古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.217 星蓮船 終

「それで私を連れて行こうとする気が無くなったのはどうしてなのですか?」

ちょっとだけ意地悪な質問をしてみた。他意があったわけではなく、これは私個人としての質問だ。あえて言うとするのであれば、私と言うさとり妖怪が気になった事を言ってみたと言ったところだろう。

「そりゃねえ……あんた実験に協力させたら絶対さっきみたいなことするでしょ」

顔を青くした教授は、私の二の腕から下と手元にビニール入りにされた腕を交互に見てそういった。確かに彼女の考えは間違えというわけではない。実際反抗的になったらそうするしもっと酷いこともする。誰かに拘束されるというのはそれだけで嫌なことなのだ。

「よくわかりましたね」

 

「そりゃね……毎回そんなことされたらこっちの気が壊れるわ」

たしかにと思いながら体を起こす。腕が片方ないからかなりバランスを取るのが難しくなった。久しぶりと思う気持ちと霊夢に見られないようにしなければならないと言う憂鬱が混ざりあってため息となった。

「実際のところその前に気を破壊してしまうのですけれどね。怪異を舐めていると痛い目にあいますよ」

怪異と人は絶対に相容れない。怪異とよく接しているから慣れたと思っているようですがそれは大きな間違いなのだ。友達みたいな感覚で同情されたり近寄ってこられても大抵は余計なお世話なのだ。それこそ存在意義に関わる。恐れられない怪異など、この世から消えてしまうから。

「そりゃ困った困った。今度から気をつけることにしよう」

 

そうカラカラ笑って彼女は歩き出した。同時に奥に今までずっとそこにいたかのように船が現れた。それ自体は船という体をとってはいなかったけれど、確かにそれは船だと私は理解した。

「次元超越船……」

気づけばそんな言葉が口から漏れていた。

 

「そう、認識としてはそれであっているさ。科学技術の結晶のようなもの…これを作れるとしたら私くらいしかいないね。あの老人たちにそれができるとは思わない」

つまりそれは、貴女ががとてつもない天才だと言うことの証明に繋がると言うわけだ。

「発展しすぎた科学は魔法と変わらない…まさしく魔法のようなものですね」

 

「まぎれもない科学の結晶さ。SFなんて言葉私達の世界じゃ死語になりつつある」

こんなものを見せられたらその言葉も肯定したくなってくる。

「そうそう私を幻想郷まで送ってはくれないのですか?」

 

「送って欲しかった?でも私には時間がないし送る義理がないからなあ……」

手伝ってくれるというなら送るのもやぶさかではない……さっき断ったのですがまだ諦めきれないと言う事でしょうか。そこまでして私が必要なのだろうかはなはだ疑問に思えてきてしまう。

「やっぱ結構です。自力で帰ります」

 

「帰れるのかい?ここと幻想郷じゃ空間が違うと思うけど」

送って行こうかと言いたいのだろうけれど貴女自身の野心がそれを完全に悪い方向に持って行こうとしているのは明白だった。

私を送る見返りとして。それが断られたら船に閉じ込めて実験……わかりやす過ぎてサードアイを使う必要すらなかった。

「時空震カウンターがあれば楽ですけれど」

 

「マイナーなひみつ道具で例えないでよ」

マイナーですかね?まあいいんですけれど……

「他にどんな道具があると」

次元を割り出す道具なんてあれくらいしかないんじゃないんですかね。他に何かあるというのであれば話は別なのですけれど。

「いや道具じゃなくて……」

道具じゃないのですか?ああ…どうやって幻想郷に帰るかですね。そう大した問題ではありませんよ。それこそ考え方の違いです。

「また星蓮船を見つければいいだけですよ」

振り落とされたからと言ってまた乗ってはいけないなんてことはない。

「そっか……ならばまたいつか会おうではないか!と私はカッコつけていってみた」

口に出したらかっこよさ半減じゃないですか。悲しいことしないでくださいよ。いつも心読みながら会話すると時々聞こえてくることですけれど。それはあくまで胸にとどめておくのが吉です。

「付喪神の真似はやめなさい」

私の指摘に口を尖らせる教授。だけれど薄々自覚はしていたようだ。

「これ意外と好きなんだけどなあ」

好きだからといってもそれはないだろう。聞いているこっちが悲しくなってくる。

「教授って肩書きのつく人って変わっているんですね」

 

「変わり者じゃなければ教授なんてやらないさ」

確かに……だとすれば何も問題はないかもしれない。ああなんてことだろうこんな簡単な事だったなんて。

 

 

後日談。

教授が船に乗ってどこかへ消えた後、私は腕の回復を待って星蓮船の元へ向かった。

道中で神崎と名乗る女性とかと遭遇した事もあったけれど大したことではないし私自身記憶にほとんど残っていないので何を話せばいいのかわからない。結局、無事に霊夢達と合流できたことくらいだろう。

無事といっても私は片腕が無くなっているのだから向こうからしたら全然無事には見えなかったはずだ。

まあ1時間説得してどうにか気を納めてもらえたから大事には至らなかったのだけれど。

実際私の体は吸血鬼ばりの回復をするのだ。そう過剰に心配されても困る。

まあそんな一悶着があった以外で異変は滞りなく解決に向かったようだ。実際霊夢と魔理沙の後ろには聖がいた。こちらを見つめる瞳は何かを探っているようだったけれど何を探っているのだろうか。

まあ彼女の事はこの際置いておこう。彼女が敵対するということは恐らくありえない。

そもそもこんな心配私がすることではないのだけれど。

 

異変の後といえば行われることは決まっている。そう宴会だ。だけれど今回私は宴会に参加しようとは思っていない。いくつかの理由があるけれど大きなものでいえば私自身が宴会が苦手というのもある。

「本当にお姉ちゃん宴会行かないの?」

心配したこいしが私の部屋に入ってくるなり最初に話したのはそれだった。宴会に姉を誘いたい気持ちは分かるけれど今は無理なのよ。

「ええ、今日くらいはゆっくり仕事をしていたいわ」

 

「休みたいんじゃないんだ……」

こいしの呆れた声が室内に響いた。確かに普通の人の感覚で言えばゆっくりといった言葉はその後ろに休息につながる言葉が入ることが多い。だけれど私はあえて仕事を選んだ。その理由は至極まっとうでありこの場合何にでも言い訳が利くものだった。

「休めないから」

 

そもそも普通は神社でやるはずの宴会をどうして今回に限って私の家でやるのやら。確かに一階の部屋を全て繋げれば普通に宴会スペースとして使用可能だけれども。それでも家主の私ではなくこいしにお願いしてやるなんてひどいと思う。まあ私にお願いしたところで断られるのはわかりきっていたでしょうけれど。それでも一言くらいは言って欲しかった。気付いた時には段取りが決まっていて料理の買い出しまで行われていた始末だ。

全部博麗持ちにすることができたから良かったのだけれど。

 

 

こいしが去った事で部屋に静寂がやってきた。お陰で心が落ち着く。人の営みが引き起こす喧騒も嫌いではないけれどやはりこうやって静寂の中に身を委ねるというのも時には良いかもしれなかった。

ふと後ろの方で気配を感じ取った。言わなくてもわかることではあるけれどそれでもあえて聞いて見ることにした。

「何か私にご用でもありましたか?」

書類から顔を上げれば綺麗な金髪が視界の端っこで揺れていた。

「少しだけね……安心して、宴会に誘おうかと思っただけよ」

それは本心からの言葉だった。

 

「本当にそれだけ?」

表情筋は仕事しないけれど視線である程度彼女は分かってくれた。訝しむ目をすれば誰だってそう感じると言われたけれど結構な数の人は視線を向けても気づかないのだ。

「今のところはね」

これからどんどん増える可能性があると公言しているようなものだった。

それはそれで困るのだけれども彼女にとっては大したことではないのかもしれない。

「私は何度も言いますけれど宴会は参加しませんよ」

改めてそう伝えた。口元を扇子で隠しながら紫は悲しいですと言ったような表情をしていた。

「みんな会いたがっているのに……残念ね」

だけれど表情とは裏腹に心底残念とは思っていない口ぶりだった。

そんな演技なんだか本心なんだかわからないような事を言われても私としても反応に困る。それを見越してか彼女は私の側に寄ってきた。

「私もここに残ろうかしら」

それは彼女が宴会には参加しないということを示しているもので、賢者としてはかなり意外なものだった。私自身も驚いている。

「貴女が宴会に参加しないのは珍しいですね」

 

「そうかしら?私だって毎回参加しているわけではないわよ」

でも異変後の宴会には毎回顔を出していたような気がする。私自身が皆勤賞というわけではないから全部を知っているわけではないけれど私がいるときは大体いたはずだ。

 

しばらくの沈黙。部屋には私の作業音だけが響いていた。紫もこういう時の対処法は身についているらしく、直ぐに本棚から一冊適当な本を取り出して読んでいた。そう言えば私の書斎やそこの本棚に私が収集したものではない奴が交ざっているのですけれどもしかして紫でした?こいし達なら自室に置くだろうからこっちの本棚に入れるということはまずない。それにここの本棚は実務に必要なものしか置いていないはずだ。なのに紫が持っている本のタイトルはどう見ても実務用ではない。恋愛小説のようなものだった。

 

「ねえさとり。一つ聞きたいのだけれど」

紫の声が真剣そのものを体現するようなものになった。いつのまにか彼女の手元から本は消えていて、代わりに扇子が握られていた。

「どうしたのですか急に改まったりして」

 

「貴女……月と繋がっている?」

突拍子もなしに出てきた月の話題に私の頭は困惑した。それこそ、手術台の上にミシンが載っかっているのを目の当たりにした程ではないけれど。

「……月と繋がりなんてないですけれど、どういうことですか?」

どうしていきなりそのようなことを聞いてくるのかがどうしても気になってしまった。

「月からの使者が来たのよ。その中で遠くない未来に私と貴女を月に招待するって」

それ絶対裏があるやつじゃないですかやだー。月になんて行きませんよ。あんなところ行ったら命がいくつあっても足りません。前回霊夢達が行った時は運が良かったと思った方が良いですよ。どう考えても月が地上に抱いている感情なんて第二の都予定地。炎の七日間を再現して浄化でもするつもりだろう。そんな危険な相手のところに行く気は無い。だけれど向こうだってそんなことは承知だし月に招待しようだなんて普通は考えないはずだ。だとすれば……

「……それ本当ですか?だとしたら月側に何か大変な事態が発生している可能性があるのですけれど」

考えられる可能性は月側に何かがあったということだろう。それ以外考えられなかった。であるならば……月に何が起こっているのか。おそらくだけれどあの狐と地獄の人達が動いた可能性が高い。

ある程度地獄の女神には顔が利くはずだからちょっと聞いてくることにしよう。

「私も同意見よ。でも明確に拒否するのは時期尚早だから回答は保留にしているの」

紫には地獄の女神のことは言わなくても良いだろう。まだ確定したわけでもないのだから憶測を言っても混乱が広がるだけだ。確証が取れてから……でも確証が取れたらどうする?地獄の女神達と対立する事になる。それだけならまだ良い。これを機に向こうが逆にこちらに仕掛けてくる口実を与えてしまうかもしれない。

「それが正解でしょうね。でも使者を出す余裕があるということはまだ事は深刻ではない……多分向こうも想定しているのでしょうね。私達が回答を保留にするということを」

兎にも角にも今は様子を見る事が先決だろう。月側は私達に問題を解決させたい……ということはそれなりの事情があるはずなのだ。

「それすら織り込み済みって事?流石にそれはないんじゃないかしら。確かに月の民はどこか高飛車で頭脳明晰だけれど」

 

「どうでしょうね。策士でもいたんじゃないんですか?」

可能性の一つではあるけれども否定はできない。仮に一騎当千の戦力を持っているし通常戦力でもそこそこだしそこに策士まで揃っている集団がピンチになってこちらに後始末を任せに来る……いやいやそんなアホなと思ってしまうかもしれない。だけれど真っ向から否定することは不可能ですよ。




130km/hの世界より

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