博麗神社に寄ってみた。特に理由があったわけではないけれど、なんとなく顔を出したくなったから。
あとあまりにも顔を出さないでいると霊夢がこっちに来そうですし……
まだ風は冷たく、私の肌を冷やすのには十分だった。おかげさまでうじうじ悩んでいる暇なんてなく神社の中に入る決心がついた。ヒトが外的要因に左右されやすいというのは本当のことらしいと身をもって知った瞬間だった。これが夏であれば私は暑さでここまでくる気力は無かっただろうし来たとしても適当な理由をこねて帰るだろう。
閉じられていた縁側の襖を開けて建物に入る。雪が溶けたとはいえまだ薄ら寒いからか、廊下を挟んだ部屋から漏れてくる暖気が程よく感じ取れた。
「霊夢、お邪魔しますよ」
そっと襖を開けて部屋を覗き込めば、慌てて振り返ったであろう霊夢と目があった。そのとたん露骨に動揺が走る。なんですかそんなに私がここに顔を出しにくるのが意外でしたか?私だってたまには顔出しくらいしますよ。
少しの空白の後、ようやく再起した霊夢。だけれどそれは内心の混乱という混沌が彼女を叩き起こしたに過ぎなかった。
「さとり⁈ああちょっと待って!お茶用意するからすらっ…座ってて!」
噛んだ。しかも慌てて出て行こうとしたら盛大につんのめってるし。ちょっとは落ち着いてくださいよ。確かに冬場ずっと顔出さなかったしここに来ると連絡も入れずに来た私も悪いですけれど。
「私の分もよろしくな!」
第三者の声。それはこの部屋の中から聞こえてきていた。
「自分で酒でもなんでも飲んでなさいよ!」
ちゃぶ台の陰から萃香さんの腕がひらひらとのぞいていた。なんだまた入り浸っていたんですか。最近地底で見かける回数が少ないなあと思っていたのですけれど。
「萃香さんもいたんですか」
年がら年中酔っている鬼なのだから今更お酒くさいなんて事は言えない。そもそも言ったところで、いつものことだろう。気にするなと言われておしまいである。
「冬が終わったなら酒盛りの季節だからねえ…」
酒盛りと……動物は恋の季節ですよねえ。というより子作りの季節。
正直私にとっては居場所が狭まる季節。地霊殿の動物達も大変よねえ。それにしても……
「冬もずっと酒飲んでませんでしたっけ?」
夏だろうと春だろうと秋だろうと冬だろうとどこに行っても鬼が酔っ払ってない時を見たことがない。よしんば見れてもすぐ酔っ払ってる。
悪酔いで寝た後に朝の一杯が水じゃなくて酒ですからねえ。
「あれは身内同士での酒盛り花見だろ。こっちは純粋な花見だよ」
それって何か違うのでしょうか?正直酒飲んでワイワイするのは変わらないと思う。ああ価値観の違いだろうか?私にとっては皆で集まって何かを楽しむというのはあまり好きではない。楽しめるのだけれど無駄に体力を消費する。そう毎日やれるようなものではないのだ。
「まあいいんですけれど……桜も綺麗ですし…」
とは言ってもまだ桜の季節ではない。もうちょっと必要だ。雪は溶けても桜は咲かない。博麗神社の桜は……まだ蕾も見えない。
「地底にだって桜はあるんだけどね。しかも冬に咲く」
思い出したかのように萃香さんが口を挟んできた。確かにありますね。咲いてる時は常に鬼や他の妖怪達が宴会をしたり花見をしたり屋台が出てきたりと私はあまり近寄れない場処になってしまっていますけれどね。確かにあれは冬に咲いていますね。年がら年中暖かいからこそ出来るものです。ただし弊害もある。
「太陽の光を当ててませんから発色が良くないでしょう」
やっぱり地上の植物がしっかりと育つには太陽の光が必要なのだ。地底に元から生えているああいった植物であれば人工的な光でも平気なのだけれど……
「夜桜として楽しむ分には問題ないさ」
それはそうですけれど……
それに年がら年中夜だから夜桜だろうと昼桜だろうと地底じゃ区別のつけようがないのよ。
そう思っていると、萃香さんの背後の襖が勝手に開いた。若干の霊力……
「お待たせ。お茶持ってきたわよ」
開けられた襖の奥から霊夢が戻ってきた。なかなか器用なことしますよね。本人は自覚薄いですけれど難しいんですよ。扉などを触れずに開けるのって。私だって出来ませんよ。センス無いから。
差し出されたお茶は……あ、これ去年私が贈った玉露だ。
「おうおう、霊夢にしては結構な贅沢じゃないか」
一応萃香さんの分も持ってきたんですね……ツンデレなんでしょうか?そこまで先代に似なくてもいいのに……血は繋がってないけれど子は親に似るんですね。
「あんたはちょっと黙ってなさい」
霊夢がお盆でアッパー。これは決まった。1発KO。萃香さん復帰できない。
脳内でレスリング中継をやってみたけれどイマイチ覇気がなさすぎて悲しい。なんだこの棒読み。いや私の脳内なんですけれど……ここまで感情の起伏が弱いとは。
「相変わらずなんですね」
お茶を一口飲もうとしたら、真横に霊夢が移動してきた。横に座りたいんですか?別に良いですけれど……
「むう……」
なんで萃香さんむくれてるんですか?まさか隣が良かった……ってわけじゃなくて霊夢の膝に収まりたかった?ああ…私が横にいたら角が当たって色々と邪魔でしょうからね。うーん…今は諦めましょう。
「まあ先代も似たような方でしたし。遺伝しているんですかね」
「さあね?私は私のままだから分からないわ」
霊夢らしいや。
でもきっと遺伝するのだろう。あるいは適性が性格が似ているからこそなのか。何れにしてもお金にがめつい、ちょっとケチなくらい大した問題ではない。
霊夢が腕を握ってきた。寂しかったのですかね?違う?
まあ今日はこのままでもいいですよ。人の心とは不思議なものです。それは私自身が一番知っているはずだけれど改めて驚かされる。それと何私達を見てニヤニヤしているんですか萃香さん。何も珍しい事じゃないでしょう。
霊夢?頭撫でてって?まあいいですけれど……なんでなんでしょうね?
言われるがままに頭を撫でれば気持ちいいのかさらに撫でろと……
「そう言えば霊夢う…ここに来る途中で面白い噂を聞いたんだけど」
多分犬の尻尾があれば左右にブンブン振っているであろう霊夢を萃香さんが現実に戻した。だけれど……噂?一瞬脳裏に嫌な予感が走る。
「噂って?言っておくけれど、つまらないものだったらぶん殴るから」
ジト目で睨む霊夢。もし霊夢が私の左側にいたら死角になってしまって見えなかったでしょうね。
「つまらないものが噂になるのは稀ですよね。そういう時は面白いと感じなかったらが正しいと思います」
実際噂というのは人の好奇心が広めるものであって好奇心を触発出来ないような出来事などは噂になる前にあっそうといった感じで終わってしまう。だから噂として流れているものは少なからずつまらないものではないのだ。あとは聞き手側の問題だろう。
「そう……」
意思疎通はしっかりとね。これ大事だから。
「なんかなあ……空に船が浮いていて時々雲の切れ目から見えるらしいんだ。どうやらそれには大量の……」
「宝船の噂でしたら多分ハズレですよ」
だってその船は……探しているだけですから。
「あり?そうなのかい」
私が話を遮った為か少し機嫌が悪くなっている。だけれどあれに宝は載ってない。
「どうしてそれがわかるのよ。行ってみて確認しなきゃ」
霊夢の言葉には何一つ言い返すことができない。
ああやっぱるこうなるのね。言いたいんだけれど言えない。だって紫に宝船のことは知らないと言った矢先なのだから。
「やめておいた方が……」
でも私の言うことを素直に聞いてくれるような子ではない。目をキラキラさせながら宝を見つけたい欲望を溢れさせている。お宝を見つけるのもそれ相応に好きなのだろう。ましてや金銀財宝が自分のものになる可能性があると言うのだから。
「さあすが‼︎赤い通り魔だな」
確かに…財宝が仮にあったとしてもそれを守る人や元の所有者が存命であればそれを取る行為は如何なものかと思う。ただ霊夢の場合は私がルールだと言って押収するだろう。
「その呼び方やめなさい。通り魔じゃないわよ。せめて赤い彗星にしてよね」
三倍速そうなあだ名になってるんですけれど。そもそも出会った妖怪皆殺しを実行しようとしていた時期があったからそう言われるんですよ。あれは赤夜叉とか言われてましたね。
「三倍速いんですか?」
とっさに首を横に振る霊夢。流石に紅から三倍速いというわけではなさそうだった。
「魔理沙の方が三倍速いわ」
魔理沙三倍速いんだ……
白黒は三倍速かった。
「でも速さが強さにつながるわけじゃないわ。たとえ速くてもやりようによっては十分勝てるわよ」
得意げに言いますけれどそれ私が教えた……言わないでおこう。娘のプライドを傷つけると大変なのは理解していますからね。
「高機動戦に持ち込めれば速度差はほぼ関係ないですからね」
オーバーシュートや急旋回で追従できなくしたり無理な旋回を強いることで相手を減速させ常に有利か対等な状態に持ち込む。空戦の基本である。それでも高速で動ける文なんかはなかなか面倒ではある。
「わたしゃ拳でぶん殴るからちょろちょろされると困るんだよねえ」
誰も黙って殴られてくれなんて嫌ですよ。痛いですし……相応被虐嗜好があるのであれば別ですが生憎私にそのような趣味はない。誰も黙って殴られるなんてことはあり得ないのだ。
「殴られたくないからすばしっこく動き回るんですよ」
「それに対応できるだけ素早くすれば理論上はいけるんだけど…」
確かに相手より速く動けば良いという理屈もありますけれどあくまで理屈ですし…そんな私を見たってダメですよ。何ですか?理論上いけると思ったのにダメだった?前に悪酔いで騒いだ時の鎮圧の事言っているんですか?
「私を見て言ってもダメだと思いますよ。心読による先読みも追加しますから」
そもそも心を読んで先読みしているのだ。こっちが対処不能な速度で襲われたらまず距離をとって遠くからちまちま体力削る勝負しますし。まあ勝つことが目的じゃなくただの鎮圧ですからあれを戦いと言ってはいけない。
「だよなあ……制限がないんだったら街一つと引き換えにすりゃ勝てるんだけどそれじゃ勝っても楽しくねえわ」
やめてくださいね?いくらなんでも街一つを破壊するような攻撃はダメですからね。
「あらそうなの?」
霊夢は知らないでしょうね。まあ教えていませんし…
そもそも幻想郷で使うようなものでもないですし。
「何も相手を倒すだけなら相手に攻撃を与えなくてもすぐ近くに攻撃をしてその余波で倒すという方法でも問題ないんですよ。ただそれをやるなら街一つ分を犠牲にする大火力攻撃になるってだけで」
純粋に私やこいしを倒す場合での算出です。レミリアさんだったらもっと威力が必要になるし勇儀さんや萃香さんを逆にそれで倒すとなればそれこそ地方都市を木っ端微塵に吹き飛ばし消失させるレギオ◯レベルか山の一つや二つ軽々吹き飛ばせる馬鹿力が必要だ。そんな事が出来るのは限られているヒト達くらいだ。幽香さんあたりか何処ぞの賢者…それに準ずる者。
「物騒すぎるわ」
霊夢が顔を真っ青にして私の腕にしがみついてきた。確かに今まで接していた相手が本気で相手を消し去ろうとするととんでもない事をしでかすことが可能というのは……恐怖以外の何物でもない。
「妖怪ですから」
だけれどそれが妖怪なのだ。仕方がないでしょう。
「それで霊夢は船に行くのかい?」
「行くに決まっているでしょ!」
でもあの船ってかなり高いところを高速で移動していたような……
それでも自動航行している時であれば進路を予測してあらかじめ待機しておけば良いのだけれど……今のあれは自動航行になっているのだろうか?
まあ…あれが探し物をしている合間であれば問題はないかもしれない。
庭の方に誰かが入り込む音が聞こえる。敷き詰めていた砂利が音を立ててその身を削り取られる。
「よう霊夢……ってなんだ1人じゃなかったのか」
縁側から堂々と屋内に入り込んできたのは三倍速い白黒だった。
その手には赤色の光を放つ窓のついた円盤が握られていた。どうやら鹵獲したらしい。そういえばここに来る途中で未確認飛行物体が飛んでいたような……
ああそうかもう異変は始まっていたのか。
でもこれって異変というものなのだろうか?特に悪影響があった訳でもないのだし。
「母さんはどうするの?一緒に行く?」
「そうですね遠慮し……やっぱ行きます」
なんで大泣き寸前の顔するんですか。そんなことされたら断れないじゃないですか。
「ほーん?さとりも参加するのか?宝探し」
「いや、ただのお目付役で……」