そういえばこうやって霊夢と並んで食事を作ったことはなかったなあ。作り方を教えるとかはしていたけれどあくまで教える側と教わる側。肩を並べて何かを作ると言うのはなんだか新鮮な気分になる。
片目を瞑りながらの作業だけれど全然問題にはならなかった。むしろこっちの方がやりやすいというかなんというか…
「ん、これ味見して」
霊夢が鍋の中身を指差す。
すぐ近くにあったその料理の味見用に使っていた小皿を取り味を確かめる。
…私が教えたからか何処と無く私に似ている。まあそれもそうか。悪いことではない。
「……良いと思いますよ。少し味が濃いですが酒の席で出すものですから問題ないと思います」
なに顔を赤くしているのですか?
「……いやそれ私が使ってた小皿…」
使いまわしたところで大して問題じゃないでしょ。そもそも親子と思っているのなら気にしなくて良いでしょうに。
そもそも私が使ってる小皿はこっちの料理の味を確認するのについさっき使っちゃったんですよ。
味混ざっちゃうじゃないですか。
「よう霊夢…って何で顔赤いんだ?」
何をしに来たのか雪を頭に載せた魔理沙が台所に突撃してきた。霊夢の顔が赤いのは…多分料理していて熱くなったからですよね。っていうか貴女何料理つまみ食いしようとしているんですか。めっですよめっ!
料理に伸びていた魔理沙の手をペチンと叩き落とす。
「ばれたか…流石さとり妖怪だな」
嫌味…と言うわけではないですね。それと覚りじゃなくてもあんなの気づくわ。私がいまさとりをやっていないのに気づいたのだから。
「そこにお煎餅あるから食べて良いわよ」
「あえ?霊夢が珍しいな…普段ならつまみ食いするくらいなら手伝えとか言うと思ってたんだが」
へえ…やっぱケチなところはケチなんですね。
「何言った方が良かったかしら?」
「いや、遠慮しておくぜ」
まあそれでも机くらいは引き出すかとか呟いているあたり魔理沙もただ喰いに甘んじることはあまりしたくない……根はいい子なんですよね。でも精神が思いっきりこちら側に寄っているんだよなあ。目的のためなら手段を選ばないところとか。倫理感もこちら側に寄っているようですし。もう普通の魔法使いやめて魔女にでもなった方が色々と楽だとは思いますけれどね。でも…それでも人間だと、普通の魔法使うだと言い張るのであれば私は応援します。
「そういやさとりって片目瞑ってたか?」
ふとした疑問だったのだろう。魔理沙がそう呟いた。一瞬だけ心臓を鷲掴みにされたようなものすごく嫌な感じが身体中の神経を尖らせた。
「え?両目開けている方が稀よ」
そうだろうか?霊夢の中で私はどういう風になっているのかはわからないけれど片目を瞑っている時の方がよく印象に残っていたらしい。
「そっか……」
それにしても魔理沙さん鋭すぎませんかね?やっぱり研究畑の人って洞察力がハンパないですね。
料理ができてきた頃、一番乗りのように神様2人がやってきた。何気に異変解決後初めての会席になる。くるのは分かっていたけれどいざ来られるとどうしたら良いかわからなくなる。気まずいというかなんというかすごく部屋の空気が重たくなった。
「どうしましょう……」
あまり会いたくなかったのですが…いつまでも会わないというわけにもいきませんし。
「まだ人も来ていないし端っこで話し合ってきたら?」
霊夢がそう言ってくれて、部屋の隅っこに音を遮断する空間を一時的に作ってくれた。あそこで話して来いと……
「そうしますね」
2人を連れて部屋の端っこに向かうといきなり頭下げられた。っていうか土下座された。いやそこまでしろとは誰も言ってないから。
うん、謝罪の気持ちはわかりましたから頭あげてください。なんか色々とやりづらいです。
どうやらさっきこいしとお燐にも謝ったらしいけれど許すつもりはないって言われたようだ。あの二人非情すぎません?いやここまで追いつめる必要はないかと…いや追いつめているわけではないから別に悪いってわけじゃないんですけれどね。
「別に私は怒ってはいないですよ。正直…お空が無事だったからもうそれだけで良いんです」
正直許したくない気持ちはあるけれどそんな気持ちを押し殺せば、それ相応のメリットを得られるわけだ。だから私は彼女達を許すことにした。皮肉ですよね。さとり妖怪は心が読める。だからこのような人間の…心と行動が一致しないようなものはヘドが出るほど気分が悪くなるはずなのだ。それを私自身がやっているなんてね。
本当なら私達の種族はそれこそ…良くも悪くも裏表が存在しない…そう言う存在なのだ。だから相手の裏側にズケズケ入り込み色々暴いていくのだ。
「……すまない」
「まあこれも何かの縁です。こっちが何かあったらいっぱい頼らせてもらいますね」
流石に無茶振りをするつもりはない。ちょっと資金融通とか私のお願いをいろいろ聞いてもらうくらいです。それくらい簡単ですよね。ええ……でも詳しいことは宴会の場ですからやめておく。お酒を飲んで騒いできてくださいな。
とは言ってもまだ誰もいないのですけれどね。こいし等は外で雪遊びを始めているようだし…なんかお空が火炎放射を使っていたりこいしが機銃をぶっ放しているけれどあれは雪遊びだ。うん…お燐だけ雪遊びだ。
まあ屋根から下ろした雪を溶かしているとも言えるから一概に怒れないのだけれど。
あ、溶けた雪は一部飲み水にできるから取っておいてね。
加熱処理すれば十分使えるわ。
そろそろ人もぼちぼち集まり始めた頃、遊びをやめて部屋に戻ってきたお空がふと疑問を漏らした。その頃になれば私も霊夢も特にやることがなく一足先にお酒を飲んでいたり水を飲んでいたりとくつろいでいた。
「そういえばこの力…一箇所に全部集中させたらどうなるんだろう」
んー…それをやったらまあ…熱エネルギーが収縮して空気がプラズマ化するくらいまで熱せられるか…ただお空が知りたいのはそういうのではなく掌の上で核融合を行う際力の全てを注ぎ込んだらどうなるのかということだろう。
流石のこれには神様達にもすぐには答えられないでいた。
「さあ?ある程度光ったら最後はしぼんで終わるんじゃないかしら」
私も確証はないけれど……それでも太陽の何十分の一しか総エネルギーは出せないのだから最後なんてこんなものだろう。それこそお空はスーパーノヴァでも想像していたようですけれどそんなものが起こるのは地上じゃまず無理だ。
「そうなんですか?でも核融合って太陽もやっているよね」
そうだけど…そうだけど違う。何で核融合とかそういうことは教えてそっちのこともついでに教えてくれないのよ。目をそらした神様2人を睨む。普段と同じ表情だけれど無表情だからそれだけで睨んでいるように見えるらしい。
「恒星と一緒にしちゃダメよ。そもそも全盛期の3割しか総出力として出ないのにどうやって太陽と同じくらいの核融合ができるのよ。スーパーノヴァなんて太陽の8倍の質量がないとできないのよ」
大雑把にいえばそんなところだ。質量として8倍。どれほど大きな恒星となるのやら。
「そっか……」
明らかに落ち込んでしまったけれどこればかりは仕方がないし…名前はいいけれどスーパーノヴァは星の最後である。
「それに…仮にスーパーノヴァの超縮小版を作れたとしてただの自爆にしかならないわよ。燃料だって勿体無いし」
そもそもお空の核融合は太陽由来のもの。そのメカニズムは高温高圧下での水素の核融合、そこから発生するヘリウムの核融合と段階を踏んで発生する。だけれどその最後は鉄の元素になる。鉄以上の重元素は中性子星同士の衝突で生まれるから核融合の段階では鉄しか生成されない。それらの鉄も結局必要にはなるのだけれどそこまでやってスーパーノヴァを引き起こしたところでそれは結局燃料切れということなのだ。
それにただエネルギーを集めてそこでやればいいというわけではなくそこに重力点を作り擬似的に発生した元素等が集まるようにしなければならない。だけれどすぐそばに地球という重力点があるから実際には難しいだろう。
「燃料切れになるまでの大火力なんか出したことないって八咫烏言ってるよ」
ああそう…というかエネルギー源はどこにあるのやらだ。
一応八咫烏曰く水素があれば良いらしい。重水素とかじゃなくて良いんだって思いましたけれど多少安定していても出来なくはないのだとか。まあ重水素の方が点火させやすいと言うのはあるのだけれど。
「それに外で核融合なんてされたらたまったものじゃないわ。環境破壊よ」
核融合を行う場合はどうしても高速中性子が発生してしまう。これが周囲の物体に命中し放射性物質に変えてしまったりするから問題なのだ。しかも長時間照射され続ければ自ずと崩壊していってしまうし。
「わ、わかってるよ。ただ聞いただけ……」
「なんだ、さとりは詳しいんだな」
黙って聞いていた神奈子が呟いた。
「ええまあ…外の一般知識程度でしたら」
そう多くは知らない。知っていることだけ……
「ほう…外に行った事があるのか?」
「書物を沢山くれる妖怪がいますから」
嘘ではないのだ。っていうか私の書斎に勝手に外界の本が大量に入荷されているのだ。同じ現象はどうやら紅魔館の大図書館にも起きている。というかあっちの方が深刻かもしれない。
なにせ勝手に空間が歪められパチュリーすら今どんな本が置かれているのかわからない状態になってしまっていると言うのだから。
そこまでして何をしたいのかと問えばそこに賢者専用の書籍を設けるのだとか。だから外の本を探したければそこに行った方が確実だったりする。
私のところの書籍は…重要な本の一部がそこに置かれているのだとか。私としては魔道書と混ざってしまうのでやめて欲しいのですけれど。
「ねえ、紫……」
「あら気づいていたの?」
密かに近づいていた紫に声をかける。どうやら不意を突いたらしくちょっとだけ驚いていた。
「風上にいたら匂いでわかりますよ」
結構いろんな匂いと混ざっていますけれど……
「そういうものなのかしら…犬みたいな嗅覚ね」
鋭いですね。幻想郷は勘が鋭い人が多いんですかねえ?
一応今の私は犬の能力を想起していた。ちょっとした副作用で髪の毛の一部が跳ね上がって犬耳のような癖っ毛になっている。何となく人が死角から近づきやすい宴会などでは動物を想起している方が勘が働くので対処しやすい。そうでもしておかないと背後から刃物で刺されたりする可能性が少なからずあるからだ。人混みというのは意外と犯行が行われやすい。
「想起していたので」
でも犬の嗅覚はこういう場では結構辛いものがある。いろんな匂いが入り混じってしまっているから。それでも一番警戒しやすいのは事実なんですよね。
「話したいことがあるんですよね…場所変えましょうか?」
あまり周囲に聞かれて欲しくない事ですから。
「あなたがそうしたいなら」
じゃあそうしましょうか。
隙間が開かれ周囲の景色が黒く塗りつぶされる。何も見えなくなったその空間には私と紫しかない。
「あなた、見えてないのね…」
何がとは言われない。言わなくてもわかっているからだろう。どういった経緯で知ったのかは分からない。だけれどもう賢者に知られましたか。
「後悔はしていません」
別に片目が代償となろうともこの結果を否定することは何人たりとも許さない。
「昔から…ずっとそうよねあなたは…」
「そう言う存在ですから」
紫からすればきっと理解不能なのだろう。仕方がない。そもそも私が異常なのだから。
「紫は私に幻滅していますか?」
「そんなことないわ。むしろ式として迎え入れたいくらいよ」
昔もそう言っていましたね。もしかしてそれは私が紫を裏切り幻想郷に敵対する存在になる可能性があるからだろうか…だとすれば心外だ。
「私が幻想郷を裏切る可能性があるから?」
「そうじゃないわ」
あら違うんですか…珍しいですね。
純粋に家族になりたいなんて紫が思うなんて。
「そもそも幻想郷に敵対する可能性なんて皆に平等にあるのよ。いちいち気にすることはないわ」
そっか……
そっかそっか。
「もしかして霊夢に散々怒られました?失望されました?嫌われました?それを私で埋め合わせしたいのではないんですか?」
ようやく賢者の仮面にヒビが入った。どうやら図星のようですね。
「残念ですけれど私はそんな端的な思考に乗っかるようなほどお人好しでも馬鹿でもないですから」
「……そう」
「まあ言いたいことはたくさんありますけれど今は宴会です。そういうのはまた今度にしましょう」