古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.207 さとりと人間の心理 下

「あ!さとりお姉様おかえりなさい!」

地上とつながる扉を抜けると、急に金色のなにかが視界を塞いだ。後ろにかかる力を足で踏ん張って耐える。

丁度胸の前で抱きかかえていたお燐が挟まれる形となり少しだけ猫の鳴き声がしたかと思えば…そのまま動かなくなった。胸に挟まれて寝ちゃったのだろう。

「ただいま…フラン起きていたのね」

抱きついてきたフランの背中を軽く撫でる。ようやくわたしから離れてくれた。

「吸血鬼は夜行性だもの!」

そうでしたね……夜行性でしたね。

でもあと1時間で朝なんですよね。地底では太陽の光がないので基本毎日夜なのですけれど……体感時間が狂ってしまうので何日かに一回は地上に行くことをお勧めしているのですけれどまともに守っている人なんていないだろう。

「さとりお姉様…なんだか血生臭いです」

抱きついて臭いを嗅いでいたフランがそうこぼす。

「そりゃ…そうでしょうね……」

さっきまで血の海の中にいたのですから。全員血の匂いがして当たり前だしこの匂いはもう落ちない。罪の匂いなのだから。

 

フランだってそうでしょう?私よりずっと濃く血の匂いがしていますよね。

まあそれは言わないお約束。だって吸血鬼ですもの……

 

 

 

 

 

「へえ……慧音の能力で歴史の一部を隠すと…」

 

「一応壊滅させますし全員抹殺です。ええ……」

なぜかドン引きされた。解せない。

「そりゃまた物騒だねえ…」

 

「彼女の能力では歴史としての事実を隠す事はできるけれど第三者や他人が認識不可能になる事はないの」

だからこの件に関わっている頭脳としての存在をまずは消す。後はその後発生した事実を消しとばす。

認識としては下っ端の人も幻想郷の存在も覚えているし、認識上は覚えているものの、歴史としてはなんら残っていない。挙句大半の人間はリーダー達がどうなったのか不明であり死んだのか失踪したのかが分からなくなる。

まあ何も知らない一般の人であればあいつら見なくなったな程度。生き残った下っ端であっても、思想に染まった者であってもトップが消え活動資金がなくなれば動かなくなる。

彼らだって善意でやっているわけではない。金は必要なのだ。たとえ下っ端が集まって組織を作り直そうとしたところで強い指導者が居るとは思えない。

「でもそれじゃあ歴史上隠す必要はないんじゃない?」

 

「この活動で製作された資料や、関わった人間の知識がその後に認識をされると迷惑だからですよ」

ここで彼らが活動していた歴史を隠せば、活動していた結果生まれたいくつかの知識や資料等も認識上隠される。一般人にはこれで十分だし下っ端はそもそもそんなものがあることを認識していないから同じく問題にならない。

せいぜいここら辺で活動していたけれど建物が見つからない。参加していた主要人物が見つからない分からないと言った程度だ。

「なんだか複雑で眠くなってきたよ」

 

「私も……」

 

結局その場しのぎであることには変わりがないのです。

それでもいつか皆忘れていく。今回はそれを少し早くしてやろうというだけだ。そこになんら問題もなかった。

ただ綻びというのはどこにでも潜んでいるものだから注意はしないといけない。

慧音さんも今回のことは流石に手をこまねいていたそうだ。里を守ってきていたのに白い目で見られ始めたことが許せなかったのか或いは嫌だったのか……

ただ単純に利害が一致しただけという可能性もある。

 

何れにしても協力してくれるだけありがたかった。

 

「そういやさとりは武器ないんだねえ…」

まだ作ってもらってないですから。

「武器は要らないわ……」

 

 

それが数時間前のこと。

完全武装したお燐の大火力と、神の力を宿したお空のお陰で私と玉藻さんは特に戦闘になる事なく終わった。

いやほんとあの2人強すぎますよ……室内戦なのに大口径機関砲をぶっ放すとか正気を疑います。しかも貫通力がある徹甲弾。せめて瞬発信管の榴弾にしておけばいいのに。

挙句お空は建物どころかそのエリア一帯を焼け野原にするつもりかと慌てて止めたくらいです。もう怖い……

一応建物自体は吹っ飛ばして解体。死体の大半は回収してきた。だけどいつまでも放置するわけにはいかない。早めに焼却処分するか妖怪のご飯になってもらおう。人肉ハンバーグとか一部の妖怪の間で人気らしいですし。私は食べたことないから知らないですけれど。

 

「……」

そんな2人は私の頭と腕の中で寝息をたてている。一匹気絶しているけれど……こうしてみれば可愛いのになあ。どうしてあんなに物騒なのやら。ああ、私のせいか。

フランが私の腕で寝ているお燐の頭を撫でた。

「そういえばどうしてさとりお姉様は地上に出ていたの?」

ああ……しっかりと歴史は食べられたらしい。直接関係がなかったフランは忘れかけているようだ。

慧音さんに言われた事だけれど歴史を食べると周囲にもなんらかの影響が発生する。

これもその一つだろう。目的が隠されてしまっているから私が地上に行く過程までは覚えていてもその目的が不明確になってしまう。あまりこの件と関わっていない場合それが顕著に出る。そう言われた。

「野暮用よ……ご飯にしましょうか」

そういう時は誤魔化すのが良い。元から誤魔化しているだから今更一つや二つ事実を隠そうと大した違いはない。

「はーい‼︎」

少なくともフランは知らなくていい事だった。

ただあれの禍根は根付いているから長期的にケアなりなんなりしていかないと…薄氷の上を歩くような感じがして仕方がない。

それと……裏で繋がっていた存在の方もしっかりお灸を添えないといけませんからね。

でもそれは私の役目ではない。

 

 

 

 

 

「ねえねえ!お姉ちゃんから何か伝言来たの?」

紅魔館の広いダイニングでレミリアは咲夜から紙切れをもらっていた。

反射的に扉の陰から出ていったら思いっきり驚かれた。そこまで驚くことかな?

「あら心を読んだのかしら?」

うーん…読んではないよ。サードアイだって隠しているじゃん。

「読んでないよ」

 

ただの勘だよ。それに少し前からお姉ちゃんのこと話していたし…多分何かあったのかな?

それとも……昨日思いっきりミスったこと?

でもあれは運がなかったとしか言いようがないよ。

パチュリーに探ってもらったら魔法の逆探知を食らってあっさり露見したんだっけ?まあただの人間たちが魔法の逆探知なんて高度な事できるなんて想定できないよねえ……魔理沙だって習得していないのにさ。

 

「じゃあ…この紙に書かれている事を当ててみなさい」

なんだろうすごく高慢なんだけど。レミリアらしいといえばらしいけど…ああそうかレミリア流のもてなし方なのね。

「運命ゲーム?」

 

「ただの暇つぶし」

暇潰しかあ…じゃあ私も目潰ししてもいいよね。え?ダメ?

それならもうすぐご飯だからレミリアのデザート賭けて良いかな。それは良い?わかった頑張る!

 

 

「じゃあ……そうだなあ……陽動を支援していたヒト達が見つかったとか」

一瞬だけ時が止まった気がした。咲夜が何かしたのかな?いやそういうわけじゃないか……

「……呆れたわ」

ため息をついたレミリアが机に突っ伏す。なんだろう見当違いだったかな?

「違ってたかな?」

 

「ほとんど当たりよ」

やった!多分そうじゃないかなって推論だったけど当たってよかった。

 

「それじゃあ食事のデザート私に頂戴!」

賭けは私の勝ちだから!

「うう……咲夜あ…」

あ、泣いた。でも私は容赦しないから。あげないって言っても奪うから。抵抗してきたらどんな手を使ってでも貰うからね。

「それは奪うの間違いじゃないの?」

 

「あくまでも貰うんだよ」

奪うだなんて人聞きが悪いなあ……

「フランよりたち悪いわ……」

でもある意味新鮮じゃないのかな?私は新鮮だけどさ。

「それをあなたが言う?まあ事実なのだけれどさ」

事実なら言ってもいいじゃん。まあ…程々にするけどさ。

 

 

 

その後も謎解きのようなものを何度か解いたりしたけれどその度にレミリアが涙目になるのはよくわからない。まあ可愛いとは思うんだけどさ…咲夜もいい加減止めたらどうなのかな?いや可愛いのはわかるけれど……

え?フランとレミリアで同時涙目?なにそれ凄く羨ましいわ。

「それと…後でそのメモに書かれているヒト達懲らしめるんでしょ?私も参加していいかな?」

そう言うと完全に想定外だったのかレミリアはきょとんとしていた。あれ?私が参加するのってそんなに珍しい事なのかな?うーん……

「別に構わないけど……」

意識が食事から逸れた一瞬でデザートを貰う。許可?取ってないよ。

それでもまだ気づかないかあ…まあいいや食事中だし長々話すことでもないかな?

「でも常識をわきまえてよね。最初はまず交渉からよ」

 

「分かっているよう。私だってそこら辺の常識くらいわきまえているってば」

交渉が終わったら速攻叩き潰すんでしょ。それか交渉途中に決裂させて叩きのめす?私はどっちでも良いけど先手必勝の方がいいなあ。楽だし楽しいし。

 

「……」

 

「……」

なんで2人とも固まっているの?そんなにひどいことを言っているわけじゃないと思うよ。ここじゃ日常茶飯事でしょ。スペルカードで代行しているけどさ。

 

 

「ぶぶ漬けを出すなら?」

レミリアが急にそう聞いてきた。ぶぶ漬け美味しいよね。食べていっちゃダメ?なんてボケをかましてみたくなったけれどやめておく。正解はこっちだよね。

「戦争の合図」

飲んでいた紅茶を吹き出した。汚い……なんで吹くのさ。

「それは流石にやりすぎよ!」

どこがやり過ぎなの?だって宣戦布告でしょ?玄関先でぶぶ漬け食べるって聞いたらそれは宣戦布告じゃないの?

「やり過ぎくらいがちょうどいいのさ!」

 

「貴方達とは戦いたくないわ…」

そうかな?私が楽しいと思うなあ…戦争ごっこ!でもやろうとすると結構難しいよね。お姉ちゃんならポンポンいろんなアイデア思いついて実行に移すだろうけれど。今だって地底の防衛装置つくって時々作動させてるもん。あんなの勇儀さん達に任せておけばいいのに。でも面白いからいいんだって。

「地霊殿と紅魔館で戦争かあ…楽しそう!」

手段のためなら目的は選ばない。そこまで落ちぶれるわけじゃないけどさ。でも闘争本能が強いのは妖怪だから仕方がない。昔の方が思いっきり発散できて楽しかったなあ。今も十分楽しいけれどさ。

「楽しまないで…私はこれでも平和主義なのよ」

でもレミリアだってこっちに侵攻してきたじゃん。平和主義だったらまずは話し合いじゃない?

「あれは幻想郷という世界で下手に下に見られて襲われたりしないためよ。。そうじゃなければあんなことはしないわ。まあ……誤算だったのは味方に引き入れた吸血鬼が殆ど幻想郷乗っ取りを考えていたことかしら」

 

「それこそ闘争本能の本来の姿じゃん」

 

「その本能が身を滅ぼすことだってあるのよ」

ああ、吸血鬼達のことか。まあ仕方がないね。手を出す相手を間違えたとしか言いようがないけれど闘争本能の結果が死だったとしたら納得してもらうしかないね。

「まあね…それは否定しないかな。でも平和主義に賛成ってわけでもないけど」

 

「人それぞれだからね」

いつも何か継ぎ足されていた紅茶を口に含みカッコつけてる。フランが言った通りだな……ずっとカッコつけてる。しかも結構砂糖入れてるよね。

糖尿病になりそうで怖いわ……

「糖尿病って知ってる?」

 

「一応知っているわよ」

じゃあなんであんな砂糖ゴリゴリ入れられるんだろう。あれ甘すぎて逆に気持ち悪いかもしれない。

「その紅茶苦いの?」

 

「咲夜がレモン入れたせいでね」

苦いんじゃなくて酸っぱいんだ……確かに私も酸っぱいの嫌だから砂糖か何か入れて誤魔化すかも。

 

 

「ところでさ…平和主義って言ったけれど攻められたら?」

 

「徹底的に潰す」

 

「平和主義ってえげつないよねえ」

 

「平和のためなら敵を殲滅する。それが平和主義だからね」

平和主義怖いねえ……しかも全然平和じゃないし。

「平和ってなんだっけ?」

 

「一党独裁による敵対組織がなく全員が争うことなく平穏で暮らせる時間」

しれっと言っているけれど半分合ってない。それただの独裁者。

「前半分間違っている気がするよ」

 

「それ以外の方法で平和なんて無理でしょ。絶対神でも作ってそれに従ったディストピアのほうがいいかしら?」

 

「それはそれでなんだか嫌だね……」

何を以て絶対なのか…その絶対は誰が保証するのか…それがわからないんじゃ使い物にならないよ。

「そうね…私達人ならざる者の狂気は神が保証してくれるけれど…」

 

「神の正気はどこの誰が保証するのかだよね」

 

「宗教のパラドックスってやつね」

言葉遊びとも言う。


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