古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

216 / 248
depth.206さとりと人間の心理 中

「何しているんですか?」

彼らは建物の方に呼びかけるのに夢中で私が背後にいることに結局気づかなかった。ここまで気づかないってなると…結構鈍臭いですね。そっちの方がやりやすいのですけれどこんなので大丈夫なのだろうかと不安になってくる。半分くらい運動に触発されて参加したような人たちですし。

「ここに妖魔本が隠されているときいてな」

背後から声をかけたせいかほぼ全員が私の方に顔を向けてきた。すごく目線鋭いですね。そんなにここに怨みがあるんですか?それともただの八つ当たりか……はたまた鬱憤ばらしか。

それでも隠すことなく妖魔本の事を教えてくれるあたりうまくこちら側の力にしようという魂胆だろう。

ある意味この情報は出回られると危険すぎる。だけれど人の口に戸は立てられない。

「それより嬢ちゃんこんな夜中にどうしたんだ?」

ああ流石に目立ちますよね。外套をかぶって妖力を限界まで抑え込んでいるから流石にバレてはいないようですけれど。それでも時間の問題かもしれない。何人かが疑心暗鬼の表情をしていた。

「いえ…ちょっと騒がしかったので様子を見に来たただの野次馬です」

野次馬は帰れと怒鳴られたけれどそうはいかない。

ともかく今この場においては彼らをのさばらせるにはいかないのだった。

兎も角すぐに素早く行動。

「ただ野次馬として一言。夜中に来られても迷惑極まりないと思いますよ。昼間開いている時間帯に改めて押しかけたらどうでしょうか?」

 

否定をせずにまずは提案。むやみやたらと否定をしてしまうと暴動に発展するしプライドが傷つくと生き物は超めんど臭いのだ。多分普段の100倍は面倒。

プライドなんて死んでしまえ。

「そうは言われてもな…もうこの状態じゃ」

確かに、既に妖魔本があるんでしょうと言ってしまっていますし…もし相手が本当に持っていたのであれば証拠隠滅を図られる可能性が高い……

仕方がない強行手段に出ましょう。ちょっとお店の方に悪評が付きまとうかもしれないけれど……それはコルテラルダメージというやつです。

こっそり展開させていたサードアイの能力を強く動かす。

記憶と…そこからトラウマを探り出し引き出し混ぜ合わせる。精神が壊れないように慎重にやる必要があって面倒だなあ……

 

全員分の記憶とトラウマを確認し、一気に叩きつける。

私の瞳が一瞬だけ赤く光る。

一瞬何かを察した人もいたけれどもう遅い。

少し遅れて全員がその場で棒立ち状態になる。

想起の本来の使い方。そして私の体が全員分のトラウマに悲鳴をあげかける。すごく嫌なものを見た気分です…

男達がうめき声をあげ頭を抑え始める。頭痛いんですか?私はただトラウマを見せつけているだけですよ。

何人かはのたうちまわって暴れている。なんだか大の大人が何やっているんだと思うかもしれないけれど彼らの視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚は完全にトラウマを再現されて狂った信号を脳に与えているのだ。多分彼らの精神は自らの感覚情報で壊されかけているのでしょうね。ああ……流石にやりすぎかもしれない。だけれどこれ以外の方法を私は知らないから…

 

しばらくして全員がその場に崩れ落ちる。気を失っているだけ…だといいですね。脳に障害が残るかもしてませんし精神崩壊を引き起こしているかもしれない。一部は目を開けたままなので気を失っているというより廃人になってしまったかもしれない。困ったなあ…直すの大変なのですよ。もう適当に性格を構成して記憶をつぎはぎにすればいいかしら?

 

 

窓の外から様子を伺っていた店の店主夫妻がゆっくりと扉を開けて出てきた。その奥には小鈴もいた。寝ている時だから髪も完全に下ろしていて普段とは印象がまるっきり違う。

「あ、ありがとうございます?」

困惑する店主2人を尻目に小鈴さんが近づいてきた。やはり妖怪なれしているだけあって警戒心が薄いですね。

もし私が悪い妖怪だったらどうするつもりだったのでしょう。私じゃなくてもお燐とか…あの子結構エグい事するから。まあ妖怪らしいので文句は言いませんけれど…

「どうやら彼ら全員食中毒のようですよ」

夫妻にはそのように説明しておく。食中毒で皆一斉に倒れるってどういうことだよと思いたくもなるけれど…

「あ、あはは…そうですね」

ともかくこの人達を少し遠くに運びましょうか。私は魔法は使えないので手を触れずに持ち上げたりすることはできない。1人づつ担いで少し離れたところに連れて行きそこに寝かせる。やっぱり何人か精神が壊れている人がいたのでついでにツギハギして修復。一応の処置にはなったはずだ。ただ壊れた精神だからなあ……なにが起こるかは私にもわからない。多分自殺するかな?それとも通魔のような犯行をするのかな?

 

最後の1人を運び終えて戻ってみれば、小鈴さん達は店の中に戻っていた。どうやら妖魔本について両親とお話し中のようだ。ちょっとだけ聞き耳を立ててみる。

「妖魔本って…小鈴」

小鈴さんの顔が一気に青ざめるのがひしひし感じられる。ああ……隠していた赤点のテストを親に見つけられ、これはなにと目の前で断罪を受けているさえない高校生と同じ顔ですね。

だけれどいつまでも隠し通せることではなかっただろう。仕方がないのかもしれない。

 

 

「しかし……」

妖魔本を取り扱っているなんてことは一部の妖怪と小鈴さん本人でしか知り得ないはずの情報である。

であるならなぜ彼らは知っていたの?ここを見張っていて?いやそんなはずはない。そもそも妖魔本がどのようなものなのか知っていて来ていたのだろうか?なんか分かっていなさそうだった。取り敢えず何かその理由はないかとさっきのやつらの記憶を再度探ってみる。

大半が釣られてきたかそもそも勝手に参加したって記憶しかないから探しづらい。だけれどリーダー格の男の記憶に気になるものがあった。どうやら彼よりも上の存在が誰かから教えてもらったらしい。

教えてもらった?誰に?

それは秘密だと言われてしまい結局この男は知らないようです。参りましたねえ…

もうちょっと上の存在とか交流していてもいいと思うのに。

結局それ以外の事はここのメンバーではわからない。そりゃ下っ端構成員に全部教えるような事はしないか。或いはこうなる事を予測していたか。

別にそんなこと私が知らなくても一向に構わないのだけれど。それでも気になってしまうものは仕方がない。もしかして誰かが裏で糸を引いている?妙に宣伝方法に引っかかりを覚える。多分…入れ知恵した誰かがいるはず。

それもまとめて潰さないとイタチごっこになってしまう可能性がある。

 

調べてみようかな?でもちょっと時間が足りないかも……

そう…向こうは既に警戒態勢に入ってしまっている。だとしたら一手先を行かないと逃げられる可能性がある。

だけれどその一手先は、必ずしも最適解ではない。

まあ先ずはお空達と合流するのが先だろう。

 

 

 

 

お空とお燐は動物になれる分見つけ出すのは難しい。だけれど玉藻さんはそうではない。彼女は人混みに紛れて様子を伺うのがどちらかといえば得意な方だ。

だからこういう夜中に取る行動は……裏路地でこっそりしている。これに限るのです。

だから私もコンタクトを取る為に裏路地に入る。

人1人が入るのがやっとの狭い路地を歩いていくと、少し背中にピリピリとした視線を感じた。

直後背後にヒトの気配が降り立つ。振り返ればそこには忍び服を着た玉藻さんがいた。なぜ忍びの服なのだろうと思ったものの趣味であると目で訴えてきた。趣味なのか……でも忍びの服って逆に目立つような目立たないような……不思議ですよねえ。

「あーえっと…そこまで警戒しなくても良いんじゃないですか?」

ある意味背中にナイフ突き立てられるのと同じですよ。この距離じゃ貴女の方が絶対早く攻撃できますし……

「そうかい?私にとってみればいきなり地底のトップが人里にやってくるのは警戒するものだと思うんだけどねえ」

わざとらしい言い方だけれど確かに事実ではある。下手をすれば人里を蹂躙しに来たのかと勘違いされるかもしれない。

「まあそうですよね普通は…」

 

「さとりはそういえば普通じゃなかったね」

失礼な。私だって結構常識の範囲内に収まる普通であると自負していますよ。常識が結構変わるのでそれに合わせて普通の基準も変わるのですけれど少なくとも普通ではあるはずだ。

 

「それでどうしたんだい?」

彼女の目つきが変わる。ここに私が来たからには並々ならぬ何かがあったのだと想像したのだろう。実際が原因ではないけれどちょっとまずいことになっているのは事実である。

「トラブルです」

 

「ああ…トラブルねえ…どうするつもりなんだい?」

メイドではなく玉藻としての口調で彼女は私に聞いてきた。あくまでも彼女の興味だからだろう。ほんとレミリアさん癖の多い人をよく手なづけられますね。

 

「予定変更です。直ぐに潰すことにします」

私の一言に明らかに彼女は困惑した。そりゃそうだ。何のために張り込んで情報を集めていたのだとね。

「いいのかい?もうちょっと情報集めないと…ここが本拠地ってまだ決まったわけじゃないしトップだって何と無くの目星に過ぎない」

そうなんですよね…でも多分私なら誰が誰とかすぐ分かりますし徹底的にそれで潰すか…潰した後ちゃんと隠蔽すれば今すぐの問題はない。あとは長期的に策を作っていけば良い。策は大まかできているから…

「私がいれば誰がトップで何処と裏で繋がっていてなんてすぐに分かりますよ」

あまり刺激しすぎて怨みを買うのはごめんですけれど……

「確かにそうだったわ……やっぱり最初からあんたが出た方が良かったんじゃないのかねえ?」

そう簡単に言いますけれど私は面倒ごとに首突っ込みのはなるべく避けたいんですよ。特に関係のないようなことに関しては……

「私にだって私生活と仕事があるんですよ」

後のんびりする権利。心が読めるというのは必ずしも良いことではないのだ。よく羨ましいと言われるけれど辛いですよこの力。

「取り敢えず突入の準備をしてください」

 

「待って待って。そう言われても準備とか計画とか作ってないよ」

なにを焦る必要があるのですか?相手は人間でしょう?慢心せず全力で真正面から叩き潰すのです。そもそも妖怪はそれが可能です。玉藻さんだってそういうことくらいやった事あるでしょう。

「逃げも隠れもしない。正面玄関から堂々と入るんですよ」

裏口から逃げられる前に全てを終わらせれば良いのだから……

どうですか?面白いでしょう……正々堂々とした戦いですよ。蹂躙になる可能性?向こうだって対策くらいするでしょう。それを全て叩き潰してこその妖怪ですよ。

「カチコミでもするつもりかい?いいよやってやる!」

あ、やる気になってくれましたね。よかったよかった。最悪私1人だけで突入なんてのも考えていたのですけれど…そうならなくてすみそうですね。

 

「それじゃあ1時間後…私が戻ったら行きましょう」

今から攻めるのじゃないのかと玉藻さんは意表を突かれた表情になった。なんだかんだで表情豊かだから遊びがいがある。

「どこに行くのかいな?」

 

「確認ですよ」

ええ……最後の確認兼交渉です。

 

 

 

 

夜といえど灯が灯っているところは灯っている。だからその場所はすぐにたどり着くことができた。まるで誘蛾灯のようだなんて思ってしまうのは私のせいではない。灯の場所が目的地だっただけである。

 

入り口は閉められていたので塀を飛び越えて庭に降り立つ。その瞬間足が鳴子に引っかかった。竹の乾いた音が静かな闇を切り裂いた。

「曲者‼︎」

まるで待機でもしていたかのような速さで私のところに弾幕が飛んできた。いや…多分縁側に居たのだろう。見つかったというかなんというか……運が良いのやら悪いのやら。

「ちょっと落ち着きましょうよ」

それに鴉さんから手紙を受け取っていますよね。まさか…忘れていたとか?

「もしかしてさとりか?」

あ、気づいてくれたようです。

ゆっくりとこちらに近づいてくる気配。ようやく姿が見えるようになった。今夜はハクタクの姿ではないのですね。まあ月明かり無いですからそりゃそうか。

「お久しぶりです慧音さん」

結構長い間会っていないように思えてしまうけれどこの前の宴会に彼女も居たんですよね。まあ話しかけていないから会ってないのと変わらないかもしれませんけれど。

「立ち話もあれだから入ってくれ」

 

さて…ちゃんと交渉しないとなあ……

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。