古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.216 星蓮船 礼

「私達は魔界に行きたいだけなの。巫女といえど邪魔しないでくれる?」

甲板に上がってきた一輪が突然声をかけられてキョトンとしている霊夢達に事情を話し始めた。

私は元から知っていたので特にリアクションはしなかった。そもそも向こうだって私がこの事を知っているというのは分かりきっていることだ。

 

 

「魔界に行くだけでしたら地底からでも行けたのですけれどね」

全員の時が一瞬止まった。

「……え?」

あ、爆弾発言でした?でも事実ですよ。実際説明をしたような気がするのですけれど……ああ、よっぱらっていたから分からなかったのですね。まあそれだけじゃ説明したに入らないか。だとしたら仕方がない。

「聖のところへ行く必要があるので何れにしても地上で破片を集めないといけなかったのですけれど」

ああ…だとすれば船を地上に出す必要があったわけだ。実際彼女たちがそう願っていたから私は船を地上に打ち上げる手伝いをしたのだ。

その選択が間違っているとは思っていない。

 

 

「こちらとしてはしばらく大人しくしててもらいたい。もうすぐなのだからな」

一輪がそう言って術式を展開した。周囲に七色の文字のようなものが円を描くように浮かび上がる。なんでこう実力行使も辞さない構えですって宣言してしまうのだろうか?

霊夢と魔理沙が性格的にそんな脅しに従うはずはないし彼女達と交渉するにしても方法を間違えているとしか思えなかった。

案の定二人は戦闘態勢に入ってしまった。ムラサさんが心配そうに操舵室からこちらを見ていた。

ここは私が抑えないといけないようですね。にとりさんも……なに飛行機の裏に隠れているんですか出てきてください。

「そういうわけです。二人とも休みましょう」

にとりさんを引きずりながら三人の合間に割って入る。私としてはここで事を荒立てられるよりもさっさと聖を解放して終わって欲しい。無駄に戦うのは疲れるだけですからね。

「お宝が目の前にあるかもしれないのに⁈」

え?この状況でまだそれ言っているんですか?ほら一輪も呆れてますよ。そんなものあるわけないだろうって。実際私が最初にこの船に入った時には既に宝なんてありませんでしたよ。

「本気で宝があると思うんですか?」

確かに夢は大きくなった方が良いと言いますけれど流石にこれは夢見すぎです。

「え?だってそうじゃ……」

そういえば宝については否定を明確にしていなかった。多分それが原因だろう。少し考えればわかることなのだけれど。

「この船の宝なんて地底に封印されている時に軒並み盗難されているんですよ」

それに大半の宝は文献だったり経年劣化で失われている。残っていたものもそう大した量ではなかったはずだ。

「嘘でしょ⁈」

 

「じゃあなんで否定しなかったんだ!」

え?これ私が悪いんですか?確かに否定しなかったのは私ですけれど……

「だって否定したら不貞腐れて暴れるじゃないですか……」

実際今だってすごい不貞腐れているじゃないですか。

「仕方ないわ…この船の人達全員ぶっ潰す!そうじゃなきゃ気が晴れないわ!」

 

「同感だな」

 

「ほらこうなる……」

これをされるかもしれなかったから言わなかったんですよ。もう……

「まあまあ二人とも落ち着いて…」

流石に聞いていられなかったのかにとりさんが合間に割って入ろうとしてきたものの、焼け石に水というか……ほぼ効果はなかった。

「河童は黙って!」

一蹴されてしまい飛行機のそばまで逃げ帰るにとりさん。責めようなんて思わない。そもそも赤い通り魔相手に一言言っただけでも勲章ものである。

「これはひどいです」

 

「内輪揉めですか?まあ丁度いいです。少し大人しくしていなさい。でなければ振り落とされますわよ」

その言葉の意味を正しく理解する前に船が大きく揺さぶられ、足場が横に上下にスライド。同時に薄暗かった世界が一気に明るくなった。

太陽の光というわけではない。これは……地獄が持つ独特の明るさと同じ。それよりも赤みがかった不思議な色合いだった。

 

 

不意に体が浮かび上がった。

いや、浮かび上がったように感じたのは一瞬だけで、上下がひっくり返ったのだと理解した時にはすでに私の体は少し下の地面に叩きつけられていた。肺から空気が一気に抜けて思わず噎せ返ってしまう。

船が頭上でひっくり返りながらも飛行していた。

 

どうやら魔界とこちらとでは上下が逆になっているらしい。

霊夢達は咄嗟に何かにつかまったらしく船に残っていたのか近くにはいなかった。

逆さまになっていた船が元に戻り、どこかへ飛んでいく、追いかけようにも体が動かない。おそらく落下の衝撃で脊髄を怪我したようだ。痛みは一瞬だったから大したことではないように思えたけれどしばらく動けませんね……

そう呑気なことを考えてしまうのは私の体がもう動かすことができない状態だからだろうか。どうせ少ししたら治るのですけれどね。

 

 

 

「空から女の子が落ちてくるなんてねえ」

頭の上の方で誰かの声が聞こえる。聞いたことのない声だった。もう一つ別の足音がする。こっちは生き物ではなく……多分ゴーレムかオートマタだろうか。足音が歩幅の割に重すぎる。

「生憎飛行石は持っていませんよ」

頭上に影ができて、誰かが私の顔を覗き込んでいると嫌でも理解される。

「なんだそりゃ」

流石に通じませんでしたか。見たら大半の人は空見上げてしまいそうなのですけれどね。

「嬢ちゃん大丈夫かい?」

嬢ちゃんってそれは貴女も同じでしょうに。でも純粋に心配してくれているのであればその気持ちは無下にできない。しかし嬢ちゃんはいやですね。さとりと言ってください。

「すいません。落下の衝撃で脊髄になんらかのダメージがあったらしくて動けません」

一応肺や心臓といった部位の動きは問題ないのだけれど腕や足の方が全く動かない。頑張れば少しは動かせるのですけれど体が壊れかねないからやめた。

「そりゃ困ったものだねえ」

サードアイが彼女の心を読み取った。

落下の衝撃で服から出てしまっているサードアイは腕が使えないから服の中に戻すこともできなかったのだ。

「しばらくすれば動けますのでご心配なく。プロフェッサー」

少しだけ彼女が動揺した。おや、私をご存知の上で話しかけてきたと思ったのですけれど違ったのですか?でもさすがプロフェッサーです。直ぐに動揺を隠した笑みを浮かべてきた。

 

「おや、その口ぶり私を知っているのかな?」

見ればわかりますよ。だって……そんな赤いマントを着ていたらいやでも目立つじゃないですか。それに視界に入らない位置にもう一人いますよね。

「それはどうでしょうね?知っているかもしれないし知らないかもしれない。だけれど貴女がその答えを得ることは不可能です。それにその疑問に意味はない今問題なのは貴女がどうして私に接触してきたかです」

 

「そっかそっか。確かに貴女にとっては私が接触してきたかの方が大事だったね失礼。それでは改めまして。私の研究に付き合ってよ」

 

「付き合うと言われましてもまずは顔合わせをして親密さをあげてから研究への協力を促した方が良いと思いますよ」

シミュレーションゲームじゃないからそう簡単に親密度は上がりませんけれどね。

「私と言葉遊びかな?面白い」

言葉遊びというわけではないですけれどただの言葉のこねくり回しというわけでもない。

「ただの思考遊びですよ」

思考はこねまわすものではないと紫に言われたことがあるけれど知ったことではない。

 

「そっか……まあいいや。ところで君は面白い体質だね」

サードアイが彼女の心の本質を解き明かそうとする。だけれど今はそんなことをして欲しいのではなく、彼女の思考を先読みするだけで十分だった。

「おや、ようやく本題ですか」

さっき本質は言ってくれたけれど最終的な目的や手段などは話してくれなかった。今だって話してはないけれど思考してくれているから心を探る手間が省ける。

「その口ぶりだと知っていたようだな……いや、そこの目か」

サードアイをにらんだ彼女は次の瞬間にはにこやかな表情になり、サードアイの視界から外れた。そうされてしまうともう心は読めない。でも必要な情報は大体読み取れた。ならこの場では十分だった。

「ええ、貴女が何を考え何をしたいのかさっきから筒抜けでしたよ」

研究……どこまでもプロフェッサーですね貴女は。そしてその行動理由も人類の発展のためと実に科学者らしい。

「なら言わなくてもわかるな。大丈夫だ。命まで奪おうとかそういう魂胆じゃないさ」

少し影ができてしまっている顔では笑みを浮かべたところで少し怖いものにしかならなかった。

「でも失敗したら命を落とす可能性もありますよね。それに家に帰れない時間ができてしまうのは困ります」

私にとって大事なのは家族との時間がなくなってしまう事。普段忙しい忙しいと執務室に居座ることはあっても食事はみんなでとっているしそれなりに時間をとっている。私の心の支えでもあるのだ。

「そんなもの仕方のないことだろう。魔法の証明に犠牲はつきものだよ」

 

「そんな犠牲に付き合わされる理不尽は要らないんですけれどね」

 

「仕方がないじゃないか。人類の進歩に犠牲はつきものだよ」

その犠牲を誰かに強いるのは人類にとっての当たり前かもしれない。だけれど強いられた方はたまったものではない。そして小を切り捨て大を得る方法ではいつか滅びるであろう。

「否定はしませんが犠牲を仕方がないと割り切ったら人類の未来なんか無くなってしまいますよ」

例えばの話……千一人を救うために千人を切り捨てるのかという話です。極論ですけれど発展とは少なからずそういう面もある。

「じゃあどうすればいいのよ!」

おや、それが本心ですか。随分と……優しいんですね。

「そんなの人類じゃない私が知るわけないじゃないですか。知っているとすればそれこそ全知全能、森羅万象を司る絶対神くらいです」

そしてそのような存在は有り得ない。あり得るとしてもそれが答えを教えてくれることは絶対にないし教えてくれても理解することは不可能なのだ。

 

「そうね……ちょっと感情的になりすぎたわ」

深呼吸をして落ち着いた岡崎教授は慈愛に満ちた目で私を見つめていた。それは末期患者を諭そうとする医者に近いものだった。

 

「死なない程度だからそうね…細胞のサンプルと血を分けてくれるかしら」

……嘘かどうかはわからない。だけれどその約束を私としようとしているということはそれなりに覚悟はあるのだろうか。そろそろ手足の感覚が戻ってきた。

「前の世界でももらっていませんでした?」

私は知らないけれどもらっているかもしれない。何せ彼女たちはあらゆる並行世界に飛ぶことができるのだから。私にとっては魔法のようなものであっても彼女たちにとっては科学なのだろう。行き過ぎた科学は魔法と変わらないとはよく言ったものだ。

「ええそうね……それも心を読んだ?」

 

「ただの直感です」

実際には知っていたのだけれどそれを教える義理はない。それに、圧倒的にこちらが不利な状態ではなるべく優位性を保つためにも余計な情報は与えないのが鉄則なのだ。

霊夢達もまだ船の方だろう。今頃は聖さんを復活している最中だろうか?まあどうでも良いことだ。

 

「それで?サンプルくれる?」

 

「ええ……あげますよ」

どうせ断ったら力づくで来るのでしょう?ならここで貴女に差し出しても差し出さなくても同じことです。

ゆっくり体を惹き起こせば動けたのかと驚かれた。

今動けるようになったと答えれば面白そうに笑っていた。その横にはやっぱりメイドがいた。名前なんでしたっけ?

 

「それで、サンプルは」

ああはいはい。ちょっと待っててくださいね。今切り離しますから。

 

左腕の肘より少し下あたりを掴み、捻るように思いっきり右手で引っ張った。

妖怪の力で引っ張られた腕は、肉が引きちぎれる不快な音とともに下に向かってズルズルと下がり、関節が外れ自由になった腕は最後の接続を担っていた皮膚を引きちぎり、右手に収まった。血が止め処なく溢れ、地面に血だまりを作り出す。

ふと彼女を見れば腰を抜かして顔を青くしていた。

「欲しかったんじゃないんですか?」

 

「あ、あなた何してるの‼︎」

え?だって血と肉のサンプルがほしいって言うから…早く保管しないと腐りますよ?

「こんなのわたし持ち運べないよお」

意外とこういうのはダメなんですね?手段を選ばないとかいうからこういうの大丈夫なのかと思ってたのですけれど。

「ごめんちょっとまって…おえええ」

あ、吐いた


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