にとりさんの実験に付き合うのを拒否したらまた便利なものだよとハイテク道具をポンポン見せられ買わないかと商売をふっかけられた。
正直買う資金はないし生活が便利になることをあまり望まないので買わないでおくことにする。まあこのまま無下に断るのは気がすすまないので売りたいなら地底で売って見てはどうだろと提案しておく。
正直交流は常に開かせているのだから来たければ来て良いし商売するなら一応
こっちに許可をもらう必要があるけれどそこまで厳しいわけでもない。
それを言えば人手の余裕があまりないのでお店を構えたりはできないらしいけれど興味はあるらしい。移動販売でもして見たらどうだろうか…ああ、地底までだと物理的な距離もあるから少し難しいか…
荷物用エレベーターならあるのだけれどお店とか業務用の物資を優先しているから一般は使えない。移動販売だってお店を構えているわけではないから一般扱いだし。
うーん……店を持たない人もあのエレベーターを使用出来るよう手を回したほうがいいのだろうか?ただでさえ地底の物流は移動コストが重しになっているのだ。
やっぱり新しくエレベーターを設置するべきかな?でもあの狭い縦穴じゃなあ……新しく縦穴を作るなんて無茶もいいところですし。
考えても一筋縄ではいかない。仕方がない。ちょっと勇儀さんと相談しますか。
そういえば彼らは無事脱出出来たみたいですけれどその時に使用した抜け穴…利用できないだろうか?流石に間欠泉騒ぎも起こっていないのだから多分使えるだろう。
うまくいけば大規模開発になる。暇を持て余し気味の鬼なら喜んで喰いつくでしょう。何だかんだ仕事の後の酒がうまいとか言っているからお酒もセットにすれば良い感じに仕事してくれそう。
気づけば山を降りた私は地底の中を歩いていた。どこから入ったのか…今の今まで思考に夢中だったせいで覚えていない。脳が記憶の保持すら後回しにするほど思考していたようだ。ああまいったまいった。
早目に地霊殿に戻るとしましょう。
ちょうど飲屋街だったからか意識すれば周囲は騒音と言ってもいいようなほどの喧騒に包まれている。
よく今まで誰にも声をかけられずに済んだなと思ったもののそもそもさとり妖怪に声をかける物好きなんていないだろうという結論であっさり終わり。最短1秒の結論の出方だ。
ただ私自身外套を着て隠しているのだから相手だって気づいていないはず。じゃあもしかして……
一つの考えが頭をよぎり、すぐにそれを消しとばした。確かに心を読む能力の応用で相手の意識の外に出るというのは可能です。でもそれを無意識のうちに、周囲に影響を与えながら行うには不可能である。瞳を閉じているのならばまだ分からなくもないけれど私はまだ瞳を閉じてはいない。片目は見えなくなっていますけれど。
……帰りましょう。なんだかこの話題に触れると怖くなってくる。私が誰からも認識できなくなるのはそれはそれで恐ろしい恐怖である。というより妖怪としてそれは死を意味するのと同じなのだ。
すぐに地霊殿に戻る。ちょっとだけ怖くなってしまった。自分が周囲の認識から消えてしまったら?そしたらどうなるの?
私という存在はその時そこに存在しているのか?しているのであればそれはどうやって証明すればいい?第三者には認識できないのだ。
地霊殿に戻るまでの時間では答えは出せなかった。
地霊殿はやっぱりというか外から見ると異様に静かで、庭なんかは公開したら多分公園のような扱いになるかもしれない。
そんなことを考えながらエントランスから珍しく建物に入る。普段は空間転移装置のある部屋から出入りするからエントランスの扉を開けることなんてほとんどない。
だからなのか中にいた妖精が完全にきょとんとしていた。何か用事でもあったらしいというのはサードアイからの情報。
「何か私に用事があった?」
珍しく地霊殿にお客さんが来ていた。
私に駆け寄ってきた妖精がそう言って応接室の方を指差す。
知らせてくれた妖精さんにお礼を言って応接室に向かう。確かに誰かがいるらしい。扉からも気配というかプライドの高い気が流れ出している。多分わざとそうしているのだろう。だとしたら考えられるのは1人だけ。
ゆっくりと扉を開ければ、上に取り付けられていたベルが物静かな空気を切り裂いた。
「随分と客人を待たせるのね」
扉を開ければ真っ先にそう嫌味のような一言。でも嫌味というわけではないのだろう。その言葉には嫌な気分はほとんど含まれていない。ただの嫌味…それだけだ。多分彼女にとって嫌味を言うのはそこに嫌味があったからという考えなのだろう。
「アポくらい取ってからきてくださいよ」
だからこちらも文句くらいは言わせてもらう。
「それもそうね。でも急なことだったから」
それでこの話はおしまい。あまり長々と話すものでもないでしょうから。
「それで、今日はなんの用ですか?」
お空達なら今地上で色々とやっているはずである。そっちで問題があったのならまずはそっちに行くべきだしこちらに来るとしたら本人達同伴である。それができない可能性も……例えば捕まったとかそういう場合も考えられるけれどそうなったらまずこんな落ち着いていないし話す前にレミリアさんは単体で突っ込んで暴れることだろう。
ならばそっちの線はあっさり消える。
「フランがね…どうしても貴女のところにお泊まりしたいって」
フランが…断るべき事ではないかもしれないのですけれど今こちらもそちらもお取り込み中ですよね?
「なるほど、しかしこのタイミングでですか……」
この一言だけで向こうも理解してくれた。でもまあ忙しいと言ってもそこまでではないのだ。
「むしろ今だからじゃない?それに地上は雪で静まり返っている。退屈なことこの上ないわ」
雪遊びには飽きたらしい。だからといって他の遊びがあるほど幻想郷の冬は優しくない。自然界というのは残酷で厳しいのだ。
「従者に任せておいてですか?」
「あんなものは私が出るまでもないのよ」
まあそれは私も同じなのだけれど…でも後でちゃんと指示をしておかないと何かやらかしかねない。後一週間ってところかしらね。それくらいあるのなら1日2日程度はフランが泊まりに来てもいいのかなあ……
「それにしても……奇遇ですね。こいしも紅魔館に泊まってみたいと言っていたんですよ」
うん2日ほど前だったかな。こいしも紅魔館に泊まりに行きたいと言っていた。フランと遊ぶのかと聞いたけれどそういうわけじゃなくて、なんとなく他人の家に泊まりに行く……ドキドキというかそんな感じのなにか。子供の頃に感じるドキドキワクワクを楽しみたいからという実に子供らしい理由だった。見た目が子供なのだし一応精神は子供相応なのだろう。レミリアに聞いてからにしてと言ってからこの話題については浮上してこなかったからどうなったのかわからないのですけれど。
「あら……じゃあ2人と一度話してみようかしら」
どうやらレミリアさんのところにはまだ話が通っていないようです。言ったはいいけれど暇がなかったのか別のことを考えついたのか。
「それが良いでしょう……こいし呼んできますね」
そう言って私が動き出そうとする前に、レミリアさんが誰かを呼ぶために背後の…廊下に続く扉に声をかけた。
「フラン、入っていいわよ」
来てたの⁈フラン来てたの⁈なんで別室待機させてるの‼︎ドッキリですか!
本人が来ていた…これもう確信犯でしょ。私が驚きを通り越して呆れ返っていると、部屋の扉が開いて白いシャツに赤いベストのような服を着たフランが部屋に入ってきた。なんとなく嬉しそうに羽がはためいている。枝のような羽に宝石に似た何かがぶら下がっている。それらが羽の動きに合わせて揺れる。
「お姉ちゃん呼んだ?」
だけれどそれだけじゃ終わらなかった。フランが部屋に入ってくるのとほぼ同時に屋根の一部が開き、こいしがおりてきた。
こいし…屋根裏で聞いていたわね。
盗み聞きの技術が高いのは認めるけれどここでやらなくてもいいじゃないの……ほら埃で服汚れてるじゃない。
「全員揃ったようね」
レミリアさん、思いっきり私を驚かせようとしていましたよね。何しれっとこの場仕切ってるんですか。
まあ…私は迷惑がかからないように配慮してくれれば問題はないですよ。
「じゃあ私!フランちゃんと交換お泊まり大会やりたい!」
企画みたいな呼び方やめなさい。
「フランもそれには賛成!」
元気よく手をあげる2人。完全に交換お泊まりになってしまう。それで本人達が良いのであれば問題はないのだけれど……てっきりこいしとフランで遊ぶのかと思ってた。完全に不意をつかれましたね。
「自由奔放ですね…」
うん、当事者の私やレミリアさんの意見は特に聞かずそのまま押し通すあたり。
「いや貴女が一番自由奔放よ。自覚しなさい」
そこまで自由奔放にはしていないですよ。少なくとも今はですけれど……
昔はどうか知りません。その時その時で価値観は変わっていくので。
「首を傾げないで。人の家の壁を壊して風呂場を増築するとかやってる時点で十分よ」
そうですか?まあ普通の家ではそもそも土地問題で拡大工事ができないですからね。周囲が森で何もなく権利を主張するのが紅魔館の主人でしたから。それと風呂がないのが問題だったんですよ。
「風呂に入れないのは日本育ちとしてちょっと辛いところがあるんですよ」
味噌や醤油がないのは許そう。だけれど風呂は…風呂は欲しかったんです。
「それは認めるけど……」
レミリアさんも風呂のありがたさに気づいてくれたんですね。感激です。今度温泉巡りのツアーでも作りますよ。地底観光業発足です。
「お姉ちゃん人の指示なんて聞かないし」
こいしが苦笑いしながらぼやいた。
「失礼ですね。目上の人の指示は聞きますよ。聞ける範囲でですけれど……」
目上といっても私の直属の上司は閻魔さんか地獄の女神さんである。どちらも現世に口出しすることはあれど私自身に口出ししてくることは少ない。女神は…私を勢力として取り込みたいのか水面下で動いているようですけれど。
「じゃあ……紅魔館を攻め落とせっていう指示受けたら?」
そんな命令彼女たちがするだろうか……まあバトルロワイアルとか非常事態が発生したとか。そちらが地獄に何か手を出したらするかもしれませんね。その時は……
「目上の人ごと紅魔館を吹っ飛ばします」
閻魔さんや女神だからと言ってやっていいこと悪いことあります。私が正しいかどうかが別としてやるのであればやられる覚悟をしろと言うことだ。爆破に巻き込まれたくらいじゃ死なないしそもそも死とか生とかそういう概念の外にいるから意味ないですけれど。それでも痛いものは痛いだろう。
「ねえやめて⁈だから自由奔放って言われるのよ‼︎」
レミリアさんは慌てて席から立ち上がった。紅魔館の一つや二つ吹っ飛んでもまた直せば良いのです。建物はいつか壊れるのですから。
「聞ける範囲までしか聞いてないですよ。だって建物だけ目上の人ごと吹っ飛ばすんですから」
「目上の人でしょ⁈」
「目上だからといって躊躇する必要はないんですよ」
そもそも何を以てして相手を上の存在と認識するのか。それこそ社会的地位の問題であって私個人としての問題ではない。少なくとも私は人の上に立つ存在ではないのに人の上に立たされているのは紫や閻魔さんによって勝手に決められたことだ。それと同じ……だから躊躇なんてしなくて良い。
「それが強い相手だったらどうするの?」
フランが会話に割り込んでくる。なるほど強い相手ですか。何を以てして強い相手と呼ぶのかにもよりますけれど……
「寝込みを襲う、毒を盛る、エリアごと吹っ飛ばす…強いといってもやり口はいろいろありますよ」
弱いんですから卑怯なことでもなんでもやっていかなければ強いものには勝てないんです。勝つというだけであればそもそも勝負する前から決着つけられますし。
「うわ……」
なんで三人ともドン引きしているんですか?今までだって散々そうしてきたでしょう。心を読みトラウマをえぐる力は純粋な力比べの勝負事において言えば戦う前から勝敗を決定することができる。でもそれは実力ではない。
だから純粋に戦ったら勝てないのだ。せいぜいが負けないようにする程度。
「そうだ。ちょっと暇なのでレミリアさん。弾幕ごっこやりませんか?」
「あら、面白い提案ね。せっかくだし付き合ってあげるわ」
「じゃあその次は私‼︎」
2人同時にかかってきてもいいんですよ。こいしが盾になるんですから。
「私はやらないよ⁈」
「強制参加って知ってます?」
「Goddamn‼︎」
こう言ってはんだけどお燐は黒猫の割にあまり黒くない。元々は正真正銘の黒猫だったのだけれど妖怪に変化していくうちにお腹周りや足先、尻尾の先などが赤毛に変化していった。それでも赤と黒のパンダカラーにはならず、グラデーションのように緩やかに赤くなったりしている。それでも全体的にはまだ黒だから黒猫で通っている。
そんなお燐は今フランの腕に抱かれていた。
側から見たら少女が黒猫を抱きかかえているなんとも可愛らしくほっこりする絵面。だけれどお燐はさっきから息苦しいのか黒い顔を若干青くしていた。
どうやら抱きしめる力が強いようだ。
見た目は少女だとしても彼女は吸血鬼。鬼と入っている通り純粋な力比べだと鬼に匹敵する。フランは自称魔法少女なのかそこまで力があるわけではないけれどそれでも並の鬼程度。それでも相当なものである。
余談だけれどレミリアさんはフランの倍以上の馬力なのだそうだ。
「姉妹揃って恐ろしいわ……」
「さとりお姉様だって私とタイマンしたら普通に勝ってたじゃん」
さとり妖怪はそこまで妖力があるとか鬼のように頑丈だとかそういうことがない。それはいまでも大して変わらない。ではどうしてフランにさっき勝てたのか。
実は妖力の大半はサードアイからの情報を元に相手の技やトラウマを想起するのに使用されているのだ。
実際私は萃香さんや勇儀さんと何度も手合わせさせられているから彼女達の力を想起で生み出すのは容易い。
さっきのはそれを使っただけだ。これがもし勇儀さん達本人に使用したところで過去の自分と戦っているのに近くて多分向こうは負けないだろう。まあそういう時は天狗なりなんなり他のものを想起して勝ち筋を見出すのですけれど。
だからこれは本人以外でしか使えない。
「ふうん……でもさとりお姉様強いじゃん」
「それ自身私の力ではないですからね…」
力を借りて戦う性質上私自身は強くはない。
「他人の力を使いこなせるっていうのも凄いことだと思うよ」
そうでしょうか?確かに一回だけじゃちょっと難しいものとかありますけれど体が柔らかいのでそこまで問題になったことはないですね。でも夢想封印とかの性質が根本的にあちら側のものとかダブルスパークとかの大火力など真似出来ないものもある。
「そうでしょうか?」
正直な話あまりこういうことをやっていると自我を見失ってしまうかもしれない。
まあ失ったら失ったでまた探せばいいだけである。私という存在がなんなのか…自我はどうして生まれるのか……
「フランは自我ってどうして生まれると思いますか?」
私の問いにフランは顔をしかめて悩んだ。
「うーん……分からない。考えたこともなかった」
ですよね。正直こんなこと考えているのは私かこいしくらいですもの。
ソファの上で一度体勢を楽にする。お燐の苦しそうな声が聞こえたのはその直後だった。
素早くそっちを確認すれば、フランの腕の中で完全に伸びているお燐がいた。どうやら呼吸困難になっているようだ。あ、白目むいてる。猫が白目……
「フラン、お燐が伸びてるわよ」
失神していないのがまだ救いだろう。
「え?あ!ごめんなさい」
一応指摘してあげれば慌てて腕からお燐を解放してくれた。水を得た魚のように一気に私の膝の上に駆けてくる。なんだまだ大丈夫じゃないの。
「まあいいのよ……お燐はタフだから…」
膝の上で爪を立てられた。わかりました分かりました。私が悪かったです。
だから久しぶりにスカート穿いているのだからやめて。直接脚ひっかかれるのは痛いのよ。
散々引っ掻き回した後お燐は膝の上から飛び降りた。
「全く……あたいだってあんなに締められたら息できませんよ」
人型になったお燐が私とフランを交互に睨みつける。当のフランはどこ吹く風である。
そもそも私はわるくなーいと言ってみたくはなったけれど……言ったら機嫌が悪くなりそうだったからやめた。
しかも今だって小言長いですし……
小言が長いのは私のせいだって?それはひどい誤解ですよ。私だって小言言われたくてあんな事しようとしたわけじゃなんですから。信用できない?だって普段からよく爆破されているじゃないの。主にこいしの実験とお空の訓練で。
「そういえばお燐、私に話すことがあったのでしょう?」
本来であれば彼女は地上で張り込みをやっているはずなのである。1時間前…こいしとフランが交換お泊まりを始めてすぐお燐だけが戻ってきたのだ。
「え?ああ…そうでしたそうでした。文句も言いたかったから忘れるところだったよ。一応そこの妹吸血鬼も聞いておいた方がいいんじゃないかな?」
地上でのあれの対処に関することなのだろう。いまいちピンときていなかったフランに耳打ちで教える。
合点がいったようだ。ただあまり興味はないらしく……彼女らしくあんなの力で踏み潰せばいいのにと考えていた。
それができれば苦労はしないのだ。
「一応拠点と人数は分かってきたんだけれどリーダーとか全然ダメなんだよね…全くわからないんだよ」
どうやら出入りする人間は把握できても外からではそれが限界なようだ。外では上下関係を出さず、皆平等ということか。下の人にとっては居心地が良くないだろう。だけれど全員平等に振る舞うというのはなかなか考えていますね…
「流石にそれを探れとは言わないわ」
「でも探ろうと思えば探れるでしょ?」
まあ探ろうと思えばですけれど。それこそ周辺のお金の動きとか建物の中に潜入して操作したりとかやり口はいろいろある。だけれど現場に出ていない私はそこまで言うことはできない。
「フラン…危険だと思うわよ」
「ある程度の危険は折り込み済みでしょ」
まあそうですけれど……
「何かいい案あるんですか?」
「手段を選ばないなら…建物に潜入して伺うとか、金の動きである程度組織の母体を探し出すとか色々ね。地道に聞き込みするのも手だけれどそっちはそっちで露見するリスクが高すぎるわ」
「お姉様ならお金の動きくらい調べられるんじゃないかな?」
レミリアさん?ああ…確かに今頃調べていそうね。向こうにも情報は行っているのだろうし。だとしたらこちらは無理に探らなくても良いか……
「もう調べているでしょうね」
確証はないでしょうけれど私がレミリアさんだとしたらそうする。そうじゃなくても運命操作してくる。
「後で聞いてくる?」
「私が聞いておくわ」
紅魔館に足を運ぶのもたまには良い運動になるし。そこまであそこが嫌だというわけでもないですからね。
「そっか…じゃあこの話はおしまいかな?」
別に今長々議論する必要もないですからね。
「まあおしまいでしょうね……」
お燐の興味は完全に仕事からフランの羽に移っていた。
フランが無意識に羽を揺らす。それに合わせて揺れる宝石のような七色の何かを猫じゃらしのように扱っている。
なんか和む。すごく和む。大事なことなので二回言いました。
「前々から思って他のですけれどフランのその羽ってどうなっているんですか?」
前はドタバタしていたから聞きそびれたしこっちにきてからもあまり接点がなかった。
「羽?あー……生まれつきなのかな。でもこの宝石みたいな何かは別に宝石じゃないよ。パチュリー曰く魔力の塊なんだって」
お燐が戯れているのに気づいたフランが羽を軽く振る。
「魔力の結晶体…魔法石とかそう言った類ですね」
欧州だとよくあることで魔力が濃かった昔は龍脈とか魔力の流れができているところではよく地中に埋まって生成されていたのだとか。一応人工的にも生み出すことは可能だけれどフランの翼ほどの大きさと量を揃えるのにはかなりの人数がいる。
それこそ指輪にはめる宝石程度の大きさのもので通常は十分なのだ。
「一応その部類なのかな…私の羽から離れることがないから全く使えないんだけど」
「へえ……」
それを聞いたお燐が宝石を引っ張った。最初こそ羽から抵抗もなしに離れていった宝石だけれど手を離せば磁石に吸い寄せられるかのように素早く元の位置に戻っていった。羽で遊ばないの。
なんだか不思議ね……
「でしょ!かっこいいよねえ…魔法少女みたいで!」
魔法少女…確かにフランは魔法少女でしたね。
「魔法少女の末路がどんなものか分かりますか?」
ちょっとその笑顔が可愛かったから少しだけイタズラしてみたくなってしまうのは種族のサガだろう。
「……え?」
完全にきょとんとしていた。流石に分かりませんよね。
「心が濁って異形の敵となったり、騙されて殺し合いになったり、敵と相打ちになって死んだり」
「例えが酷すぎない⁈どれも当たらずとも遠からずなんだけど!」
え…ほんとですかい?間違ってはいないんですか……
「え…ある意味間違ってないんですか…魔法少女怖っ」
心が濁って敵になるなんて……本当にありえたのか。いや普通に精神侵食して攻撃して洗脳する魔だって妖だっているのだからこれくらい普通なのか。
「え?だって魔法少女じゃなくたって普通に戦うし」
ああ…確かに他の妖怪や魔物や神と戦う場合ふつうにそういうこともありますね。魔法少女に限った話ではありませんね。
「あ、そうか普通だったわね」
「じゃあ普通なのか…戦闘スタイルが魔法少女なだけで…」
そもそも魔法少女はなにを以て魔法少女と呼ばれるのかが分からない。魔法を使える少女であるなら魔理沙は魔法少女であるけれど実際は魔法使い。パチュリーは魔女。普通に魔法を使える少女というわけではないらしい。
「そうじゃないかな?あとは魔法少女だからもちろん少女じゃん」
ああ、少女だから負けた場合相手がなにをしてくるか分からないと。そんなの異性が戦闘すればどこでも起こりそうな事ですけれど。実際私が魔術を習いに行った時代なんてそんなもの日常茶飯事のように繰り広げられていた。
いやあ結構きつかったですよ。こいしと一緒に森に入ってみたら魔物同士が堂々とそんな行為していたんですから。
「それ……結構珍しいと思うよ」
「レアケースだったんですかあれ」
「あたいからしても絶対それはレアケースだと思うよ」
そうなんですか……この辺りはお燐の方が詳しそうですけれど……いやそうでもないか。
「あたいを見て期待外れだと思いましたよね⁈」
目線をそらしたらお燐に気づかれた。
「そもそもこんなもの期待出来るわけないじゃないですか」
「ほんとだよ!あたいに期待しないでよ!」
紫あたりなら期待しても良いのだろうか……
「そんなことより遊ぼうよ!」
「昨日あれだけ暴れませんでした?」
昨日レミリアとフランに私やこいしで大規模弾幕ごっこをしたばかりなのだ。
しかもそれを異変と勘違いした勇儀さん達が乱入してきてもはやバトルロワイアル状態になってしまったのだ。さらに言えばそれで発生した損害もなかなかバカにはできない。
木っ端微塵に割れた窓ガラス。地面に開いたクレーター。防衛装置復興で予算がずいぶん食われているのだ。そこにきてこれは流石に無理なので割れたガラスを撤去した程度で済ませている。予備の窓ガラスはストックがあるけれど流石に数が足りないので半分以上ベニヤ板で応急処置をしている惨状なのだ。
「今度は頭脳戦だよ!」
よかった流石に力比べとは…え?頭脳戦?
「頭脳戦って……」
思考読める私に有利すぎるのでは…いや流石にそれは言い過ぎか。しかしどのような方法にしても心を読めるというのは優位である。まあそうでなくても多少なら全然問題ないのだけれど。
「ルーレットとか」
ルーレットって…それはそれで動体視力と野生的能力で投げ出された球がどこに入り込むかを素早く計算してベットするだけじゃない。決着つかないわよ。
「でもそれ…私達相手じゃちょっと難しいんじゃ…」
特にこの手のゲームはお燐が得意中の得意。というより百発百中してしまうのだ。まあお燐に言わせれば見えてるから仕方がない。のだろう。
「じゃあサードアイ使わないでポーカー?」
ああ…やっぱりそうきましたか。しかしポーカーですか。ルールは知りませんけれど詳しくはないですよ?まだブラックジャックの方がやれます。
「そのあたりでしたら…でもポーカーはルールを一応知っている程度ですよ」
正直それすら忘れかけているくらいです。ブラックジャックばっかりやっていたからでしょうか?でも面白いんですよ。
「じゃあ私さとりお姉様のフォローしてあげる!」
そう言ってフランが私の膝の上に乗ってきた。正直そこに乗られるとちょっと重いんですけれど……それに…お燐との戦いになっちゃってなんだかなあ……
2
「さとり様でいらっしゃいますね」
フランが就寝したタイミングで、それを計っていたかのようにメイド長は私の所にやってきた。時刻は午後7時。吸血鬼にとっては朝も良いところだけれどレミリアさん達は昼と夜の両方で起床する必要があるため生活リズムの時間が若干ずれているのだとか。なんでも就寝は午後7時から午後11時までとなっているらしい。ほとんど寝てないじゃないと言ったらそのくらいで十分な睡眠は取れているらしい。
ヒトの体って不思議なものです。
まあ私も大概か……寝なくて良い体なんて多分レミリアさんでも貴重なのだろう。
思考の一部を切り離してメイド長に向き直る。お燐が地上に戻った直後だから入れ替わりのタイミングを狙ったのだろうか。あるいはフランの睡眠時間を考慮してなのだろうか。
「用件はなんでしょう?」
澄ました顔の咲夜は、私の問いに一瞬だけ顔を顰めた。でもそれも一瞬のことでちゃんと見ていないと分からない程度のものだった。それだけで悪い知らせであると分かってしまう。
「すいませんしくじったそうです」
しくじった…なにをどうしくじったのか…主語が完全に抜けてしまっている。そこは想像しろということなのだろう。
じゃあちょっとだけやりますか。
現地の玉藻さんやお空がミスを犯した?いやそれはないだろう。ミスをしそうになっても直前で止められるはずだし。それであれば咲夜がここに来ることはない。最初にレミリアさんのところに行ってそこと現場との合間でのやり取りになるはず。ならやらかしてしまったのは……
「レミリアさんが?」
レミリアさん本人であろう。
「話が早いですね」
咲夜さんも自分の主人の失敗を相手に伝えなければならいというかなり悲しい立場になってしまったのだ。責めるわけにはいかないし責められるはずもなかった。
「ですがよくレミリア様だと見抜きましたね」
半分は勘ですけれど半分はちゃんと推理していますよ。それにですね……
「お空たちの方が失敗するなんてことはまず想定していませんから」
だって信じているんだもの。失敗するなんてことはないって……
みんな失敗しそうにはなっても既のところで回避できるでしょう。
「仲間思いなのですね」
「家族を信じるのは当たり前ですよ……まあレミリアさんは運がなかったとしか言えないです」
多分相手の方が一枚上手だったのだろう。私が金銭の面で操作したら多分私だって失敗していただろう。ソファに座るように言ったのだけれど仕事中だと言って立ちっぱなしの咲夜さんを半ば強引に座らせる。
ここは紅魔館じゃないのだ。貴女は今客人なんですよ。
「具体的に失敗の原因は聞かれにならないのですね」
ああ……具体的に聞いても今更意味はないだろう。それに次は同じ手を二度と使わないでしょうし……
「大方金の流れを探る時に内通者か何かにやられたのでしょう。まあ紅魔館が嗅ぎ回っていると向こうに知られているのなら逆にそれを利用して堂々と牽制するのも手の一つです」
そう、仮にも仕手は紅魔館なのである。吸血鬼の強さは幻想郷の中でも指折り。接触すれば生きて帰ってこれる保証はない。とまで言われているのだ。
いくら嗅ぎ回って居たとしても多分手出しは簡単にできないだろう。逆に人里の中だけであれば紅魔館も手出しはできない。だから人里の外に漏れない程度には過激にできるという考えを持つだろう。その時点である程度の牽制の役割は持てる。
「尤も……向こうはそれを良しとするかどうかは別ですけれど」
プライドだけは高いでしょうからなにをしでかすのやら。多分今までの事をやらかすような頭脳があるのであれば当然この後の対応もそれ相応のものになるはずだ。こりゃ……早めにどうにかするしかないわけか。
「今までのことからいえば…ちょっと想像がつきません」
咲夜さんが申し訳なさそうにする必要はないですよ。
取り敢えず行動を起こされないようにすれば良いのであれば手はある。あるけれどそれをやるとちょっと派手な花火が上がるのである程度の情報規制と操作を行わないといけない。その手に強い人を知っているから良いのだけれど其の場凌ぎなので使いたくないんですよ。バレた時に収拾がつかなくなるので。それに人間からすれば彼らの行動は別に間違ってはいないのだ。
「じゃあ私も行くわ」
早急にあれを潰す必要に迫られてしまうとは。まだ情報が不足しているからやりたくないのだけれど仕方がない。
懸念材料が残ってしまうけれど……紫にどうにかしてもらえないだろうか?
ああ、今冬眠中でしたか。春先まで安静にしていて欲しいですね。
そんなことだから私は地上に向かうことにした。先ずは情報操作と規制を可能にする人に話をつけに行く。ついでだから対象の集団が裏でどこと繋がっているか程度は調べをつけておきたい。
起きたら私がいなかったではフランは絶対怒るし寂しがるので一応咲夜さんを置いてきた。大丈夫だろう…それに何かあったらこっちに来るでしょう。
雪は降っていないけれど今まで降り積もった分が道を隠して白い絨毯になっている。冷たくなければ最高にふかふかなのでしょうけれど……ふかふかでいて欲しかった。
家の空間跳躍を使っても家から歩かなければならないのが辛い。飛んでいってもいいのだけれど今は夜中である。正直灯りも何もないのに空を飛ぶのは自殺行為である。航空機みたいに計器や航法測定ができる機械があるわけでもないのだ。すぐに空間失調を起こして落ちるかあらぬ方向に行ってしまうであろう。それならいっそのこと地上を歩いた方が目印も多くて分かりやすい。
そういうわけだから私は地上を歩く。吹雪いていないだけマシだけれど少し肌寒い。もうちょっと服を着て来ればよかった……
1時間ほど歩いても全く体が温まらない。
「あれ?」
肌に変な違和感を感じる。空気が若干肌を舐めるようにうごめいている。風だろうか…でも今は風は止んでいる。それなのにさっきからどうも周囲の温度が寒くなっている。夜中だからと言うには温度の変化が激しすぎる。
いや…周囲の温度が下がっているんじゃない。強力な冷気が近くにあるからなのだ。
レティだろうか?一応冬の妖精ですから出くわしても問題はないはずなんですけれど…
「あれ?さとりじゃない」
大人びた声…一瞬レティなのかと思ったけれどどうやら違うみたいだ。聞き覚えはないけれど名残が若干残っているからもしかしてと思う。
「チルノちゃんでしたか」
冬でも活動する妖獣対策に灯火管制を施した灯りを声がした方に向ければ、そこにはやっぱりチルノちゃんがいた。
だけれどいつもの子供ではなく大人の方だった。冬場仕様の方だ。
なんだか可愛さより年々妖艶さと美が磨かれているのですけれど……ある意味雪女じゃないですか。
「チルノちゃんその人は……」
彼女の後ろには暗闇でぼんやりしてしまっているけれど人影があった。
「縄張りに入ってきた哀れな人間。襲いかかってきたから氷柱にしちゃった」
ああもうこんな時に頭が痛くなるようなことを……
それでも責められない。いつもの自然の定理。幻想郷では当たり前のものだから。でもこのタイミングは…悪すぎる。これが露見したら絶対このことに漬け込んで来るだろう。たとえこの人間が罪人であり里から追放された存在であったとしても。そんな事実御構い無しに都合のいい事実を都合よく流すだろう。
「これ絶対見つかったらまずいですよ……」
早めに処理しないとなとか考えていたら背後に別の気配を感じ取った。素早く横に飛びのく。いくらなんでもあんな距離になるまで気づかないほど気配を消していたなんて……
もしあれが私に攻撃する意思があったのなら一瞬で負けていた。
振り返ればそこには闇に溶け込むようにしてルーミアちゃんが浮いていた。ああ…この暗闇の中じゃ気付かれないのも無理はない。闇は彼女のテリトリーなのだから。月が出ていたりすればまた話は変わるのですけれど今は光の全くない真っ暗闇。妖怪すら迂闊に動くことはできないのだ。
「じゃあ私が食べてもいいのか〜?」
……ルーミアさんの方だ子供の姿になっているけれど中身は完全にルーミアさんの方だ。ちゃんではない。雰囲気がそう語っている。
私の横をすり抜け、チルノちゃんの後ろにあるそれに近づこうとした瞬間、そんなルーミアさんの体を一筋の光が縦に貫いた。
「っ!」
だけれど当たったわけではない。後ろに下がってきたルーミアさんは顔を顰めているだけだった。
「私の作ったオブジェなに食べようとしているの?」
チルノちゃんの手には刃渡り3メートルを超える巨大な氷の剣が握られていた。そんなに長くて取り回しとか大丈夫なのかな。身長の三倍もあるよね?
「それオブジェとして凍らせたんですか?」
人間オブジェとか趣味最悪だわ。カエルの氷漬けだって見ててエグく感じるのに……正直氷漬けのカエルを石代わりにぶん投げられるのが一番嫌かもしれない。
まあそれも彼女の感性なのだろうか?あるいは無邪気ゆえの狂気。苦悶の表情を浮かべているから相当苦しみながら氷漬けにされたのだろう。同情はしませんが哀れみくらいは……
「私にとってはただのアイスに過ぎないしこの人間は私が前から狙ってたの」
睨みを利かせるルーミアさんが警告もなしに反撃を行う。妖弾が氷の剣で貫かれ爆発四散する。
前からって…数刻の違いでしょうに。でも彼女の言い分も分からなくはないのだけれど……
「2人とも落ち着いて……」
だけれど私の言葉は2人には届かず、青筋を浮かべた2人はそのままにらみ合い。冷戦が続く。
そしてそれは溜まるところまで溜まった結果あっさりと崩壊。無言だった2人がまるで打ち合わせでもしたかのように動き出した。
闇が蠢く生き物のように這いずり回り全てを凍りつかせる吹雪が闇すらを飲み込もうと直線的な幾何学模様を形成する。
ぶつかり合ったそれらが木の折れるような音を立てて弾け、暗闇に火花を散らしている。
流れ弾が私の直ぐ側を通り抜け後ろで雪しぶきをあげる。巻き込まれてはたまらない。少し離れたところに移動しようとして、足元にどちらかの弾幕が着弾。
見えていない左側からの弾幕である。回避するのが遅れてしまう。
反動で弾き飛ばされる。直撃を受ければそれこそ体が粉砕するようなものが足元で炸裂したのだ。吹っ飛ばされても仕方がない。
だけど吹っ飛ばされた方向が悪かった。
背中から硬い何かにぶつかった。肺の空気が一気に抜け呼吸困難に陥る。無理に体が空気を吸い込もうとして、圧迫された肺が体を刺激する。
「もしかしてさとりもその人間狙い?」
完全にテンションハイになっているルーミアさんが私を睨む。
「そんなわけあるか」
と言いたいけれどうまく空気が吸い込めず答えることができない。
「誰にもあげないから…取ろうとするなら腕の一本二本無くなることを覚悟してね」
誰も取らないから!
殺気を感じて素早く体を転がす。さっきまで私がいたところを一閃の輝きが通り過ぎる。腕どころか半身がバイバイするところだった。
「……私のご飯盗むつもりなのかー?」
殺気立ってる!ルーミアさんまで殺気立ってる!
「誰も盗みませんよ…」
最悪食べて証拠隠滅してくれるならそっちの方がありがたいのですけれど……
「ともかく2人を倒す。まずはそれからなのだ」
私を巻き込まないでください。
脚に力を込めて後ろに跳躍。襲いかかる弾幕を結界で弾く。
だけれど長くはもたない。すぐに結界にヒビが入る。仕方がない……これは自衛だ。
スペルカードを取り出して構える。ヒビがやがて大きくなり結界自体が歪み始める。タイミングを見計らって……
「想起、『飛行虫ネスト』」
手に持ったスペルが光を放ち弾幕を展開する。ほぼ同時に結界が砕け散り、いくつかの弾幕と氷の粒手が突っ込んでくる。
だけれど遅い。それらが私に届く前にその全てがスペルの弾幕で相殺される。
心臓にあまり良くないけれどこうするしか方法はない。
「ちょっとおいたが過ぎると思いますよ」
うん、背中もぶつけたし少し怒りたいです。私だって感情ちゃんとあるんですから。プンスカ!
「Did you finish the piss? Pray to God? Is the preparation of the mind to sway and kill the life in Corner of the room OK?」
「え…えっと?」
「おーけい?」
「気にしないでくださいただの独り言ですから」