古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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第8部 サトラレ
depth.200さとりは不穏な空気を感じ取る


「それで、他人枠を外れて存在が融合するって具体的に言うとどういうことかな」

ちょっと長い沈黙の後にこいしは話題転換をしてきた。ただ、内容はそう言えば宴会で考えてその後ちょびちょび喋っていたことについてだった。

宴会の時にグダグダと思考実験を繰り返していた際に出ていた結論はこいしも方にも伝わっていたらしい。そのことのついてやっぱり聞いてきた。ただ、こいし自身も薄々分かってはいるようだ。

「自我の問題になるけど良いかしら」

蜜柑を頬張りながらもこいしは私の言葉にうなずいた。なら問題はないだろう。

「構わないよ」

蜜柑を剥きながらこいしはそう言った。それ絶対食べながらだから話半分になる。まあ別に良いのですけれど……

「個が成立するにはそれぞれ固有の自我が無いといけないけれどそれは結局自分と他人というごく真っ当な認識を心がするからなの。もし心が私は他人と同じだという認識を起こしたらその瞬間からその人の自我は保てなくなる」

もうちょっと細かく言えば我々の心は必ず壁を作っている。他と自を分け隔てるための。この壁がなんらかの理由で完全に消えてしまうと自は他と同じになる。ほら、自が消えてしまうでしょう。

「私が私だと自身が判別不可能になる。そうなってしまえば他人だってあれが他人だと認識できなくなる。その結果の上に融合というものがあるのよ」

この原因に一役買ってしまうのが心読。つまり心の壁を乗り越え相手の中にズカズカ入り込む行為である。特に私が深層心理などに潜り込む場合なんかは一歩間違えれば私の自我が相手側の自我と一つになる危険性を含んでいる。

「ただしその融合というのも周囲の他人と行うものではなく、自我を失った人間という概念が周囲の概念に取り込まれるだけだから大した影響ではないわ。でもそうなれば本人は何も残らない。だから危険なのよ」

体の方が残るかどうかと言われても何とも言えない。妖怪の場合自我が失われたら流石に体も消えた。

「結構エグいんだね」

こいしドン引きしないで、相手が悪かっただけよ。実際地底で謀反を起こそうとしたから実験がてらやってみたら消えたんだもの。

 

「そういえばお姉ちゃん今日は何の日だから知ってる?」

今日?えっと確か…猛吹雪の日…ってことではなさそうね。実際吹雪がひどいのだけれど……

カレンダーは……あったあった。

「……年越しかしら」

12月31日それは今日この日が今年の最後だということをただ淡々と伝えていた。

「そう!ついでに年越しの宴会が開かれるって!」

つい先日異変解決の宴会やったばかりじゃないの?連続で宴会をやるの?

「……流石に博麗神社ではないでしょう」

流石にこう連続してやるとなると神社一つではかなり負担がかかる。最悪の場合会場だけ融通して他の人達がメインでやる方針になりそうだけれど……

「守矢神社だって。焼き討ちしたい」

笑顔でなに過激なこと言っているのよ。怖いわよ。でも守矢神社か…まあ当然といえば当然か。ほかに宴会が出来るようなところなんてないし。一応地底には宴会に使える設備を設置しているものの、使われるのは大体鬼の宴会である。だから燃やさないで。

「やめなさいこいし。いい加減許したらどうなの?」

正直こいし達を止めるのが一番大変である。なんででしょうね……泣けてきます。

「だって……」

頬を膨らませてむすっとしたってダメなものはダメなんです。そもそもそんな顔してやろうとしていることがいちいちえぐいんですよ。

「焼くなら紅魔館と鈴奈庵って決まっているのよ」

正確に言えば紅魔館は爆破らしいですけれど。でもこの場合燃やしても変わりはないだろう。

「風評被害が酷すぎるよ⁈お姉ちゃんの方が過激じゃん」

冗談ですけれど。っていうか焼き討ちはそういうものなのよ。だからやめなさい。

表向き守矢は無関係である。ただしそれを押し通したのは私達。だからもう向こうは私達に頭は上がらない。それだけで十分である。

半壊した防衛装置も修理費用を守矢に半分肩代わりさせてさらに灼熱地獄の修復に神様2人を只働きなのだ。

一気にあまりやりすぎると後ろから刺されかねない。って言うかこれ以上やったら大真面目に暗殺される。追い詰められた側って何するかほんと分からないですから。

「荒波を立てたくないのは向こうも同じでしょうから…今年くらいは家でのんびり過ごしましょう」

今のこいし達を連れて行ったら絶対青筋を浮かべて後で色々とやりかねない。それに表向き友好を築いていても感情的な話で行くのはためらわれた。後は…私の片目が見えないという事が周囲に漏れるのを防ぐというしょうもない理由も含まれている。いやむしろそれの方がメインなのかもしれない。

「そうだね……そうする」

素直でよろしい。

だからお燐もそこで重火器の点検なんてしてないでこっちにきなさい。バレているわよ。

「ありゃ。バレちゃいました?」

 

「尻尾が見えていたわ」

ばつが悪そうにしているお燐に剥いた蜜柑を一つ投げる。さっきより距離があったけれどちゃんと狙い通りに口に収まった。

片目だけでもちゃんと距離感はつかめているらしい。

 

「ところでお空は……」

お燐がいてこいしがいて…でもやっぱりあの子はどこにもいない。家の中にも気配はない。どこか出かけているのだろうか?

「宴会の方に行ったらしいよ。やっぱ色々気にしちゃって家に居づらいらしくて」

やっぱりそうですか……

「あの子は……」

きっと今頃は霊夢の相談室が開かれていることだろう。霊夢がいればの話ですけれど……

「まあ今はそっとしておきましょう」

そうね……あの子が納得して戻ってくることが大事。こちらがいくら言っても本人が納得しなければ意味はない。

しばらくはこんな感じかしらね……

 

「あたい年越しそば作ってきますね」

 

あらありがとう…そうね……6人前くらい作っておいて。

「そんなに作るんですか?」

昼間から蜘蛛が部屋を徘徊しているの。尋ね人ありよ。

案外これは馬鹿に出来ない。

 

案の定お空とルーミアがやってきた。やや遅れて2人をつけていた玉藻さんまで。

やっぱり六人分作って正解だったでしょ。

でも玉藻さんが来たのはちょっと意外でしたね。レミリアさんの命令…なるほど。

「わはあ‼︎年越し蕎麦だ!」

ちょっとルーミアさん座って…玉藻さん…お酒飲むのは良いのですけれど早すぎませんか?後職務中でしょう?一応……

 

「ほらお空もそんな遠くにいないで」

せめて玉藻さんと私の合間に入ってきて。え?いや?酔っぱらいの対処は疲れるんですよ。嫌ではないですけれど。

後和服着崩すな!なんで下着着てないんですか!傾国の美女?バカ言ってないでくださいよ寒いでしょ。

 

「こいし手伝って…」

建設用の頑丈で太い紐持ってこないでよ。

「紐なら用意できてるよ」

「ヒモじゃなくてサラシ持ってきて」

「サラシでいいの?」

「ミイラにすれば良いのよ」

それで雪中に埋めておくの。レミリアさんには事情をちゃんと説明しておきますから安心してください。墓くらいは作ってくれると思いますよ。

「ほんとすいません。着なおしますからやめてください」

素直でよろしい。

後ちゃんと胸くらい抑えをつけなさい。はしたないわよ。

 

 

 

 

雪が降り妖怪や怨霊の動きは鈍り、比較的静かな幻想郷であるけれど。人里はそういうわけにもいかずいつも通りの熱気に包まれていた。

なんだかんだ言ってここはこれくらいの熱気があった方が良い。食料の備蓄も十分らしく正月という事もあってか大通りは混雑していた。

ちょっとした買い出しでも正月ということでよく売れるからか普段より皆少しばかり値引きをしていて、それがさらなる人混みを作っていた。お正月料理の材料などが結構値下がりしている。これ絶対売れ残りでしょう。

お正月料理は今日の朝方に作るものですから昼間だと売れ行きは落ちる。まあお正月料理に使うものの多くは保存が利くものですから多少の融通は利くようですし。

 

「我々は妖怪の恐怖から……」

 

なんかすごくうるさい奴らが道のど真ん中で演説している。あれは…確か幻想郷を人間の手にとか言う過激な思考の方々でしたね。

人間と妖怪の合間に亀裂なんか生んでほんとどうするのやら……

別に彼らを否定する気は無い。人間の性と言うべきか…彼らは少しばかり生存本能に忠実なだけなのだ。言っていることは過激そのものなのですけれどね。

 

でも根本的なところはなんだかんだ正しいので人々も否定しきれないようだ。まあ……この幻想郷において言えばそれが正しいということはないのですけれど。そもそも妖怪と人間の共存によって成り立っているのにそれを崩したら貴方達だって生きてはいけませんよ。外の世界に助けを求めようとしても無駄ですから。ええ…外とここでは人間の生活水準が違いすぎますので現代版浦島太郎になりますよ。しかも労働生産性は一般の人より確実に低いから資本主義社会では絶対に生きてはいけない。

ホームレスになって野垂れ死ぬのが目に見えています。

まあでも…外の世界を知らなければそういうのも分からないのでしょうね。

 

さて妖怪である私には耳が痛い話ですから早めに退散しましょう。

しかし…増えましたね。ああいう輩。

 

 

ちょっとだけ機嫌が悪くなったけれど人里を離れしばらく歩いていたら勝手に気持ちも収まっていた。冷静になったと言うより…冷めたと言ったほうが良いだろう。

ただ同時に最悪のケースも考えてしまう。ああいう思考が人里中に蔓延してしまったら?その時は……一度発生してしまった溝は絶対に埋まらない。それどころかさらに深くなり、後に禍根を残す。人間同士だってそうやって何万という人間が死ぬ戦争を繰り返してきたのだ。まだ大丈夫だろというのは危険かもしれない。一度溝が入ればあとは集団心理と思考放棄…そして感情的な行動で勝手に溝は深くなる。

尤も…その影響をもろに食らうのは子供である。子供が一番思想思考…そして周囲の状況に影響を受けやすい。そして無邪気ゆえにどこまでも残酷無慈悲なのだ。いじめという行為がそれを物語っている。

 

「……早めに根は潰すべきでしょう」

 

過激集団は目的のためなら手段を選ばない。下手をすれば自作自演で自分たちの同胞すら手にかける。証拠を捏造し嘘でも被せて流せば正確な情報を知ることができない幻想郷の情報網ではあっさり騙される。一度騙されてしまえば真実なんてどうでもよくてただ相手への不満や怒りをぶつけるきっかけにしかならなくなる。そうなってしまったら終わりだ。

ただそうなった場合……慧音さんあたりが動くでしょうね。

ある程度付かず離れず…適度な距離で互いに共存し合う。それは聞こえはいいけれど薄氷の上を歩くようなものです。

 

「紫は……分かっているわよね」

冬眠期間中はあまりこちらに関わることはできないらしい。だけれどこの問題は放置できない。あれは近い将来……いや気にしないでおこう。

 

そんなことを考えるのもやめにしようと思考を切り替え、膝下まで雪に埋まっていたら体の芯が冷えてきた。

やっぱり寒い日は温泉入りたいなあ……

ただこの時期は地底は一部の温泉を除き基本営業はしていない。正月くらい休ませろという事だろう。それ自体は問題ない。

ただ、地上の寒さにあてられた後では温かいお湯に浸かりたい感情は抑えきれない。

地上の家では寒さで色々凍り付いてしまっているし火を起こすのに時間がかかるしで手間暇がかかりすぎる。

地霊殿まで戻った方が良いのでしょうけれどあそこの温泉設備は今頃は復旧作業をしている鬼達が使用している時間帯だ。

流石にそんなところに無防備かつサードアイ丸出しで入るのは気がひける。というより危機管理上ダメ。

私やこいしは特にそこら辺ちゃんとしていないと生き残れないし要らぬ恨みを向こうに与えてしまう。逆恨みに近いかもしれないけれど私自身からそういうことを進んでするものではない。

やっぱり何処かを貸し切りにした方が良いだろうか。

でもそもそも空いてないから貸し切るも何もできない。

 

あーあ…寒いなあ……

銀世界に生き物の気配はなく、ただ風の音だけが響いていた。

その風の音に混ざって少しだけ歌が聞こえてきた。

 

この声……もしかして。

声のする方に向かって歩みを進める。買った荷物が重たい。

ああやっぱり……ミスティアさんだ。

半分ほど雪に埋まった屋台の屋根で彼女は1人静かに歌を歌っていた。

銀世界がよく似合うわね…なんだか美しいと感じてしまう。

「雪掻き手伝いましょうか?」

 

「あ、お久しぶりです」


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