古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.218 さとりと怪異

私達は人間に怪異と呼ばれることがある。だけれどそれは間違いである。

私達妖怪は怪異とはちょっと違う存在なのだ。正確にいえば怪異とは現象やそれに付随する結果の事を指している。

だから怪異の元凶が妖怪や神や霊であって妖怪などを怪異と呼ぶのではない。それが正しい怪異というものだった。今となっては妖怪や悪霊を指して怪異と呼ぶことの方が多くなってきているし幻想郷においても博麗や守矢のようにプロでない一般の人間にとっては怪異は大体妖怪か悪霊か祟り神と思われている。

 

「それで私に相談ですか……」

なぜそんな事を話したのかといえば目の前に怪異絡みの被害者がいたから。ただそれだけだ。宴会もひと段落しそろそろ初夏にでもなろうかという頃。地上の家でのんびりと永琳さんからもらった紙に記録をしていたところ霊夢が被害者の女の子を連れて突撃してきたわけだ。訳を聞けば怪異の類いらしい。

「貴女の方が詳しいでしょう」

確かに私の方が詳しい自信はある。だけれど私より詳しい人なんてもっといる。それこそ紫に頼めば良いわけです。だけれどそれを言い出せる雰囲気ではなさそうだった。

「そうは言いましてもこういうのは霊夢、貴女の仕事でしょう」

だけれど元々霊夢は相手がどんなやつなのかなんて気にせず見つけた妖怪や霊は片っ端から退治していくのではなかったのでだろうか。けれどしかし私の影響である程度態度が軟化しているというのもまた事実だった。それが良い方向に向かっているかはともかく、情報収集で事前に相手の正体を知ろうとするのは良い心がけだった。

「暇なら手伝ってくれたっていいでしょ。それに最近の怪異は外から入ってきた全く新しいものが原因になっている場合もあるから対処が大変なのよ」

少女を私の目の前に座らせて霊夢はそういった。いくら文明が発達しても怪異というものがなくなる事はない。それは人間の闇のようなものだからだ。光を強くすればそれほど怪異も強く濃くなっていく。だから今の怪異の方が昔よりもタチが悪いと現代から来た早苗はこの前愚痴っていた。それでもそのような怪異は幻想郷にやてくるにはまだ時間がかかる。その合間に紫が対策を練ってくれるだろう。

「そんなの私だって対処しきれませんよ」

現代の怪異の特徴としてその短命さが挙げられる。情報が溢れたことにより人々から忘れられる速度が速くなったのが原因だと思われるけれどそれがどうなのかは私もよく分からなかった。だけれども十数年で忘れ去られ幻想郷に流れ着く怪異という現象結果そのものの多いことなんの。そんなものいちいち情報を集め対抗策が作れるほど私はハイスペックスーパーコンピュータではないのだ。せいぜいが高速電算機といったところだろう。

私をなんだと思っているのだ。巫女ではないのですよ。

「いやあんたが一番適任だって紫も言っていたわ」

 

「ちょっと首締めてきますね」

思いっきり首を締めて窒息させないとこれは私の気が済まないのです。席を立とうとした私の肩を霊夢が押さえつけた。

「冗談はそこまでにしてこの子の話を聞いてあげて」

目の前でおろおろとまるで世界を初めて見た赤子のような反応をしている少女の方に意識が戻り、先にこっちが先かと思い直した。

「まあ話くらいは聞いてあげましょう。それでどうしたのですか?」

私の視線を浴びた少女は少しだけウサギが飛び跳ねるように肩を震わせて口を開いた。

「えっと……」

 

話をし始めた少女によれば、事の発端は一週間ほど前。小さな猫の亡骸を見つけた時だった。動物の亡骸自体はそう珍しいものではない。だいたい1日に数匹前後…というほどではないですけれど一匹くらいは死んでいるものなのだ。

異変が起きたのはその日の夜。眠りが悪かったのかどうかは定かではないが彼女が目を覚ましたのはまだ日が昇る前だったようだ。寝相が良いはずの彼女はその日に限って彼女は布団から離れたところに転がっていて、服も乱れていたのだとか。そして大きく投げ出されていた手が変に濡れていたのだとか。

その時は珍しく寝相が悪いなと気に留めなかったものの、生臭い匂いがしたので改めてその手を確認したところそれは血と唾液の混ざったものだったそうだ。

次の日、近くで酔っ払いが暴漢にあったという騒ぎがあったらしい。

それからというものそういうことが三回起き、ついに少女は両親に黙って巫女のところに駆け込んだのだとか。真っ先に両親が襲われてそうですけれど襲われていないあたり運がよかったのか何か理由があったのか。

 

「話を聞いた限りでは……憑依系の怪異だと思うけど」

話を聞き終えた率直な感想はこれだった。夜な夜な彼女を操っているとしか思えないけれど彼女自身に霊が取り付いているようには見えなかった。ましてやそれが動物霊であるのなら体のどこかにその動物の兆候が現れたりするはずなのだ。でもその様子はない。憑依されているという感じでもない。

「私もそう思ったのだけれどなんだか違和感があってね」

霊夢もやはりそう感じたようだ。確かにこれは紫や私のところに持って行きたくなる。だけれど私のところに連れてこられても……あ?ちょっと待ってください。

今何か思い出せそうだった。なんだっけ…最近こんな感じのものをどこかで読んだような読まなかったような……

「違和感……ああ、そういうことですか。確かにそれは憑依ではありませんね」

なんだ私も勘違いしていました。それは確かに憑依されたように見えますけれど実質憑依というわけではありません。憑依というより感化されたと言った方が的確だろうその現象は、名前だけ見れば憑依されているかのように聞こえてしまうものだった。

「憑依じゃないならなんなの?」

怪訝な顔をする霊夢。憑依のような症状が出ているからと言っても憑依とは限らない。病気と同じですよ。似たような症状でも全く違う病気というのは結構あります。

「祟り猫。いや正確にいえばそれは現象であって動物霊とかそういうものではないわ。ただ通称としてそう呼ばれているだけ。伝承としては近畿地方でよく言われていましたね。他にも狐の祟りとか操り神とか色々と呼び名があります」

でもこれらは憑依ではなく原因にすぎない。竃で火起こしをするときにマッチを使うか火打石で火種を作るかといった違いだろう。必要なのはその結果なのだから。

「どんなものなのよ」

霊夢には少し馴染みがないでしょうね。事例としても少なく伝承としては祟りや憑依と言われている部類なのだから。昔の人だって多分実際に憑依されたものとこういった場合となんて区別できていなかったのではないだろうか。

「それは本心を表に出す怪異よ。人は誰しも暴力的な内心を持ち合わせているの。でも普段はそれがおもてに出てくることはない。だけれどあるきっかけでそれが表に出てきてしまうことがある。無意識的にも意識的にも……表に出てきた暴力的な本心は本人の意思に反して暴れるものなの」

その上、怪異……今回の場合は猫の浮遊霊か何かがきっかけだろう。その問題の霊は既に居ない。それと接触してしまったことで本心が外に出ることが多くなってしまったと言うわけだ。

ただそれだけではこうなる事はまずない。もう一つはストレス。霊と接触する前に過度なストレスを受けているとこれが発生しやすくなってしまう。おそらく何かしらのストレスになることがあったのでしょうね。私は興味ないですから知りたくないですけれど。

「対処法は?」

対処法なんて一つしかないですよ。

「本心を叩きのめすののが良いのですけれど結構大変でけれど封印するにしてもいつか封印が破れた時が危険です」

この場合ストレスも原因の一つとなっているので正直な話封印なんてしたらいつかストレス爆発で取り返しがつかないことになってしまう可能性がある。だからこういう時は叩きのめしてしまうのが最も良い。だけれど肉体自体は少女のものだからやり過ぎて死んでしまいましたじゃ元も子もない。

「やっぱり力技しかないのね」

霊夢には難しいでしょうね。手加減を知らないですから。私だって知りませんしすることだってまずないでしょうけれど。

「そうなりますね。本心が出現するのは夜ですか?」

 

「そうです!」

「私が遭遇したときは夜だったわ」

なんだ霊夢も遭遇していたんですね。でもその時に倒せていないという事は失敗したかあるいはできない事情があったかそのどちらかなのだろう。なにそんな怖い顔で見つけてきているんですか事実をちょっと探ろうと思っただけじゃないですか。それはダメ?わかりましたよ。照れ屋さんなんですから……

「であるなら夜に出てくるのでしょうね」

実際昼に出てこようが夜に出てこようが大した違いはないと思うですけれどね。

「時間帯によって出てきたり出てこなかったりするものなのね。そこらへんは妖怪と変わらないか」

 

「妖怪ではなく猫の浮遊霊が原因の怪異ですよ」

その猫は夜行性だったのでしょう。ただそれだけ。理由なんて結構適当なものですよ。私だって昼間起きて夜寝る生活はなんとなくやっているのであって気持ちによっては昼から深夜まで活動時間でそれ以外寝ているなんていうのもできるのです。

「わかっているわよ」

 

「ありがとね。さとり」

 

「気にしないでください。でも相談料くらいはとらせてもらいますから」

タダで何かというわけにはいかない。私は便利腕もなんでもないのだからそれなりの代価は払っていただかないといけないですよ。じゃないと勘違いされてしまうかもしれないから。私はドラえもんのような便利人じゃないんですよ。

「じゃあ今度お茶でもどうかしら」

お茶ですか。まあ……いいか。

「構いませんよ。ついでに茶菓子も」

 

お茶だけというのはなんだか寂しいでしょうからね。

「そういえばさとりさんは妖怪退治屋何ですか?」

今までの会話を黙って聞いていた少女がここにきてようやく会話に入ってきた。だけれどなかなかに難しい質問をしてくれましたね。本来私が妖怪だという事は隠しておかないといけない事です。ここで少女に正体を言うのは得策ではない。だけれど嘘をつくのもなんだか嫌だ。

「違うわ。ただの……そうね。生きている世界が違う存在よ」

お茶を濁す形になったけれど今はこれで十分だろう。そのうち大人になれたらまた正体を知れば良い。妖怪と人間は基本関わってはいけないのだ。いや関わっては良いのだけれど線引きがある。それを知らないうちは関わってはいけない。

「どういう事ですか?」

よくわからないと首をかしげる少女。

「それは貴女が大きくなった時に自分で調べなさい」

あるいは慧音さんに聞くとか。少なくともここで貴女に伝えるような事ではないのは確かだった。

霊夢が少しだけ悲しそうな顔をしていたけれど見なかったことにしておいた。それが良い対応だったのかどうかはわからない。

心は読めても最善は分からない。そういうものなのだ。

 

 

「少し食べていきますか?ちょうどお昼ですし」

ゼンマイ式の掛け時計を見ればもうすでにお昼ごろになっていた。私は空腹というものをこの体で感じる事はほとんどなくなってしまったのだけれど二人にとっては大事な感情だ。

「いいの?じゃあご馳走になるわ。ほらあんたも」

霊夢の顔がとたんに嬉しそうになった。なんだか可愛いと思ってしまうのはただの親バカというやつだろう。

「あ!えっと……ありがとうございます!」

顔を赤くしながら少女は綺麗なお辞儀をした。

素直で良い少女なのですけれど……それでも内心を見ると少しばかりストレスで荒れていたりと色々大変なのだ。人は見た目によらないとはまさにこの事なのだろう。

「ちょっと待っていてくださいね……」

 

「そういえば両親にはどう説明するのですか?」

 

「あ、考えてなかった……どうしよう今頃心配しているはず」

やっちゃいましたね。取り敢えず巫女経由で事前に知らせるしかないでしょうね。隠したところで意味なんてないでしょうから。それにバレたときまずいですし。

「霊夢が事情を話しに行った方が良さそうですね」

 

「まあ…そうよね。でもこういうの慣れてないし面倒なのよね」

面倒でもやってくださいよ。何私に頼もうとしているんですか嫌ですよ。それに私は妖怪です。妖怪のいうことなんか信じないって絶対。特に覚り妖怪のいうことなんてねえ……

隠せばどうという事はないですけれどそれはそれで不審者ですし。

「分かったわよ!私が話をしてくればいいんでしょ。全部終わった後でね」

事後報告ですかい。またなんとも……

 

 




ラピュタ見たら竜の巣探しに行きたくなった。

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