮していった。
昔から頭を撫でると落ち着く子だったのは…今も健在ね。
落ち着いたところで手を下ろす。浮かばせていた体を下ろそうとして床に足から降りてしまった。
力の入らない足が体を支えられるはずもなくそのまま崩れるように倒れこんでしまう。
「母さん⁈」
「平気よ。ちょっとドジ踏んだだけ」
踏ん張りの利かない下半身を庇い浮かび上がる。やはり下半身が不自由なのは少し困りものです。
でも霊夢は知らなくて良い。私の体など一週間もすれば元どおりになるから。
そもそもこの傷は霊夢が原因で出来たわけではないのだから。
「ねえ…一ついいかな?」
何ですか改まって……ああ、そんなことですか。私は別に構いませんけれど。
また、母さんって呼んでいい?か……私は母親なんかじゃないというのに……
それでも彼女にとって私は母親なのだろう。
「既に呼んでいるでしょ」
今更改まって言わなくていいのよ。
「……ありがとう」
満面の笑み…多分他の人からしたら霊夢もこんな笑み浮かべるんだって言われそう。実際今まで霊夢は仏頂面だったわけだし。
「でも私は母親には戻れない」
心の何処かに母親にまた戻って欲しいという感情があったのだろう。あるいは期待というべきか。だけれどそれは絶対に叶うことはないものなのだ。私は…母親であってはいけない。
「どうして?また一緒に…住んだって良いのよ?」
やはり心の奥底の本心を突いたようだ。完全に言葉が震え動揺が抑えられていない。そういえば霊夢は…孤独だったわね。同じような境遇の親友はいてもそれはあくまで親友であって、家族ではない。
魔理沙は精神が強すぎるから気にならないようだけれど霊夢は本来そこまで精神は強くない。その上幻想郷における人間の最終防衛を担うのも、幻想郷の秩序を守るのも博麗の巫女だ。そのプレッシャーは恐ろしく強く、霊夢の精神を蝕む。そんな状態だから本来であれば母親とか…父親の存在は必要なのだ。だけれど精神が成熟する前に私も靈夜さんも消えてしまった。だからなのだろう…私と一緒にいたいと考えている本心のその根源は結局、家族への甘えである。気持ちは痛いほど分かるけれど……それでも私は戻れない。そもそも……
「……」
それを与える資格は私にはない。私が霊夢の母親になるのはもう無理なのだ…だって化物だと彼女に示してしまったのだから。そして世間は私を化け物だと知っているから。
一応ある程度隠し通すことはできた。だけれどあれは天狗の力を借りたからであり、その期間も短いものだからだ。それだって今の天魔さんに何かあり次の代が出てきたときにそれが継続されるとも限らない。
「やっぱり私が…」
「勘違いしないでください。霊夢は何も悪くありません。これはただの…私の問題なんです」
私が守矢からここまで来る時散々暴れているはずだし私を知る者がいたら気づくはずだろう。あれが私であるということに。まだ外に出ていないから分からないものも、突然襲ってくる可能性がある化け物。それだけでもう私に対する皆の意識は変わったはずだ。多分恐怖とかそういう感情だろう。妖怪としては結構なことではないか。それが妖怪同士で発生していて、結局私は覚り妖怪なんだなって自覚もできたのだ。誰かを求めるなんてしてはいけなかったのだ。
でもそれ全てを周りにぶつけるわけにはいかない。結局のところこれは私とこいしの問題なのだから。
「覚り妖怪は、人並みの幸せなんて送っちゃいけないんですよ」
なまじ心が読めるというのは辛いものなのだ。見ないよう聞かないよう隠してはいるけれど時々見えてしまう心は、それは酷いものなのだ。
たとえ親友のように振舞っていても内心では貶しているか馬鹿にしているか…結局他人事なのだ。
もちろん私に向く感情だって表面上や短期的な思考では私を敬っているように見える。だけれど結局それは私の持つ地底の主という地位にあやかりたいというような理由であり、結局内心では覚り妖怪など気持ち悪いし死んでくれと思っているのだ。顔や表面に出さないだけで大体そんな感じなのだ。例外はいるけれどそれでも根本にあるのは嫉妬だったりなんだり。目を隠しているからこそ、目を使った時周囲の人の心も読めてしまう。
こいしも似たようなことで悩んでいたけれど彼女は彼女で割り切ったらしい。生き物は大体そういうものだからそれを含めて付き合っていけばいい。だからこいしの場合いつも笑顔でいるのはそうやって心の壁を作っていることの証なのだ。心は読めていても、共感も何もしない。私はそんな器用なことは出来ない。そういう…裏の汚い心を持たないなまじ純粋なペットやお燐達も…純粋であるがゆえの脆さもある。
結局この種族はどこまでいってもずっと孤独なのだ。いや、孤独と感じてしまうタチの悪い種族なのだ。どこまで行けば孤独じゃないのか…理解されるのか……心の奥底でみんなどう思っているのか……
「……どうして」
黙っていた霊夢が口を開いた。
「霊夢?」
「どうしてそんなこと言うのよ‼︎母さんだって幸せになったって良いはずよ!」
それは本心からの本当の言葉だった。裏表がない…純粋な霊夢だからこそそれは私の心に響く。
「そう言ってくれるだけ……幸せですよ」
霊夢の気持ちが痛いほど伝わってくる。だけれど……それは幻想郷の…ひいては生き物の考えからは真っ向に対立する。
「それに…覚り妖怪が博麗の巫女と一緒にいるなんて事が広まればそれこそどうなることやら……わかるでしょう」
博麗の巫女として育ったのだから貴方が一番理解できるでしょう?それに私は覚り妖怪。別の…天狗だとか別の種族だったりしたらどうにかなったでしょうけれど私の場合それすらできない。覚り妖怪であるからこそ…たとえその気がなくても行動全てがマイナス方向に捉えられる。不思議なものだ……だけれどその心理だって私はメカニズムとして理解できてしまうのだから諦めてしまう。結局そういうものなのだと。
「そうだけど……」
霊夢が幼かった頃くらいであればなんとかできるけれど…多分もう無理だろう。天狗側だってそうなんども同じようなことをしてくれるとは思わないし博麗の巫女は妖怪の敵。その敵に手を貸す妖怪は裏切り者。私は……裏切るわけにはいかないのだ。皮肉ね……でも抱える物が増えてしまったのだ。いつのまにか…こんなに抱えてしまった。ああ……どうしようもないくらいに私は愚かだ。やめよう…この思考はこれ以上やると私の人格を否定しかねない。
霊夢は…諦めるつもりはないか…だったら…落とし所を決めましょう。
「別に会っちゃダメとは言っていないわ…会いたくなったら会いに来ていいのよ」
私だって会いにいけるようになれば会いに行きます。
本来博麗の巫女がどこかに肩入れするなんてのはあってはいけない。だけれど霊夢としてなら…私は構わない。
私の言葉に泣きそうな悲痛の表情は一気に花開いた。同時に心も歓喜が溢れ出す。うん、霊夢はこっちの方がちょうど良い。
「じゃあ……」
今日はここに泊まるですか……構いませんけれどいつまでも神社を空けっ放しにするというのは良くないですよ。それに……異変が終わったのだから宴会をしないといけないんじゃないかしら?
「神社はどうするの?」
「そんなもの一週間放っておいても問題ないわ‼︎文句があるならあんたがやれって言っておいたし!」
ああ…藍さん…御愁傷様です。
季節的には雪かきが毎日必要になる時期なのに……仕方がないか。今度お詫びの品でも送りましょう。油揚げで良いかしら?
取り敢えず今日はここに泊まるということで今は食堂まで案内している。
今まで食事とかはどうしていたのか聞いたら都の方でとっていたらしい。鬼の喧嘩に巻き込まれなかったのか怪しいものだけれど…霊夢なら喧嘩に巻き込まれても問題はないだろう。
それと忘れないうちに霊夢に書類を渡しておく。今回の異変の後始末が書かれたもの。持ち出しは不可で用が済んだら燃やすものだ。
「私が灼熱地獄を冷却することに成功した…ねえ。これを信用する人なんているの?」
渡された書類に一通り目を通した霊夢は懐疑的な目線を向けた。確かに無理がありすぎるかもしれないけれど貴女がやられたという事実を知る者はそんなにいない。だから問題はないだろう。エコーさんやこいし達には話をつけているし納得してもらったから。
「プロパガンダと同じで何度も同じことを言い続ければ事実じゃなくても事実として受け入れられるんですよ。宣伝を効果的にするには、要点を絞り、大衆の最後の一人がスローガンの意味するところを理解できるまで、そのスローガンを繰り返し続けることが必要であるって時の権力者も言っていましたし」
それに幻想郷の人たちは結局異変のことよりお酒を飲めて楽しめる宴会が開かれればそれで良いと考える節がある。多少強引であっても宴会が開かれワイワイ楽しみ始めれば内容の不備なんて皆どうでも良くなるのだ。
「うわ……」
ドン引きでしょうけれどこうする方が最も確実に事実を作り出すことができるんですよ。
「真実を隠したり民衆を揺動するのはこうするのが手っ取り早いんです」
人類の知恵って本当恐ろしいですよね。私自身時々恐ろしいと思いますもん。でも使えるものはなんだって使いますけれど。もったいないですし。
「さすがね…今度私もやってみようかしら」
なにやら考え事をしていた霊夢は神妙な顔つきでそう呟いた。
「悪用はお勧めしませんよ」
利用している私が言えるものではないけれど……
「違うわよ。ただの神社の宣伝」
神社の宣伝でプロパガンダですか…純粋な宣伝として機能するかどうか…元々プロパガンダは戦争で相手より心象をよくするのに取られる手ですから事実じゃない事実を一時的に事実としたり相手を貶めたりする。大衆の洗脳には向いていますけれど。
「神社に人が来ないのは道の整備とかの方もあると思うんですけど……」
前からそうなのだけれど博麗神社は徒歩だと行きづらい。
守矢神社も似たようなものなのだけれどあっちは道をしっかり整備しているし街で布教活動しているからそこそこ人が入る。
……なんでこんなこと私が考えているんでしょうか。
「ロープウェイを作る計画もあるらしいし……」
あ、作るんですかロープウェイ…計画があるとは噂で知っていましたけれどまさか本当に作るつもりなんですか。
「まあ、今度殴り込みにいくからその時に色々聞きましょう。多分…今回の件と無関係じゃないはずよ」
だから霊夢怖いです。それにあの2人の神さま散々お燐とこいしにボコられたんですからもういいでしょう。これ以上の追撃は流石にかわいそうです。
「母さんはやっぱり甘いのよ。そんなんだから今回みたいなことが起こるんでしょ。ここはドーンとお仕置きしないと」
「復讐が復讐を生むからやり返すのは嫌いなんですよ。まあ報復で復讐を生まないほど徹底的に相手を潰せば良いのですが……」
でもそれは幻想郷が許さない。昔なら迷わずできたかもしれないけれどここでそれをやるのは無理だ。
「宴会の費用全負担で押さえておきましょう?」
「仕方ないわ…そうする」
ようやく霊夢も納得してくれたようだ。正直彼女達は許せはしないけれど…今は堪えておくのが一番だ。