古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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第2部 覚
depth.14さとりとお引越し


残っていた夏の気配も何処かに消え秋の到来を告げるかのように木々が色づき始めた。

まだ若々しい緑を残した葉と黄色に染まっている葉の混ざり具合が丁度いい。

 

 

「ねえ、あれでよかったの?」

 

「…よかったとは?」

 

景色を見ながらゆっくりと歩いていると横に並んで歩いているこいしが少し不満そうに聞いて来る。

 

「家だよ家!燃やしちゃってよかったの?」

 

ああ、あの家ですか。

 

「いいんですよ。どうせもう使いませんから」

 

家はもう使わないしあのまま放置してなんだかんだになっても面倒なのでその場で処分しておいた。

もちろん山火事とか森火事にならないように火の後始末はしておきましたよ。

今私達は妖怪の山に向けて歩いている最中だ。数時間前に家を出てからここまでほぼ歩きっぱなしだ。

お燐とルーミアさんは飛んで先に行ったものの、こいしはまだ上手く飛べないので歩かざるをえないのだ。

まあこうして景色を見ながらのんびり行けるので全く不満はないんですけどね。

 

「ふーん…そうなんだ。それで、妖怪の山ってどんなとこなの?」

 

「そうですね…ひと言で言えば、妖怪の世界」

 

「妖怪の世界?なんか面白そうだね」

 

ふわふわと木の葉のように舞いながら歩くこいし。妖怪になって体が軽く感じているのでしょう。実際には力の方が異常に発達してるからなんですけど…

 

「それじゃあさ!急ご!」

 

そう言ってこいしが私の腕を引っ張る。そのまま私は彼女に引っ張られて空中に放り投げられる。

なんてことはない。こいしが思いっきりジャンプしただけだ。

ただ急すぎる行動に対応できるほどの気配りは出来ていないので、私の体は空中で回転しながら木の太い枝の上に叩きつけられた。

 

「お姉ちゃん?」

 

「だ、大丈夫よ」

 

背中の痛みをこらえて立ち上がる。

 

「ねえねえ、妖怪って凄いね!こんなこともできるんだ!」

 

そう言ってこいしは木の枝を使いジャンプしながら進んでいく。

どこかで見たことあるような進み方…まあ気にしない。

 

「なるほど、そういう方法がありましたか」

私も同じように飛んでみようと思うが飛んだほうが早い気がして辞めた。

木々の合間をすり抜けながらこいしの横を飛ぶ。

「お姉ちゃんどうしたらそんなに飛べるの?」

 

「今度一緒に練習します?」

 

 

こいしの体は私ととても近い。私自身の肉を食べているから当たり前なのだ。

そのため飛んだりなんだりといった技術自体はある程度受け継いでいるはずだ。後は慣れていければそれなりに力を使えると思う

 

「ほんと⁉︎ありがとう!」

 

 

 

 

どれくらい飛んでいたのだろうか。こいしが疲れたと言って地上で休憩を始めて早十分。

既に周りは暗くなっていて星空が木々の隙間から顔をのぞかせている。

休憩がてらにご飯を作る。

作ると言ってもちょこっと食材を組み合わせるだけだ。火を使って調理するのは流石に出来ない。

「川で水を取って来ますから先食べてて良いですよ」

 

「はーい」

 

歩いて数歩のところにある川で水を調達。こういうのは取れる時にとっておかないとですね。

水を確保して再びこいしのもとに戻る。薄暗くなっており視界が悪くなっている。

 

なにやらこいしの側に二人ほど人影があるのですが…

 

 

「……なにやってるんですか二人とも」

 

「ご飯食べるんだよ?」

 

そこにはこいしに混ざってお燐とルーミアさんがご飯を食べていた。ちょっとそれ私のご飯なのですが…

 

「いやー途中で追い抜かされるなんてねえ」

 

「予想外だったねー」

 

「それは貴方達が道草食ってるのが悪いんですよ」

 

驚いた事に先に行くとか言って飛んで行ったはずの二人が追いついて来たのだ。

…どうしてそうなったのか。と言うかお腹すいたから互いに戦ってたとか理解しがたい。

戦闘しても空腹は紛れないってのに…

 

 

「だからあれほど食料を持って行けと言ったのに…」

 

「だって1日で着くと思ったんだもん」

ルーミアさんが口を尖らせる。

その変な自信は一体どこから出て来るのやら。

 

「それにさとりが全部持ってるから…」

 

「貴方達が運んでくれるとは思ってないので」

 

「「うん!運ぶ気ないもん」」

 

 

貴方達……一遍頭冷やしたほうがいいのではないですか?

かなり少ない方ですけど私はこれでもあの家にあったやつで必要なものは全部持って来てるんです。背中と腰が重くて重くて…途中からこいしに手伝ってもらいましたけど。

 

「お姉ちゃんの荷物重いよー?少しは運んでくれないの?」

 

「えー…だっていざ戦うって時になったら邪魔じゃん」

なんかそれ私が戦わないって言ってますよね。私だって戦いますよ?心理戦で……

え、体動かさないじゃんって?そりゃそうですけど…

 

「そういえばさ、さとり」

 

急に声のトーンを落としたルーミアさん。何か大事な話みたいですね。

「神力ついてるけどなんかあったの?」

 

え……神力?

 

どうしてそんなものが…今更?

いえ、心当たりはありますけどあれは相当昔のことですし…少なくとも今になって出て来るようなものではないはず。

 

「お姉ちゃんどうしたの?」

 

「気にしなくていいわ…」

 

「心当たりはあるのかい?」

 

「一応あるわ。でもあれは百年以上前なのよ」

 

まだ決まったわけではありませんが今になってあのことが出てくるとは…

 

「なんのことなの?わかるように説明して」

ルーミアさんが詰め寄って来る。どうしてそこまでこのことを聞きたがるのでしょうか。

心を読んで真意を読み解く。

 

……神が嫌い?

 

軽く能力を使っただけではこれくらいが限界だ。もっと深くまで知りたいが今は遠慮しておこう。

 

「えっと…飛鳥に都があった時にちょっと色々とありまして」

 

あまり細かく話す事はしない。

私の主観で細かく語っても彼女にはあまり意味がないし彼女は私が神力を持った原因を知りたいだけだ。このくらいで十分だろう。正直これであってるかすらわからないのだけど…

 

「ふうん…そうなんだ」

ホッとしたようにルーミアさんは胸をなでおろした。

 

「……何かあったのですか」

 

「昔色々とあってね…ちょっと友人と神と色々とで戦ってさ」

 

あまり覗かないほうがよさそうなものですね。

それにしても神力ですか…使い方わからないですし私自身指摘されるまで気づかないわけですからあってもほとんど使わないでしょうね。

使うかどうかより前に使えるかどうかも怪しいですしね。

 

「お姉ちゃん神になったの?」

 

「あーまあ、広いくくりで言えばそうなるのですかね」

 

正確には神ではないですけど神力があるということは神として崇められているわけで…うん、詳しくは秋姉妹にでもあとで聞きましょう。ちょうどこの時期なら妖怪の山にいることでしょうし。

 

「ふうん…じゃあ願い叶えられるの?」

 

「あ、それは無理です」

 

神が願いを叶えてくれるなんてことある訳ないじゃないですか。

 

 

 

 

 

みんなが食事を食べ終えたところで荷物をまとめる。休憩も終わったことですしさっさとこの場を引き取りましょう。

私はご飯食べてないのですが。

 

まあ私自身はどうでもいいこと。

こいしがうつらうつらし始めたのでおんぶする。

両手がふさがってしまい荷物が持てなくなる。かわりにお燐に持って行ってもらいましょう。

 

「囲まれてきたねえ」

 

「あれだけ派手に休んでいたら寄って来るでしょう」

 

ここを縄張りにしている奴らがわらわらと集まってきてる。

 

面倒になったなあ…

 

そんな私の心境とは別にルーミアさんは全く気にしていないようだ。曲がりなりにも大妖怪ですね。

 

「私は参加できないので先に行きます。二人とも後は任せました」

 

返事を待たず飛び上がる。それとほぼ同時に妖怪の方も動き出した。

 

一匹が飛び上がった私に向けて攻撃をして来ようとする。

だが私のところに着く前に妖怪の体を長い爪が貫き、切り裂いた。

切り裂かれた妖怪は重力にのって地面に落っこちていく。

 

「全く…注意してくださいよ」

 

「来ると分かっていたからね、ありがとうお燐」

 

お燐が踵を返して地上に戻る。

 

私もさっさとこの場を離れる。

後ろで上がる戦闘音がルーミアの笑いに変わるまでそう時間はかからなかった。こいしには刺激が強すぎる光景でしょうね。

 

もうちょっと慈悲とかはなかったんですかねえ。なんだか可哀想です。

止めなかった私も私ですけど…

 

 

 

 

 

 

 

山間から明るい太陽が顔を覗かせようとし始める。普通ならここで妖怪や霊の時間は終わりを告げる。

まあ実際にそんなことはなく昼間から暴れる妖怪は沢山いるんですけどね。

 

 

「涼しいね!やっぱり空を飛ぶって気持ちいんだなあ」

 

「楽しいですか?」

 

「もちろんだよお姉ちゃん!」

 

どこからどこまでが妖怪の山なのかという明確な定義はない。

一応天狗の支配区域と言えばそれまでなのだが支配地域周辺にも多くの妖怪が住んでおり区分とか定義とかなんか曖昧なことになってる。

 

「ねえねえ!あそこの木の実とか美味しそうなんだけど」

 

「勝手に取るとここら辺を縄張りにしてるヒトに怒られますよ」

 

こいしの手を引きながらゆっくりと飛行している。

こいし自身は浮かび上がることは出来ていたので飛べない訳ではない。バランスを保つのが出来ないだけなようだ。なので私がこうしてバランスを保たせながら飛行しているわけだ。

 

 

数分前に背中で寝ていたこいしが唐突に飛びたいと言い出したのでこうしているわけだ。別に悪いわけではない。むしろ嬉しいというかなんというか…

 

 

 

 

「おい!これ以上の侵入は許可がないと出来ないぞ!」

 

私の変な思考は唐突に飛び出してきた二人の白狼天狗によって遮られた。いきなりの乱入者にこいしが私にしがみついてくる。

急に現れて高圧的に言い放ってくるのはよしてほしい。こいしが怯えちゃってるじゃないですか。

 

「貴方達の縄張りを荒らすつもりはないので通してもらっても?」

 

「ダメに決まってるだろう!」

そう言い放って着剣する二匹の白狼天狗。

剣を構えられたことにこいしが縮みあがる。ここまで殺気を向けられたことが無いのだろう。

 

「そうですね…私は無益な戦いは嫌いですし」

 

さてどうするか。柳からもらった通行証はお燐達に渡しちゃいましたし…一応私の名前を出せば通してもらえると思うのですが…

 

ちなみに四人で一気に押し込んじゃうと向こうを警戒させてしまいますからお燐達は別ルートから山に入ってもらうようにしてます。もちろんお燐がエスコートしてますよ。

 

「おい!すぐに立ち去らないのなら覚悟は出来ているんだな」

 

おっと、ちんたらちんたらしてたら怒らせてしまいました。

 

「あーもう仕方ないですね。犬走柳さんに、古明地さとりが通して欲しいって言ってると伝えてください」

 

 

「……了解した」

なにやら目線で会話していた二匹だが、しばらくして一匹が反転して山奥に消えていった。

もう一匹は私の監視らしい。

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「大丈夫よこいし。高圧的なのは仕方ないけど悪い妖怪ではないから」

 

怯えきったこいしを見てなにやら思うことがあったのか、白狼天狗が剣を納めて謝ってきた。

「あーすまんなお嬢ちゃん。こっちも仕事だからな」

 

「いえいえ、お気になさらず…それにしても態度が変わりましたね」

 

「まあ、柳の名前を出してくるようなら…悪いやつじゃねえからな」

 

「そんなに柳さんを信頼してるんですか」

 

「まあな…あの人は信頼しているやつにしか名前を言わないからな」

 

それって柳が知らないって言ったら速攻で殺りに来ますよね。

 

そうこうしているうちに伝令に行った天狗が帰ってきた。結構急いでますね。なんか言われたのでしょうか?

 

「……わかった。古明地さとりと言ったな」

 

「……ええ」

 

「許可が下りた。そうだな…柳が家まで連れてきてほしいって言ってたが…」

 

「分かりました。それじゃあ案内してください」

 

色々と隠してる部分が多過ぎるためか2匹ともまだ警戒している。でもさっきみたいに怒鳴られるとかそういうのは無かった。

うん、最初のあれさえなければもっと穏便になったんですけどね。なんでこう、白狼天狗は血の気が多いといいますか…余所者に厳しいと言いますか…

 

「こいし、怖かったらフードをかぶってなさい。多少は落ち着くわよ」

服の袖を強く握っているこいしの頭を撫でる。

私は慣れていたのですがこいしにはちょっときつかったですね。

「……わかった」

そう呟いてこいしはフードを深くかぶって顔を隠してしまった。

 

 

案内の二匹は天狗の里をフライパスしどんどん奥に向かって行く。

天狗の里って言うくらいだからそこに家があるのかと思ってましたけど…

「ああ、里の方は烏天狗か大天狗様の住居や庁舎関係がほとんどで私たち白狼天狗の家は防衛の関係上周辺に点在させるようにしてるんだ」

 

「なるほど、万が一に備えて目立たないようにしていると…」

 

「そういうことだな」

 

一瞬こいしの視線が私を射抜く。

睨んでいるのか構って欲しいのかよくわからない。

「……こいし?」

 

「あの犬耳、撫でてみたい」

 

「あれ犬耳じゃなくて狼耳!」

 

一番いっちゃダメなこと言っちゃいましたよこの子!

 

「あはは……さすがに触らせは出来ないな」

ものすごく苦笑いされた。

 

 

柳の家は木々の中に隠れるようにして建てられていた。

他の家と比べて遠くからパッと見ただけではわからない。かなりいい位置にあるのだろう。

 

 

「お邪魔しまーす」

案内の白狼天狗に続いて家の中に入る。

小さな家ではあるが機能性は抜群だ。優秀な人に設計してもらったのだろう。

 

「久しぶりだな、さとり」

 

「えっと、ご無沙汰です柳君」

 

 

前に見た時より少しだけ大きくなったなあ。なんて感慨にふける。

こいしが訳が分からずぽかーんとしてる。そう言えば紹介とかしてなかったですね。

 

「なあさとりよ。そっちの子は誰なんだ?」

 

柳がこいしの方に意識を向ける。

 

「あーまあ…色々ありまして…」

おそらく直ぐにこいしが半妖だと気付いたのだろう。

視線をこいしに合わせて手を軽く握る。

「犬走柳だ。宜しくな」

優しさを感じさせる笑顔で語りかける柳にこいしの表情が明るくなる。

「こ、こいしです!よろしく」

 

「なんか…だいぶ優しいですね」

私と初めて会った時と完全に対応が違う気がしますね。あとそんな感じに笑えたんですね。意外です。

「子供ができたからな」

 

「よし、柳君!そこを動かないで下さいね!じゃないと一発で決められませんから」

 

「こらこら落ち着けって」

 

「お姉ちゃん?」

 

「なんでもないわ…取り乱してすいません」

 

急にどうしたのでしょうか私の体…いきなり暴れようとするなんて…うーん。

 

「とりあえず、おめでとうございます。それで、いつ頃?」

 

「さあな…多分もうすぐなんじゃないかな」

 

へえ、喜ばしいことです。

 

「なら私達はこれで失礼します。夫妻水入らずにお楽しみくださいね」

 

「ああ、一応家の方は鬼が色々と手を回して残してあったはずだ。あとで鬼に挨拶でもしていけ」

 

萃香さん達ですね…全く、そういうのはしなくても良いのに。

でもちょっと嬉しいというか…覚えていてくれてたんだなあと思ったりなんだり…

 

「お姉ちゃん…鬼に知り合いがいるの?」

 

「ま…まあ、一応友人ですね」

 

殴り合って殺し合いをした仲ではありますね。

あとでこいしも連れて顔を出しますか。

 

「それじゃあ…新居に行きましょうか」

私にとっては新居ではないのだがこいしにとっては初めての土地だ。慣れないうちから連れまわすのも悪いですし…

 

「うん!早く家見て見たいなあ…」

 

全く…こいしは無邪気なんだから…その無邪気さが時に自らをも傷つけてしまうのですよ。だから気をつけて…




な、なんと!カラーユさんに挿絵を描いていただきました!



【挿絵表示】


大事に活用させていただきます!

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