古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.222さとりとこころ

「そういえばこの前友達を連れてくるって言っていたけれどあれどうなったの?」

小悪魔があの後どうなったのかはわからないけれど、あれ以降特に異変だなんだと騒がれてはいないから大事にならずに済んだようで、少し心に余裕が生まれたのでこいしが前に言っていた友人のことを聞いてみた。

「え、言ってなかったっけ今日だよ」

ありゃ?そんな話全く聞いていないわよ。

居間でのんびりしていたこいしはだんだん言い忘れていたことを思い出したのか顔が青くなっていった。別に怒ってないけれど……

「あら……今日なのね」

 

「伝えるの忘れてた!」

あたふたし始めたこいしだけれど直ぐに落ち着いてしまったのか何事も無かったかのようにその場に座り込んだ。

「気にしてないわよ。別に困ることでもないわ」

 

「あたいは昼寝の邪魔をされそうで困るんだけれどねえ」

私の膝に頭を乗せて寝ていたお燐が寛いだままそう言った。もうかれこれ1時間以上も膝枕をしているのだけれどそろそろ足が痺れてきた。

「私の足がそろそろ痺れてきそうだから降りて欲しいのだけれど」

だけれどお燐は動こうとしない。

「もうちょっとくらい良いだろう?」

これ以上はお空とこいしが嫉妬してしまう。

三人の気持ちが分からなくもないけれど愛にしては少し重い気がする。どうしてここまで重くなってしまったのかと問いただしてみればいつも私が悪いとなってしまう。

心当たりがいくつもありすぎるのだ。だけれど私としてはそのようなことでそうなってしまうのは些か不思議なのだ。まあなってしまったものはもう仕方がない。

 

「お空は灼熱地獄の温度管理でこいしはこれからお友達を呼ぶんだろう?ならあたいの独壇場なんだよ。だからいいだろうさとり」

もういいですよ。意地でも退かないつもりみたいですし。諦めたという意味を込めて両手を上にあげれば満足したのかお燐は再び頭を膝に深く埋めて目を閉じた。

幸せに包まれながら寝ているのがサードアイ経由で伝わってくる。こうしてみれば微笑ましい光景なのだけれどこいしの見つめる目線が少し痛い。

「こいし?」

私に向けられている物ではないにしてもあまり気持ちの良いものではないのだ。

「なんでもないよお姉ちゃん」

なんでもないにしては怖いわよ。

 

ここは私が話題を変えないと本当にお燐に襲いかかって来そうだ。

「遊びに来る子ってこころって子かしら?」

フランが遊びに来るのであればわざわざあんなことは言わない。それ以外ということもあり得るけれどタイミング的にこころだろうと予測したまでだ。

だって最近尸解仙で復活した人達が現れたって霊夢達が言っていたしそろそろそういう時期なのではないかと思っていましたからね。ただそうなるとまた異変が近いような近くないような…オカルトボールとかオカルトボールとか。

「大正解‼︎よく分かったね!知り合いだった?」

知り合いというわけではないけれど私は彼女を知っている。あくまで名前だけですけれどね。

最近人里で能が流行っていると聞くし間違いはないでしょう。

「いえ、なんとなくよ。自称彼女の生みの親と交流があってね」

それだけ言えば納得するだろう。

実際神子が作った能面が一つの集合体のような人格と肉体を持ったのだから実質親でもいいはずだ。まあここらへんは本人たちのシビアな問題だからそんなに深く突っ込めるものでもない。

「ふうん…ヘッドホンさんとねえ」

変な渾名ね。なんて今更な話だ。それで区別付いているのであれば私は何もいうまい。

本人に対してその変なあだ名で呼ぶのはまずい気がしますけれどね。まあ流石にこいしとてそのようなことはしない…はずです。

 

「じゃあそろそろ迎えに行ってくるね!」

唐突にこいしは立ち上がって部屋を後にして行った。いつも突発的だよねえとお燐が寝返りを打つ。いい加減膝から降りて欲しいので膝の上から無理やり転がり落とす。

「ふぎゃ⁈痛いじゃないか!」

 

「重いんですよ。足も痺れてきましたし」

 

 

 

外にでていったこいしは半刻ほどで戻ってきた。

その合間にお空が戻ってきてお風呂に入っていたけれど直ぐに神奈子さん達に呼ばれてしまい休む間もなく守矢神社の方に行ってしまった。

あれ夕食までに戻ってこれるかしら。もし戻って来れなかったらこちらから迎えにいくか。流石に私には強くは出れないでしょうし。

「貴女がこいしの姉か。私はこころだ。よろしく」

こいしの後ろをついてきた少女は、私を前に丁寧なお辞儀をしてそう言った。

切り取られて穴が開いているスカートから見える足をお燐がじっと見つめていたのでちょっとだけ頭を抑える。

「ご丁寧にどうも。姉のさとりです」

 

「あれ?こころちゃんって表情変わらないのかいな」

 

お燐がデリカシーとかそういう配慮のかけらもない事を言う。

「すまない。喜びも全てお面で表現されている。顔は……諦めてくれ」

能面らしいですよね。実際踊る人の感情は全く周りに伝わらず、そのかわり周りに感情を伝えるのはお面だけ。それが能面だから。

 

「ああ……無表情が二人に」

お燐、ハウス。というのは冗談にしてもお口が悪い子はラリアットの刑に処す。

こころも同じことを考えていたのか私の動きに合わせてお燐のお腹にラリアットをかました。うずくまるお燐。まあ手加減はしているから大丈夫でしょうね。

少しは反省して欲しい私もこころも無表情だけれど無感情ではないのだ。

「ねえねえ、さっき踊ってたあれまたやってくれる?」

 

「踊ってたのね……」

 

「博麗神社に呼ばれてな。巫女の考えることは少しばかりお金が多い気がするのだが」

なるほど博麗神社で舞を……どうせ霊夢に頼まれたのでしょう。見せ物料を土地代半分ねとか言ってぶんどる鬼巫女の姿が思い浮かぶ。でも仕方がない事なのかもしれない。

「神社の経営って結構大変なんですよ。立地条件最悪ですし」

幻想郷の東の端なので人里から遠い。山からも遠い。そんなところな挙句道の整備が中途半端だったりするのでね。

守矢神社の方も山の頂上付近にあるけれどあっちはそれなりに道の整備やエスカレーターの開発などをしているからまだ行きやすい。それなのに異変の後の宴会は大体が博麗神社で行われる。その分の出費だって結構響くのだ。

「そういうものなのか……大変だな」

こころもそういうところをある程度察しているからか霊夢のお願いに応えたのだろう。あとは純粋に道具としての本能を発散させることができる場所が簡単に見つかったからというのもあるでしょうけれど。

「それじゃあこころちゃん!血の池にいこう!」

流れを断ち切るようにこいしがそう言った。どうして脈絡もなく血の池地獄が出てくるのだ。流石にこころも困惑しているようだった。表情が変わらなくても頭につけている能面で大体の感情は理解できる。

「家に来てどうして地獄に行こうとなるのだ」

地獄じゃないよ旧地獄だよ!家からすごく近いんだ。

 

嘘ではないですけれど言い方……

 

いや私はさっきまで舞を披露していたし疲れているのだが……

「じゃあ家の中で遊ぶ?殺伐とした遊びが繰り広げられること間違いなしだよ」

家の中で殺伐とした遊びって一体何をしようというのだ。麻雀くらいしかないわよ。それも卓は地霊殿の方だし。

(いやそれもそれで困るのだが……ああ、お風呂入りたい)

偶然外に出てしまったサードアイが心の中を読み取った。

どうやら踊った直後に半分連行される形で連れてこられたらしく、色々と気にしていたようだ。確かに頬や首筋に汗の跡があった。

こいしも気づいたようだ。考えていることは大体同じか。ならば私がとやかく言うことではない。

「あーそうだ‼︎じゃあお風呂入ろうよ!体洗いっこしよう!」

だからどうしてそうなるのよ。お風呂ならお空が入った後そのままにしてあるからまだ大丈夫なはずなのだけれど。いやそうではなくこいしまで一緒に入るの?

「そ……それは、確かに魅力的だが」

無表情で慌て始めた。

(待て待て、お風呂はものすごくありがたいがどうして洗いっこなんだ⁈洗いっこってあれだよな?太子が言っていたあの……流石に恥ずかしいのだが)

なんだろうすごく可愛い。人の心を乱してきますねえ。内心赤面で慌ててるのがなんだか可愛く思えてしまうのはギャップ萌えというやつなのだろう。こいしなんてそれを見て変な笑みを浮かべている。正直ドン引きだ。

「さあさあほらこっちだよ!」

有無を言わさずに笑顔のこいしにひきずられるこころ。

「うわ!ま、まて!まだ心の準備が…そもそもなぜお前が一緒に入ることになってるんだ!」

必死の抵抗。しかしこいしの方が純粋な力比べでは上らしい。少しづつ部屋の外に引っ張られていく。

とっさに私の方に目線で助けを訴えてきた。どうしましょう…内心の恥ずかしがりが可愛いからこのまま見ていたいのですけれど。ここは……

「えー⁇いいじゃん!」

 

「良くないから言っているのだ!」

ああ、過保護な親がいるからちょっとやめてほしいと。でもあれは知らないところで何か変なことに巻き込まれるのが嫌なだけであらかじめ事情を言っておけば大丈夫なはず……

「神子さん達には事情を言っておきますから大丈夫ですよ」

ここはこいしのほうにつくことにした。絶望に満ちた哀れな子羊がそこにはいた。

実際嘘は言っていない。多分小言を言われるだろうけれど神子さんとはある程度の付き合いがありますし。向こうが信頼しているかどうかは別としてなんとかなりそうです。

「うわああああ‼︎」

絶望の叫び声が廊下の奥に消えていく。ある意味ホラーでしかないのですけれど。

その後もしばらくはお風呂場の方から水音が激しく聞こえてきていたしその前なんて脱がすなとか自分で脱ぐからとか壮絶な声が聞こえてきていたけれどある地点を境にそれもぱったり止まった。

 

お風呂から上がったこころはどこかやつれているように見えた。普通に体洗いっこしただけですよね?

あーええっとうん。普通ですね。

でもどうして目が死んだ魚のようになっているのでしょうね。そこまでショックでしたか?

「なんでもない……忘れてくれ」

健気ですね。見捨てた私が言えることではないけれど。

「あーすっきりした!」

対照的にこいしは艶々していた。相当気分が良かったのだろう。一番風呂ではなかったけれどそれはさしたる問題でもなかったようだ。

 

「もうお婿に行けない……」

 

こころが円卓を背に丸くなってしまった。そこまでショックなのだろうか……いやそれ以前にお婿に行けないって……そっちですか。お嫁に行くくらいはできるのね。

「じゃあ私がお嫁にもらってあげる!」

こいし少しは空気読みなさいよ。突っ込みを入れて欲しいって時じゃないでしょう。まあこいしが言わなかったら私が言いましたけれど。問題はないはずです……メイビー

「そうではない‼︎うう…酷い辱めだ。次あったら問答無用で倒させてもらうからな」

内心涙目になったこころが宣戦布告。なんとなくこいしとの仲が見えてきた。

「別に今でも良いんだよ?お風呂入った後だけど汚れないように戦えばいいだけだし」

もう直ぐ夕立がきそうな天気なのに何を言っているのよ。

「ならば勝負だこいし。負けたら同じような辱めを受けてもらうぞ。そうだな……浴衣で街をうろつくとか」

それどこが辱めになるのだろうか。なんだか面白い。でも風呂上り直後に夕立に当てられるなんて最悪ですよ。また風呂入ればいいとかそういう問題ではなく下手すると風邪ひくわよ。

「すまないさとりさん。止めないで欲しい」

「お姉ちゃんこれは私とこころの勝負なの」

いやそうじゃなくて……ああもうこうなってしまったら二人とも止まる気ないですね。

折角ですし誰かに撮影してもらいましょうか。天狗とか……

 

すぐに自室に行き式神を作り出す。素早く用件を書いた紙を式神に持たせて窓から送り出した。

青白い光を放つその式神は、妖怪の山のほうに向かって飛んでいった。水に弱いから夕立が降る前に到着できれば良いのだけれど……

 

「お姉ちゃん審判できる?お燐に断られちゃって」

 

「いいけど…まずは飲み物飲んで少し落ち着いてからにしなさい」

流石にこれくらいは言うこと聞いて欲しいしちょっとばかり時間稼ぎさせて欲しい。

縁側に出ようとしていた二人が戻ってきて飲み物を飲み始める。

ちょうどそのタイミングで突風が吹き荒れた。

「あやや‼︎こちらでこいしちゃんと今話題のこころさんが勝負するって聞いて飛んできたのですけれど‼︎」

流石幻想郷最速の文さんですね。まさかもうきてくれるなんて。




こころのライフはもうゼロよ

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