古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.219 続さとりと怪異

後日談となってしまうけれどあの後霊夢とその少女がどうなったのか。こいしが知りたいと尋ねてきた。

少し前に怪異の事を話したところ1日間をおいてからこいしは私の所に突撃してきた。事の顛末が気になり自分で調べようとしたのだろうけれど日常のたわいもない話を今になって聞かれても覚えていないというのが人である。霊夢に聞こうにもこいしは霊夢と仲が良いというわけでもなくましてや非常時には敵になる存在であるこいしに素直に話すことはなかったのだろう。

心を読んで無理矢理覗くというのもあったようだけれどそれをすればその場で戦闘になっていただろう。

まあ事の顛末なんてそう大したことではない。数多の日常の一コマを飾るようなものでもなく、その少女の一生に大きな影響を及ぼすような事もおそらくはないだろう。本人が覚えがないことだから感覚やそこから何か良い経験になったということもあるまい。人が風邪を引いて医者からもらった薬で完治しましたと言うのと一緒だ。

 

「たわいもない話になるわよ」

 

「それでも良いよ!」

日常の一コマがどうして良いのかは分からない。

 

私の助言が正しかったようで昼ご飯を食べて一度帰った霊夢は再び私のところに戻ってきた。またあの少女を連れてだ。

なぜまたここに来たのかと問えば私も見極めで参加して欲しいとの事だった。何故わざわざそのようなことに私を引っ張り出すのか。そもそも、今回の件は霊夢の仕事であって私が出る幕は一つもないはずなのだ。それこそ表に出てきた裏の人格を叩きのめすという観点だけで言うのなら。だけれどこれは物事を一方的な方向から見た結果であって他方的に見れば私がここで協力するというのは正しい結論になるのかもしれない。その逆ということもある。だけれど私にそれを判断する事はあの時点ではできなかった。なので霊夢に連れられる形で人気のない草原で事の顛末を見守ることにした。

 

到着するときには既に太陽は月へと変わっていた。もうここからは人ならざるもの達の時間なのであろう。どことなくこちらを突き刺そうと銛を構えているのではないかという気配がいたるところからしてきていた。

勿論博麗の巫女がいるのだから迂闊に手を出してくることはなかった。その時はですけれどね。

 

結局どうなったのかって?

結論から言わせて貰えば彼女のもう一つの存在は霊夢の手にあまりすぎて私が食べた。手に余ったというよりそれ自体の対処はできるのだけれどなるべく本人を傷つけないこと。この期に及んで周囲から乱入してきた妖怪の相手まで重なってしまったという不幸が連続してしまったのが原因だ。

おかげで霊夢が妖怪を退治している合間に私に目をつけた少女に襲われ仕方なく……

最初はどうにかして無力化しようとしたのですけれど傷つけずにあれを止めるのは難しかった。

「お姉ちゃんなら意識を奪うくらい出来そうな気がするけれど」

暴れている相手には難易度が難しくなるのよ。特に相手はまだ幼い。気絶するほどの腹パンで仕留めるなんてことをしたら後々後遺症が残りそうですし。

「体力を奪う魔術を使えるこいしならすぐ終わっただろうけれど」

 

「確かに…でもあれ発動するのに時間かかるから怪しいかも」

確かにそうかもしれないわね。

それで続きは?どうなったのさ!

 

結局気づけば私は彼女の意識に牙を立てていた。

後は淡々と貪り食うだけ。ただそれだけだ。食事なんて特に聞くことないでしょ。私だって覚えてないのだし。

「お姉ちゃんそういうの食べれるの?」

人間の体を引きちぎるのに近い感触だったけれど確かにあれは食べているといったほうが良いものだったのだろう。行為として見るのであれば。実際のところそれ自体を食べるとは言わないし吸収したとかそういった形なのだろうけれど他者から見たらそれは食べているとしか思えないものだったはずだ。実際に霊夢は何食べているのだとお腹を無理やり押された。夕食が出るかと思いましたよ。

「貴女だって食べられるはずよ」

私が食べられるのだからこいしが食べられないという道理はないのだ。多分……メイビー

「そうなの⁈」

そもそも覚り妖怪は心理を操るのに特化しているのだ。その為実体のないものでもある程度は実体があるように扱うことが可能となる。特に今回のように相手の意識の一部であれば私達の十八番だ。ただこいしにはそこら辺のやり方とかは教えていない。想起できるのはこの子の独学らしい。それ以外で心を読みトラウマを引き出したり記憶を覗き込んだり私のようにしての深層心理に潜り込んだりというのはできないからもしかしたら出来ないかもしれない。だけれどこういうのは気持ちの問題でもあるからほんとメイビーなのだ。

「……味は?」

味…味ねえ。

「うーん…味しなかったわね」

なんだか肉の弾力がある水を食べているような感じだった。兎も角味覚はあてにならないのは事実だろう。実際味覚で感じ取るようなものでもないわけなのだし。うまく脳が処理できれば味覚もあったとは思うけれど今となってはわからない。もう一度食べてみましょうかしら。

「ふうん……私もそういうの見つけてみようかなあ」

見つけようとして見つかるものだろうか……

「見つかるといいわね」

あまりお勧めできるものではないのだけれど。食べた後の副作用と言うべきものが結構きつかったですし。

まあ私が食べたのが暴力的な意識だったからだろう。食べ終えた直後ものすごく闘争本能が刺激されて困りましたよ。そこらへんの妖怪ぶん殴って捻り潰してようやくどうにかなったくらいですから。下手すればあのまま霊夢に本気で退治されていたかもしれない。そうなったら…ああこの話はやめておこう。

 

「ほらね大した話じゃなかったでしょ」

付属品としてはあの後少女がお礼をしに来てくれたとか。その子と少しだけ仲良くなった事くらいだろうか。正体知ったら幻滅するでしょうね。でもそれは仕方のないことなのだ。

「でも面白い話だった!」

そう、ならよかったと言うべきなのね。

それで…いつまで私の腕に抱きついてきているのかしら。まだ何かあるの?

「あとさ、友達が出来たんだけど今度家に連れてきていい?」

こいしが友達ができたなんて言うのは珍しい。正直こいしの場合誰とも友達になれる対話スキルとかがあるからわざわざ友達ができたなんて言わないのだ。こいし自身もそのことについては前に似たような趣旨のことを言っていた。あるいはそれとは別の意味の友達ができたとか……親友という意味だろうか?

「貴女がわざわざ友達ができたなんて言うのは珍しいわね。みんな友達みたいなところあるのに」

 

「私だって友達友達アター‼︎って思考はしていないよ。苦手だなって人はいるし嫌いだなって人もいるもん。大魔王な親方じゃないんだからさ」

流石にそうよね。でも嫌いだろうと好きだろうとニコニコ笑顔のせいでわからないわよ。私も無表情一択か笑顔しかないからこいしのこと言えないけれど。

「セカイイチ食べる?」

そう言えばこの前紫にもらったリンゴがあったわね。

「わーいセカイイチー…じゃなくて‼︎」

やっぱり貴女大魔王じゃないの。

これでリンゴを頭の上で回してくれたら面白かったのだけれどダメだったか。

これ以上やるとこいしがむくれそうだからやめておこう。

「とりあえず連れてくるのは問題ないわよ。好きにしなさい」

 

「ありがとう!お姉ちゃん!」

笑顔になったこいしが飛びついてきた。バランスを崩しそのまま床に倒れる。

あー……今日は休みますか。

数分後、折れ曲がった腕が回復するのを感じながらこいしは泣いて謝っていた。

別に気にしていないから良いのですけれど。運が悪かっただけですから。

 

 

 

 

 

久々というほどではないけれど。ちょっと空中散歩を堪能したくなってきた。そんな気分だったからこの日は空を飛んでいた。別に星蓮船が遊覧飛行を行なっているからとか、それが気になって行ってみたはいいけれど予約いっぱいで乗れなかったからとかそういうわけではない。勘違いしないで欲しい。

そんな中で紅魔館周辺を飛行していたら大して意外ではない人物と遭遇した。別に狙っていたわけではないのだけれど確かに彼女だったらここら辺を飛んでいてもそんなに意外性もない。むしろ祭りにテキ屋があるのと同じくらい普通なことだった。

白黒魔法使いの魔理沙も私を見つけるなりその場で固まってしまった。話しかけるような話題もないので私は黙ったまま。沈黙が支配する。

「さとりが散歩している…」

魔理沙と出会ってからの第一声がこれだった。青筋を浮かべて良いだろうか?どうせ表情は変わらないけれど。それでも内心すごく荒ぶりましたよ。

「私が散歩してたらそんなに言われるんですか?」

 

「だって普段外でないって聞いたし殆ど外で見ねえじゃん。異変の時以外」

確かに魔理沙とは異変の時とその後の宴会くらいでしかまともに会った事はない。今まで見つかるとちょっと面倒だからということもあったけれどそれ以前に彼女との接点があまりないのだ。こちらが見つけてもわざわざ話しかけになんて行かない。

「ちらほら出ますよ。ただ人に気づかれないようにしているので分からない場合が多いんでしょうね」

嘘ではない。私が外に出ているのはただの散歩が主なのだ。基本他人と話したり交流したりなんてしないし皆好き好んでやりたがることはないだろう。一部変態を除いてですけれど。

「そうなのか……」

 

「ここで出会えたのも何かの偶然でしょう。ところで私に何か用事でもありましたか?」

話しかけたということは何か話でもあったのだろうか。そう思ってしまう。

「いやあ…用事ってほどでもないかな。ちと気になっただけだ」

気になっただけ…ふうん。ああ、そういう事でしたか。てっきり紅魔館で本を借りたのかと思ったのですがどうやら違ったようでした。ふむ…そうですか。

「それじゃあ私は空中遊覧に戻りますね。アリスのところに行くのでしたらいまのうちの方が良いですよ。もうすぐ雨降りそうですし」

私も雨が降る前に帰ろうとしたもののすぐに魔理沙に呼び止められた。話すことなかったのではないのですか。

「いや待てさらっと言うな。心読んだのか?」

心?そんなもの読んでいないですよ。読まなくても大体のことはわかりますからね。

「心?読まなくても分かりますよ」

手作りのお菓子を持っていく相手なんてアリスくらいでしょう。他の要素ですか?そうですね……魔理沙の服装が少しだけきっちりしているところとか。アリスさんは服装の乱れとかすぐ直す人ですからね。まあそれを見込んでわざと乱していく可能性もありますけれど魔理沙に限ってそんな変なことはしないでしょう。

「こいしもお前も人を見る目がすげえんだよなあ…」

 

「訓練しましたから」

訓練というかもう慣れである。素早く相手の格好や仕草からそれなりのものを読み取るのは半分が慣れ。あとは知識でしょうか。

「じゃあアリスに会いに行くのがあいつからの相談があるってのは」

それは…確証がなかったので言わなかったものですね。魔理沙さんは隙があまりないから読み取りづらいのですよ。多分商人の娘だからでしょうね。

「なんとなくですがそんな気はしていましたね」

 

「そっかそっか……さとりも付き合えや」

笑顔が眩しいとはこの事だろう。結局私はどこかに出かけようが出かけまいが関係なく何かに巻き込まれるときは巻き込まれるのですね。今更わかり切っていたことですけれどなんだか釈然としない。

「イヤです」

断らせてもらう。

「ちょっとくらいいいだろ?それに傘持ってるみたいだしな」

 

なるほどそれが狙いですか。確かにもうすぐ雨降りそうですけれど。傘だけだったら貸しますよ?それでいいでしょう。

「私に貸したら多分返ってこないぜ」

えっへんとできるようなものではないのだけれど。

「じゃあ一緒に行きましょうか」

この傘は無くされたりすると困るものだ。

「家の前までですよ。そこから先は行きませんから」

本気ですよフリじゃないですからね。

「わかったわかった。そうするよ」

 

本当でしょうか。なんだか手伝ってくれそうなヒトだから絶対巻き込んで来そうなのですけれど。

霊夢も魔理沙もなにかと有用な他者を巻き込む能力に長けているような気がしてならなかった。

 

この時、魔理沙は私に過大な評価をしていたようだと知ったのは少し後になってからだった。今もその勘違いを引きずっていると思うと少し頭が痛くなる。

 

 


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