無情とはこのことだろう。
二人が弾幕ごっこで暴れている最中に、ついに雨は降り出してしまった。それも少しならまだ良かったのですが本格的な土砂降りと来た。
それでも気にせず戦う二人とそれをカメラで撮ろうと必死に飛び回る文さん。
お燐曰くカオスの塊。私からすれば全員後でしまっちゃおう。
防水用の袋取ってこないと。
「いやあ楽しかった!」
水を滴らせながらこいしとこころがようやく戻ってきた。少し遅れて文さんも地上に降り立った。
「今回は引き分けだったね」
「次は勝つ」
結局スペルブレイクで両者とも決着がつかなかった。だけれどこいしのほうが始終優勢だった。それでも不利な状態から引き分けに持ち込めるあたりこころの実力は相当なものなのだろう。まあ遊びとしてならこれくらいだろうか。完全にずぶ濡れになった二人と一羽を縁側で押し留める。そんなびしょびしょで家の中に入ってこないで。今拭くもの持ってきますから待っていてください。
私がタオルを持ってこようとしたもののそれより先に文さんが動き出した。
「いい絵が撮れました!では私はこれで……」
私が引き留める間もなく文さんは雨の中にまた飛び出してしまった。帰ってすぐにでも写真を現像したいのだろう。どんな写真を撮ったのだろうか。
そういえばやたらと下の位置から撮っていましたね。まさか、いや文さんに限ってそんなことは……ありえてしまう。
すぐにタオルを渡したものの、すぐにびしょびしょになってしまった。もう服も脱いでしまいなさい。そのままじゃ風邪引きそうですし。
「おっとそろそろ帰らないといけないかもしれないな」
そんなびしょびしょな状態で帰したら絶対文句が来ます。やめてください。
「帰るの?またお風呂……」
「絶対に嫌だ‼︎これ以上私の尊厳を傷つけないでくれ!」
相当トラウマになっているようだ。ならあまりお風呂は勧めないほうが良いか。替えの浴衣を持ってきてそんなことを考える。
「ふうん……」
「すっごい嫌な予感がするのだが……何もしないでくれよ」
それはあなた次第ですね。
まああまり変なことするとほんとに痛い目に遭いかねないからしませんけれど。って……
「二人とも下着までびっしょりじゃないですか。全部脱いでください。風邪ひきますよ」
「なんかお母さんみたい」
「同感だ」
はっ倒しますよ?
しかし結局雨に当たったのが原因なのかそのあと温まるのが不十分だったのかこころもこいしも風邪を拗らせた。妖怪が風邪を引くなんて珍しいと思ってしまうもののあり得ないことではない。
ただ風邪は下手をすれば肺炎などの合併症を引き起こす可能性だってあるし免疫力低下を引き起こして何があるか分からないからバカにできないのがこの時代。いくら超技術持ちの月で薬学トップやってたチート医者がいるとしてもだ。まあ大抵は1日か2日で治ってしまうのですけれどね。
そんな日も少し昔の思い出になり、また日常が始まっていた。だけれどそれも長く続かないのが幻想郷。
外が騒がしいと感じるのは、実は地霊殿でも私の家でも珍しい方なのだ。
前者は地霊殿が旧都の端っこにあり、その上私が普段使っている部屋は旧都とは逆側に面しているから。後者はそもそも山中にひっそりと建っているからである。
なので外が騒がしいと感じたらそれは相当騒がしいのであって、同時に危険対象に関しては完全に後手に回ってしまったということだった。
第一報はノックもせず飛び込んできた二人だった。
「さとり様!妖怪たちが暴れてます!」
「さとり!なんか暴動が起こってるよ!」
ちょっと落ち着こうか。
お燐とお空が同時に部屋に飛び込んできた。二人とも今日は非番で、二人揃って旧都に遊びに出ていた筈だ。
暴動……その言葉についに打倒覚り妖怪が起こったのかと思ってしまう。だとしたら私もすぐに身をひかないとなあと思っていれば実際そういうわけではないらしい。目的不明の暴動。二人の心はそう捉えていたようだ。心を読んでもそれしかわからない。ああ難しいものだ。
「一体何が……」
詳しい事情を聞こうとしたけれどその言葉を遮るかのように的確なタイミングで門の方で爆発が起こった。
部屋全体が激しく揺れ、灯りにしていた電球が切れた。どうやらどこかで断線したらしい。暗黙が部屋を支配する。
廊下に出て門が見える窓に向かってみたものの、そこには瓦礫の山が出来ていた。瓦礫の中にひしゃげた鉄骨のようなものが見える。門だったものだろう。
「あーら綺麗に門が無くなってますね」
そろそろ古くなっていたので塀ごと全部作り直そうと思っていたのでちょうどよかった。
再び部屋に戻り素早く状況を整理する。そこから次の行動をさっさと考えないといけない。
取り敢えず屋敷の守りはエコーさんに任せよう。旧都の方も何かあったら死霊妖精と鬼達がいるからしばらくは大丈夫。問題は……
「お空、私と一緒に灼熱地獄に行くわよ。お燐はこいしを探してきて。多分天狗の山のほうにいるから」
こいしは文さんのところに行くと言っていたからそんなに探さなくても良いはず。多分……
「わ、分かった!」
今取れる最善の方法はこれしかなかった。
お燐が部屋から飛び出していった。
「さとり様も灼熱地獄を?」
ええ、そう簡単にはいかないでしょうけれど何かあったら一番危ないのは灼熱地獄。まだ間欠線センターは起工したばかりだから問題はないはず。もしそっちが運用に入ってたらそこを優先的に守らないとヤバいことになりかねないけれど。
「ここまで暴動が激しくなっている場合最悪を考えて最優先防衛先は灼熱地獄と決めているの」
机の引き出しから黒く塗られたそれを引き出す。もしかしたらを考えてにとりさんに特注させていたものだ。使わないほうが平和で良かったのに。そう思ってももう仕方がない。
「後これ持って行きなさい」
銃尻を向けてお空にそれを手渡す。
「これって…銃?」
見た目にはワルサーP38に似ている銃だけれど細部が異なる上に銃口の大きさもかなり小さい。
「貴女の火力じゃ強すぎて周りを壊せないところじゃ制限されるでしょ。それにスペルカードとかは戦闘より見栄えを重視するから対象を素早く沈黙させたいときとかには不向き。これは対象を素早く無力化するための麻酔銃よ」
それも大型動物向けの強力なやつだから打たれてすぐ眠るって事は無いけれど人型をとっているのであれば五分十分で相手を無力化できる。殺傷を目的としていないから弾丸というよりダーツの矢が鋭く細くなった感じだ。それが最大15発。予備マガジン含めて30発ある。
「あ、ありがとうございます?」
「使い方はわかるわね」
安全装置を解除してあとは照準を合わせる。
教えているから動きの方は大丈夫ね。
「大丈夫です!」
お空の返事を聞きながら私は私で持ち物を用意していく。拳銃はにとりさんに急遽用意してもらった9ミリ口径の小型のもの。刀はこの前小傘さんに作ってもらった小刀。後部屋にこいしがおいていったものをいくつか。結構重装備になってしまったかもしれない。まあいいけれど。
「じゃあ行くわよ」
お空を先頭に廊下に出る。廊下の方も、屋敷全体が大混乱になっているのかメイド妖精や死霊妖精があっちに行ったりこっちに戻ってきたりと忙しない。
久しぶりに重武装になってしまったけれど仕方がない。
だけれど直ぐにエコーさんが司令室から指示を飛ばして統率を取り始めた。
窓から外を見ると、暴れている妖怪だろうか。人影が敷地に侵入してきて妖精たちと戦っていた。
ついでだからあれも倒して行こう。
窓を全開にし、外に向かって体を投げ出す。空気を切る音が少しばかりして、軽い衝撃と共に着地。
「想起…」
それに気づいた妖怪と私の目線が交差した。
怪しく、サードアイが宙に浮き、一瞬だけ光を放つ。
やはりというべきか約熱地獄へ向かう道も暴徒の妖怪でいっぱいだった。だけれどその多くは所謂弱小妖怪で、私達にとってみれば数だけは多い。それだけだった。どうやら今回の反乱は弱小妖怪とよく言われる部類の妖怪達が引き起こしているようだ。それだけでなく一部道具も何やら自我を持っているのか動いていた。ああこれは確定ですね。
お空も自慢の火力を使うことなく殆どを格闘技で沈黙させていく。
お空に格闘戦を教えておいてよかった。まあまだ上手くはないし元々補助的なものとして使っていたから相手次第では全く通用しないのだけれど。相手が弱い方の妖怪だから通用しているに過ぎない。
私も黙って見ているわけではない。性懲りもなく弾幕を浴びせてくる彼らに弾幕で応戦。相手を叩き飛ばしていた。別に殺戮が目的ではないから動けなくなる程度の傷を与えれば良いのだ。想起で倒すにしても数が多いし意識がバラバラの方向を向いているから効率が悪い。
サードアイはしばらくお休みといこう。
灼熱地獄の入り口は分厚い鉄の扉で守られている。だけれどその扉もたくさんの妖怪達が取り囲んで攻撃をしているせいで壊れそうになっていた。
ギリギリ間に合ったみたいね。
こちらに気づいた妖怪達が一斉に振り返った。我を忘れているのか意思が希薄。いや…中途半端に洗脳されかけている?何方にしても無力化する以外の道はない。
妖怪の中から威勢のいい奴が飛び出した。
それに合わせて私も腰のホルスターから銃を引き抜き応戦する。
突撃すれば精度の悪い弾幕でも当たると思っていたようですが……生憎それは私の方も同じなんです。
音速に迫る勢いで掃き出された弾丸を避けれるほど彼らは強くなかった。
それでも不用意に殺すわけにはいかない。腕や足なんかに鉛弾をぶち当て動きを封じていく。
接近されたらお空に任せていたものの、数だけは多いので鬱陶しくなってきた。
そんなときだった。
「さとり様なんですかあれ!」
振り返ったお空が何かに気がついた。同時に後ろに嫌な気配がする。背筋が悪寒に震え上がった。
私も釣られて後ろを振り向いた。
そこにいたのは人型ではなく異形の者達だった。溢れ出る死の臭いと直視するのが不可能なレベルの禍々しさ。だけれど複数のように見えてあれが全て一つの封印体だったものだ。
流石に他の妖怪達もあれに気づいたらしくこちらへの攻撃を止めていた。あれと目線を合わせるのだけはやめよう。そう思い目線を逸らした瞬間、そいつらが弱小妖怪が集まっていた灼熱地獄の入り口に突っ込んだ。
決して素早くはないけれど、飛びかかってくるのは想定外だったのか殆どの妖怪達が覆いかぶさられた。
度重なる悲鳴と共に妖怪達の体がありえない方向に捻り切られ消えていった。血とか色々と吹き出しているんですけれど…下手なスプラッタよりスプラッタしてる。逃げ出そうとした妖怪も大半が逃げきれずに食い物のようにされていく。
衝撃的な事態にお空が顔を青くしていた。吐きそう?大丈夫?
「封印していたものね。誰かが勝手に解放しちゃったんだわ」
あれの心がどうなっているのかは……知りたいとは思わない。前に似たようなことをやって逆にこちらが意識を壊されかけた。うん、封印物は勝手に開けてはいけない。
「警備どうなってるんですか」
「……2割くらいは元から警備するのが不可能なものなのよ」
立地とかもあるけれど近くに妖怪や霊の気配がするだけで封印を自力で解いたりするヤバいやつとか。元々収容保存が不可能なものとか。定期的のある程度決まった経路歩かせないと暴れるとか。
あれもその類のものだった。収容違反が起こったとしか言えない。
「こいし、借りるわね」
だけれどあれもこの世に生を受けている存在だ。倒せないというわけではない。
食事が終わったのかこちらにそいつらが意識を向けてきた。
調子が悪いと言ってこいしが私の部屋に置いていったから持ってきたものは重量のあるものだけれど妖怪の体である私には問題なく使用できる。
背負っていたガトリングガンを下ろし両手で抱える。元々どこかに設置して使うものだけれどそのような使われ方をしたことは一度もない。だけれど重いのは事実なのだ。あまり素早く逃げられると当てられないかもしれない。
幸いにもあっちはあまりすばしっこい方ではない。封印が解かれた直後というのもあるのだろう。
次の目標を私達に定めたのか奴らが一斉にこっちに振り向いた。まるで深淵のような真っ暗で大きなまん丸の目とそこに浮かぶどす黒い赤色の炎のような揺らめき。
「お空ちょっとだけあいつらの足止めできるかしら」
「わかりました!スペルカード!」
展開された弾幕で相手の動きが一瞬だけ止まった。だけれどそれが弾幕ごっこ用の非殺傷なものだと素早く理解したらしい。無駄にそういうのに鋭いらしい。だけれど動きを止めてしまった時点で王手ですよ。
トリガーを引いた。