古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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今回は、かくてるさんの「ハートだよ!覚り三姉妹!」とのコラボになります!


番外編 IFさとりの姉

 

 

そういえば、姉さん。

私の言葉に、姉である彼女はわずかに反応する。

 

なんだい?

 

無言ではあるけれど、姉さんが何を言っているのかは分かる。

サードアイを使えばもっと楽に読み取れるのだろう。だけれどそれをする事はない。それはただ、私が臆病なだけだった。

 

「……姉さんはどうしてそんなに強くいられるの?」

よくこいしからかけられていた問いだ。

この質問を私もしてしまうとは…なんだか姉妹らしい。

こいしは今隣の部屋で寝ている。

眼を隠す私とは違い、目を閉じなかったこいし。だがその代わりにこころが壊れかけている。

「さあ?でも私は強く無いよ。さとりの方がよっぽど強い」

 

「そうでしょうか……」

人間である事を捨てきれず種族のプライドすらへし折り彼女達とは違い地上で生きる私は…強くなんかない。結局私自身が人間では無いことを認めたくない……存在から逃げただけだ。

「うん、私やこいしと違って…地上で生きることを選んだんだからね」

 

それはただ、私を縛る記憶が邪魔をするだけだ。

だけれどそんなことは言えない。いや、おそらく姉さんは知っているだろう…

それでいて私を家族として見ている。家族とかって一体どうやって決まるのでしょうね…無意味な問いはどこかへ消える。答えなど望まぬそれは果たして……

 

 

古明地しんり、それが私の姉さんの名前だ。

実際には姉さんではなく、生まれたばかりの私が偶然にも見つけ出した同族の子なのですけれどね。

それがなぜ姉さんなのか…それは彼女自身が古明地しんりという別世界の古明地姉妹の姉だと言ったからだ。

最初は耳を疑ったが私という存在のこともある。嘘だと断言することは出来なかった。

 

結局、私は彼女の言うところの、次女古明地さとりとして生きていくことにした。

 

三女であるこいしが私達の元に来るのはそう時間はかからなかった。

原因は私だったりするけれど、今ではあの判断は後悔していない。

していないはずだった……

 

こいしの心が半分壊れたとの連絡を受け地霊殿に舞い戻るまでは……

 

幸いにも第三の眼は無事だった。

だが精神の方はもうダメだったようだ。

そんなになるまで気づかなかった私は姉失格だろう。

 

 

 

「……さとりはさ…どうして私を姉だと思ってくれるの?」

いつのまにか私の目の前に姉さんの顔があった。

「いきなりですね」

 

「なんとなくね」

 

なんとなく…か。さて私はどうして彼女を姉と認めたのでしょう。

彼女の言葉だけが全てなのだ。それを否定してしまえばこのような関係にはならなかったかもしれない。

「きっと……私も貴女と同じなのかもしれません」

結局独りが嫌なだけなのかもしれない。

「それは……どういうこと?」

 

どういうことでしょうね。

「2人とも一緒だよ」

私としんりのものではないもう1人の声がする。

 

「「こいし⁈起きてたの?」」

2人揃って驚く羽目になる。

「うん!さっきから聞いてたよ」

みた感じはいつものこいしと変わらない。だけれど、なにかが根本的に変わっている。

「その…大丈夫なの?」

姉さんがこいしに真っ先に近寄って抱きしめる。

「うん…だけどなんか変な気分だけど」

 

「変な気分?」

やはりこいしもなんらかの不調を持っているようだ。

「うーんと……もう1人誰かいるような…でもそれは私と同じだからもう1人ってわけでもない…なんて言えばいいのかな?」

 

「姉さん分かる?」

 

「多分…多重人格ってやつかな……確証がないし私は専門家でもないけれど」

 

多重人格か……それでもこいしが無事だっただけ良かったわ。最悪あのまま寝たきりになる可能性も覚悟してと言われてたらしいし。

「でもこいしが無事で良かったわ」

 

「大袈裟だなあ。さとりお姉ちゃんは」

 

「いやいや、普通だと思うよ?」

 

「そう?しんり姉もさとりお姉ちゃんも心配性だなあ……」

 

普通、家族がこうなったら心配するから。

しないようならそいつの首折りますんで、はい。

え、しんり姉さんどうして私から離れるんですか。ちょっと傷つくんですけど…こわい?

 

怖くないですよ。ねえ……

 

「さとりお姉ちゃんって時々素で怖い事あるからねえ……それも記憶のおかげ?」

 

「……こいし?」

まさか…私のこの記憶の事…分かっていたの?

 

「記憶?さとり、何か隠してるの?」

 

「さあ?でも知っていても知らなくても大して変わるものでもないしあったところで特になんだと言うものでもないから」

 

「じゃあいいや」

あっさりと姉さんは手を引いた。あまりにもあっさりすぎて少し肩透かしです。

「……言及しないんですね」

 

「だって言及してもしなくても結果は同じだと思うからさ」

結果は同じ……確かにそうですね。

 

「ねえねえ、私お腹空いたんだけど」

 

「そういえば今日は姉さんだったわね」

 

しんり姉さん……お願いね。

 

 

 

 

 

 

 

「海に行こう!」

 

毎年暑いこの季節。青々と繁った草木が心地よい風を運んできては汗ばんだ体を冷たく撫でていく。

それでも深くかぶったフードの中の温度はあまり変わらず…気休め程度にしかならない。

 

久しぶりに地上にやって来たこいしとしんり姉さんと山を散歩をしてみれば何を思ったのかこいしが突然にそんな事を言い出す。この真夏の山を見てどこに海を見たのか…

 

「海なら昔行きましたよね?」

 

「アレは飛んで通過しただけじゃん!それも真冬の日本海なんて泳げないし寒かったし天候悪いし!」

「そういえばそうだったね…私も海に行きたいなあ。ねえさとり」

そう考えてみれば海なんて行ったことなかったですね。

でも出来れば川で水浴びするくらいに抑えてほしい。

決して嫌というわけではない。ただ、準備とか色々と大変なのだ。それに海まで普通にいくと時間がかかる。

まあ、こいしの件が片付くまで少しゴタゴタしていましたから気分転換には良いでしょうね。

「……あ、ちょっとさとり。この先は天狗の領域だよ」

姉さんにそう言われてふと我に帰る。

気付いたら白狼天狗の家がある区画に入り込んでいた。

普通なら引き返すべきだろうけれどわたしにはある事を閃いた。

ちょうど良いですね。

 

「……柳君の所に寄りますか」

これで時間の問題は解決できそうです。

「柳君って誰?さとり」

 

「天狗の友人です」

「え……さとりに友人がいたなんて驚き」

「姉さんよりはマシです」

「よしさとり、お姉さんちょっとキレちゃったぞ。あっちに行こう」

 

天狗の領域で暴れちゃダメですよ。全く…

私の方に手をかけるしんり姉さんを軽く払い、柳君の家に向かう。

 

勿論、彼も海に行きたいと思っていたらしい。

すんなり海に行くことは決まった。

 

 

 

 

 

 

さとりの提案で海に行くことになった。

普段から地上で生活している彼女は交友関係が多岐にわたっていて時々羨ましい。

まあ…隙間妖怪に目をつけられていたり散々なことも多いとか。

それでも海に遊びにいくなんてなあ……確か前に勇儀さんが水着っぽいやつをくれた気がするんだけど…あれはどうみても「こすぷれ」に使う水着であって普通のものじゃない。

まあ…仕方ないから持って来たけど。

だけど柳って言う白狼天狗に連れられて海に到着してから早速異変が起こる。

「ちょっとまって、まさか着替えないでそのまま行くつもり?」

さとりが持って来た荷物を置いて海の方へ歩き出す。何故かこいしもそれに追従している。なんだか嫌な予感がしたから呼び止めたけど…まさかね。

「違いますよ。ちゃんと服は脱いでいきます」

「私は下に水着着てるから」

何言ってるんだと言わんばかりの表情でそう答えが返ってくる。だけど今日1日の行動をある程度把握していればこいしはともかく、さとりが下に水着を着ているなんて可能性はあっさり排除される。

その事を指摘したらいきなり脱ぎはじめた。もちろん下は水着ではなく下着だけど…

「裸で遊ぶつもり⁉︎」

「下着で遊ぶつもりだけど…」

「不味いから!さとり、それは絵面的にまずいから!」

必死で止めるしかない。

まあ確かに水着なんて持っていないし仕方ないかもしれないけれど…それはそれでやめてほしい。なんていうか見てられない。

それに帰りのときどうするのだろう…だってさとりが下着の替えを持って来てる様子がないんだもん。

「えっと…いくつか水着持って来てるけど…」

勿論私も水着なんてないからこれらの中から着ないといけないんだけど。なんだか裸より辛くなって来たかも。

「私は遠慮します…あ、じゃあ2人で楽しんでください」

さとりはそういうけれどそれに不平を漏らす妹がいた。

 

「じゃあなんで海来たのさー!海岸線だけで満足するのーー?」

 

仕方ないんじゃないかな…いくらなんでも裸で遊ばれても困るし服着たまま遊ばれても後が大変だし。

「柳君は……」

 

「一応持って来てるぞ」

褌じゃんそれ…

 

 

 

「……こいし。ちょっと時間くれるかしら?」

 

「お姉ちゃん?」

さとりが何か考えはじめたかと思ったら急に荷物を漁りはじめた。

まさかさとり…ここまで来てやるつもりなの?別にいいんだけど……

「じゃあしんり姉遊ぼっか」

 

「え…ああ…うん」

すごく気がひけるんだけど…さとり…空気を読んで私の分も作って欲しいなあ……

え…だめ?うう…わかったよ。

 

 

「しんり姉!早く出て来てよ」

こいしの急かす声がする。だけどいざ着てみたらやっぱり恥ずかしい。

持って来ていた水着の中で一番まともっぽいやつを選んだつもりなんだけど…

 

「なにこの水着…」

 

布面積は小さいってわけでもないんだけど…なんか大事なところの布面積だけが妙に小さい。

ビキニ型に近いけどスカートのような飾りと少しひらひらとしたものがくっついてはいる。だけど水着の横の部分は金属の輪っかで繋がっているだけで横が落ち着かない。

それにちゃんと隠せている部分がマイクロビキニレベルであってそのほかは軒並み濡れると透けるときた。

「何してるのしんり姉」

こいしは私のサードアイと同じ白いワンピース型の水着を着ている。

それが逆に海に違和感なく馴染んでいる。

 

まあ……ここまで来ちゃったんだしもう腹をくくろう。

 

思い切ってこいしの方に行く。

足に飛びかかる水飛沫が冷たくてそして擽ったい。

海中に入った部分が余分な熱を吸い取られて、涼しくなる。

なんだかさっきまでの事がバカらしくなって来た。

 

しばらくの間水飛沫が上がる音、こいしと私の声が響く。

 

そうしていると、ふと近くで誰かの気配を感じる。

「随分楽しそうね」

 

振り返ってみれば、そこには水着をしっかり着たさとりがいた。あの短時間で作ったらしい。

水色のセパレート型。だけどビキニではなくあくまでもお腹の部分だけが見えているタイプだ。私とは違って露出があまり多く無いしフリルがやや多いせいなのかこいしの水着に近い。

というかこいしの水着もさとりが作ったんだよね?布の縫い目とかに出てる癖がさとりの癖と一緒だもん。

「さとりお姉ちゃん似合ってるじゃん!」

「こいし、ありがと……しんり姉さん……その……」

 

「言わないで、今更なんだけど恥ずかしくなって来たから」

 

この中で一番派手なのは多分私…うう…こんなんならさとりに作ってもらうんだった。

裁縫の腕は私やこいしよりあるんだし……

「……微笑ましいな」

顔をあげれば真上にいた柳さんと目が合う。

向こうは海で遊ぶ気はあまり無いらしくいつもの天狗装束だ。

 

ってそのカメラは一体なに?

「さとり、あのカメラは……」

 

「文さんに頼まれたらしいわ」

へ…へえ……まあ、悪用しないなら撮っても良いよ。

それにしても水着になってみるとわかるけどさとりもこいしも少し大きくないかな…

気のせい…気のせいだよね!

「……勝った」

だけど現実は無情だった。

「さとり…私おこだよ」

何でさとりやこいしより成長しないんだろう……悲しくなって来た。

「計画通り」

その悪い顔をやめなさいこいし。それに計画なんてしていないでしょ。

 

「……さとり」

 

ん?柳さんどうしたのですかね…さとりに声なんてかけて。やっぱり一緒に遊びたかったのでしょうか。

「あ…ごめんなさい。ちょっとあっちの方行ってくるわ」

 

「なになに?秘め事?」

 

こいし!それは事実でも言っちゃダメだってば!

「違うわよ。ちょとした野暮用よ」

無表情のままさとりは何処かに行ってしまった。だけどその数分後、ちゃんと戻ってきた。あんな短時間なら何も問題はないかと思いなおす。

その後も、さとりを入れて三人で海を遊びつくした。

それにしても他に妖怪が来なくてよかった。

でも……

「ねえ、さとり」

 

「どうしたの姉さん」

 

「少し血の匂いがしないかな?」

 

「ああ…そういえばそうね」

 

さとりはずっと表情が変わらないから何を考えているのか読み取り辛い時がある。でも大抵そういう時は無理に聞かないようにしている。聞いても教えてくれないっていうのが本音だけど…

「まあいいか!今日は誘ってくれてありがとね」

 

「ほんとだよ。誘ってくれなきゃ今頃プールだったよ」

こいしが少し不満を漏らすけれどプールだって悪くないと思うよ?

まあ海には敵わないけれどね。

 

 

「ふふ…良かったです」

 

本当はさとりが姉の方が良かったなあ……なんてね。


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