古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.230 輝針城(連奏篇)

「現実というのは非常に曖昧なもので不確定かつ確立不可能なものだ…でしたっけ」

前にパチュリーさんの図書館で読んだ幻影魔術の本にそう書いてあった。

その執筆者は幻影魔術以外にも現実と隔離した結界や洗脳の魔術などの研究もしている人だったそうだ。

 

現実が曖昧でそれを人はどうやって確実な存在として認識しているのか。

実は認識はできていないのだろう。それを受け入れ、妥協することで人は己の見る現実を確かなものだと認識していたわけだ。

しかしそれは根本的解決ではない。ただの気の持ち用の問題なのだ。そこに幻覚や催眠といったものはつけ込む。

現実という確立の曖昧なものを同じく曖昧なもので置き換えてしまってもヒトはそれを現実じゃないと認識する事はできない。

それこそが結界の本質。洗脳の本質だ。

似たようなものに記憶の植え付けと改竄もある。

 

なにが言いたいのかと言えば、これが多重階層を応用した結界だったとしても特別な何かをしなくても理論上は結界から脱出することはできる。

ただしこの空間は一時的に多次元階層となっているのでたとえうまく移動できてもちゃんと脱出できるのは確率の問題になってしまう。

 

多重階層結界というのは珍しいもののその性質上壊れやすい性質を持つ。壊れやすいというか……現実認識を変える事である程度対処ができるのだ。

「そ理屈は簡単ですがやるのは難しいのですけれどね。夢のように不確かな現実なんてものを認識するなんてのは難しいのですよ」

 

もはや物言わなくなったその人形を見て1人呟く。

想像以上に体力を持っていかれたらしい。少しばかり体が怠い。

口の中に広がる血の味は、すぐに慣れてしまったのか筋肉質でおいしくない生肉の歯応えと共に体の奥へ消えていった。

 

失った妖力を補う方法は大きく分けて二つ存在する。

一つがとにかく休むこと。これが一番私はやりたかったけれど、時間がそれを許さない。

なので私は心を殺しもう一つの方法をとっている。

妖力を持つ相手、あるいは人間を食らうことによる妖力の回復。

理屈はよくわからないけれど食べている合間にもどんどん体の怠さは治ってきた。人が人を食べるという狂気に私の心が耐え切れるのか怪しいですけれど、追い詰められている時はなにかと問題にはならないみたいですね。

もちろんこの場にいるのが人ならざる化け物に変わってしまった犯罪者の塊だったとしてもだ。

やはり私は人でなしなのだろうか?まあ体は人でないのは確かなのだけれど。

 

もうそろそろ良いだろう。好きでもないし正直吐きたい気にさせてくれる人喰いをやめて、壁に空いた穴から外を覗く。

戦っている時はわからなかったけれども随分とハリボテのような外の世界だ。まあこれが結界の中であるのだから仕方がないのだろうけれど。

 

でもこれがハリボテのようだと私は認識しても、じゃあ実際の……現実の景色はハリボテじゃないと言えるのだろうか?

なにとなく見ていたけれどその景色とこれは一体どんな違いがあるのか。

ああ考えただけでも曖昧さと言うのは厄介極まりないものだ。まあ……曖昧だからこそこういうこともできるのですけれどね。

「想起……」

 

 

 

 

ようやく周りが見えるようになってきて、痺れていた体にも感覚が戻ってきた。同時に身体中に鈍い痛みが走った。

「いたっ…あれ…?」

体を起こそうとして下半身が正確には脚が何かに引っかかって踏ん張りが利かない。

頭を上げれば、鉄で覆われた足が大きな梁に挟まれて身動きが取れない状態になっている自分の体が目に入った。

参ったなあ……

 

バカではないのか?室内であんな大技使ったらこうなることくらいわかるであろう!

八咫烏様が呆れた声を出した。なんとなく頭の中で烏が膝をついているのを想像してしまう。

 

うん理解した。だからやっちゃいけなかったのね。

でもやってみなきゃやっぱりわからないじゃん。まあもっと酷いところに梁が落下してきていた可能性もあるけれどさ。

周りは私の前後を縦にまっすぐ棒で抉ったのかのような壊れっぷりだった。

無事なものなんて一つもなくて、ほとんどが焦げた瓦礫や灰になっていて私の体も瓦礫の上に横になっていた。もともと床があったはずだろうけれどそんな様子はなく、真上にはいく層にもわたって縦に穴が開いていた。上から落ちてきたのかあるいはエネルギーで上まで壊れてしまったのかな。考えてもわからないや。

 

「ううん…それにしても邪魔な梁だなあ」

 

脚を踏んでいた梁に軽いレーザーを放ち焼き尽くす。五分もしないうちに梁は灰となった。うん、足は折れてないみたいだね。

 

当たり前だ小娘。その足の表面はなんだ。梁に押し潰されるような柔い金属だと思うか?

 

うわわ、ごめんごめん。

怒っちゃった。

 

それで、これからどうするのだ?

これから?八咫烏様から聞いてくるなんて……

八咫烏様から聞いてくるなんて珍しいね。

 

興味というのは不思議なものでな。ある程度溜まってくると堪えることができないのだ。

ニヤニヤ笑っている幻想が見えた。私もそれについては否定したくないけれど……

私は溜まることがないからなあ。まあ良いや。取り敢えず結界を壊せばいいんじゃないかな?

うん結界を壊す必要があるけど物理攻撃で結界って壊れるものなのかな?物によっては壊れるのはわかるけどさ。

それができたら苦労はせんだろう?そうだよねえ。でも確か結界も結局は空間の一種だから空間を壊すことができる攻撃なら破壊することができるんじゃないかな?

それにちょうどそんな力を私は知っているし持っている。

「八咫烏様の力なら出来るはずです」

 

そりゃ全盛期だったら簡単だが今の力ではできるかどうか怪しいのだぞ。そもそも結界の規模もその能力もわからないようでは壊そうにも無理な話だ。

 

まあ良いや一回やってみよっと。お願いします八咫烏様。

 

話聞いていたのか?まあ良いか。たまには我も自由に飛び回ってみたいと思っていたのだ。少しばかり借りるぞ。

 

「うん、好きにして良いよ」

 

胸元の瞳が小さく輝いて、意識が吸い込まれていく。体が溶けて消え去るようなそんな感じ。でも怖くはない。むしろ誰かに包まれているみたいで暖かい感じだった。

「そういえば小娘、お前の体を借りるのは2回めだったな」

思い出したかのように八咫烏様が言った。

そうだったね。まあ平和ならそれが一番だからさ。

 

「平和か……まったくもってつまらないものだな」

 

そういう八咫烏様だってなんだかんだ満喫しているじゃないですか。

夏とか楽しんでましたし春だってお花見堪能していましたよね?むしろ私よりはしゃいでいたような……

「戯け。休んでいるだけだわい」

 

そっか。休んでいただけだったのか。

 

「安心しろ。あのお方が生きているまでは少なくとも静かにしているさ。話は終わりだ。目を瞑っていろ」

 

目を瞑ると言われてもどうすれば良いかわからないよ。私はこっちの状態慣れてないんだからさ。

それにしても私なのに超かっこいいんだけど。なんだろうこの敗北感。

「簡単なことだ。寝ていろということさ」

 

そっか。じゃあおやすみなさい。

 

 

 

 

 

その城は天守閣を地面に埋めた状態で山の中腹に立っていた。いやまるで巨人が遊びでおもちゃを逆さまにして設置したかのような異様さと現実離れ感を生み出していて物凄い違和感を感じた。その上外壁もほとんど汚れや損傷がなく造られたばかりのようなハリボテのような見た目。実際ハリボテなのだろう。

外見を観察していると天守閣近くの窓が一つ開いていた。どうやらここから入れるらしい。

「準備はしないできているのかしら?」

「あんたに言われなくてもできているわよ」

レミリアのにやけ顔にお札を一枚貼っておく。別に害があるわけじゃないただの紙切れだから単純に黙っていてほしいという嫌がらせのようなものだ。正直さっきから話していると少し見下されている感じがして嫌なのだ。まあ実際見下しているのだろうけれどね。

でも見下されるのはやっぱり嫌なので貼って正解だろう。

「先陣は私が行きましょう」

 

「お願いね玉藻」

お札を剥がしながら玉藻を前に出した。かなり血の気が盛んじゃないの。さっきまでほとんど私たちに任せっきりだったくせに。

 

「なんだ突撃か?なら私だってやってやろうじゃねえか」

 

なにを張り合っているのよ。わざわざ突撃しなくていいわよ。あんたの能力考えたらチームより個人戦の方が得意なのはわかるけど相手が正々堂々戦おうとしていない場合個人プレーは危険よ。正直あんたそれで何回か危なかったことあるじゃない。

まあ流石に魔理沙もそこらへんは考えていたらしい。なるべく玉藻に歩調を合わせていた。でも張り合っているあたり器用よねえ。

そんなに張り合おうと思える相手なのだろうか?或いは単純な嫉妬なのかな。

 

 

中に入ってみれば外よりもさらに異様な状態にめまいがしてきた。

室内はやっぱり上下反転していて、私達は天井側を足で踏んでいる奇妙な状態だった。まるで世界そのものがひっくり返ったかのようで落ち着けない。

視覚からの情報を頭がうまく処理できず気持ち悪さを誘発しているみたいだった。無駄に視覚的な攻撃を与えてくるせいで困ったものだ。

「ようこそ私と姫のお城へ。丁重に歓迎するとしよう」

私がそんなことに悩んでいると場違いな雰囲気の声が天井から聞こえてきた。

魔理沙が咄嗟に弾幕を天井に放った。上か!じゃないよ!ただの遠距離通信かテレパシーの類よ。そこにそいつはいないわ。勘だけど。

 

攻撃を受けた天井が爆発が起こり瓦礫が落下してきた。あーもう‼︎

咄嗟に結界を張り落下してくる瓦礫を防ぐ。しれっと魔理沙もその中に入ってやり過ごしていた。いくつもの巨大な木の板が降ってきて結界を叩く。

ようやく崩落が終わったのか音がしなくなった。舞い上がった煙で視界は最悪だけど。

「あまり壊さないで欲しいなせっかく作ったんだ」

声は相変わらず弄ぶように響いていた。なんだか聞いてて腹立ってきたわ。

 

「知らないわよ。あんたのせいで私の道具はおかしくなるし妖怪が暴れてるんでしょ。さっさと退治するから出てきなさい」

思わずそう言い返してしまう。あまり相手を刺激してもいいことなんてないのに!

「嫌に決まってるだろ誰が好き好んで退治されに出るかよバーカ‼︎特にそこの金髪魔法使いは後で弁償しゃがれ」

そりゃそうか。当たり前よねえ。でもだめよさっさと対峙されなさい。

「あの野郎…ぶっ殺しても問題ねえよな?不慮の事故だよな」

あーあ…魔理沙が切れた。

「そうね…不慮の事故なら仕方がないわね」

 

「随分と荒っぽいじゃないの。もうちょっと優雅にしたらどうかしら?曲がりなりにもお城に招待されたのよ」

瓦礫全部避けてたわねあんた達。退屈だからって遊ばないでよ。

 

「私としましてもマスター様に危害を加えた時点でこの城と共に朽ち果ててもらうつもりですわ」

おっかないわ。あんたのところのメイドバトルジャンキーなの?狂者なの?

私たちも大概かもしれないけどこいつやばいわよ。

「玉藻、言いすぎよ。娯楽を提供してくれた相手なのだから最低限の礼は必要よ」

 

「承知いたしました。お嬢様」

しっかり手綱握っていてよね。なんか怖いから。

 

「全くどいつもこいつも人の家を壊すことしか考えてないのかよ。小槌にだって限界あるんだろうに……」

独り言だったのだろうか。だけれど思いっきり声が聞こえてきてしまっていた。アホだろあいつ。

「正邪、マイクとやらのランプがまだ付いているのだが…」

あらもう1人いたのね。声からして正邪とかいうやつよりかは可愛い方ね。

「あああ⁈切り忘れた‼︎」

そんな叫び声が聞こえたのを最後に声は聞こえなくなった。

「「アホなんじゃないの?」」

私と玉藻の声が被った。

「しかも小槌って言ってなかったか?」

そうね。思いっきり言っていたわね。

「思いっきり言ってたわね」

 

「小槌と言われても私は詳しくないのだけれど」

ああそういえばレミリアは知らなくて当たり前か。

私だって母さんに予言めいた言われ方しなければ忘れていたところよ。

「さとりが私と霊夢に言っていたんだ。なんでも遠くないうちに打ち出の小槌とは無関係ではいられなくなるから調べておけって」

 

「へえ、それで素直に調べたのね」

 

「ああ勿論だ。って言ってもよくわからなかったから結局さとりに聞いたんだがな。なんでも元々は鬼が持っていた道具で遥か昔に小人族に盗られたもんなんだとさ。万物の願いを叶える願望器に近い代物らしい。理解していなさそうだったら代償がでかい聖杯って言われたぜ」

でも代償が大きいしあれ自体無限の力を持っているわけじゃないから注意しておくくらいで平気って母さん言っていたわね。

「なるほどそっちの方が分かりやすいわ」

 

聖杯の方がわかりやすいの?ふうん……じゃあ海外では似たようなものに聖杯っていうのがあるのね。やっぱりそれも小槌みたいにぶん回すものなのかしら。


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