古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.220 終 さとりと怪異

「いらっしゃい。あら、魔理沙拾い物でもしたの」

出会うなり早々酷い言い回しをされた。

普段と変わらない……人を安心させる笑顔を貼り付けたアリスは私にだけは少しだけ不機嫌そうに目線で訴えてきていた。

そういえばこの前……上海人形を真っ二つにしてしまったのですがそれが原因ですかね?まああれは不幸な事故なのですけれど向こうからしたらそうですかと引きさがれるものでもないから仕方がないことか。

更に魔理沙はそんな私達の事情など知らないのだから魔理沙を責めようにも責められず私を睨んだと。

「なんとなくだが連れてきたんだよ。そっち系の専門家を連れてきたっていいだろ」

魔理沙さんは少しくらい空気を読んで欲しかったのです。私もほいほいくっついて行ってしまったのは確かに軽率でしたけれど。忘れていたのですよ。一般的には記憶というのは嫌なものほどすぐ忘れるのが難しいです。その分一度忘れたら思い出すのも難しいのです。

「貴女だって専門分野なくせに」

私を連れてきたことがそんなに不満だったのだろうか……

「私は魔法全般だから広い分細かい事には疎いんだよ」

それ自体に嘘はないし魔理沙の場合力技で解決する癖があるからあまり細かいことはどうでも良いのだろう。

「私はそもそも魔法に関しては魔理沙さんよりも知識無いですよ。魔法使えませんし」

「嘘つけ。妹の為に魔術刻印大量に生み出しただろ」

 

「……まあいいわ。相談できる人が増えても悪いことはないし。いつまでも引きずってるようじゃいけないわ」

諦めたようにアリスさんは私と魔理沙さんを家に招き入れた。私は黙って後に続くくらいしか選択肢は残されていない。

 

ダイニングのテーブルを囲うように座った魔女と魔法使いと妖怪。なんだか変な面々です。普段交わらない人達が集まると言うのはそれだけで違和感の塊なのでしょうね。

実際目の前で繰り広げられている光景がそれですし。

 

「それで、何が問題なんだ?」

 

「最初から全部話すわ」

 

30分ほどアリスが状況を語ってくれたおかげでようやく現状どうすればいいかがわかるようになってきた。いや30分も語る事でもないような気がしたのだけれど人形の事となると饒舌になる性格なのか随分と話していた。

「人形に魂が宿った……ですか」

超簡単に言えばそういうことだった。まあなんとも幻想郷じゃ珍しくない事案です。それこそ年に二、三件付喪神が生まれるような土地ですし人形に魂が宿ったりしても何も問題はないはずである。……はず。

「ええ、おそらくだけれど」

 

「付喪神ってやつか」

やはり真っ先に連想されるのは付喪神。一番発生理由が簡易的で実際によく生まれているのだから連想先としては申し分ない。

身を少し乗り出した魔理沙さんにアリスさんは表情一つ変えずに首を横に振った。

「まだ分からないわ。だけれどそういうのはちょっと困るのよ」

そういうのとは人形に宿りたい魂とかだろうか。本人からすれば無粋なのだろう。

「完全自律型の人形を作るのに?一緒な気がするんだけどなあ」

あのですねえ……妖怪化や霊が宿るのと完全自律型のものというのは全く違うものなのですよ。

「妖怪化と一個の生命体に迫る子を生み出すっていうのは全く違うわよ」

アリスさんも少しだけ呆れていた。彼女は別に生命を生み出そうとかそういうわけではない。ただ、生命に限りなく近い人形を作りたいだけなのだ。

「すまない私が分からないぜ」

まあ一般の人にしたら分からないでしょうね。私も理屈は理解できてもその理由や心境までは分からない。心を読めるのだからと言っても読みたくないものも読めてしまうこの力は少し扱いが難しい。

「ざっくり言えば人間になったロボットを作りたいそうです」

 

「ざっくりしすぎて余計わからなくなってるじゃない」

AIが自我を認識して自己を確立するって言っても分からないでしょう?私だって半分くらいわからないんですから。実際そんなことが起こるのかどうかは分からないけれど自己学習型で尚且つ外部からのアクセスを受け付けない自律型では不可能ではないかもしれない。結局ヒトの自我というものは学習の果てに形成されたようなものなのだから。

でもアリスさんはそこまでのものを求めてはいないようですけれどね。まあこの辺りは知らなくても良いことです。話も少しずれている事ですし元に戻しましょうか。

「それで問題の人形は……」

 

「ちょっと待ってて……蓬莱持ってきてくれる?」

アリスの背後から飛び出した蓬莱人形が、部屋の奥へ吸い込まれるように消えていった。人形の後ろから伸びている細い糸が時々光に反射してまるで釣りをしているみたいだ。

「ホーラーイ」

蓬莱人形が運んできてくれた。なんだか蓬莱と上海の方がよほど付喪神に近いような気もするのですけれど。でもこれは完全自律型ではないらしい。違いが分からない。

 

「見た感じただの人形だけどなあ…本当にこれが付喪神になるのか?付喪神って小傘みたいな感じのだろう?」

運んできてくれた人形は上海人形を少し成長させたような印象を受ける少女の人形だった。でもなぜかズボン穿いている。

「広義的に言えば確かにそうですけれど付喪神もいくつかに分けられるんですよ。中でも人型を取るものは付喪神でも結構力がある方なんです。大体は元の道具の形状が色濃く残っていますから」

ちなみに小傘は唐傘お化けであって一応付喪神とは違う。似ているけれど全然違う。

 

「確かになあ…提灯お化けとか」

それもちょっと違う。ものに憑依するのは似ていますけれど。

「あれはちょっと違いますけれど…」

提灯お化けは古くなった物に浮遊霊が取り付くことで生まれるちょっとした怪異だ。結構事例が多く特に墓場を照らしている提灯に発生しやすいことから提灯お化けと言われている。

 

「流石地底の主人だ。なんでも知ってるな」

 

「知ってることだけしか知らないですよ」

正直このあたりの棲み分けは当事者からしたらシビアらしくうっかりすると火山が噴火する。地雷なんでしょうね。

ふとラベンダーの香りが薄く漂ってきた。どこかに花を飾っているのかと部屋を見渡すもののそのようなものは一切ない。

まあいいか。

それでこの子にも何か魂が宿っていると。夜な夜な動いているとか声をかけたら一切動かなくなるとか……時々勝手に移動するとか。どこの恐怖映画ですかね?

「……動く気配無さそうですけれど」

 

「だなあ…生きているって感じでもないし」

人形だから明確には生きていないのですけれどね。でも魂が宿っているようには感じ取れない。巧妙に擬態しているのかあるいは魂が一時的に抜けているのか。詳しいことはこの状態では分かりそうになかった。だけれど人形の方の特徴はある程度分かってきた。

「今はね。でも夜中勝手に動き出すわ暴れるわでろくなことしないのよ」

付喪神にしては普段は動かないというのが気になる。普段動かないでじっとしているなんてのは結構難しいものだし好き好んでやるようなものでもない。

 

ちょっと聞いてみますか。

「……もしかしてこれ一度無くしました?」

私の問いに魔理沙さんは何言ってんだこいつ。アリスさんは目を見開いて驚いていた。やっぱり一度どこかで無くしたのですね。

「ええ、一ヶ月くらい前に。でも一日で発見できたわ。どうしてそれを?」

 

「なんとなくです」

ちゃんと見れば色々と分かるけれどそれを言ってもわからないでしょうから言わないでおく。

 

「へえー……よく分かったね!」

不意に真後ろから声がした。悟り妖怪は不意打ちに弱い。

それほどびっくりしたということだ。表情筋は相変わらず仕事をしていないのだけれど。少しだけ腰が席から浮かび上がった。

「うわ⁈なんだよこいしかよ」

えへへきちゃったと笑いながら私の肩に寄りかかってくるこいしに少しばかり呆れてしまった。まあ嫌いではないのだけれど心臓に悪い。

「一応聞くけれどいつからそこにいたの?」

多分さっきからいたのだろう。その前はラベンダー畑にでも突撃していたのかこいしの頭にはラベンダーの花が載っかっていた。

 

 

「さっきからそこにいたわよ」

そう言って私の左側を指すこいし。私はあいにく左目が見えないのだ。そちら側の視界は無いから確認することもできない。

「私達の意識外にいたのね…」

心を閉ざしていないけれどふつうに無意識を操ることができるこいし。なんだか少し強くなりすぎではないだろうか。

 

「……貴女も参加するかしら?紅茶くらいなら出すけど」

そういえばお茶出すの完全に忘れていましたよね。今気づいたのですよね……

あ、誰にも言わないですよもちろん。

 

アリスさんが台所の方に行っている合間こいしはずっと人形を見つめていた。何かあるのだろうか?えっと……ああ結構ありますね。

「それ多分だけどお……付喪神じゃ無いと思うよ」

アリスさんが戻ってくるなり真っ先にこいしは問題の人形を十字架にくくりつけ始めた。こら勝手に変なことするのはやめなさい。不機嫌になってるでしょ。

「なんだこいしも参戦か?確かにこれに付喪神が宿っているとは私も思えねえけどなあ」

付喪神って宿ると言うより生を受けるの方が近い気がする。

 

自信満々にドヤ顔をしたこいしは十字ばりにした人形をテーブルの上にそっと置き、声高らかに言い放った。

「私の予想は悪魔が取り憑いている!」

あ、魔法使いと魔女の空気が凍った。そりゃそうか…いきなり悪魔だなんて言われてもそうなるか。

「悪魔って…あの悪魔?紅魔館の図書館で司書補佐やってる?」

ああ小悪魔ですね。確かにそれと同族といえば同族かもしれませんしもしかしたら類族かもしれない。悪魔というのは…そうですね。動物とか人間とかそんな感じの大雑把なくくりですから。

「そうそう。それと同族あるいは類族かな?」

類族でしょうね。あるいは遠い親戚か。

「なるほど……だから少しだけ術式痕が残っていたのね」

あ、その術式痕貴女が人形の制御にかけたものではなかったのですね。てっきりなにかのプログラム式かと思いましたよ。

「悪魔の呼び出しは色々あるんだけど中には人形とか物に一時的に悪魔を憑依させるものもあるんだよ。大体は契約を結んだら帰るかするんだけどね」

 

「ごく稀にふざけ半分で悪魔の召喚儀式を行うとやばいものが出てくるなんて言うのはよくある話ですし」

全く誰がこんな事をしたのやら。そもそも幻想郷には世の中から忘れ去られて流れ着いたものは数あれど、悪魔の召喚に関するものなんて未だに外の世界じゃ現役ですし一般人がそのようなものを拾ったところで実際に悪魔を呼び出すなんてのは不可能に近い。

大半は日本語以外の言語で書かれているし下手をすれば悪魔同士で使用するときの最早解読不能な文字で書かれている場合もあるのだ。それに外は極東の国であり欧州の文化の影響で多少は西洋の魔物も生活しやすくなっているらしいけれど悪魔を召喚するなんてことはまず無いし普通の方法では出来ない。

鬼とか妖怪だったらやろうと思えば出来ますけれど。そっちは基本召喚ではなく術などで縛って味方にしたものを転移させるので性質が全然違う。

いったい誰がこんなことをしたのでしょうかね…気になって仕方がない。でも今はそんなことより悪魔が宿っているとされているこの人形をどうするかです。

「そうだよねえ。たまに封印指定されている悪魔を呼び出しちゃったりしてそいつが封印されている本体の方を解放しようとして暴れまわったりとか」

 

「「面倒……」」

思い出しただけでも嫌気がさしてきた。封印されているものの2割近くが所在不明なんてほんと嫌になるわ。まとめて灼熱地獄で焼却処分したい。

「お、お前ら姉妹本当よく知ってるな」

 

「旧地獄にもそういった部類と似たようなものがいくつもありますし」

本体を封印しても召喚などの儀式によっては魂や僅かな力の鱗片、意識が流れ出てしまうというのはよくある。

それらが真っ先に何をするかと言えば先ずは封印を破壊すること。

偶に目視しただけで相手の精神を破壊するとんでもない存在とかもいますから破壊されるわけにはいかない。封印されているということはそれ相応の理由があるのだ。

まあ…召喚されたはいいけれど契約も何もない場合悪魔ってほんとヒトを不幸にしますからね。それが仕事ですし。

「小悪魔に相談するべきだったかなあ」

「どうでしょうか……本人が本当のことを言ってくれる保証ないですし」

まあ彼女がとんでもない悪魔であるというのは事実ですけれどね。

その分お願い事をすると等価交換で何を対価にされるかわかったものではないのだ。


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